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【第2章完結】1円ポーションから始める弱者救済マーケティング ―黄金の滴と賢者の秤―  作者: かっぷ
第一章:メルルゥ・アンブローシア

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12:管理職の憂鬱

 道具屋ギルド連合、東部支部長のゼノス・バリンジャーは、疲労の極致にあった。

 仕事が終わらないのだ。

 いくら頑張っても増える速度の方が圧倒的に早く、暫く前までは綺麗に片付いていた彼の机は、ここ最近はずっと書類の山に埋もれたまま。

 原因は分かっている。

 テオ・ヴァン・クロムと、メルルゥ・アンブローシア……あの二人だ。

 以前ここで顔を合わせた際に、中々のやり手だとは思ったが……まさか、ここまでとは思いも寄らなかった。

「――ライセンス契約という形式を認めたのが、間違いだったか?」

 書類にサインする手を休め、歯ぎしりと共に呟く。

 彼らはメルポの製法その他について、ライセンス契約という形を取っている。

 これは少数運営の彼らが道具屋ギルド傘下に入らないままに、その管理を押し付ける賢い方法ではあるのだが……金儲けだけを考えるなら、他にもっと良い方法はいくらでもある。

 しかし彼らはこの方策を採用し、メルポは世間に広まった――爆発的に。

 もう冒険者でメルポを知らない者は居らず、一般家庭にさえ浸透していると聞く。

 その人気故に乱造粗製の低級品も見られたが、メルポはその圧倒的なコストパフォーマンスで、それらを一瞬にして駆逐していた。

 しかも――。

「何だ、これは? メルポ・ゼリー……? メルポ・パウダー……だと? くっ……!!」

 ゼノスの胃がキリキリと痛む。

 既存のポーション市場を破壊し尽くした彼らは、もう既に次の段階へと移行していた。

 道具屋ギルドが、街の商人たちが、メルポで一儲けしようと頭を捻っている隙に、連中はもう遙か彼方へと走り去り、別のフィールドを好き勝手に走り回っているのだ。

「ゼリーは苦い粉薬と混ぜて子供に飲ませやすくする? パウダーは……携帯性を向上させ、調味料やふりかけのように使用……!? これはポーションの話ではないのか!?」

 家庭用医薬品や食品の分野にまで侵入し、真っ新な大地を食い荒らす悪魔ども。彼らが暴れ回った後には、もうメルポしか残らない。

 ゼノスの机に積まれている書類は全て、そういったメルポ関連のライセンス契約や検証結果の報告書。そしてギルド傘下の契約者から上がった、メルポ新規契約の申請書だった。

 更に、彼らの進出はそれだけに留まらない。

「長期効能持続型……メルポ・ロングエステ? メルポ専用大容量水袋……メルポ・ハイドレーション? 奴ら、輸送分野まで食い荒らすつもりか……!」

 痛みを増す胃を押さえ、ゼノスが書類に目を走らせる。

「メルポ・ロングエステを使えば素材の新鮮さはそのままに、より遠くへ? なんだったら獲った時よりも新鮮に――……って、そんなバカな話があってたまるか!!」

 ゼノスが書類に判子を叩き付ける。

 生鮮食料品の長距離輸送は氷結系の魔法に頼った冷蔵輸送が主だが、鮮度の低下はどうしても避けられない。ならば回復しながら運んでやろうという、輸送業界に一石を投じる新たなアプローチだ。

「それで、メルポ・ハイドレーションは……ふむふむ、ポーターを回復させながら全力疾走させることで時間短縮を――……ってふざけるなァ!!」

 再度、ゼノスが書類に判子を叩き付けた。

 いま世界の輸送は荷馬車を用いたり船による海上輸送といった、乗り物による効率化が行われている真っ最中。なのに彼らは、人夫をパワーアップさせての人力輸送。

 メルポという最新技術を用いて、やってることは歴史の逆行? 頭が変になりそうだ。

「し、しかも……これは? 出店を募る……依頼状だと? 何のつもりだ……」

 それはテオの名前で書かれた「道具屋ギルドの直営店を小端洞に出しませんか」という書状だった。

 自分たちの露店がある場所にギルド直営店を招く意味……単純に考えて、そんな真似をすれば自分たちの利益は減るだろう。だがそれでも利益を得られる仕組みが既に為されているということなのか?

「いや、違う……考えても無駄だ」

 混乱する頭を振って、ゼノスは自身の考えを振り払う。

 テオとメルルゥは金儲けに執着しない。故に御し辛く、読み難く、極めて扱いが難しい。何か別の、利益よりも重要な何かの為に動いていると考えるべきなのだ。

「くっ……あ、頭が……うぐッ! い、胃も……!」

 頭痛と胃痛の連打にゼノスがよろめき、薬に手を伸ばす。

 封を切って中身を一気に飲み干すと、甘く爽やかな味わいが口の中いっぱいに広がって頭の痛みはすぐに消え去る。そしてチラリと手の中にある物を見ると――。

 メルポだ。

「あぁぁぁぁーーー……ッ!!」

 力いっぱい空き瓶を壁に投げ付ける。

 空き瓶は高い音を立てて跳ね返り、傷一つないままに足下で転がった。流石は冒険者御用達の耐久力だ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「――ゼノス様。お客様がお見えです」

 その時、部下が恭しくドアを開けた。

 その背後からこちらを見ているのは――バルカス・ヴォル・グリード。冒険者ギルドの外務監査官だった。

「流石は道具屋ギルドのゼノス支部長、随分とお忙しそうですなァ」

 案内した部下を押し退けるようにして、彼は室内へと踏み込んだ。ビジネスマナー以前に、礼儀も何もあったものではない。

「これはバルカス監査官、お恥ずかしい限りです。本日はどのようなご用件で?」

 ゼノスが勧めた椅子を片手で断り、バルカスがキョロキョロと室内を見やる。暇潰しに来てみたが、何かイイ物でもないか……そんな仕草だった。

 監査官の仕事はギルド内の監査――大雑把に言ってしまえば、ルールを破って悪いことをしてるヤツを見つけることだ。

 通常そういった役割は上役が行うが、業務内容が多岐かつ特殊である冒険者ギルドでは「外務監査室」なる専門部署を置いて対処している。これは数多あるギルドでも冒険者ギルドのみの特徴だった。

「いやなに、飛ぶ鳥を落とす勢いの道具屋ギルドに、そのコツをご教授願いたいと思いましてネ。最近、冒険者どもはサボリ気味で……あまり働いておらんのですよ」

 新米冒険者たちがギルドから姿を消している――その話はゼノスも耳にしており、何処で何をしているのかまで把握している。

「果たして何処で何をしているのやら。野蛮な連中の考えることは、分かりかねますなァ! ハハハ……!」

 腹をユサユサと揺すってバルカスが笑う。

 曲がり形にも冒険者ギルドの職員である彼が本気で知らないのだとしたら、危機感の欠如が甚だしい。こんな所で油を売っている場合ではないだろうに。

 ゼノスは愛想笑いでお茶を濁しつつ、話題を変えた。

「そういえばバルカスさん。冒険者ギルドさんは支部の設立を検討中と伺っておりますよ。私共よりも景気がよろしいのでは?」

「いやいや、ハハハ。耳が早いですなァ! しかしアレはダメ、無駄ですよ。検討も何も、遊びのようなモノですわ」

 バルカスの態度にゼノスは確信を深める。

 風の噂に、ハーフエルフの親善大使を支部設立の名目で僻地に飛ばしたと聞いていたが……どうやら事実であるらしい。

 件の親善大使はプライドが高く、扱い難い人物との話だが……気になるのは支部の場所だ。何でも連中が露店を構える小端洞の近くなのだとか。

 訪れる冒険者が増えたが故の措置、という名目は立っているが……妙なコトにならなければ良いのだが。

「うん? アレは……」

 その時、窓辺に寄ったバルカスの目が何かを捉えた。

 それは背に大量の荷物を背負い、隊列を組んで風のように走り去るポーターたちの姿。その背嚢からはストローが、彼らの口元にまで伸びている。

「フン……体力だけの野蛮人どもめ」

 そう履き捨てたバルカスは、ふと何かを思い出した様子で呟く。

「そう言えば……冒険者ギルドで腐っている場末のポーターに声を掛けて回る者が居ると、誰かが話しておりましたなァ。役立たずを集めて、何をしたいのやら」

 そのように鼻で笑うバルカスだったが……ゼノスは考える。

 もしや、テオの差し金ではないのかと。

 少しくらい体力が心許なくとも、積載に乏しくとも、例のハイドレーションを使えばそれらを補える。手を余らせているポーターにとって新たな働き口の創出だ。きっと多くのポーターが集まる。

 集まった人を使い、ヤツは何をするつもりなのか?

 そう言えば直営店を募集していたが――。

「そうか、そういうコトか……!」

 ゼノスの中で、全ての点が一本の線に繋がった。

 彼はすかさず先の書状を探し出すと、バシン! と承認印を叩き込む。

「バルカス監査官……冒険者ギルド支部のお話。もう少し詳しくお伺いしても……?」

 そう問いかけたゼノスの姿を、バルカスは不思議そうな表情で眺めるのだった。

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