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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百八十三節 『教練』

 三人が身構えるのを確認すると、ミツキも左手の木剣を無造作に持ち上げる。


「心意気は買ってやるよ。そうだな……次はいきなり吹っ飛ばしたりしないで初手は受けてやる」


 ジャメサは一瞬戸惑った表情になると、練兵場をとり囲む兵士らに視線を走らせる。


「なんだ、ギャラリーが巻き添えにならないか心配してるのか? それなら大丈夫だ。周りに被害が出るようなことにはならないから全力で攻撃して来な」


 ミツキにそう言われ、ジャメサは表情を引き締めると、ティスマスとエウルに視線を向ける。

 ふたりが小さく頷くのを確認すると、耀晶刀(ヴェリスサージュ)を大きく振りかぶる。

 剣を振るというよりテニスのストロークのような構えだとミツキは思う。

 魔力を帯びた耀晶刀が光を放った直後、ジャメサはそれを(すく)い上げるように振り抜く。

 地面から砂塵が吹きあがり、その中を斬撃が駆け抜けた。


「これが――」


 ミツキは咄嗟に義体の右腕を突き出す。

 掌で斬撃を受け止めると、押された体が僅かに後方へ退がる。


魔増(まぞう)なんちゃらの効果ってわけか!」


 ミツキの知るジャメサは、剣闘士としての闘いの日々によって培われた戦闘技能と身体能力を活かし、軍でも数々の修羅場を潜り抜けて来た男だ。

 一方で、彼が魔法を使うところは、一度として目にしたことがない。

 魔法の素養が皆無なのは明白だった。

 それが、魔法自体は耀晶器(ヴェリスヴェイプ)に付与されたものとはいえ、これだけの威力で放てるということに驚かされる。

 たしかに、レミリスの言う通り革新的な技術なのだろうとミツキは納得する。


「だがまあ、魔法を付与したのも、それを使うジャメサも、結局はただの人間だからな」


 電動ノコギリを受け止めているような感触の掌に、魔力を込めてふり払う。

 なにかが砕け散ったような音が練兵場に木霊し、受け止めていた斬撃の魔法が消し飛んだ。


「なっ!?」


 剣を振り抜いたままの体勢で硬直しながら、驚愕に大きく眼を見開いているジャメサとの間合いを、ミツキは一気に詰める。


「隙だらけ――」


 小さく振り上げた左手の木剣で斬りつけようとするが、ジャメサの周囲に風が渦巻いたかと思うと、凄まじい突風に襲われる。


「おぉっ!?」


 なんだこれはと思い、素早く視線を動かすと、ティスマスが槍の穂先を光らせている。


「防御魔法か」


 それも、迎撃(カウンター)型だなとミツキは察する。

 相手がただの人間であれば、凄まじい風に吹き飛ばされたうえ、全身を引き裂かれていただろう。

 ただし、今のミツキをどうにかするには、威力が足りていない。

 僅かに体制を崩すことさえなく、木剣で風を斬り裂き、切っ先をジャメサの鎖骨に叩き込んだ。

 激痛に目の前が白くなったジャメサは、続けて腹部に衝撃を受け、呼吸が止まると同時に、平衡感覚を失う。

 木剣の一撃から間髪入れず、ミツキの回し蹴りが腹にめり込んでいた。


「っごえ!」


 肺を潰されるのと同時に、ジャメサの体はティスマスへ向かって吹っ飛ばされていた。


「いい!?」


 顔を引き攣らせたティスマスは、ジャメサの体を受け止めるも踏ん張り切れず、一緒に吹っ飛ばされてギャラリーの中へ突っ込んだ。


「ふう」


 息を吐いたミツキだったが、真後ろで小さな音が鳴り、弾かれたように振り向く。

 しかし、離れた壁際に見物人が(ひし)めいているだけで、音の鳴ったあたりに人の姿はない。

 ただ視線を下げると、地面に小石が落ちていた。

 それを見て、ミツキは違和感を覚える。

 練兵場の地面は毎朝当直の兵によって(なら)されるからだ。

 訓練の邪魔にならぬよう、整備は砂利のひと粒も残さぬよう徹底して行われる。

 つまり小石は、己の注意を逸らすために、誰かが投げた可能性が高い。

 そう思い至るのと同時に、顔面に衝撃を受け、ミツキは体を大きく仰け反らせた。


「……仕留めた」


 認識阻害の魔法が付与された貫頭衣に身を包んだエウルは、狙い通りミツキの眉間に矢を直撃させたと確信し、弓を下ろす。

 と同時に、味方の最大戦力を(ほふ)ってしまったと思い至り、顔色を青褪(あおざ)めさせる。


「あ、ああ! どど、どうしよ!」


 狼狽(うろた)えるエウルだったが、後ろに倒れかけたミツキが一瞬で体勢を戻したことで、驚きに身を跳ねさせる。


ねあいあよはっ(狙いは良かっ)らんらへろら(たんだけどな)


 ミツキの口には、耀晶弓(ヴェリスラーチェ)から放たれた魔力の矢が咥えられている。


「は、歯で受け止めた!? ウソでしょ!?」


 魔力の矢を噛み砕くと、拡散した魔素が口の端から煙のように漏れて大気に融けた。

 ただ、反撃しようとエウルを探すも、存在は感じられるが、どういうわけか姿はよく見えない。


「なんだ、魔法か? まあいいか」


 ミツキは魔力の矢が飛んで来ただいたいの方角から相手の位置に()()()をつけると、振り上げた腕を素早くはらった。

 途端、ギャラリーの前方の地面に氷が生じ、練兵場の気温が一瞬で下がる。


「しまった!」

 

 足元を固定され、エウルは慌てて身を捩らせる。

 一方のミツキは、氷が大きく盛り上がったところに向かって地面を蹴る。

 エウルの前まで一足飛びに跳ぶと、木剣を突き出した。


「まいった!」


 切っ先が、エウルの眉間に当たる直前で、止まる。


「……またオレの勝ちだな」


 ミツキは剣を右手に持ち替えると、左手の指をパチリと鳴らす。

 途端、エウルの両足を地面に固定している氷に白い炎が(はし)り、一瞬で蒸発して消えた。


「まいったな……話にもならないや」


 エウルは力なく笑いながらその場にへたり込む。

 先程とは違い、三人も行動を起こしたにもかかわらず、まるで通用しなかったことに、兵士たちはあらためて絶句する。


「おーい、ジャメサは大丈夫か?」

「あ、生きてはいますけど、無事とは言えないっぽいんで、医務室へ連れてきます」


 顔色を失くしたジャメサに肩を貸しながら、ティスマスが応じた。


「いやその必要はない。〝死命叛戻(ラ・ザーディア)〟」


 ミツキが手を(かざ)すと、ジャメサの体が光に包まれる。

 数秒で光が霧散すると、蒼白だった顔に血の気が戻っていた。


「痛みが、消えた」


 (まばた)きを繰り返すジャメサから離れながら、ティスマスは苦笑いを浮かべる。


「さ、最上位の治癒魔法……初めて見た。こんなことまでできんのかこの人」


 三人がそれぞれに戸惑っていると、ミツキが手を打ち鳴らす。


「さて、今のおまえらだが――」


 ミツキは三人を順に見る。


「まず、唯一及第点だったのが、ティスマスだな」

「え、ええ!? 私ですか!?」


 意外な評価に、ティスマスは戸惑う。


「ジャメサがやられると判断し、即座に防御魔法をかけただろ? 仲間の命を護りつつ敵にもダメージを与える、あの状況では最適解だ。まあ、結果的に意味はなかったけどな。あと、吹っ飛ばされたジャメサの体の勢いを風魔法で殺し、受け止めた自分と背後の見物人の間にも気流の壁を作っただろ。おかげで直接攻撃を受けたジャメサ以外はほぼ無傷だ。咄嗟の状況判断能力と対応の速さは期待以上。やっぱりおまえを班のリーダーに推した判断に間違いはなかったな」

「は、はは、どうも」


 続いて、未だ立ち上がれずにいるエウルに目を向ける。


「エウルは、弓の腕と魔道具っていう自分の強みを活かした点は評価できる。攻撃のタイミングも悪くなかった。でもそれだけだ。すべて自分だけで完結した動きだったし、防がれたとわかってからの対応も鈍すぎた。もっと視野を広く持ち、想像力を働かせて行動しろ」

「うぅ、それじいちゃんにもよく言われた」

「最後にジャメサ」


 ミツキの視線を受け、ジャメサはおもわず(うつむ)く。


「おまえが一番ダメだった。たしかにあの大技なら初見殺しも可能だろう。だが魔族相手には必ずしも通じるとは限らない。実際、オレに防がれた後、刀を振り抜いた体勢を戻せず為すがままだったな。それとも、あの間合いなら接近される前に立て直せると思ったか?」


 ジャメサは悔し気に表情を歪める。

 ぐうの音も出ないといった様子だ。


「ちょっと力を得たからといって慢心するな。さっきの技ももっとコンパクトに出せるようにしろ」


 ジャメサは返事をする代わりに刀を構える。


「へえ、まだやる気か?」


 横でティスマスが、なにか言いたげに口を開きかけるが、止めても無駄とわかっているからか、ゆるゆると首を振ると、自分も槍を構えた。

 ミツキの後ろでは、エウルも立ち上がる。


「……いいだろう」


 そう言うと、ミツキもふたたび木剣を左手に持ち替えた。

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