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【第2章完結】1円ポーションから始める弱者救済マーケティング ―黄金の滴と賢者の秤―  作者: かっぷ
第一章:メルルゥ・アンブローシア

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10:バルカス・ヴォル・グリード

 ここ最近は常に忙しくしていたテオ、メルルゥ、フィオナの三人ではあるが、常時働いているわけではない。

 たまにはまるっと休みを取って、物資補給も兼ねて街へと繰り出し、息抜きをしている。

 だが小端洞は山中にある為、徒歩しか移動手段がないのがネックだ。

 最も近くの宿場までテオやメルルゥの足で二、三時間。山歩きに馴れないフィオナが混じると、プラス一時間。軽荷の場合で、そのくらいの時間が掛かる。

 そこから更に街までは、乗合馬車を利用して二時間ほど掛かり、全体で約半日の行程となる。

 しかし――。

「フィオ、そろそろ疲れただろ。おい、メル」

「どうぞ、フィオナさん。少し多めに渡しておくので、飲みながら歩くと良いですよ」

 フィオナに疲労の色が見え始めるや否や手渡されるメルポ。この甘露を口にした途端、パンパンに張ったふくらはぎが解れ、疲労が消えて身体がフッと軽くなる。

「あ、ありがとう……もう大丈夫よ」

「そっか、じゃあ行こうぜ」

 何食わぬ顔で再び歩き始めるテオとメルルゥ。その背中を見つめ、フィオナは薄ら寒いものを感じる。

 常にメルポをチビチビやりながらの移動、名付けてドーピング山歩き。草木が生えてさえいればメルポを作れるメルルゥが居ることで成立する超快速移動術だ。

 このドーピング山歩きを行うことで休憩ゼロ、常に全速力に近い移動が可能となり、山歩き時間は半分以下に短縮され、疲れも全く残らない。

 即ち、良いコト尽くめの筈なのだけれど……。

「……えっと」

 いや、これ……本当にやって大丈夫なのか? これって実はヤバいコトなのでは?

 知らず知らずの内に自分は、何かとんでもないイノベーションの場に立ち会っているのではないか……?

 フィオナのちょっぴり尖った耳に、世界のルールが壊れる音が聞こえた気がした。


 そして、お昼前――。

「もう到着しちゃった……」

「よぉし、まだ昼飯までは時間があるな。ちゃちゃっと終わりそうな所は、手分けして先に終わらせておくか」

 呆気にとられるフィオナを尻目に、テオがテキパキと動き出す。

「メル、術士ギルドに行ってコレの鑑定して来てくれ。前みたいに鑑定書付きで、最高強度で頼む」

「えぇぇー……またですか? しかも、こんなに沢山……」

 テオの頼みを、珍しくメルルゥが渋った。

 以前に術士ギルドで鑑定を依頼した際、数十万円の利用料金を請求されたことが軽いトラウマになっているようだ。

「また、もの凄い大金が飛んで行くんでしょ? ただ鑑定するだけなのに……」

「前回はそれで助かっただろ。ほれ、金はちゃんと準備してあるから」

 荷物と一緒に代金をギュッと押し付けるが、まだメルルゥは渋っている。

 なので――。

「仕方ないなぁ、それなら……代金が余ったら、小遣いにしていいぞ。焼き鳥でも何でも、好きに使え」

「え? じゃあ、行ってきます」

 手のひらを返すとは、このことを言うのだろう。

 メルルゥは荷物を抱え、ご機嫌でスタコラ走って行った。

「……代金って余るの?」

「1円も余らない。さて、それじゃあ俺たちは……」

 テオとフィオナの二人は一路、冒険者ギルドへと足を向けた。

 街の一等地を広く占有する冒険者ギルドは大きく二つの建物に分かれている。冒険者対応窓口と本部事務所だ。

 夫々が一つのギルドハウスとして通用する程の広さを誇っており、冒険者ギルドの勢力と、世間がどれだけ冒険者という存在に依存しているのかを雄弁に語っているかのようだ。

「私がついて行っても大丈夫? トラブルになるかもしれないわよ」

「受付には近付かないから大丈夫だろ。用事があるのは、こっちの方さ」

 冒険者対応窓口の建物へと赴いた二人は、正面カウンターを避けて横合いへ。

 そこは椅子と机だけが置かれたフリースペースとなっており、暇な冒険者たちが割の良いクエストを求め、あるいは仲間を募り、たむろしていた。

「いたいた、やぁプレゾさん。久しぶり!」

 そんな中、テオが親しげに声を掛けたのはうらぶれた男性だった。

 歳の頃は四十そこそこ。厳つい顔付きと、しっかりとした身体付き。冒険者であるなら前衛職であろうと思われたが……隻腕だ、左腕を失っている。

「おぉ……テオか? 暫くぶりだな、見違えたぞ! 風の噂に小端洞の辺りで妙なことをしてると聞いたが……順調そうで何よりだ」

 そう言って彼は朗らかに笑い、手近な椅子を勧めてくれた。

「紹介するよ、フィオ。この人はプレゾさん。俺がポーターしてた頃、世話になった恩人だ」

「おいおい、恩人は言い過ぎだ。連れ合いに誤解されちまうぞ――プレゾだ、よろしく」

 プレゾと紹介された男性は照れくさそうに笑うと、フィオナと軽く握手を交わす――ガッチリとした、無骨な手だった。

「それで、テオ。どうしたんだ急に? キレイな彼女が出来たから紹介して回ってる……ってワケじゃないんだろ?」

 フィオナは、自分へチラリと向けられた視線へ苦笑いを返し、小さく息を吐く。

 恐らく彼もフィオナの悪評は耳にしている筈だったが、それを顔に出したりはしなかった。

「まぁね。残念ながら、そんな色っぽい話じゃないんだ。プレゾさん、まだポーターやってるよな?」

 そう尋ねるテオに短く頷いた彼は、少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開く。

「一応は現役だが……使い物にはならんぞ? 体力も何も若い連中には敵わんし、見ての通り、隻腕だ。積載は少ないし、速度も出ず、戦闘にも不向き。場数だけは踏んでるつもりだが……こうして待合所のイスを暖めるのがお似合いのロートルだよ」

 それはテオに、というよりはフィオナに対しての状況説明であったのだろう。

 一口にポーターと言っても、そこに求められる役割は様々だ。

 単なる荷運びにのみ終始する者は少なく、雑用係やマッパー(地図筆記係)、斥候を始めとしたスカウト系の役割を兼任する場合が多い。大柄な体格を活かし、パーティーの一員として戦闘時にはタンク(防御係)を引き受ける者も居る。

 プレゾ自身が言ったように、年齢によるフィジカルの低下と片腕というハンディキャップは、ポーターの職業適性を大きく狭めていると感じられた。

「いいんだよ、そんなのは! 実はプレゾさんに頼みたいことがあってさ」

 しかしテオは、それらを全く気にしていない様子だ。

 最初は、かつての恩人に気を遣ってのことかと思われたが……どうやら違う。本当にテオは気にしていない……というよりも、別の要素を見込んでプレゾに声を掛けている。フィオナには、そのように感じられた。

「……ってワケ。ちゃんと報酬も出すからさ、頼むよ」

「別に構わんが……そんなコトで良いのか? ま、どうせ俺もヒマな身の上だ……付き合ってやるか」

 あれよあれよと見ている間に、どうやら話は纏まったらしい。

 プレゾには何かの運搬を頼んだようだったが、横で見ていたフィオナにも詳細は分からなかった。単に運搬を頼むなら冒険者に依頼を出せば安全確実なのだが、きっとテオなりの考えがあるのだろう。

「後で聞けば済む話ね……」

 呟き、ふと辺りを見渡した……その時。フィオナが目を見開いて身を竦ませた。

「ん? フィオ、どうした」

 それを敏感に感じ取り、テオが声を掛ける。すると彼女は何も言わぬまま、身を小さく蹲るように顔を伏せた。

 その華奢な身体は緊張に強張って小刻みに震え、白磁の肌は血の気が失せて青白くなっている。

 彼女は何かに激しく恐怖している――それが在り在りと感じられた。

「……!」

 テオは顔を上げ、警戒しつつ辺りを見渡す――と、一人の男性が目に入る。

 肥満体を冒険者ギルドの制服で包んだ、脂ギッシュな男。額の汗を拭うハンカチはシルクで、指には豪奢な指輪――恐らく何かしらの魔法が付与されたマジックアイテムだろう。

 逆の手には分厚い本を持ち、大仰な仕草でドッチリドッチリと床を鳴らし歩いている。

「あいつは、バルカス・ヴォル・グリード……冒険者ギルド本部の外務監査官だ」

 プレゾが言って、バルカスの視線からフィオナを隠すようにさりげなく身体を割り込ませた。

「……あまり、良い噂は聞かない」

「そっか、そういうコトか」

 ギラリとテオの目付きが変わる。

 先ほどまでの人懐っこい笑顔の青年は、もうそこに居なかった。

「ありがとう、プレゾさん。やっぱアンタに声を掛けて正解だったよ」

「お前がそう言ってくれるのは嬉しいが……無茶はするなよ?」

 男たちが頷き合う。

 敵の顔は覚えた。

 今度の相手に、遠慮はいらない。

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