大森林の砦
冬。
雪が降り始める前に、アルマたちは大森林の砦へ向かった。
アルマとジグルド、護衛騎士のマーク。その他魔獣に備える兵士と、何人かの使用人たち。下働きには、一番近い村から村人をひと冬雇った。ひと月の間、物資を補充する兵士を除き砦に篭ることになる。
ジグルドとアルマの寝室と祈祷室の防寒を最優先に大急ぎで修繕された砦は、マークの寝室ですら簡素なもので、ベッドの格の違いにアルマは恐縮してしまった。マークは、森の中の砦でこれなら上々だと笑っていた。
当てがわれた部屋はジグルドとアルマの部屋だと言われたのに、ジグルドはアルマを気遣って寝る前には部屋を出る。良い寝台はひとつしかないのだからアルマが他所で寝ると言っても、この砦ではジグルドよりもアルマの疲れをとるのが大事だと譲ってくれない。それは確かにそうだったので、アルマは大きな寝台にひとりで休んでいる。
砦での祈祷は驚くほど順調だった。
ウィンターハーンの霊脈の中心。湧きあがる霊流は多少刺激が強すぎるきらいはあるが、半年間ウィンターハーンの神殿で祈祷をしてきたアルマにとって、その扱い方を理解するのは呼吸をするよりも容易かった。
霊脈を編み直すほど、澱んでいた霊気が面白いように流れる。夢中になって、気付けば夜半ということもしばしばだった。
その日もアルマは祈祷のしすぎでふらふらになって部屋へ戻った。
こんなに寒いのに汗まみれだ。城から一人だけ連れてきたメイドが、ハーブを煮出したお湯で身体を拭いてくれた。因みに森の中の砦だというのにお風呂も沸かしてもらえる。王都にいたラースがジグルドがひと月も滞在すると知って、兄さんを臭くするなんて神が許しても俺が許さんと砦の改修に口を出してきたからだ。
流石ラース様。良い仕事するぜ。
身体を拭き終わってソファでぐったりしていると、ジグルドが二人分の食事を運んできた。
砦に入って一週間、ジグルドは今まで見たことがないくらいのんびりしている。だいたいは城を出る時に渡された山のような資料を読んで、息抜きがてら使用人を手伝っているようだ。
「あんなに毎日忙しくしてたのに、一ヶ月も休んで大丈夫なの?」
「初めから予定されていれば、私の代わりはいくらでもいる」
「そうなの? じゃあいつも、なんであんなに忙しいの?」
「なんで、と言われると、私の趣味だな」
「しゅみ」
目をぱちくりしたアルマの前に夕食のトレイを置いて、ジグルドが隣に座る。
「私の仕事は、ウィンターハーンの血を継ぐこと、施政の決定をすること、責任をとることだ。私が忙しいのは、何かを決めるにあたってできるだけのことを考慮に入れたいという、私の嗜好だ。
おじ様方にしてみれば、そんなことより子どもの五人や十人作ってほしいと思っているだろう」
「こども……」
「あ、いや、おじ様方がそう思っているだろうという話で―――最近はそれも言われない。クリスのおかげだ。クリスは優秀だからな。口煩いカスパル伯父上が、私より余程人付き合いが上手いと感心していた」
ジグルドは少し慌てたように食事を始める。
アルマもスープの器を持ち上げる。とうもろこしの優しい味が空腹に沁みる。
砦に入ってから、夜の食事はジグルドと一緒だ。なんだかこそばゆいが、使用人の負担を考えれば当然のことだろう。アルマのせいでジグルドも夜は肉にありつけない。アルマがうっかり遅くまで祈祷している日は、ジグルドも夕食を待ってくれている。
黙々と食べていると、だんだんと瞼が重くなってスプーンを取り落としてしまった。
拾ってくれたジグルドの眉間に皺が寄るのを見て、アルマの眠気が飛ぶ。
「ご、ごめんなさい」
「また無理をしているのか。初日から思っていたが、祈祷の時間が長くないか」
「うぅん、無理してるって言うか……祈祷してるとノリノリになっちゃって、気付けば時間が経ってるっていうか」
「それは身体に負担はかからないのか」
「かかるけど、しょうがないわ」
ジグルドの眉間の皺が深くなる。
「アルマ。私の代わりはいくらでもいるが、あなたの代わりはいない。何度でも言うが、身体を労われ。明日は休め」
「いや……」
「アルマ」
「大丈夫よ、ちゃんと潰れないようにしてるわ!」
うう、ジグルドの睨んでくる目が怖いよ。
これでも切り上げてきている。本当はもう少しやろうと思うけど、途中で寝込んでは日程が無駄になるから。これ以上減らすのは嫌だ。減らした時間で何人が死ぬことになるのかと、そんな事ばかり考えてしまう。
ジグルドは説得を諦めて溜め息をついた。
「……あなたは時々、疲れるとクリスの手を握って休んでいる」
「あ、うん。相性が良くて、握ってると元気になるから」
「あれは、私でもいいのか」
ああそうね、クリスとジグルドの霊脈はよく似てるから………
………なん!?
「私とクリスは似ていると言っていただろう。なら私でもいいんじゃないか」
「いやいやいやいや!」
「嫌なのか」
「嫌とか嫌じゃないとかじゃなくて!」
話がついていないのに、ジグルドは勝手にアルマの手を握り込む。
こら――――!!
こっちの気も知らないで!
「少しくらい嫌でも我慢しろ。どうしても嫌なら、明日は休みだ」
そんな勝手な……
………あ……ジグルドの霊脈、気持ちいい………
……クリス、どうしてるかなぁ………
そう考えて、気がつけば翌朝だった。





