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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百二十四節 『不覚』

「…………ル…………レル…………アレル・アーシヤ! 起きてください!」


 女の怒鳴り声に、アレルは意識を取り戻す。


「……な、なんだ?」


 目を開き、正面に視線を向けると、片膝をついた女の背中が見えた。

 女の前には、金属製らしき壁が(そび)えており、それに視界を塞がれ周囲の状況を窺うことができない。

 ただ、壁の向こうで巨大な何かが(うごめ)き、断続的に金属音が鳴っている。

 戦いの音だ、とアレルは推測する。

 それも、少なくとも一方は、人間ではない。

 魔族か魔獣だろう。

 いったいなにが起きているのかと、アレルは混乱する。

 それに、ここはどこで、自分が何をしていたのか思い出せない。


「アレル! 気が付いたのですね!」


 背を向けた女が、首だけ捻って振り返る。

 見覚えのある顔だとアレルは思う。


「カハン……カハン・クシナウか?」


 革命軍の同志で、〝祝福持ち〟の魔法戦士だ。

 アレルとは別の訓練施設から解放され、アキヒト旗下の軍に加わってからは盾役として最前線で活躍していた。

 彼女は〝鉄壁の祝福〟者だ。

 金属の壁は、彼女が生み出したものだとアレルは察した。


「いったい、なにが起きている?」


 戸惑いながら呟くと、カハンは大きく眼を見開き、声を詰まらせる。


「じょっ、冗談でしょ!? この状況で、記憶がとんだとでも言うのですか!?」

「この状況、と言われても、どの状況だ?」


 カハンは表情を歪めて口を開くが、なにか言うよりも先に、鉄の壁の向こうより細長い物体が回転しながら飛来した。

 その物体は壁にぶつかりアレルの真横に落ちる。

 自分が壁に寄り掛かるように座っているのだと思い至るとともに、飛来したものを確認しようと首を傾ける。

 すると後頭部でニチャリと水気を含んだ音が鳴った。

 同時に鈍痛を覚え、どうやら頭に傷を負っていると気付く。

 ということはつまり、背後の壁に頭をぶつけたのが、前後不覚の原因か。


 バタバタと床を打つ音が聞こえ、アレルが無理に首を捻ると、先程飛来した物体がのたうっていた。

 一見すると蛇のように見えるそれは、先細りする先端に鎌のような刃を備えているため床を幾度も斬り付け、平たく赤い根本からは血を飛び散らせている。

 どうやらこれは先端に爪か牙のようなものを備えた触手で、鋭利な刃物によって斬り飛ばされたのではないかとアレルは推測する。

 すると、のたうちまわっていた触手は、唐突に痙攣(けいれん)し始めたかと思うと、断面からボコボコと膨張し、瞬きする程の間に、その体積を数倍に膨らませる。

 すると、カハンが早口に呪文を唱えた。


「〝鉄襖閉囲(アイッザ・ドッヂ)〟!」


 途端に、膨張する触手を囲うように何枚もの鉄の壁が床から生え、その様子が見えなくなる。


「これで、しばらくは――」


 カハンの言葉を遮るように、出現した鉄の壁が内側から叩かれる音が何度も響く。

 身を硬くし、表情も強張らせ、カハンが震える声で言う。


「ダメだ……もっと壁を重ねないと。本体だけでも手に負えないっていうのに、このままじゃ……」


 革命戦争の時には決して漏らしたりしなかったカハンの弱音を耳にし、アレルは事態が余程切迫しているのだと理解する。


「カハン……説明しろ。なにが起きてる。いったい、ここはどこなんだ?」


 触手を閉じ込めた壁の方を気にしつつも、カハンはアレルに顔を向ける。


「ここは、〝迷宮〟ですよ」

「めい、きゅう?」

「思い出してください……私たちはラジイさんの命を受けて、ここに魔族軍の〝摂政〟がいないか探しに来たのです」


 マキアスの副大統領、ラジイ・ミールの名を聞いた瞬間、その情報が呼び水となり、アレルの頭にここへ来るまでの記憶が蘇る。


「そして、たぶんあれが――」


 カハンの言葉と、マキアスを発つ前にラジイと交わした会話が、アレルの頭の中で繋がった。



「迷宮に潜るのはかまわないのですが、〝摂政〟とやらを見つける方法はあるのですか? どの魔族が〝摂政〟なのか、見分ける術がなければ探しようがありませんよ?」

「ごもっともです」


 アレルの問いを受け、ラジイは上着の内に手を突っ込む。

 取り出したのは、折り畳まれた紙片だった。

 差し出されたそれを手に取って開くと、短い文が書き連ねてある。


「んん? 〝強い〟〝大きい〟〝目がたくさん〟〝口もたくさん〟〝触手もたくさん〟……なんですかこれ?」

「捕獲した魔族から得た〝摂政〟の情報です」


 なるほど、とアレルは思う。

 たしかに、魔族であれば〝摂政〟の姿を知っていても不思議はない。

 だが、さらなる疑問も湧く。

 どのようにして魔族から情報を得たというのか。


「拷問にでもかけたのですか?」

「いいえ。魔族に拷問は通じません。奴らの人間に対する憎悪は凄まじい。どれだけ苦痛を与えたところで、(くじ)くことができないほどに」

「ではどうやって?」


 ラジイは眼鏡のブリッジに中指を当て、位置をなおす。

 どうやら癖らしいとアレルは察する。


「ディエビア連邦は四百年近くもの長きにわたり、人間を支配するための方法を探求、(みが)いてきました。まあ、実際には、連邦が成立したのは五十年ほど前なので、そんなに昔から奴隷を売り物にしてきたのは、現ダイアスをはじめとしたごく一部の国だけなのですが」


 訓練施設では習わなかった歴史に触れ、アレルは少し驚く。

 ただ今は、教養を深めることを楽しむような状況ではない。


「……つまり、その方法を魔族の尋問に応用した、ということですか」

「さすが、察しが良い。魔族が知恵を得て感情を獲得したように見えるのは、人間の模倣(もほう)だという説があります」

「人間を憎んでいるのに?」

「憎んでいるということは、その相手を強く意識しているということです。これも仮説ですが、奴らが人界を侵すのは、人間を滅ぼして、なり代わるためだとか。そして人間の精神を模倣ているのであれば、人間を支配する我らの(わざ)が通じてもおかしくはないでしょう」

「そういうもの、ですか」

「ええ。といっても、今のところそういった方法で魔族を操れるのはごく短時間に限られるのですがね。しかし尋問には十分です」


 アレルはふたたび紙片に視線を落とす。


「これは、魔族が話した内容そのままということですか」

「その通りです」

「なんというか、幼い子どもに質問して得た答えみたいですね」

「魔族というのは、強い者ほど知能も高いのだとか。我々が生け捕りにできる魔族となると、その程度が限界ということです」

「なるほど」


 それにしても、もう少し情報は厳選してほしいものだとアレルは思う。

 〝強い〟〝大きい〟と言われても、そんな魔族はいくらでもいる。

 それに、いろいろ〝たくさん〟あるらしいが、それだけではどんな容姿か想像もできない。


「ん?」


 紙面に目を這わせていたアレルは、その終盤に差し掛かったところで目を(すが)める。


「……ラジイ殿、これは」

「ええ。私も気になりました」


 アレルはその二行を音読する。


「〝死なない〟〝絶対死なない〟」

「わざわざ繰り返して念を押すとは。大事なことなので二度言ったのでしょうか」


 冗談のように聞こえるが、無表情で声にも感情のこもらぬラジイが言うと、不気味に感じた。


「……我々の任務をいまいちど確認してもよろしいでしょうか」


 そうアレルに言われ、ラジイは小さく頷いてから答える。


「〝迷宮〟に潜り〝摂政〟の存在を確認すること。そして可能であれば、そのまま殺害することです」


 魔族から提供された情報を信じるのであれば、死なない相手をどう殺せというのか。


「……殺害は難しいでしょうか?」


 見透かしたように、ラジイは()いてくる。


「魔族であろうと、生物である以上は、死なないなんてことあるはずがありませんよ」


 アレルは自分に言い聞かせるように答える。


「私もそう思います。ただし無理はなさいませんように。潜伏していることだけでもわかれば、より強力な討伐隊を送り込むこともできますので」

「より強力な?」


 自分や、革命戦争の精鋭に勝る戦力など今の連邦人類軍が保有しているのか。

 そう思うアレルに、ラジイは思いがけぬことを言う。


「ティファニアからの援軍ですよ」

「は? どういうことです?」

「アニエルが報せを寄越して来たのです。連合に参加した国が〝摂政〟を仕留めるにあたっては、ティファニアの保有する異世界人を派遣してもらえると。革命軍を母体としたダイアスの連邦軍を破り、バーンクライブにすら勝利した連中です。私は期待できると考えています」


 アレルは拳をきつく握りしめる。


「アキヒトや、エリズルーイを殺したかもしれない連中に頼ると?」

「え?」


 小さな呟きを聞きそびれ、首を傾げるラジイに、アレルは背を向ける。


「明朝、日の出とともに現地へ出発します。吉報をお待ちください」


 それだけ伝えると、アレルは足早に副大統領の執務室を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久々にアキヒトの名前を聞いたな。最早奴隷解放の英雄じゃなくて魔族を誕生させた戦犯そのいちだからな。 [気になる点] エリズルーイって誰だっけ?
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