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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百九十一節 『描いた夢と、願いと祈り』

 身構えたミツキを前にシェジアは、武器を持たず、先程のように戦闘に特化した形態にもならないことに対して、特に不満を覚えない。

 今のミツキなら、剣や爪など使わずとも、素手で誰でも圧倒できると理解したからだ。

 ただし、彼の次のアクションは限られているとシェジアは考える。

 速やかに意識を刈り、己を治療する。

 そのために、おそらく絞め技を狙ってくるはずだ。

 頭部への打撃でも気絶はさせられるだろうが、脳に深刻なダメージを与える危険をミツキが冒すとは思えない。

 そして、攻撃の方法がわかっていれば、どれだけ相手の身体能力が高かろうと、付け入る隙はある。

 せめて、焦る顔のひとつでも見ないことには終われない。


 そう考えつつ一歩踏み出したシェジアだったが、その動きが止まる。


「ん?」


 眉根を寄せたミツキは、シェジアが口を押さえたのを見て、瞬時に周囲の魔力を操る。

 途端、無数の王耀晶の棘がふたりを囲うように地中から生え、ギャラリーの視線を遮る。


「ちっ! 言わんこっちゃない!」


 口を押さえたまま膝をついたシェジアに、ミツキは駆け寄る。


「おい! 大丈夫か!?」


 手の隙間から、吐き出した血を溢しながら、シェジアは小さく顎を上向け、ミツキを見上げる。


「……最後のチャンスだってのに、体にガタが来ちまうなんて、情けねえ幕切れじゃないですか」

「しゃべるな! 今治してやる」

「勝てねえまでも、せめて善戦して、ミツキさんと戦場で並び立ちたかったんですけどね。結局私じゃ叶いませんでしたか」

「なに言ってんだ、十分認めてるよ、あんたのことは」


 ミツキが彼女の胸の上に手を(かざ)し呪文を唱えると、柔らかな光が掌から放たれる。

 シェジアは胸の内の傷みが引いていくのを感じる。


「これは……すごいですね。ファンの下手な治癒魔法とはぜんぜん違え」

「この魔法はニースシンクでも屈指の治癒魔法の使い手にコピーさせてもらったんだ」

「幻獣の力を手に入れたうえで、魔法まで吸収して模倣しちまうわけですか。こりゃもう付け入る隙がありませんね」


 内部の損傷を治し終えたミツキは、続いてずたずたの左腕に掌を向ける。

 ほかにも、地面や石壁に叩きつけられた体はくまなく傷を負っており、最上位の治癒魔法でも治療にある程度の時間が要ると思われた。


「……お気遣いいただき、ありがとうございます」

「え? なんのこと?」

「部下たちに見られねえよう、まわりを棘で囲ってくれたでしょう」

「あ、ああ。体のことは話してないって聞いてたからな。血を吐くところなんて見られちゃまずいと思ってさ」

「助かりましたよ。吐血して倒れたりすんのを見られたら、さすがに死にかけだって知られちまう。そうなりゃあいつら、私を作戦に参加させねえよう、死にもの狂いで止めにかかってくるはずです」

「そうなりゃさすがのあんたでも困るか」

「そうですね……昔、人生の目標をすべてやり終えた私は、傭兵に身を(やつ)して死に場所を探していました。それが、いつの間にやら自分を(した)う連中が集まって大所帯になってた。最初はなんとも思っちゃいなかったんですよ、あんなゴロツキどものことは。傭兵なんざ人を殺して殺されて金稼ごうってヤクザな生業(なりわい)です。そんな奴らが死のうが生きようが知ったこっちゃなかった」

「でも今は違うんだろ?」

「ええ。大抵の奴ぁ、そうでもしなきゃ食っていかれねえ、哀れな連中です。家の口減らしのため傭兵団に売られた奴、家族を養うため他に方法がなかった奴、そういうひとりひとりの事情が見えてきちまうと、どうにも放っておけなくなりましてね」

「それで義賊の真似事か」

「ティファニアって国は貧富の差が激しすぎる。それに、幅ぁ利かせている奴ほど、簡単に目下のもんを虐げやがる。要するに腐ってるんですよ、人倫(じんりん)って奴が。私の家族も、そういう国の腐敗の犠牲者でした。だから、クソ共が下の連中から搾り取ったもんを取り戻し、必用とありゃ粛清(しゅくせい)してまわったんです」

「そうか。でもそれは――」

「わかってますよ。んなもんただの憂さ晴らしだ。仕組みを根本から変えなきゃ、私の見えねえところで犠牲になる奴ぁいくらでも増える。だからミツキさん、あんたに期待したんです」

「お、オレ?」

「そうです。第十七副王領(アタラティア)で起きたっていうブシュロネアとの戦争で、賊に襲われた開拓村のため、ただひとりで戦い村を護ったティファニア兵がいたって、風の噂で聞いたんですよ。テメエと無関係なはずの開拓民のために、そこまで体張るなんざ、どんな奴かと興味を持ったもんです。その後、第一王女の名代を名乗る使者から、これまでの犯罪行為の特赦と引き換えに、ブリュゴーリュの侵略者どもと戦う民兵軍への参加を打診された私は、軍を率いている人間のひとりが、件の兵士と同じ名だと知って、その誘いに乗ることにしたんです」

「その割には、進軍中は随分困らせてくれたじゃないか」

「ブリュゴーリュ軍との初戦で、あんたの実力はわかってました。でも人となりまでは知らねえ。だから、うちらの上に立てる器か見極めさせてもらったんですよ。それに、あの賭場の一件がなきゃ、私の部下も他の傭兵たちも、そう簡単にあんたに気を許しはしなかったでしょう」


 そんな考えがあったのかと、ミツキは今更ながら驚く。

 当時は彼女のことを、厄介な爆弾を抱え込んだという程度にしか思っていなかった。


「その後、ブリュゴーリュでのミツキさんの振る舞いと、フィオーレの統治を見て、私はいつの間にか夢を見るようになりました」

「夢?」

「ティファニア統治下のブリュゴーリュを独立させ、あんたを王に擁立(ようりつ)するって夢ですよ」

「は、はあ? オレにはそんなつもりなんて――」

「わかってますよ。でもあんたは野心なんざなくても、結局は人のためを想って体を張るじゃないですか。私がお膳立てさえすりゃあ、流されるまま私らの王になってくれるんじゃねえかと期待したわけです。まあそれも、ディエビア連邦やらバーンクライブやら、魔族の台頭やらのおかげでご破算になっちまったわけですが」


 彼女から期待されているということはなんとなく感じていたが、そんな思惑があったとはまったくの寝耳に水だった。


「……買いかぶりすぎだ。オレにそんな器量はないよ」


 ミツキの手から光が消える。


「治療は終わりだ。幸い、骨が変な折れ方をしたりはしてなかったから、魔法だけでどうにかなった。でも、治したのは傷だけだ。次に無茶したら、たぶんそれがあんたの最期になる」

「十分ですよ。これでまた戦える」


 ミツキは周囲を囲う〝晶筍(しょうじゅん)〟を消しはじめる。

 王耀晶の棘が魔素に還元され、光の粒子となって消えていく。


「なあシェジア。あんたが王都での決戦に命を懸けるなら、止めやしないよ。ただ、あんたがただの死にたがりじゃなく大切なもんがあるっていうなら、ひとつだけ心に留めておいてほしい」


 シェジアは黙ってミツキを見つめる。


「あんたがどんな状況でも勝利を諦めないように、最後まで自分の命を諦めないでくれ」

「……本当に甘ちゃんですねミツキさんは」


 そう言いつつ、シェジアは穏やかにほほ笑みながらミツキに身を寄せる。


「まあ、あんたのそういうところに惚れ込んだわけですが」

「え……ん?」


 喉元に冷たいものを感じ、ミツキが視線を下げると、シェジアが手斧の切っ先を当てていた。


「ちょっ、どういう――」

「私の勝ちです」


 ほぼ同時に、王耀晶の棘が完全に消滅し、現れたふたりの様子に、兵士たちは歓声を上げる。

 中でも、〝血獣(ラヴィ・ヅィーヴェ)〟の団員たちの狂喜する様は尋常でない。


「う、うおおお、頭が勝ってるぅあ! やっぱすげえよぉ!」

「信じらんねえ! あそっからどうやって逆転したんだぁ!?」

「一生ついてきますぅう!」


 ミツキが呆気にとられていると、立ち上がったシェジアは背を向け歩きはじめる。


「お、おい! そりゃズルだろ!」

「あ? 傭兵相手になに言ってんですか。勝ちゃいいんですよ勝ちゃ」


 そう言いつつ、シェジアは立ち止まって首だけで振り返り、ミツキに視線を向ける。


「さっきの言葉、たしかに覚えときますよ。それでどうなるとも思えませんけどね。それと、王都での戦い、ミツキさんも勝って望みを果たせるよう、祈らせてもらいます」


 ひらひらと掌を振りながら仲間の方へ歩き出したシェジアの背を見つめ、ミツキは溜息を吐き、苦笑しながら呟いた。


「ああ、ありがとな」

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