第十二節 『壁上』
ミツキは久々に顔を出したサルヴァと、城壁の上で兵士たちが訓練する様子を眺めながら話し合っていた。
「アタラティアからの援軍は、正直助かるな。それに第十八、十九、二十副王領からも、それぞれ三千から四千程度の援軍を送ってもらえるそうだ。これで南部副王領からの援軍は、現時点で約一万五千以上が確定した」
どこもティファニアからの公式の援軍要請に応じていない副王領だ。
だとすれば、アタラティアと同様、ドロティアに恩を売ることを想定しての行動と受け取れるが、それにしても各副王領の足並みがそろい過ぎている。
どうせおまえが手を回したのだろう、とミツキはサルヴァに猜疑の視線を向けるが、あえて指摘しようとはせず別のことを口にしていた。
「副王領軍は編成が難しいだろうな。既に、アタラティア兵と民兵との諍いも何件か報告されている。それに、別の副王領同士もどうまとめたものかって感じだ」
「部隊を分けて運用するのが無難か。おや、言っている傍から……」
下の広場で民兵の教練を任せていたアタラティアの士官と数人の男たちが揉め事を起こしていた。
その様子に気付いたアタラティア兵が駆け付け男たちを取り押さえようとすると、民の仲間が加勢に入り、騒ぎは次第に大きくなっていった。
「止めた方がいいんじゃないのかい?」
「必要ない。ちょっと見てろ」
ミツキの反応に肩を竦めたサルヴァが再び広場へと視線を落とすと、建物の影から走り出てきた黒づくめの集団が男たちを取り押さえ、騒ぎは間もなく収束した。
「あれは……」
「サクヤが蟲を憑けた囚人たちだ。軍監にすると言っていたやつだな。黒ずくめで物陰から現れるんで、兵士たちは〝影〟って呼んでる。そこから名前を取って、あいつらの部隊は〝影邏隊〟って名付けた。見るのは初めてだろ?」
「ああ、しかし、なかなかいい動きをするじゃないか。聞いてた話じゃ当人の意志は完全に失われているのだろう?」
「そうだ。単純な命令を事前に与えておけば、あの通りかなり使える。ただ問題は、リアルタイムで命令を更新するのに向いていないんだ。命令を上書きできるのがサクヤだけなうえ、遠隔での命令更新を受け付けないらしい」
だから、民兵どもを蟲憑きにはできんのだ、とサクヤは残念そうに言った。
逆に言えば、それが可能なら砦の兵士を皆傀儡にしていた可能性もある。
つくづく人でなしだと、ミツキはサクヤの能面のような顔を思い浮かべる。
「今はああやって、試験運用している。兵士たちにも慣れさせる必要があるからな。今のうちにあの軍監どもの恐ろしさを覚えて貰わなきゃならない。砦にいるうちは営倉行き程度の罰則で済ませるが、行軍中の軍規違反は厳罰で対応するとは既に全軍に通達済みだ。それに加えて、影邏隊の迅速かつ徹底した対応を承知していれば、そう簡単には軍規違反を犯そうとはしないだろう。それでも問題行動を起こしそうな奴は、今のうちにピックアップして排除している」
「追い出しているのかい?」
「まさか。ここを出て悪い噂でも流されちゃ募兵にも支障が出かねないからな。彼らには影邏隊入隊の栄誉を与えている」
「キミもなかなか酷いことをするじゃないか。これでは私やサクヤのことを悪くは言えないな」
「何とでも言えよ。でもな、サクヤの所へ送って蟲憑きにしているのは本当にどうしようもない犯罪者予備軍みたいな連中だ。冒険者つっても、盗賊と変わらんような奴はけっこう多いらしい。そんなのを野放しにするよりは、国のために役立ってもらった方が余程建設的だろ」
ミツキの行動の裏には、盗賊に対する強烈な嫌悪がある。
アタラティアの開拓村での経験がなければ、ここまで酷薄に動けてはいない。
「もっともだ。で、他のふたりはどうしている?」
「トリヴィアは引き続き見込みのある兵の選別。それと希望者に稽古を付けている。最近は、なんか骨のある三人組から連日のように挑戦を受けているらしくて機嫌がいい。オメガも最初は選別を任せていたんだけど、あいつは少しやり過ぎるところがあるんで、今は別のことを任せている」
「別のこと?」
「ああ。兵士以上に圧倒的に足りていないのが馬なのはわかっているよな」
「それはもちろんだ」
騎馬軍団のブリュゴーリュ軍に対抗するためには、こちらも馬を揃えなければならないが、軍馬のほとんどはティファニア軍が連れて行ってしまった。
そこでサルヴァらは破格の値で買えるだけの馬を買い漁ったが、それでも必要な数の半数程しか揃えられていなかった。
「竜型のディノトプスはともかく、鳥型のパラケトラプラスの方は、野生の個体を捕らえて馴らせば乗ることができるんだろ? まあ、戦場に出せる程馴らせるかは時間的に微妙かもしれないけど、少なくとも行軍時の輸送なんかには役立つだろ。オメガには、民兵の中から見繕った使えそうな奴を付けて野生の鳥馬を捕らえに行かせている。幸い、ここ第三副王領から隣領第二十一副王領にかけての平原には野生の鳥馬の群れが生息しているらしいからな。オメガの俊足なら馬にも追いつくことは可能だからそれなりに期待できるだろ。調教師の手配も、あのソニファって受け付けの娘がやってくれたしな」
心配なのは、オメガが捕らえた馬を食ったりしないかだが、そこは奴のなけなしの理性に期待するしかないだろうとミツキは考える。
「素晴らしい! まさに適材適所。留守中の砦をキミに任せて正解だった」
「こういうのは、立場的にレミリスあたりの仕事じゃないのかよ」
「彼女がいざという時以外役に立たないのは、キミも良く承知しているだろう? それに比べてキミはやはり優秀だな。さすがはティアが選んだだけはある」
ドロティアの名を出され、ミツキは微かに身震いする。
苦手意識は未だに払拭されていない。
「オレだって人に褒められれば嬉しいと思うよ? でもな、あんただけは例外だよサルヴァ。あんたに褒められると、また何か企んでいるんじゃないかとしか思えないんだ。わかったら、二度とオレをおだてるんじゃない」
サルヴァは苦笑しながら小さく首を振る。
「つれないな。今のは完全に本心だというのに。砦での人の使い方ばかりじゃない。例えば、指揮官に退役軍人を招くというキミの案、あれのおかげで軍を指揮する人材の確保に目途がついた。ティアの〝人見の祝福〟で、軍に残った人間の中から閑職に追われていた有為の人材を漁ったりしていたのだけれど、さすがに手詰まりでね。その点、退役軍人は経験も豊富で愛国心も強い。さすがに前線では活躍できないだろうから彼らには後方での指揮を任せ、民兵から選抜した士官や副王領からの応援の兵に現場を任せる。これでどうにか軍としての体裁は保てそうだ」
「優秀な退役軍人だったら〝人見の祝福〟で見つけられたんじゃないのか? なんで今まで気付かなかったんだよ」
「ティアの〝人見の祝福〟は人の才覚を光として認知する。しかし、その光は加齢とともに衰えていくんだ。だから、彼女の力は老人に対してはほとんど無効なんだ」
「お姫様、今は王妹殿下か、とにかく彼女に頼ってばかりだからこんな簡単なことを見落とすんだよ。〝人見の祝福〟はもちろん、この軍の費用だって彼女のポケットマネーなんだろ? もう少し自分の力で何とかしろ」
と言っても、ミツキが退役軍人の招聘を思いついたのは偶然の賜物だった。
数十日前、彼は身近な人物で読み書きのできるソニファから字を習おうとした。
承諾したソニファがテキスト代わりに持ってきたのが、砦の書庫で埃を被っていた何かの記録の山だった。
教科書などないので仕方がないとはいえ、軍事用語が頻出する文書の解読に最初はてこずったが、かつて独房に閉じ込められている際に数ヵ国語を操れるのを確認しているだけあり、国語の才能はあったらしくひと月としないうちにかなりスムーズに文章を読めるようになった。
そこで、その記録の山が、過去にティファニア領で起こった内乱の鎮圧や盗賊団など大規模な犯罪組織の殲滅作戦などを記録したものだと気付いた。
ティファニアは百年以上外国と戦争をしていないと聞いていたが、国内での戦闘については近年でもなかなか大規模なものがあったのだと気付き、ならば当時を知る退役軍人の中に経験豊富で有能な人材がいるのではと考えたのだ。
ミツキに指摘されたサルヴァは、この男にしては珍しく深刻そうな表情でうな垂れた。
「返す言葉もないな。これまでティアを盛り立てようと努力してきたつもりだったが、これほど彼女に依存していたとは。しかも、キミに指摘されるまでまるで気付かなかったのが情けない」
「別に頼るなって言ってるんじゃないんだよ。あのお姫様がいろいろ特別だってのはオレも承知しているし、実際彼女の力がなければこうして民兵を組織したり副王領から援軍を送ってもらったりもできなかっただろうしな。でもあんただって〝人見の祝福〟に見出された人間なんだろ? オレをハメた知恵をこういう時にこそ発揮してみろって言ってんの」
「まったくその通りだ。では、早速だが大仕事に取り掛かろう。ミツキ、キミにも同席してもらうよ」
「同席? 何に――」
ミツキの疑問に対し、サルヴァは砦の外の道を正門に向かってくる馬車の一団を指差す。
「なんだあの馬車」
「さっきの話の続きになるけど、ティファニアの元大将軍カナル・フーリッツ・シケルの馬車だ。現在ではヴァリウス王弟殿下が軍のトップだが、大将軍の位は与えられていない。つまり、それだけの大物であり、あの男を説得してうちの軍に引き入れられるか否かで退役軍人の招聘案の成否が大きく左右される」
「難しいのか?」
「ミツキ、私たちは国王の目を欺いて軍を組織しているんだ。国への反逆と受け取られても不思議はない。それを元大将軍が受け入れるかという話だ」
サルヴァの深刻な顔を見て、ミツキは不安を覚えながらこちらへと向かってくる馬車を見つめた。




