第十一節 『援軍』
「……五千か」
ミツキは副王ウィスタントンからの親書を指でつまみ、ひらひらさせながら呟いた。
先程、リーズから渡された親書を自力では読めないと気付いたミツキは、持ち場に戻ろうとしていたソニファを呼び戻し、内容を読み上げさせた。
親書には、ここジュランバー要塞に五千の援軍を送ると書かれていた。
「ありがたいが……大丈夫なのか? ブシュロネアとの戦後処理だって終わってないだろ?」
ミツキはテーブルの反対側に座るリーズに尋ねた。
「ブシュロネアのことなら大丈夫。アタラティアに負けたことで、あの国は首都で大規模な暴動が起こって、軍はその鎮圧で手一杯なんだって。だから、しばらくあの国を警戒する必要はないみたい」
「にしたって、五千って言ったらブシュロネアとの最終決戦に参加したアタラティア兵の半数近くじゃないか。あの慎重な副王にしては思いきりが良すぎないか?」
「ブシュロネアとの戦いじゃミツキたちに助けられてばかりだったからね。軍の中から、先日の借りを返すためにも、ティファニアの危機に援軍を出そうって気運が高まったのよ」
それだけではないだろうなと、ミツキは推測する。
ポイントは、ウィスタントンがティファニア王都ではなく、密かに民兵軍を組織しているジュランバー要塞に応援の派遣を申し出たことだ。
先日の円卓会議で、アタラティアはティファニア軍から正式に打診された援軍の派遣要請を戦後処理を口実に断ったとミツキは耳にしている。
そのうえで、わざわざこちらに応援を送って来たということは、ウィスタントンはドロティア王女とその一派に恩を売りたかったのではないか。
それはつまり、後々セルヴィスが地位を失い、ドロティアが王権を手にすると予想しての行動なのではないか。
相変わらず食えないタヌキだと、ミツキは口の端を釣り上げて笑った。
「それで? 派遣されてくる援軍の指揮は誰が執っているんだ? ディセルバ准将?」
「違うよ。ボスは今、軍の再編の責任者に抜擢されてそれどころじゃないから。それと、ブシュロネアとの終戦後、ボスは将軍へ昇進したから、もう准将じゃないよ。援軍の指揮を執っているのは、ミツキもよく知る人の身内だよ」
ミツキは首を傾げる。
アタラティアの知人でそれ程の地位に就いている人間はかなり限定される。
「副王か、ディセルバ、将軍の兄弟か、子どもとかかな」
「子どもってとこだけ合ってるよ。正解は、ヴァーゼラット元将軍の息子」
一瞬、誰だったかと思考し、すぐに参陣直後にミツキの挑発に激昂し刃傷に及んだうえ返り討ちに遭い、副王によって罷免された将軍を思い出す。
〝元将軍〟ということは、その地位も剥奪されたのだろう。
「あの男の息子かよ。大丈夫なのか?」
「って思うよね? でもヴィゼ・ドゥ・ヴァーゼラット将軍と、息子のヴォリス・ドゥ・ヴァーゼラットの不仲は前々からよく知られてたのよ。父親への反発もあってか、ある意味で真逆の性格の人物ね」
「あれと真逆ってことは、むしろ最高ってことか?」
冗談だと思ったのか、リーズはクスクスと笑った。
「まあ、三十日程で部隊は到着するから、自分の目で見極めてみると良いよ」
「わかった。で、リーズも援軍に参加するのか」
「そりゃそうよ。そうじゃなければ使者なんか任されないって」
一瞬、ミツキは辞退するよう説得しようか迷う。
今回の戦いがブシュロネアとの戦とは比べ物にならぬほどに過酷なものになるということが容易に想像できたからだ。
できれば、見知った者を巻き込みたくない。
しかし、そんなのは己のエゴだということも理解している。
まして、軍属のリーズが戦争に参加するのを止める権利など己には無い。
結局、ミツキは彼女への気遣いの言葉を呑み込んだ。
「わかった。部隊が到着するまでは個室を用意するから、ここまでの旅の疲れを癒してくれ」
「個室って……そんな権限あるの? もしかして、ミツキってけっこう偉い人?」
「別に偉くない。偉そうな奴にこき使われているってだけだ」
ミツキの言葉に、リーズは苦笑を浮かべながら同情の言葉を呟いた。
「相変わらず苦労してるみたいね」
リーズの予告通り、アタラティア軍はひと月後に到着した。
本来であれば、ドロティアの名代としてサルヴァが応対するべきなのだが不在のため、ミツキが代理として出迎えることとなった。
第一王女親衛隊のほとんどがドロティアを王都からノエニアへ密かに移すことにつきっきりで、民兵の方に関わっているのはサルヴァ以外だとレミリスだけだ。
そのレミリスも、相変わらず飲んだくれているので、サルヴァが不在でレミリスが動けぬ時はミツキが対応するしかない。
いくら何でも人材不足すぎるだろうと、ミツキは文句のひとつも言いたかった。
こういう時にこそ王女の〝人見の祝福〟を使うべきなのではないのか。
とはいえ、幸いなことにアタラティア軍の兵士たちの多くは、先の戦争の参加者だ。
だから、トリヴィアとオメガを伴って砦の門前で迎えた時の兵士たちの熱狂ぶりには、三人とも困惑のあまり顔を見合わせた。
後にリーズから聞いた話では、ブシュロネアに勝利した直後に、ミツキらが密かに本陣を抜けティファニアへ戻ったことを多くの兵士は残念がったのだという。
特に、トリヴィアとオメガは、ミツキが開拓村に滞在している間、本陣にて獅子奮迅の活躍をしていたため、兵士たちの好感度は極めて高かった。
それゆえ、先の戦争の英雄たちの姿を見とめた兵士たちは、砦を前にして一斉に鬨の声を上げ、驚いた民兵たちが敵襲と勘違いし、危うく小競り合いになりかけたほどだった。
そんな兵士たちの先頭に、目つきの悪い騎馬武者がいるのをミツキは発見した。
他の兵士たちとは違い、剣呑な目を己に向けて来るその男こそヴォリス・ドゥ・ヴァーゼラットであるとミツキは理解した。
ヴォリス・ドゥ・ヴァーゼラットは父親とよく似た上背と巌のような体躯を持った青年だった。
ただし、父親が常に感情を剥き出しにしていたのに対し、息子は口を引き結び眉間に皺を寄せ、心の内を表に出そうとしない。
五分刈りの髪型も相俟って、ストイックな人となりをミツキに想起させた。
「貴殿には我が父が迷惑をかけた。身内として謝罪する。そして、父を止め、無謀な作戦にまで挑み、我が故郷を救ってくれたことに心から礼を言う」
応接室に通したヴォリスは、開口一番謝罪と礼を口にして深々と頭を下げた。
先日のリーズに対する自分の行動と重なり、ミツキは苦笑する。
「何か?」
「ああいや、ご丁寧にどうも。でも、それはあんたの本音か? さっき外で対面した時、けっこうすごい目で睨まれてると思ったんだけど、もしかして父親を破滅させたオレに思うところがあるんじゃないか? これから同じ釜の飯を食ってくんだから、腹の内に抱えているものがあるなら、この場で吐き出してくれると助かるんだけど」
「それは……」
ヴォリスはしばし逡巡してから口を開いた。
「たしかに、心中は複雑だ。あの男は、いずれ自分の手で引きずり下ろすつもりだったからな」
「へえ」
不仲だとは聞いていたが、相当根が深そうだとミツキは思う。
「中央から任命、もしくは派遣される副王は、実は副王領での地位程には権力を持っていない。一方、土着の軍閥などは元々強固な権力の地盤を築いているため、実質的には副王すら凌ぐ権力を持っているというのは決して珍しいことではない。自分の父もそんな人間のひとりだ。しかし、あれは己の利権にしか興味のない男だった。軍の人事でも己の縁者を厚遇し、有能な人材を地方へ飛ばしたりすることなど茶飯事だった。その結果が、ブシュロネアとの初戦の惨敗だ。いずれ奴を告発するための準備を進めていた私にとって、先の戦争に間に合わなかったことは痛恨だった。かくなるうえは、本陣での暗殺さえ考えていた」
「なるほど。そこへオレらがやって来たと」
「そうだ。正直、父が病院に送られたと聞いた時は何かの間違いだと思った。父は常に、周囲に盾となる人間を置いていたからな。しかし、結局、転落した父を庇おうとする者はいなかった。戦後、初戦の敗北をはじめ多くの責任を負わされた父は、極刑こそ免れたものの、所領も財産もほとんどを失った。軍も追われ、唯一手元に残った田舎の小さな別邸で暮らす父を訪ねた時、あの傲岸不遜な将軍と同じ人間かと疑う程に老いさらばえ、庭の花いじりだけを趣味にして日々を送る姿を見て、憎しみが憐みに変わったのを自覚した」
「だからオレを恨んでいるのか?」
「いや。父の罷免は必要なことだったと理解している。ただ、自分が生涯を賭けてでもやらねばと考えていたことをミツキ殿に一瞬で成し遂げられたために、胸の内に消化できない想いがわだかまっている。つまり、完全に己の都合だ。先程、自分の視線のことを指摘されたが、不快な思いをされたのであれば謝罪しよう」
「いや、別にいいさ。オレも謝る気はないしな。それに、過ぎたことより目の前の危機だ。今、この砦に集っているのは、ほとんどが傭兵や冒険者、他には都市部の自警団出身者や開拓村の狩人なんかだ。だから、軍人の参加は本当に助かる。ティファニア正規軍の勝敗も未確定だが、いずれにしろ今後どうかよろしく頼む」
そう言って差し出されたミツキの手を、ヴォリスは固く握った。




