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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百四十六節 『刷り込み』

 フレデリカから紹介された異世界人たちに、ミツキはあらためて視線を巡らせる。


「セイリュウ、カークス、ロゼッタ、エリュニス、ナ・キカ、カブラカン……ロゼッタの名前の由来はロゼッタストーンか。他は、皆神話や伝承の存在から名を取っているな。セイリュウ以外は()マイナーもいいとこだけどさ。あんたが名前を付けたのか?」


 そう問われ、フレデリカは鼻で笑う。


「オレにそんな教養なんてあるわけねえだろ」

「じゃ誰が?」

「アキヒトだよ」


 聞いた途端、ミツキの表情が険しくなる。

 今もなお、あの男を許す気にはなれない。


「連邦で召喚された異世界人は名前を与えられねえ。最初、奴は身近な仲間の名前を考えてやってたんだが、そのうち自然と強敵とかの呼び名を付けるのも任されるようになったんだ」

「なるほど。つまり彼らは敵から名前を付けられるぐらいその存在を危険視されていたってわけか」


 それだけの実力者なら味方になれば頼もしい、という理屈はわかる。

 だがミツキは、本当にそうかと思わずにはいられない。


 先程まで取り乱していたカークスとエリュニスは、ミツキが味方だとわかると、どうにか落ち着きを取り戻した。

 だが、見た目的にはもっとも厳つい岩のような体の巨人、カブラカンは、未だにひどく怯えた様子で、フレデリカの後ろに隠れるように這いつくばっている。

 無論、フレデリカよりも圧倒的に体が大きいので、まるで隠れられていない。


「なあ、そいつ大丈夫なの?」


 ミツキはカブラカンに視線を向けながらフレデリカに問う。


「あ? ああ、こいつは――」

「ふぅわあぁぁぁん! お母さん、この人怖いぃぃぃい!」

「ちっ!」

「は? お母さん?」


 ミツキは巨人に向けていた視線をフレデリカに移す。


「え? 産んだの?」

「産んでねえわ!」


 フレデリカはミツキの尻に蹴りを見舞う。

 その行動に、異世界人たちは(すく)みあがる。


「いて!」

「二度目なんだよそのやりとりはよ! ったくどいつもこいつも!」

「冗談だよもう。本気で蹴んなよ。ケツが割れちゃったじゃないか」

「最初っからだろ! つまんねえんだよテメエのジョークは!」


 物怖じせずミツキに喰ってかかるフレデリカに、異世界人たちは目を見張る。


「で? なんでお母さんなん?」

「ちっ! 面倒くせえな。檻に入れられているこいつに会いに行ったら、どういうわけか初対面でそう呼ばれてからずっとそうなんだよ。ちなみにこのやりとりも二度目な」


 さらに詳しい説明を受けると、ミツキは少しの間考え込んでから、ぽつりと呟く。


「……インプリンティングかもな」

「あ? なんだそりゃ?」

「鳥の雛とかが、卵から(かえ)った瞬間に見た動くものを、親だと認識する現象だ」

「いやだが、オレたち異世界人は、召喚された時点で大人だろ。赤ん坊じゃねえんだからそんなことになるか?」

「現にそうなってるじゃないか。たしかに召喚された異世界人は皆成体で、膨大な情報も持っているけど、パーソナルな記憶は欠如している。自分が何者かわからないような状態だと、精神的に赤ちゃんみたいになる種がいたとしても、ぜんぜん不思議じゃあないと思う。それに彼らは、召還後からずっと自我を奪われ操られていたんだろ? 精神操作が解けたのが監獄なのだとすれば、無垢(むく)な状態であんたとの対面し、刷り込みが成立したんだと推測できる」

「しかしよ、監獄には牢番もいたんだぜ? だったら先にそいつらに懐かなかったのはなんでだよ?」

「そうだな……看守は皆男だったんじゃないか?」

「どうだったかな……いや、たぶんそうだ」

「だとしたら、母と認識するのは女性であることが条件なのかも」

「マジかよ……やっぱこいつ、オレのこと母親だと本気で思ってるってことかよ」

「たぶんな……だとしたら、ちょっと実験してみるか」

「あん? 実験?」


 (いぶか)しむフレデリカの隣に立ち、ミツキは怯えるカブラカンを見下ろし、これ見よがしに言う。


「こいつ、もうすぐ敵地へ送り込むってのに、こんな状態じゃ使い物にならねえだろ」

「おい、テメエなに言って――」

「こんなザコを連れてきやがって。こいつを選んだあんたの責任だぞフレデリカ。作戦はオレが代わりをやっとくから、おまえたちはここで死んどけ」

「はあ!?」


 唖然とするフレデリカに向かって、ミツキは一瞬で伸ばした義体の爪を振りかぶる。

 途端、カブラカンが宝石の目を赤く光らせながら身を起こし、ミツキの頭目がけて拳を振りおろした。

 ミツキが義体の手の甲で受け止めると、衝撃で広間が大きく揺れ、足が床に深くめり込んだ。


「こっ……れは、なかなか」


 ブシュロネアの甲冑の巨人や、ブリュゴーリュの虫騎士など、ミツキは過去に力自慢の異世界人と戦ってきたが、おそらくそいつらにも引けを取らない膂力(りょりょく)だ。

 幻獣の力を得る以前の体であれば、今の一撃で潰れたトマトみたいになっていたかもしれない。

 そんな恐ろしい想像にミツキが苦笑いを浮かべる一方、カブラカンは先程までの怯えた様子から一転し、逆上して叫ぶ。


「おぉぉおまえぇえ! お母さんを殺そうとしたな!? 絶対に許さないぞ!」


 巨人はもう一方の拳でミツキを殴ろうと身構える。

 が、一瞬で黒い(もや)のようなものが全身に(まと)わりつき、体を固定した。


「う、動けない!? どうして!」

「〝塵流(じんりゅう)〟の〝漆式・梏桎(こくしつ)〟」


 久々に砂鉄を操りながら、ミツキはカブラカンに話しかける。


「安心しな。さっきのは演技だよ。フレデリカ、おまえのお母さんはオレの仲間だ。傷付けたりはしない」

「え、ほ、本当? でも、ならどうして――」

「おまえを試させてもらったんだ」

「試す?」

「ああ、まあ聞けよ。お母さんはこれからとても危険な場所へ行かなきゃならないんだ。それはわかるよな?」

「う、うん」

「そこで待ち構えている魔族は、お母さんを殺そうと襲ってくるはずだ。そんな時、おまえがさっきまでのように怯えて震えていたら、誰も彼女を護ってくれないんだよ」


 カブラカンは少しの間考えてから、自分に言い聞かせるように言う。


「そうか……ボクがしっかりして、お母さんを護らなきゃいけないんだ」

「そういうことだ」


 ミツキは砂鉄の拘束を解く。

 カブラカンはようやく落ち着いた様子でミツキに頭を下げる。


「大事なことに気付かせてくれてありがとう、おじちゃん。ボク頑張るよ」

「は? おじちゃん?」


 意表を突かれたミツキの横をすり抜け、机まで進んだカブラカンは、ボウイナイフで指先を斬ると、巻物(スクロール)の端に血判を押した。

 後ろからその様子を見ながら、ミツキは釈然としない気持ちでぼやく。


「いや、たぶんおまえとタメぐらいだろ。痛っつ!?」


 突然横合いからフレデリカに(すね)を蹴られ、ミツキは跳ね上がる。


「なにすんだよ!?」

「ざけんなよテメエ。結局母親のままじゃねえか」

「べつにいいだろ? 優秀な護衛ができたって思えば。そっちの作戦は、あんたが〝摂政〟のとこまでたどり着けるかにかかってるんだ。親扱いぐらい我慢しろ」


 声を潜めて伝えると、フレデリカは渋面を作り舌打ちする。


「ちっ! わぁったよ! クソが!」


 フレデリカが背を向けると、ミツキは小さく溜息を吐く。

 どうして己のまわりには、こうも扱い辛い者ばかり集まるのか。


「まあ、これで岩巨人くんは戦力外にならないとして……」


 ミツキは他の異世界人に視線を向ける。

 実のところ、ここへ来る直前の広間での会話を、ミツキは把握(はあく)していた。

 絶影獣(ヴァルフェーン)の核石を吸収したことで、今のミツキは五感を用いた知覚能力も、人のそれとは比較にならぬほど強化されている。

 だから要塞に到着した直後ぐらいから、フレデリカと喚き合う男の声はよく聴こえてきた。

 その声の主に、ミツキの視線が留まる。

 どうにか平穏を取り(つくろ)っていたカークスは、圧倒的強者に見据えられ全身から冷や汗が吹き出すのを自覚する。

 ミツキはカークスに目を向けたまま歩み寄る。

 赤髪の怪人は、猫背気味なのを差し引いても、ミツキよりやや上背がある。

 しかし、震える男の体は、ミツキには自分よりもだいぶ小さく感じられた。


「カークス、っつたか? おまえ」

「へ? は、はひぃ」


 掠れた声で応じる相手に、ミツキは笑顔を向けながら言う。


「ちょっと話そうか」

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