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【書籍化】祈祷師アルマはすったもんだの末にイケメン辺境伯に嫁ぎました。  作者: 花鶏
⁑ 祈祷師でなくなったアルマはすったもんだの末に ⁑
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再会


 久しぶりのウィンターハーンのタウンハウスはアルマの記憶通りの豪邸で、整えられた庭園のみが冬の色彩に変わっていた。

 思えばすごい生活だったなぁと今更ながらに感じ入る。


 久しぶりにたっぷりの湯で身体を洗って、バスローブで長椅子に座らされ、メイドに爪の手入れをされる。遠慮してみたが、土の入った爪で食事をするなと言われてしまうと反論の余地がなかった。


「えっ!? ジグルドも王都に来てるの?」

「うん、サンルームでアルマの支度が終わるの待ってるよ」


 隣に座って腕を絡めるクリスが当たり前のような顔で頷く。

 メイドに髪を乾かしてもらいながらクリスとお喋りしていたアルマは想定外の情報にジュースを咽込んだ。


「えっ、でも、ジグ………閣下は、お忙しいでしょ? わたしと会う暇なんて」

「父上とは、会いたくない?

 アルマがどうしても嫌なら、僕が暴れてあげる」

「そ、そんなことないわ。喧嘩したわけじゃないんだもの。

 ただ、その、……ううん、久しぶりに会えるなら、嬉しい」


 そうだ。

 ジグルドがどういうつもりでも、会えるだけでも嬉しい。


 一年ぶりに臙脂色のメイドのお仕着せに袖を通す。夕食時にまた会おうねとクリスと別れ、メイドに案内されて庭園のサンルームに向かう。メイドはサンルームの入り口で下がっていった。


 そろりと足を踏み入れると、優しい花の香りがする。初春だというのに温かな室内は埋もれるほどの花で飾られていた。


 淡い色とりどりの花の中で、急に黒い服の男が姿を現してアルマはぎょっと後退った。

 男の顔を見てアルマの心臓が衝撃で縮み上がる。


 左半分だけ短く刈り上げたシルバーブロンド。顔の左側から首筋にかけて引き攣れるように赤く爛れた皮膚。その中で光る、凍てつくほど冷たい灰色の瞳。


 世界を蹂躙するが如き、闇の魔王―――


「ジグルドじゃん!?」


 ジグルドじゃん!


 びっくりした!

 ほんとびっくりした!


「ど、どど、どうしたのその顔!」


 詰め寄るアルマに、ジグルドはどこかほっとしたような顔をしてから、気まずそうに視線を逸らす。


「少し無茶をして、失敗した」

「痛みはないの? 目は見えてるの?」

「ああ、もう問題ない」


 あまりの痛々しさに泣きそうになる。

 ジグルドは少し逡巡してから、意を決したようにアルマを見た。


「アルマ」


 一年ぶりに心地良い声に名前を呼ばれて、アルマの心臓がどきりと跳ねた。


「その後、股はどうだ。痛みはとれたか」


 うわ―――お!?


「なっ、なんてこと言うのよ! 相変わらず女心分かってないな! だいたい、あんな一晩きりのこと、忘れるのがマナーよ!」

「すまなかった。私の知識が不十分だった。裂けていないか」

「ちょっともう黙ろうか!?」

「大丈夫だったのか」


 無視か。腹立つ。


 いや、分かっている。心配してくれているのだ。分かっているけど。

 せめてもう少しましな聞き方はないのか。


「……………だい、じょうぶ、よ……」


 ………うん。

 もういいや。お陰で緊張も解れた。


「よかった。

 ―――アルマ。私は愚かなことをした。一年前のあれは、」

「そんなことより、領のみんなは元気!?」


 ほらぁ!

 後悔してんじゃん!

 素人女を一晩買うのに蒼玉の指輪なんて高すぎるって言ったじゃん!


 聞きたくない。

 アルマにとっては大事な思い出なのだ。

 後悔しているとか聞きたくない。


 ―――なによ。国の英雄でしょ!

 指輪のひとつやふたつ、ケチケチしなくたっていいじゃない!


「………ああ。あなたが知っているような人間は、皆息災だ」

「どういうこと?」

「軍部には、欠けた者もいる」


 アルマは息を呑む。


 当たり前だ。戦争をしていたのだ。

 辺境軍のトップのジグルドがこんな怪我をして、被害がゼロだったはずがなかった。アルマが何の変哲もない日々を呑気に過ごせていたのは、この国を守るために命を賭けた人たちがいたからだ。

 失言を恥じて俯くアルマに、ジグルドは怒る風でもない。


「……あなたは、最近はどうしているんだ」

「わたしはねぇ、特に何もなく、のんびり暮らしてますよ」


 本音を言えば戦争のせいで物価が上がって、アルマの給金では、たまの贅沢の蜂蜜の頻度が半分になってしまったが。ラウルの紹介してくれた農園主はドケチで有名で給金はとんでもなく安かったが、穀物の価格が高騰した中でも農民の食事を削ることはなかった。老人や病人も含め、アルマたちは粗末ながらも毎日十分な食料を与えられていた。


「何もなく?」

「ジグルドたちが頑張ってくれたから、平和なものだったわ。ありがとう」


 そう言って笑ってみせたアルマを、ジグルドが探るような視線で眺めまわす。


「………その、今も、ひとり?」


 どういう意味だ。

 この冬、ちょっと太ったからか。

 自分は別の祈祷師と結婚したから、捨てた女が気にかかるのか。

 同情か。上等だこのやろう。


「悪い!? 言っとくけど、全然話がないわけじゃないのよ! この間も、いいお話があって、そうね、前向きに考えてるところ!」


 話があったこと自体は嘘じゃないのに、我ながら虚勢っぽいのがつらい。


「前向きに……」


 呟いたジグルドが急に慌てたようにアルマの手首を掴んだ。


「―――アルマ、聞いてくれ。あなたを金で買うなど、あの時の私はどうかしていた。もうあなたに会うことはないと思って手段を選ばなかった。本来なら合わせる顔もないが、償わせてほしい」


 想定外の懺悔にアルマは目をぱちくりさせる。指輪を返してほしいという話ではないのか。


「断じて、あなたを軽んじたわけではない。あの時は、もう二度と機会はないと思って、私は―――」


 魔王様、魔王様。顔が近い。

 痛々しい火傷が威圧感を増して凄く怖い。


 薄目になったアルマに気付いて、ジグルドは言葉を詰まらせ、手を放した。


「―――すまない………。

 色々考えてきたはずだったが、全て言い訳だ。友人と言ってくれたあなたを金で買うなど、信頼を裏切る行為だった。怒らせて当然だ。………………会いに来たりして、不愉快にさせたか」


 ジグルドの灰色の目が後悔に揺れる。


 北の砦で彼の言葉に泣いた自分を思い出す。

 今更、友人として惜しいと思ったのだろうか。

 アルマだって、これで最後だと思って受け入れた。友情を守りたかったなら怒るべきだったのだ。お互い様だったと思う。


「………ううん。会えて嬉しい。怒ってないよ。指輪、気に入ってるし」

「……持っていて、くれているのか」

「持ってるよ。サイズが合わないから、指には嵌められないけど」


 服に隠していたペンダントを襟元から引き抜いて先に付いている指輪を見せると、ジグルドはアルマの手を両手で握った。


「―――アルマ。私は、あなたとの関係を、やり直したい」


「そんな大袈裟な。

 立場が違うから前みたいにはいかないけど、ジグルドが望んでくれるなら、わたしたちはまた友達になれるわ」


 寛容さを示してみせたアルマに、ジグルドの眉が何故か落胆したように八の字になる。


「………その、ウィンターハーンに、戻ってこないか」

「無理よ。王都以外の土地は独り身の女には厳しいの。

 ジグルドも頑張って、皆が暮らしやすい領を作ってね」

「独り身、いや、その、そうじゃなくて……」


 もごもごと何かを言いかけて、ジグルドは諦めたように話を変えた。


「……………………………甘いものを、用意してある。夕食の前に、一緒にどうだ。よければ今日は泊まっていってほしい。クリスが楽しみにしていたので……そう、夕餉の後もなにか甘いものが出るはずだ。それにクリスが……いや、違う。私が、話したいことがある」

「泊まっていいの? じゃあお言葉にあまえちゃおうかな。わたしも久しぶりに話せるの嬉しいわ。ねぇ、クリスと夜更かししても良い?」


 暫く待っても甘いものとやらが出てこなくて、そわそわしていたジグルドは待ちきれずに自分で厨房に取りに行った。

 甘味などどれも違いが分からないなどと言っていた人間とは思えない。アルマは、ジグルドのそういうところは相容れなくて残念だったので、すっかり甘味好きになったらしい魔王の姿を微笑ましく思った。



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