祈祷の終わり
結局アルマはジグルドの提案を容れた。
毎日夕食を共にし、寝支度を済ませた後はソファでぐったりとジグルドに凭れて手を繋いでいる。
ラースに頭をくしゃくしゃにされた時に思ったが、ジクルドとラース、そしてクリスの霊脈はよく似ている。ウィンターハーンの大地に触れた時に感じる、アルマと相性の良い、心地良い流れ。もう医療行為として割り切ることにした。
時々、好きな男に手を握られていると自覚してしまって顔が赤くなるが、ジグルドは超絶イケメンなのだ。イケメンと手を繋いで赤くなるのは当たり前のことだ。アルマの気持ちがばれることはない。水が高い所から低い所へ流れるのと同じだ。イケメンってそういうものだからね!
一度マークに目撃されて、顔から火を吹くかと思った。
怒りマックスの猫のような剣幕でジグルドを糾弾し、凭れている最中にノックされても絶対に許可を出さないと誓わせた。
「………そんなに私の顔が好みなら、喜ぶべきではないのか。何をそんなに怒っているんだ……」
やかましい。
事情があるのよ事情が。
ジグルドとは、この半年間の会話を合わせたよりもたくさん話をした。沈黙に耐えられなくてアルマが一方的に質問を浴びせたと言った方が正しいかもしれない。
ジグルドが初めて自分の馬を貰った日のこと。
ラースが出奔するように学院に行ってしまった日のこと。
先代に付いて初めて王宮に登城した日のこと。
マークとベンジャミンが喧嘩した日のこと。
ヘルムートと狩りに出かけた日のこと。
エリックと意見が合わなくて口論した日のこと。
イゾルデから聞いた昔のウィンターハーンのこと。
クリスが産まれた日のこと。
ジグルドはプライベートな話は苦手だろうに、アルマが取り留めもなく聞いた事に誠実に回答してくれる。どんなことでも、ジグルドのことを知れるのが嬉しかった。
アルマは次々と質問を投げた。
何故こんなに美しい自分の顔が嫌いなのか、とか、何故この祈祷に付いてきたのか、とか、マリールイーズとのことは吹っ切れたのか、などの藪の蛇をつつきそうな話題は避けて、楽しそうな話題だけを選んだ。
眠くて難しいことは考えられないし、ジグルドがアルマを癒すために設けてくれているこの時間で自分から傷付きにいくのは不誠実な気がした。
ひとつずつ単語を確認するような喋り方が耳に心地良くて、アルマは何度か涙を滲ませてジグルドを困らせた。
「ごめんなさい。なんでもないの」
腕をあげるのも億劫で、ジグルドの肩に凭れたまま、はらはらと流れ落ちる涙をそのままにしていると、ジグルドが怖い顔で涙を拭ってくれた。頬に当てられたハンカチから上品で甘いサンダルウッドの香りがする。
その香りがますますアルマの胸を甘く締めつけた。
そんな日々が続いたある日、アルマは砦での祈祷を終えた。
ふつりと、紐が切れたように霊脈のゆがみが途絶える。湧きあがる霊気がするすると大気を駆け上がる。
こんなことが、あるのか。
霊脈とは変化するもので、暫くすればこの場所にはまた澱みが溜まっていくだろう。
だが今この場所で、もう、できることはない。
霊流が透き通るほどに澄んで領都へと流れてゆく。瞼を開けて、大きな窓から眼下に広がる大森林を見下ろす。慈愛と祝福に満ちた荘厳な霊気が全ての命を照らすようにちかちかと煌めいていた。
世界はあまりにも圧倒的に美しく、すべての存在を内包していた。
ウィンターハーン。
わたしは、きっと、この土地で祈祷をするために生まれたんだと、思う。
その情景を前にアルマは涙を止めることができず、長い時間、ただその場に立ち尽くした。





