11:隠してた私がバカみたいね
周りに居るのは、敵、敵、敵。
全て敵。
近寄る者、掛けられる言葉。全てが攻撃であり、巧妙な罠。
味方はただの一人も居らず、孤立無援の四面楚歌。
逃げ場はなく、何処へ行っても針のむしろ。
それでも自分は、この場に留まらなくてはならない。耐えなければならない。
絶対に、何があろうとも。
どんなに辛く、孤独で、心が潰れそうであっても……!
「――っ!!」
声にならない悲鳴と共に飛び起きた時、辺りは暗く静かで、朝はまだ遠かった。
細く長く息を吐き、フィオナはゆっくりと身を起こす。
全身が怠く、酷く重い……身体は寝汗でベッタリだ。
「夢……」
冒険者ギルドで受付をしていた頃の自分。夢と呼ぶには余りにもリアルな、あの頃の記憶だった。
心臓は未だ早鐘のように激しい鼓動を刻んでいる。このまま目を閉じても眠れそうにない。
フィオナはそっと起き出し、テオとメルルゥが眠るキャンプ地を後にした。
ゆっくりと川縁まで歩を進め、腰を下ろして水面に足先を遊ばせる。
「――ふぅ」
暗闇に響く、水音と木々のざわめき。
暫くそうしていると次第に気分が落ち着き、周囲に気を配る余裕も出てきた。
「――また覗きに来たの?」
木陰に声を掛けると、のそりと姿を現す青年……テオだ。
「二匹目のドジョウを狙ってたんだが、気付かれたか」
「ふふっ、残念だったわね」
軽口を叩き、彼はフィオナの隣へ腰を降ろした。
「……大分うなされてたけど、平気か? 例の……街で見たバルカスとかいうオッサンのせいか?」
「ま、そんな所ね。久し振りだったから、印象に強く残ってしまったみたい」
爪先が水を蹴り、水滴が散って波紋が広がった。
「自分では平気でいたつもりなのだけど……バルカス・ヴォル・グリード……ギルド支部の設立とも関係あるし、アナタには話しておいた方が良いかもしれないわ」
顔を上げ、正面を向いたフィオナは、僅かな暇を置いて静かに語り始めた。
「ここから西の方にある、エルフの独立自治領を知ってる? エルフの国って言った方が通りが良いかしら。私はそこの、ちょっと偉い人の娘なの」
貴族か、顔役の娘か。そんな所だろうと思っていたが、概ね当っていたらしい。
「エルフの国は人間のそれよりも遙かに厳格な血統主義で……私は、その……ハーフだから……精霊魔法も使えないし、そもそも精霊が見えないし……だから親善大使って名目で厄介払いされたのよ。冒険者ギルドで働いてたのは、それが理由」
そこまでを語った後、フィオナはチラッとテオの様子を伺い見た。
彼はといえば、隣で座る美少女の横顔をボー……っと眺めているだけで、目線が合っても「それで?」と首を傾げる程度だった。
「あ、あのね……私いま、結構な爆弾発言をしたつもりなのだけど! 聞き逃した!? それとも重要な局面で突然耳が遠くなるとかいう男子特有の症状!?」
「何だよ急に……あのハーフ云々ってくだり? いや、まぁ……そんなトコだろうな、とは思ってたから、別に今更……」
テオの物言いにフィオナは「はぁー……」と深く長ぁい溜息を付いた後、疲れた表情で顔を上げた。
「いつ頃から気付いてたの? それほどハーフ・エルフっぽくはないと自分では思ってたのだけど」
「うぅん、言っちゃうなら最初から、だな」
テオが首を傾げながら記憶を辿る。
「僻地にギルド支部云々って言い出した時点で、コイツ飛ばされたな、って分かった。同時に、ギルド側にもフィオナを即クビに出来ない事情があるのも分かった。んで、エルフなら別の仕事とか、故郷に帰るって選択肢があるだろうにそうしないから、エルフに期待される役目を果たせないとか、ハーフエルフで居場所がないか……あとエルフっぽいのにちょっと背が低いし、妙に耳を気にしてたから、多分……みたいな?」
一つ一つが確証に繋がるモノではなかったが、複数の状況を総合的に見た結果「彼女はハーフ・エルフで、何か事情があって冒険者ギルドで働いており、下手に辞められない」という想像が成り立っていた。
「そこまでバレてたなら話が早いけど……躍起になってハーフだって隠してた私がバカみたいね」
「やー、なんか悪いな。わざわざ言うようなことでもないかと思ってさぁ」
顔を見合わせ、小さく笑う。
「あ……バルカスの話だったわね。アイツは冒険者ギルドの外務監査官で、今回の……冒険者ギルド支部設立の仕掛け人。私に難癖を付けて辞めさせたいの。そうすることで、エルフの国に対して優位な立場を得たいってワケ」
オタクの娘さん、仕事させてはみたけどダメだったね。親善大使がこんなコトじゃ困ってしまいますなァ!
とまぁ、そんな感じだ。
エルフの国は、稀少な薬草や魔導具を周辺国へと輸出しており、経済的、軍事的な重要拠点。そこに対するイニシアチブの有無は、極めて大きな意味を持つ。
「ギルドの受付に居た頃は、四六時中イビってくれて……それなりに大変だったわ。手を出されるようなことはなかったから、別に平気といえば平気だったのだけど。それでも辞めないものだから、無理難題を押し付けたって形よ」
ふん、と鼻を鳴らすフィオナだったが、膝を抱えるように組んだ指先が小さく震えていた。
「そんな事情だから、期限まで一ヶ月を切ったいま、アイツは必ず邪魔をしてくるわ。どんな手段を取るのかまでは分からないけれど……」
「いいや、話が聞けただけで十分さ……ちょっとヤル気が出た」
立ち上がり、テオが大きく深呼吸をした。
「本部を超えるくらいのギルド支部を作って、バルカスの鼻を明かしてやろうぜ!」
少し前に知り合ったばかりの他人事に、そこまで熱くならなくても。
そう口を開こうとしたフィオナの眼前へ、小さな瓶が差し出される。
「新作のフレーバーだってさ。これでも飲んで落ち着いたら……のんびり帰って来いよ。メルも、心配してた」
封入された液体は滑らかに透き通り、僅かな桜色の輝きを放って見えた。
「ええ、分かったわ……おやすみなさい、テオ」
「おやすみ、フィオ」
独り残された川辺。
口にした新作メルポは、花の香りが漂い、解けるような口当たりで――ほんのりと、温かかった。
翌朝。
冒険者ギルド支部の受付でスタンプの押印をバシバシと決めながら、フィオナはとある男性が戻るのを待っていた。
先日、顔合わせをした隻腕のポーター、プレゾだ。
彼は日も昇りきらない早朝に現れると、テオから何かを預かり、山道を引き返して行った。
聞けば街まで行き、またここに戻るのだとか。
往復のお使いクエスト……まぁ、珍しい物でもない。しかし街までは乗合馬車も使って半日は掛かる距離だ。
「戻るとしても、夕方くらいよね」
ポツリと呟き、数冊目となる台帳の整理でもしようかとフィオナが腰を屈めた……その時だ。
「戻ったぞ」
「ひえぇぇっ!?」
背後から突然の声にフィオナは飛び上がる。
「お、おかえりなさい……え? 途中で引き返したの?」
首を傾げるフィオナの向こうから、プレゾ帰還に気付いたテオが駆け寄り声を掛ける。
「おっ、プレゾさん。早かったなぁ! やっぱ現役は違うねぇ!」
「揶揄うなよ。それより、ほら。頼まれてた食器類だ、受け取ってきたぞ」
彼が取り出したのは、沢山の食器にフォーク、スプーンといったアレコレ。先日、街に行った際に注文した物だった。
「よし、これで大体の準備は整ったな。あとは……」
「ちょ、ちょ、ちょっ……ちょっと待ちなさいよ! いま異常事態が起こってるのだけど!?」
何食わぬ顔でやり取りするテオとプレゾに、フィオナが全力で割り込んだ。
「どうやって丸一日の行程を半日で済ませてるわけ!? なに、何なの? 貴男、空でも飛べるの!?」
街までは往復で一日かかる。だが朝に顔を見たプレゾは街へ行き、昼前のいま現在、ここへ戻っている。どう考えても計算が合わない。
「何だ、テオ。連れ合いには話をしてないのか?」
「まぁ、上手く行ってから言えばいいかな、と」
そんなテオを「大事なことは、ちゃんと伝えとけ」と窘めたプレゾは、フィオナの方へと向き直って背嚢を降ろす。
「フィオナさん……だったかな? 俺はコレを使って、移動時間を短縮したんだよ」
彼が背嚢から取り出した物。
それは長い折り曲げストローの付いた水袋だった。
「これは……えっ、あっ……! まさか……!」
何かに気付いたフィオナが、水袋の口を開く。すると中に入っていたのは無色透明な水……ではなく、薄黄緑の輝きを放つメルポだ。
「そう、そのまさか……メルポを封入し、ストローを付けて常に飲めるように改造した大容量水袋! 名付けて、メルポ・ハイドレーション!!」
言って、テオがニヤリと笑みを浮かべる。
「これを用いることでポーターは常時ドーピング山歩き状態となり、圧倒的速度での荷運びが可能に! その効果はプレゾさんが実践してくれた通り、従来比の約2倍だ! 辺境ダンジョンは物資輸送の難しさが最大のネックだったけど、もうこれで何の問題もないぜ!!」
フィオナがプレゾの顔を見ると、彼は小さく肩を竦めた。
「あ、あの……ちょっと聞きたいのだけど、プレゾさん? アナタ、これを飲みながら街まで走り続けたってことよね? 何かこう……変だな、とか思わなかった? いくら動いても元気で、目的地まであっという間に着いちゃって……世界のルールが……常識が壊れる音が聞こえる、みたいな……」
恐る恐るフィオナが訪ねると、プレゾは何処か遠くを見るような目をしながら、淡々と答える。
「まあ、本当にコレ大丈夫なのかな? とか……ズルしてるんじゃねぇか? みたいな感覚は漠然とあるんだが……なんつぅか、ホラ……出来ちゃうからさぁ……」
比較的常識的な彼は、フィオナと同様の薄気味悪さを感じ取っていたらしい。
だがそんな常識人な二人の感覚を、テオは大声で吹き飛ばす。
「これで準備は整った! 見てろよバルカス、テメェの度肝をブチ抜いてやるぜ!!」




