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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百四十二節 『選ばれし者たち』

 狼たちは一斉に地を蹴り青い女を取り囲む。

 そして常に数頭が相手の死角に入るようにして、獲物を中心にまわりはじめる。

 見下ろすクロゼンダは微かに顔を歪める。


「……狡猾(こうかつ)だな。先手で確実に勝てる状況を作った。一頭二頭ならともかく、六頭相手では対処のしようがない」

「さて、どーだろうな」


 バルコニーのふたりがそれ以上言葉を交わす間もなく、背後の二頭が同時に女へ跳びかかる。

 骸狼(アナ・ヴァン)の狩りは、まず群れで序列下位の個体が獲物の動きを封じ、最後にリーダーがとどめを刺すのがセオリーだ。

 最初に動いた二頭は、それぞれ両足の腱を狙って食らいつき、さらに左右から二頭が両腕を封じ、サブリーダーが体当たりで姿勢を崩してから、最後の一頭が動脈を食い千切るという作戦のようだった。

 しかし、最初の二頭が同時に吹き飛び、壁に叩きつけられ、破れた腹と口から血と内臓が飛び出る。

 食らいつかれるより先に二頭を吹き飛ばしたのは、女の尻尾だった。

 背後の二頭が地面を蹴った音に反応して、尾撃で()ぎ払ったのだ。

 さらに、既に左右から跳躍していた二頭の喉笛を同時に掴み、頭を打ち合わせると、頭蓋が破裂して脳漿(のうしょう)が飛び散る。

 前方の二頭は仲間四頭が瞬殺されておもわず跳び退(すさ)り、クロゼンダは絶句する。

 一方のフレデリカは、舌打ちして顔を(しか)める。


「おい、これじゃあデモンストレーションにならねえじゃねえか」


 バルコニーの手摺(てすり)から身を乗り出し、フレデリカは女に向かって声を張る。


「おいセイリュウ! テメエの反応がすげえのはわかったから、次は本気の攻撃を見せてみろや!」


 女は振り向いてフレデリカに頷いてみせる。

 狼たちからすれば大きな隙のはずだが、仲間があまりに無造作に殺されたのを目の当たりにしたため動くことができない。

 怖気付(おじけづ)いた二頭を前に、女は小さく呟く。


「かわいそうな気もしますが、仕方ありません。せめて苦しまないように、一瞬で仕留めましょう」


 腰を落とし、拳を突き出して構える女の体から、薄ぼんやりとした光が立ち昇る。

 その様子に、クロゼンダは目を凝らす。


「……あれは、肉体が魔素を帯びているのか?」

「そうらしいな。奴の手元に注目しとけ」


 フレデリカがそう言った直後、女が後ろ足を蹴り、狼との間合いを一瞬で詰める。

 そして、即座に逃げようとする一頭に向け、緩く開いた右手を振り下ろすと、魔力の光が爪痕のような軌跡を描き、骸狼の体を真っ二つに引き裂いた。

 だが同時に、女の背後からもっとも体の大きな一頭が跳びかかる。

 女は姿勢を戻しながら左腕を骸狼の口に向かって突き出す。

 既に跳んでいた骸狼は空中で避けることもできず、やむを得ず女の左腕に喰らい付くが、硬い鱗に阻まれ牙が刺さらない。

 女は己の腕からぶら下がった骸狼の腹に向け拳を突き出す。

 突きが命中した場所から衝撃波のように魔力が広がり、骸狼は首から上だけを残して粉微塵に爆散した。

 女は腕に喰いついたままの骸狼の頭を、顎を外して捨てると、バルコニーの上に向かって一礼してから、入ってきた扉へ向かい広場から出た。

 呆気(あっけ)にとられた様子だったクロゼンダは、女の姿が見えなくなると、ようやく声を発した。


「……最後の攻撃で、先に仕留めた魔獣だが、触れずに体を両断されていた……あの身を包む魔素はそのまま武器になるというわけか」

「ああ。拳や蹴りに(まと)わせれば、元より人間を大きく上回る威力の攻撃を、さらに強烈なものにできる。当然、防御力も向上するらしい。ワンころが噛みついた程度じゃ元より傷もつけらんなかっただろうがな」

「……あの女、セイリュウとか呼んでたか。元は敵だったんだろう? よく倒せたな。ああいうシンプルな奴が一番やり難い」

「だから言ったろ? 一押しだってよ」


 今までフレデリカは多くの異世界人と出会ってきたが、彼女ほど己の身ひとつでの格闘に特化した者も珍しかった。

 似たタイプの異世界人として、やはりフレデリカがトモエとともに同盟にスカウトした北部諸国連合の盟主、ラムドゥール・シャンタッラがいるが、実はふたりの魔素を用いた格闘技術は対照的なものだ。

 ラムドゥールが己の体内で魔力を循環させ、練り上げてから掌打に乗せて叩き込むのに対して、セイリュウは魔素で体をコーティングする。

 瞬間的に質量を得るほど凝縮された魔素は、攻撃に際しては爪や鉄甲となり、防御に際しては鎧と化す。

 彼女の頭抜けたフィジカルと併せることで極めて汎用性の高い戦闘スタイルとなるのだ。

 セイリュウはチームの前衛として活躍してくれるはずだとフレデリカは期待する。


「次だ。時間もねえしサクサク行くぜ」


 続いて登場したのは、長身痩躯(そうく)でやや猫背気味の男だった。

 真っ赤な髪は顎下まで伸び、顔の大部分が隠れ、鉤鼻と口もとだけが露出している。

 服装は、下が風船のように丸みを帯びたワイドパンツと短靴。

 上半身は裸で、装着した制魔鋏絞帯(せいまきょうこうたい)が剥き出しだ。

 入れ墨なのかそれとも元々の模様なのか、全身の肌に赤い筋が走っている。

 そしてもっとも特徴的なのが、両肩から生えたもう一対の腕だ。

 その掌からは、絶えず炎が漏れている。


「奴はカークス。炎の魔人だ。両肩に生える副腕から熱波を放ち敵を消し炭にする。革命戦争の時にゃあれで結構な数の味方を焼き殺されたもんだ」


 フレデリカの言う通り、男は魔獣が解放されるのと同時に肩から生えた両手より炎を含んだ烈風を放った。

 熱を孕んだ風がバルコニーにまで届き、ふたりは露出した顔を腕で(さえぎ)る。

 それを受けた魔族はまとめて壁に叩きつけられると、そのまま身動きもできずに燃えあがり、数秒で消し炭となった。


「オメガにゃ及ばねえにしても、かなりの熱量だ。敵をまとめて焼き払えるのが強みだな。ただ味方まで巻き込みそうなのがやや扱い辛いところだ」


 その点ではクロゼンダと近い性能でもあるとフレデリカは考える。

 使いどころを誤ると、諸刃(もろは)の剣になりかねないだろう。


 次に現れたのは、岩のような肌の巨人だ。

 赤い宝石のような目が顔中に散らばっており、口や鼻は確認できない。

 フレデリカの倍近い体高で、筋肉なのか全身の膨らみは人間離れしている。


「カブラカンは見たまんま怪力が売りだな。ただ腕をぶん回しているだけで、大抵の敵は吹っ飛ぶ」


 カブラカンと紹介された巨人は、意外にも子どものような声で叫びながら、滅茶苦茶に暴れる。

 取り囲んだ魔族が挽肉のようになると、息を切らせながら退場した。


「凶悪そうな見た目に反して性格が臆病なのが玉に(きず)だ。戦争ん時は操られてたから普通に厄介な敵だったんだが、こいつもどう扱うか難しいところだな」


 四人目は両腕が巨大な翼になっている女だ。

 ひどく痩せており、肌色は暗褐色。

 人と蝙蝠(こうもり)の中間のような見た目だ。

 飛行の妨げにならぬよう、拘束具以外の服は布面積が極端に少ない。

 髪は肩までは届かない程度の長さで、どういうわけか両目は黒い包帯を巻いて隠している。

 女は高く飛び上がると、上空より耳を劈くような声を地上の魔獣に向かって放つ。

 遠距離攻撃の手段を持たない魔獣は、反撃することもできず、苦しみながら倒れていった。


「……超音波か。ただ、威力は微妙だな。飛行速度も遅い。今回は相性の良い相手だったが、敵の性能次第ではあっさりやられそうだ」

「エリュニスは攻撃よりも知覚能力を買って加えることにした。奴は視力と聴覚、魔力探知能力が異常に発達していて、あらゆる危機を事前に察知できる。遮光帯(しゃこうたい)で目を覆っているのも視力が良すぎるからだ」

「……索敵(さくてき)担当というわけか」


 蝙蝠女に入れ変わって出て来たのは、二十四本の触手がマントのように体を包んでいる異形だ。

 顔は目と鼻の穴だけで(あご)がなく、白い肌は光沢を放っており、遠目には布を被っているように見える。


「あの気味の悪い見た目の異世界人はナ・キカ。見ての通り手が多いんで全方位の敵に対応できる。触手はかなり伸ばせて力も強い。しかも器用だ」


 そうフレデリカが紹介したように、異形は触手に覆われた体に帯びた短剣を次々と取り出し、数で勝る魔獣を手数で圧倒して(たお)していった。


「……触手で武器を操れるのか」

「ああ。ひとりで数人分の働きが期待できるぜ」


 最後に登場したのは、宙に浮く漆黒の板だ。

 大きさは、縦が成人男性の身長程度で、横幅は子どもが両手を広げたぐらい、厚みは人の手首程だろう。

 感情表現の乏しいクロゼンダが、珍しく戸惑った表情を見せる。


「……なんだ、あれは」

「ロゼッタだ。あれに関しちゃ、生き物とも思えねえんだが、それでも被召喚者なんだと。ああやって宙に浮かんでるばかりで生命活動は認められねえ。時折、表面に緑色に光る文字のような模様が浮かび上がるんだが、なんの意味があるのかもわかってねえ」

「……なぜそんな意味不明なものを選んだ」

「まあ見てな」


 自ら動こうとはしないため、板は兵士に押されて広場の中央まで移動する。

 兵士は板に寄り添うようにしてその場に留まる。

 そこへ魔獣が放たれた。


「……兵士を下げなくていいのか?」

「あの板が浮かんでるだけじゃ、さしもの魔獣も攻撃しねえからな。あれの性能を見せるため、あえて兵を残したんだ」


 魔獣は板ではなく兵士に襲いかかろうとする。

 しかし、その瞬間、兵士と板を包むように、球形の光の被膜が出現し、魔獣の攻撃を(ことごと)く弾いて兵士を守った。


「……防御魔法?」

「それも超強力なやつだ。革命戦争のとき、籠城(ろうじょう)する敵が城の入り口をあれで塞いだ。どんな攻撃でもかすり傷ひとつ付けらんなくてな。結局、正面突破は断念して、別の箇所に穴を空けて侵入することになった」

「……自発的な行動ができないものを連れていくのか?」

「あれは常に宙に浮いてて、軽く押すだけで動かせる。盾としちゃ申し分ねえし、持ってく価値は十分あんだろ」


 銃士のフレデリカにとって、安全に射撃ができる遮蔽(しゃへい)物があるのは非常に心強いのだ。

 広場では、攻撃を続けていた魔獣が息を切らしている。


「……たしかに、使いようによっては役立つか」


 魔獣が処理され板が下げられると、フレデリカはクロゼンダに問う。


「どうよ。なかなか面白えメンツだろ?」

「……最初のセイリュウって女以外はアクが強すぎる印象だ。もっと汎用性重視で集められなかったのか?」

「実力の高え奴ほど手加減できなかったからな。もっと強え敵もいたんだが、ほとんど殺しちまったんだよ。さっきの奴らが今集められるベストメンバーだ」


 クロゼンダは深い溜息を吐いて言った。


「……退屈はしなくて済みそうだ」 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絶対このモノリス後でなんか起動すると思う(笑)
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