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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百八十二節 『矜持』

 トモエが失明し、シェジアが戦場へ出なくなった今、オメガやテトのような人外は例外として、ジャメサ、ティスマス、エウルの三人は、ティファニア軍でもトップクラスの実力者となっていた。

 特にジャメサは、ペラーレ自治区におけるバーンクライブ反乱勢力との激闘を経て、魔法を付与した耀晶刀(ヴェリスサージュ)の性能を完全に引き出せるようになったことにより、大幅なレベルアップを果たしていた。

 異世界人でも〝祝福持ち〟でもない三人が、今では単騎で魔獣を狩り殺すほどの実力を備えている。

 だから彼らは、ともに絶対防衛線を支えてきた仲間の兵士たちから絶大な信頼を得ていた。

 今では〝摂政〟の討伐に力を貸すため各国へ派遣された異世界人たちにさえ引けを取らぬ活躍をすると信じる者も少なくはなかった。



 膝から崩れ落ち、地面に両手を突いたジャメサは、息を荒げて自らの汗がしたたり落ちる地面を見つめる。

 少し離れたところでは、ティスマスが(あお)のけに倒れ、エウルも石壁にもたれかかるように(くずお)れている。

 そして彼らの中心には、息ひとつ乱すことなく、ミツキが悠然と立っている。

 しかも、ジャメサ達が耀晶器(ヴェリスヴェイプ)で完全武装しているのに対し、ミツキの手に握られているのは、訓練用の木剣だ。

 練兵場を囲う見物人の兵士たちは、あまりに一方的な展開に、皆言葉を失っている。


「……なるほどなぁ」


 ミツキは緊張感を欠いた声で呟く。


「それが今のおまえらの実力ね」



 三人がミツキから稽古に誘われたのは、レミリスに呼び出され辞令を受けた直後だった。

 辞令の内容は、王都奪還作戦に際し、〝近衛〟と呼ばれる強力な魔族の相手をするという任務だった。

 それ自体は三人にとって、べつに意外でもなんでもなかった。

 以前、ティスマスはブリュゴーリュ北部の都市セルペトの酒場で、ミツキからその任務で指揮を執るよう仄めかされていたため、三人とも決戦にあたって強敵にぶつけられるという覚悟はできていた。

 ただ不安なのは、〝近衛〟の中でもっとも情報の少ない讐怨鬼(リヴルロイゼス)なる個体にぶつけられるということだった。

 あのサクヤがほとんど情報を集められなかったということからも、あまりに得体が知れなさすぎる。

 そんなジャメサ達を気遣った様子で、ミツキは三人を練兵場に誘ったのだった。

 敵について唯一わかっていることは、人型の魔獣種ということだけだ。

 ならば、幻獣の力を宿した己との模擬戦は、いい予行練習になるだろうとミツキは主張した。

 讐怨鬼との戦いの参考になるかはわからないが、ミツキと剣を交えられるなら願ってもない申し出だとジャメサは思った。

 伝説になるほどの強大な魔獣、幻獣を狩り殺したうえ力まで奪い、今やティファニア軍のみならず同盟各国にまでその名が知れわたっているミツキに、現時点の自分たちがどこまで通用するのか試してみたかった。

 魔増楔挿術(まぞうけっそうじゅつ)などといういかがわしい魔法処置まで体に施し、闇地から絶え間なく溢れ出て来る魔獣や、イカれた人間ばかりで構成された反乱組織との死闘を制し、戦士としてはほとんど極限まで練り上げられた今の自分たちであれば、ひょっとしたら一太刀ぐらい浴びせられるのではないか。

 そんな期待が心の隅に生じた。

 だが、結果は目も当てられなかった。

 なにをされたのかすらわからず、視界が凄まじい速度で回ったかと思うと、衝撃に続いて地面に転がっていた。

 辛うじて立ち上がるも、踏み出そうとするたびに吹き飛ばされ、もはや立ち上がることもできない今に至っている。


「うーん……なんか昔とあんまり変わってなくないか?」


 ミツキのそのセリフに、ジャメサは食い締めた歯を(きし)らせる。

 アルハーン救出作戦に際しては、闇地への降下メンバーに選ばれず、己の実力不足を嘆いた。

 その悔しさをバネにして、越流の続く闇地外縁部で常に身を危険に晒し、実戦の中で腕を磨いてきた。

 そうしてようやく取り戻した自信が、一瞬で砕かれた。


「なんか不安になってきたな。本当におまえらに〝近衛〟の相手を任せてもいいのか?」

「あ、の……ちょ、ちょっと、いいすか?」


 ティスマスがどうにか身を起こし、震える手を挙げる。


「ん? どうした」

「いや、ちょっと質問、ってか疑問がありまして」

「なんだよ」


 一瞬、言っていいものか躊躇(ためら)う様子を見せながらも、ティスマスは意を決して続ける。


「ダンナ、滅茶苦茶強えっすよね? たぶん、そこらの魔獣なんかじゃ束になってかかっても瞬殺されるぐらい」

「否定はしないよ」

「それでその……私らって、要ります?」

「ん? どういうこと?」

「いやだから、私らなんかが一緒に王都へ攻め入っても、足手まといにしかならないんじゃって。だったらダンナがひとりで突っ込んで魔王を(たお)しちゃった方が犠牲も出ないですよねぇ、なんて……あ、いや、決して行きたくなくて言ってるわけじゃないんすけど、そんぐらい、ダンナだけ強すぎるって思っちゃいまして」


 ミツキに真っ直ぐ見つめられ、ティスマスは引き()った笑みを浮かべながら視線を逸らす。


「……まあ、言いたいことはわかる。実際、そういう面もあるしな」


 と言いつつ、ミツキは億劫(おっくう)そうに言葉を継ぐ。


「それでも、オレはおまえらと一緒に攻め入る。なぜかと言えば、まあ、〝近衛〟ってのは強さが未知数だし、いちいち相手して消耗してらんないってのがひとつ。だからそいつらを任せるはずのおまえらがそんなザマじゃ困るって話な?」


 ティスマスは乾いた笑いを漏らし、エウルは唇を尖らせ、ジャメサは唇を強く嚙む。


「あと、オレが一緒に行くことで、雑魚魔族からおまえらを護ってやれる」

「あ、え? 私らがダンナの護衛ってことじゃないんすか?」

「十年早いよ。今のオレなら〝飛粒(ひりゅう)〟もかなり広範囲に撃てるし、弾数も威力も昔とは比較にならない。探知能力にも自信がある。向こうには大量の魔族が待ち構えてるだろうが、街を駆け抜けるついでで始末していってもかなりの戦果をあげられるはずだ」

「でも、最初に敵を一掃した後は、力を使わないって話じゃ」

「最初の攻撃ってのは、街の外の奴らを一発で全滅させるようなやつだ。その後〝飛粒〟ぐらい使ったところで、大して消耗なんてしないよ。つまり、オレと一緒に街に突入した兵たちは、かなり安全に街の中心部まで辿り着けるってことだ。まあ、オレが黒曜宮に侵入した後までは面倒見れないけどな。その時点でオレを送り届けるって最優先任務は達成されるんだから、あとは自力で王都を取り戻してくれ」

「そういう……い、いや、でもそれなら、やっぱり私らは行かないで、ダンナが魔王を斃した後、一旦戻ってもらって、あらためて皆で街を奪還すりゃよくないすか?」

「いいや、そりゃダメだ」

「ど、どうして」

「魔王と、参謀の猿猴将(マジルゼラール)を斃せば、魔族の統制は失われるからだ。そうなったら、奴らは本能のまま街の住人を殺しまくるぞ? そん時、オレは魔王との戦いの直後だ。まともに動ける保障さえない」


 その場の全員が息を呑む。


「せっかく王都を取り戻しても、住民を死なせたら意味ないだろ。逆に、魔王を討った後、おまえらが街を攻めていれば、浮足立つ敵を楽に斃せるだろ。行かなかったら多大な犠牲を払い、行けば勝ちやすくなる。なら行かない理由なんてないよな」


 納得したという表情で、何度も細かく頷きながらティスマスが口を開きかける。

 しかし、ミツキは手を挙げてそれを遮る。


「あともうひとつ。心情的にそれでいいのかって話でもある」


 意味を測りかね、皆戸惑いの表情を浮かべる。


「オレは、ティファニアに召喚され、ティファニアの戦力として戦に身を投じてきた。でも、ティファニアって国にいた時間は、実はそんなに長くはない。フィオーレの方が愛着は湧いてるし、魔族が湧いてから拠点として長く戦ってきたのはここドラッジだ。つまり、オレはティファニア軍の一員だが、ティファニアって国の一員とは言い難い、余所者なんだよ。おまえたちと違ってな」


 そう言ってミツキは、その場の兵たちに視線を巡らせる。


「そんな余所者のオレがひとりで王都を取り戻すために戦って、おまえらは後方でぬくぬくと待っている。おまえらティファニアの軍人としてそれでいいのか?」

「いいわけがない」


 喉から声を絞り出し、ジャメサが立ち上がる。


「ティス……余計な口をきいている余裕があるなら、立ち上がって構えろ」

「ほんと、ティスって絶妙に空気読めない時あるよね」


 ジャメサに続いてエウルも身を起こし、弓に矢を番える。


「あ、ああもう、悪かったよ、すいませんでした! ってか、べつに訊いてみただけで、今更臆病風に吹かれたとか、楽しようとかなんて思ってないし」


 気まずそうに表情を歪めながら、ティスマスも立ち上がる。


「ミツキさん、もう一度手合わせしてくれ。今度は簡単に転がされたりしない」


 剣を構え表情を引き締めるジャメサに、ミツキは笑みを浮かべて短く言葉を返す。


「上等だ」

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[良い点] ミツキつよっ! いや知ってたけどつよっ! 3人の活躍書かれてた分だけ余計に強さが際立つわ
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