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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百七十九節 『説伏』

「おまえごときが私に勝てると、本気で思っているのか?」


 サクヤの問いに、レミリスは低めた声で応じる。


「まともに闘れば無理だろう。だが、この距離は私の間合いだ」


 最初からこの状況を見越して席を設けたのかとミツキは気付く。

 ふたりの殺気に、ミツキの斜め前に座るヴォリスは身と表情を硬くしている。

 彼も修羅場を潜ってきただけあり、彼女たちが本気だとわかっているのだ。

 しかし、決戦を前に、味方の(かなめ)であるふたりの一方でも失うことはできない。

 そう考えたミツキが、一触即発のふたりの間に割り込むより先に、レミリスの横から声が上がる。


「おいおい、身内同士でモメとる場合じゃねえだろ」


 総白髪の頭をがりがりと掻きながら、カナルが溜息を吐く。


「止めないでください閣下。この女は危険です」

「いーや今回ばかりは口出しさせてもらうぜ? この件についちゃおまえさんが(わり)いぞレミリス」


 レミリスの顔に微かな動揺が走る。

 父親にさえ棄てられた彼女にとって、騎士になりたての頃からの上官で、常に目を掛けてくれてきたカナルは、唯一信頼できる目上の年長者だ。

 彼女がサルヴァの地位を奪ってから今に至るまで、荒くれ者揃いの軍をよくまとめ、大国のトップとわたり合って来られたのも、カナルの支えによるところが大きい。

 過去、闇地から生還した後、彼女に何もしてやれなかった引け目もあり、カナルは常にレミリスの味方に立ってきた。

 それが、こうして頭ごなしに否定されるのは、少なくともブリュゴーリュとの戦を前に再会して以来、初めてのことだった。


 何も言い返せずにいるレミリスからサクヤへと視線を移し、カナルは頭を下げる。


「悪いなぁ嬢ちゃん。こいつぁ今、決戦を前に浮足立っててな。冷静な態度を装っちゃいるが、実んとこ完全に余裕失くしちまってるんだ。今回ばかりは無礼を許してやっちゃあくれねえかい」

「……嬢ちゃん」


 子どもを諭すような口調に、サクヤは(まゆ)(ひそ)めるが、口元に浮かんだ好戦的な笑みは消え、持ち上げかけた手も袖の中に戻される。

 (きょう)を殺がれたなとミツキは察する。


「ほれ、おまえさんも手ぇ下ろしな」


 カナルに促されるも、レミリスは従わない。


「私は……監督官としてこの者たちの振る舞いを常に間近で見て来ました。他の三人はともかく、この女だけはどう考えても信用できません。そのうえで、この決戦前でのイレギュラーな動きは看過するべきではないかと」

「じゃあ嬢ちゃんが嘘の情報を持ってきたとでもいうのかい? そりゃなんのためにだ?」

「……たとえば、自分たちをいいように扱ってきたティファニアへの復讐、とか」


 サクヤの口から失笑が漏れる。

 たしかに、サクヤは自分やオメガ以上に、そんなことは考えないだろうとミツキは思う。

 彼女の行動原理は知識欲だけだ。

 その欲を満たすためであれば手段は択ばないが、裏を返せば、それ以外の理由で自ら動くことは滅多にない。

 復讐など、彼女にとって無駄で無益で無意味な行為でしかないだろう。


「それにこの女は魔王の朋輩でもあるのです。最悪、敵に通じていてもおかしくはないでしょう」

「そりゃそっちのボウズだって同じだろう」


 そう言ってカナルはミツキを指差す。


「こ奴の人となりであれば裏切るようなことはありません。それに、幻獣をすべて斃している。それも命懸けでです。信用しない理由がないでしょう」

「そうかい……おいらもな、おまえさんほどじゃあねえが、こいつらのことはそれなりに長え間見てきたつもりだ。だから断言できるぜ? 嬢ちゃんは裏切らねえ」


 レミリスはサクヤを睨み続けていた視線を、とうとうカナルへ向ける。


「理解できません。この女の何が信用できるというのですか?」

「あ? そりゃ言っちまえば、ボウズへの執着だな」


 意外な答えだったのか、レミリスが息を呑んで口を噤む。

 カナルはふたたびサクヤに目を向ける。


「なあ嬢ちゃん。おまえさん、このボウズが死にかけてた時、いつトンズラしようかって機を窺ってただろう?」


 一瞬、サクヤが目を丸くしたのをミツキは見逃さなかった。

 彼女にしては珍しい反応だ。

 とっくに全盛期を過ぎた老人と侮っていた相手に心の内を見透かされていたのが意外だったのだろうかとミツキは想像する。


「べつにそれを責めようとは思わねえよ。おまえさんからしてみりゃ、ただでさえ助ける義理のねえ相手が、魔族なんてぇのに追い詰められていつ滅んでもおかしくねえって状況だったんだ。そんな連中につき合って自分も一緒に死んでやるなんて、まあバカらしいわな」


 しゃべり疲れたのか、一度言葉を区切ってアリアの淹れたハーブティーを(すす)り、「お、うめえなこりゃ」と呟く。


「……だがよ、結局ボウズが復活して、一緒にティファニア軍に残ろうと思いなおした。まあ、〝情報の祝福者〟の話を聴いたからってのもあるんだろうが、あれが無くてもボウズが残ると決めてたら、おまえさんもそれにつき合っただろうとおいらは見てるんだが、間違ってるかい?」


 サクヤは冷笑を浮かべて問い返す。


「私がこいつに懸想(けそう)しているとでも思っているのか?」


 カナルは呵呵と笑って首を振る。


「えやあ、そんな甘酸っぺえ感情じゃねえな。だいぶ前なら、そうだな、玩具か実験動物って認識だったんじゃねえか? まあそれもだいぶ変わってきてるようだがよ。具体的にどんな感情なのかってのは、正直おいらにゃわからねえ。そもそもおまえさん、人間じゃねえからな。人にゃ理解出来ねえ心の動きなのかもしれねえ。わかんのは、おまえさんの行動を変えさせる程度には、強く執着してるってことだ」


 話を聴くうちにサクヤの冷笑は消え、普段の能面のような無表情に戻る。

 ただ、どことなく不機嫌そうだとミツキは感じる。


「でだ、今回もおまえさんは、ボウズが戻らなかったら抜けるつもりだったろ。だから戻って来てから自分も帰参した。つまり、前と一緒だな。前例があるんだから、今回も同じように逃げも裏切りもしねえ。ボウズがどうにかならねえ限りはな」


 カナルが口を噤むと、僅かな沈黙を経て、サクヤが短く呟いた。


「……大した想像力だ」


 否定されなかったことで、カナルはレミリスに向きなおる。


「っつぅわけだ。納得できたかい?」


 レミリスはなおも逡巡するが、ついに深く溜息を吐くと、胸のペンダントにかけた手を下ろした。


「いいでしょう、閣下がそこまでおっしゃられるのであれば、未だ信用はできませんが、私も冷静さを欠いていたと認めましょう」

「それだけか?」


 サクヤが、獲物を(なぶ)る猫のような目をレミリスに向ける。


「謝ざ――」

「悪かったな。話を聴かせてくれ」


 その反応に、サクヤは一瞬しらけたような顔で小さく舌打ちするも、即座に真顔に戻る。


「いいだろう。これ以上はいい加減時間の無駄だ」


 途端、聞いたこともないような深いため息が、部屋に響いた。

 皆の視線がその主に向けられる。

 レミリスの横のヴォリスが、顔と首から滝のように汗を流し、体を前のめりに倒していた。

 話の最中は完全に蚊帳の外だったが、ずっと緊張してことの経緯を見守っていたのだろう。

 闇地外縁部で魔獣相手に激闘を繰り広げてきた絶対防衛線の指揮官とは思えぬ狼狽ぶりだ。


「大丈夫か?」


 ミツキが気遣うと、ヴォリスは顎先から汗を滴らせながら顔を上げる。


「は、い……ただ――」

「ただ?」


 ヴォリスは喉を押さえて咳払いしてから続ける。


「どうか水を、一杯いただきたい」


 いつの間にか、彼のカップのハーブティーは空になっていた。

 レミリスがアリアを呼び、人数分の白湯を用意させてから、サクヤへの聞き取りが開始された。

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