舞い降りた天使
アルマが王都に戻って一年が経った。
当初アルマは下女として神殿に戻ったが、周りから根掘り葉掘り聞かれ、有る事無い事言われて参ってしまった。
見かねたラウルが知人の伝手で王都郊外の農園主を紹介してくれ、今はその農園に住み込みで働いている。
アルマがウィンターハーンを去った後、程なくしてゴーツ王国が国境を侵してきて、両国は開戦した。ウィンターハーン辺境軍も戦争に駆り出された。国中が騒つく中、ひとりの祈祷師がウィンターハーンに向かったと聞いた。きっとジグルドの新しいお嫁さんだ。
開戦から一年近く経って、戦争はアルデンティア王国の勝利で幕を閉じ、ゴーツ王国はアルデンティア王国の属国となった。
国王を讃える人々の熱狂の中で、ジグルドの戦果も聞こえてくる。
戦況で重要な役割を果たし、敵軍の主力部隊を撃破したウィンターハーン辺境軍。それを率いたジグルドは、王都ではウィンターハーンの守護神と呼ばれた祖父に準えて、アルデンティアの守護神と呼ばれている。
今のアルマの生活では国の噂も神殿の噂も詳しいものは入ってこない。
去年のウィンターハーンの収穫量は前年に比べて大きく伸びたということだけ、ラウルが手紙で教えてくれた。ジグルドの大切な領民たちが、ひとりでも多くお腹いっぱい食べられるようになるといい。
戦争のせいで色んなものの値段が上がって、お金を貯めるのが難しくなった。アルマはこの一年でこつこつ小銭を貯めた。やっとウィンターハーンに手紙が出せる。春になる前に街に出かけて、ちょっと良い便箋を買って、クリスに手紙を書くのだ。
冬を越えた大地に新しい命を吹き込むように空から柔らかな光が降る。
二日ぶりの晴天に、アルマは農園の農具を引っ張り出して春に備えて点検をする。今日は天気が良いので、帆布も全部日向に干す。
これくらいの力仕事はひとりでこなせるようになってきた。
納屋の外に置いてある椅子に腰掛けて、休憩がてら昼食にする。背中を温めてくれる陽光に気持ちまでぽかぽかとしてくる。アルマはチーズのサンドイッチにかぶりつきながら空を見上げた。
ウィンターハーンまで続く、雲ひとつない青空。
時々、ジグルドとの夜を思い出す。
汗ばんだジグルドの綺麗な顔が欲情に歪むのを見て、アルマは全身の毛が逆立つほど興奮した。恋した男となら指が絡むだけで身体中が女として目覚めるのだと知った。
荒い呼吸の合間に何度もアルマを呼んだ掠れた声が、今でも耳に残っている。
初めは全然上手く入らないし、穴らしきものがないと言って広げて観察しようとしてくるのでうっかり殴ってしまった。
殴られた頭を、怒られた子どものような顔で摩るジグルドが可愛くて、面白くて、愛しくて。たくさん笑い合って、たくさん抱きしめて、数えられないくらいキスをした。
ジグルドが好きで好きで、甘い夢のような心が震える時間だった。
―――それはそれとして身体はつらかった。
(祭殿で誘われたとき、断ってて良かったなぁ。翌日足腰立たなくて、恥ずかしい思いをするところだった)
身体が怠くて翌朝ベッドから出られなかったアルマは、帰路の予定を変更できないジグルドとそのまま別れた。泣いてしまいそうで、顔を見せて欲しいと頼むジグルドを、身体が辛いと言い訳して毛布に包まって拒絶した。
冷静になってから、次の月の障りまでそわそわして過ごした。
だって、もし子どもができてたりしたら。
クリスによく似た男の子が生まれちゃったりして?
成長して、ジグルドによく似た声でお母さんって呼ばれたりして?
女手ひとつで育ててくれたお母さんと仲良くできない女の子とは結婚できないなんて言い出して、何言ってるの、相手の女の子を大事にしなさい! とかお説教したりしちゃったりして!
―――まぁ、要らぬ心配だったんだけど。
そういうのも込みで、幸せだった。
高く買ってもらったのに、いっぱいいっぱいで全然サービスらしきことができなかった。寧ろ、痛いからゆっくりしろだの、動くなだの、初めてのジグルドに注文ばかりつけて随分我慢させた気がする。シーツを掴んで耐えていたジグルドはあまりにもセクシーだった。ごちそうさまでした。ごめんね。
水筒のお茶で一服してアルマは作業に戻る。
少し錆びた道具で先週教わった通りに慎重に鎌の刃を研ぎ始める。刃物が擦れるシャリシャリとした音は少し苦手だ。使う人に負担がかからないように、怪我をしないように、丁寧に研いでいく。
朝から農園で作業し、夜になれば農園主の用意してくれる夕食を作業仲間とわいわい食べる。そして眠って、起きたらまた作業を始める。
そんな単調で穏やかな日々がアルマの傷をゆっくりと癒してくれた。
生活が落ち着いてくると、アルマの年でもちらほら男を紹介しようかと声がかかる。クリスと約束したせいもあるけど、お礼を言いつつ全て断っている。
今はまだジグルド以外の男性と向き合えると思えなかったし、やはりアルマは男に触られるのは苦手なままだった。
作業従事者たちの長屋に戻ると、夕食当番の女性たちが騒ついていた。アルマを見つけた世話役が藁に縋るようにアルマの腕を掴む。
「アルマ! アルマ、あんたにお客さんだよ! はー、もう、なんでもっと早く戻ってこないんだい!」
「お客さん? 誰ですか?」
「知らないよ! あの神官様のお知り合いだろ」
ラウルの? なんだろう。
ラウルとはもう、神官様と農民になってしまって、アルマから会いにはいけない。ラウルもたいていの用件は手紙で済ませる。
人を遣わすような、何があったのだろう。
長屋の表に走ると、入り口に豪華な馬車が停まっていた。
その手前に見える姿は、―――夢にまで見た、アルマの、世界一可愛い天使。
「………え……」
アルマの姿に気付いて、天使は小走りに駆け寄って、アルマの腰にしがみつく。
「アルマ!」
「……クリス……?」
「アルマ、会いたかった!」
「えっ、えっ、クリス………クリス! ますます綺麗になって! ヴィーナスも裸足で逃げだすわね!」
「ははっ、ありがと。アルマも変わらず、世界一可愛い。
会いたかった………ずっとお願いしてたけど、ラウルさんの許可が出なくて」
「ラウルの? 許可??」
いつからアルマの面会はラウルの許可制になったのか。
「うん。どこにいるか教えてもらえなくて。
ラウルさんは『俺の意向など無視して勝手に捜せばいい』って言うんだけど、アルマの大事な人に、僕たちのこと認めてほしかったから。長かったぁ。
お祖母様とお父様がね、父上のためにすごく頑張ってくださったの。だから、やっとラウルさんにここを教えてもらえたの」
ハグをねだるクリスをアルマはやんわりと押し留める。
今の生活ではお風呂にも毎日は入れない。服も満足に洗っていないし、今日も農具の錆と畑の土まみれだ。
「クリス、今、仕事終わりで汚れてるから」
目を瞬いたクリスは、少し大人びた顔で悠然と微笑んだ。
「分かった。女心だもんね。
ねぇ、今日、タウンハウスに招待したいんだ。来てくれるでしょ? アルマの着替えも用意してあるよ。アルマはドレスが苦手だから、城で着てた服持ってきたんだ。
お風呂入って着替えたら、僕とぎゅってしてくれる?」
まだ七歳のはずのスーパーダーリンに、アルマの腰は砕けた。





