100. さらば絶海
「今回は一切手を出さないわよ。」
「私達が干渉しすぎたのも、原因の一つだもの......タツキ君には迷惑をかけたわね。」
「そうね......。神夢界に呼ぶのだって少なからず魂に負担かけてる筈だし。あー...でも、お菓子無くなっちゃった。どうしよう......?」
「どうするにゃ?この転移魔方陣はタツキの目的地に繋がってるのかにゃ?」
「どうだろう......リリアは分かる?」
樹生の質問にリリアは答える。
「ええと...タツキさんが、最後に居た場所は分かりますか?」
「俺が最後に居た場所は......渓谷の横穴だね。えっ?あそこに出るの?カンドラじゃなくて?」
「はい。タツキさんの場合は入り口からではなく、途中から無理矢理入ったので......私のせいです。」
リリアは喋りながら、どんどん気を落としていく。
「もう!リリー?タッツーがそんなことで、怒ったりしないわよ!」
腰に手をあて、そう言うのは人になった元プレシオサウルス。リルである。身長は樹生より高く、スラッとしたモデルのような体型。髪色は青と黒グラデーションが綺麗である。
「そうだね。リリアの事は恨んだりしないよ。これからよろしくね。」
その言葉がリリアにとってどれ程の救いがある言葉なのか。樹生とて分からない訳ではない。
「はい......ありがとうございます。」
「それじゃあ、皆!」
「タツキ!しー!にゃ...」
メアがアイギスを見ながら言う。そうだった...まだ疲れて寝てるんだった。
「ゆっくりしててね。」
軽く撫でると小さく身じろぎする。
「それじゃあ、改めて...行こう。」
一歩踏み出し、全員が魔方陣に乗ったのを確認してリリアに起動してもらう。
目映い光に包まれながら、樹生達は絶海の覇塔の攻略を完了する。
「ここは......戻ってこれたのか?」
見渡すと見たことあるような、無いような…見慣れた天井のようなそうじゃないような...
「......2週間前ですね」
背から声が聞こえる。
「フウナさん達は......2週間前にここを発っています。」
「アイギス、目が覚めたのかい?」
「はい…ですがまだ本調子とは程遠いです。マスターの魔力供給を所望します。」
「好きなだけ持っていっていいよ。まだゆっくりしててね。」
「はい。......ありがとうございます。」
身体から力が抜けてくような......なるほど、これが魔力を吸い取られる感覚か。
「2週間前......それぐらいあればカンドラに到着してるかな?」
「「「「...............?」」」」
「うん?あれ?......あっ!」
樹生はここで衝撃の事実に気づく。
「誰か......地理に詳しい方はいらっしゃいませんか?」
「知ってると思うかにゃ?冥府生まれ冥府育ちにゃよ?」
「タッツーごめん。私もそんなに詳しくないの...」
「すみません…...冥府ならば案内できたのですが...」
「どうするか......カンドラが何処にあるか...」
全員がうーん...と頭を悩ませていた。
「とりあえず渓谷から出ませんか?もしかしたら他の人間に会えるかもしれませんし…」
リリアの提案に反対するものはいなかった。渓谷の横穴を後にし地表に到着する。
「流石になぁ......他の冒険者か行商人でもなんて思ったけど、そう甘くは無いよな。」
「タッツー、どうする?とりあえず宛もなく歩くって言うのもアリだと思うけど?」
「それは......僕たちなら問題無いにゃね。樹生がいれば衣食住には困らにゃいし、僕たちを倒せる敵もこの辺りにはいると思えにゃいし...」
「しかし、徘徊していると言う事実は精神衛生上良いとは思えません。何か......目的を持った方が...」
三者三様のごとく各々が意見を出していくなか、アイギスは突破口を見つけることに成功した。
(エンシェントウルフ......流石の知能ですね。いや......マスターを信頼しているのでしょう。......お陰で何とかなりそうです。)
「マスター......私に任せてください。......エンシェントウルフの魔力痕を追えます。」
アイギスはそう言うと、樹生に指示を出した。
「あっちに進めば良いのか?」
「はい…ほぼ直線ですし、迷う事はないかと......」
「ナイスだアイギス!皆、行こうか!」
全員が頷くと、アイギスの示した方向へと歩みを始めるのだった。
「さてと......アイギス?まだ魔力痕は見えてる?」
「はい...」
渓谷を出てから一時間程歩き、深い森の中を進んでいた。アイギスは徐々に回復し始めているが本調子ではない様子。
「うーん......アイちゃん、本当に回復してないの?」
「.........何を急に言い出したかと思えば...見てください、私の鈍い輝きを。まだまだ本調子ではありません!なのでマスター......もう少しこのままでも良いですか?」
「大丈夫だよ。」
樹生とてアイギスに無理をさせるわけには行かない。魔力を少し持ってかれるのがなんだと言うのか…...。
「男、九条樹生!この程度で折れてたまるかよ!」
「タツキさん、ファイトです!」
リリアがふんすと応援してくれる。俄然やる気が出てくるものだ!!
「よっしゃあ!それじゃあこのままカンドラまで一直線に...」
「タツキ!ストップにゃ!!」
メアが声を上げた。
「怪しいにゃね......血の匂いがプンプンにゃ」
「確かに......こっちからね。」
メアとリルが草むらへと駆け出した。
「タツキさん!私達も......」
「いや......ちょっと待って...」
樹生は手を引くリリアを制止した。
「どうしたんですか!?早く行かないと!!」
「.....................」
グイグイと引かれる手に違和感を覚え始めたと同時だった!
「マスター!!それはリリアではありません!!」
「!!」
「ひゃはは!」
フッと腕を引く力が抜けたかと思うと、辺りに濃い霧が立ち込める。
「これは......!!」
「マスター!レーヴェを!!」
「!」
シュルシュルと蔦が動きだす。それだけでは終わらず周りの木々さえもギギギと音を立てながら迫り来る。
「リリアはいったい何処に...!!」
「マスター!!構えてください!!今はご自身の心配を!!」
「くそっ!皆......何処に行ったんだ…」
見渡せど、ケタケタ笑う木々にヒュンヒュンと音を立てながら動き回る蔦...
「アイツらは…なんなんだ!?」
「トレント......!!それにドライアドの気配まで!!」
「つっ!」
後ろからゆっくりと迫っていたトレントの噛みつきを避ける。
「マスター!無事ですか!?
「何とかね!でも......どう切り抜ける!?」
シュルッ!
「あがっ!ぐっ......うっぐふぅ......が、かはぁ...」
樹生の首に蔦が巻き付き締め上げる。
「マスター!!くそっ!離せ......!!」
アイギスも同様に締め上げられるが効果は無かった。だが魔力がまだ回復しきってない上に、この蔦はドレインの効果を持っているようで徐々に魔力を吸われていた。
「マスター!!くっ!...」
自信からどす黒い感情が溢れ出ようとする。
(この力は危険すぎる。マスターを......また傷つけてしまう!!)
そう悩んでいるうちに、樹生の顔からは徐々に徐々に生気が失われていた。
(頼む!誰でもいいからマスターを!助けて!!)
ボッと一瞬にして森が火の海に包まれる。
トレントやドライアド、森の魔獣達の絶叫が響き渡る。
「私達がここを通った時一切の手出しをしてこなかったのは......ビビってたと言うことでしょうか?」
「かはっ!はぁはぁ......くふぅ...」
「マスター!!ゆっくりと息を吸ってください。」
アイギスが寄り添ってくれる。
「マスター...久し振りですね。本当に......心配したんですよ?」
樹生とアイギスを守るように立つのはアーサーであった。
「リル?と言いましたか?彼女の機転が私をここに呼んでくれたのです。......感謝しなければなりませんね。」
優しく話すアーサーだが明らかにブチぎれていた。
「迷いの森、惑わしの森、妖精の森......呼び名は色々ありましたが今後は一つになるでしょうね」
もはや残っている植物や魔獣は存在しなかった。全てが燃え尽き灰になっていたのだ。
「灰塵と化せ......"インフェルノフレア"」
アーサーがバサッと翼を動かすと残りカスすらも消え去った。
「「マスター!!無事ですか!?」」
アーサーとアイギスが同時に詰め寄ってくる。
「貴方は誰ですか?」
「そちらこそ...彼は"私"のマスターです!」
「何を!!タツキは"私"のマスターです!」
「マスター呼びを止めなさい!キャラが被ってます!!」
「それはこちらのセリフです!」
バチバチと睨み合うアーサーとアイギス......
それを見ながら樹生は助かったと言う安心感のせいか、気を失ってしまった。
「タッツー!!大丈夫!?」
「良かったにゃ!気を失ってるだけにゃね...」
「良かったです......いきなり居なくなってしまった時はどうしようかと......」