第三百二十一節 『死に様』
耀晶刀が岩に当たった音が聞こえ、ジャメサの行動に目を剥いたカーヴィルが問う。
「おい正気か?」
ジャメサは答えず腰に差した短剣型の量産型耀晶器・乙型を抜いてみせる。
「魔導兵装!? もう一本持っていやがったのか!」
「安心しろ。さっきの刀と違って、こいつに魔法は付与されていない」
その言葉にカーヴィルははなじらむ。
「なに言ってんだ。それが本当だとして、普通敵に教えねえだろ」
「勘違いさせたみたいだから、わかってもらおうと思ってな」
「あ?」
「特別な武器なんかなくても、貴様を殺すぐらい大して難しくもない」
「……おもしれえ」
カーヴィルは短刀の一方を口に咥えると、もう一本で鎧を繋ぐ革のベルトを断ち切っていく。
「なに?」
上半身に装着した鎧が次々と地面に落ち、けたたましい金属音が鳴る。
「どういうつもりだ?」
「ジャメサ、おまえは魔増楔挿術を自分の体に施すため鎧を脱いでんだろ。身体強化しているうえにこっちだけ鎧着てたんじゃつまんねえからな」
「なんだそれは。そっちこそ正気とは思えんな」
「カーヴィル・ディア・バーンクライブスとしての戦は負けた。味方はもうひとりもいねえ。ならオレにとってこの戦いは個人の趣味ってことになる」
最後に落ちた胸当てを、カーヴィルは横に蹴り転がす。
「ならできるだけ五分の条件で戦り合いてえと思うのが人情ってもんだろ?」
「理解できんな」
ジャメサとカーヴィルは互いに構え合う。
先手はカーヴィルだった。
首を狙った右の短刀の突きを、ジャメサは左手のナイフで受け流すと、踏み込みながら右手の耀晶短剣を鳩尾に向け突き出す。
その切っ先を左の短刀の鉤に引っ掛けて押さえ込み、カーヴィルは引き戻した右の短刀の鉤でジャメサの首を刈ろうとする。
「くっ!」
咄嗟に上体と首を捻るが、刃が掠めて鮮血が散る。
押さえ込まれた耀晶短剣を強引に引き戻して後退るが、カーヴィルは前へ出て間合いを保ちながら続けて斬り付けてくる。
その刃を見つめ、厄介だなとジャメサは思う。
鉤状の刃を備えた短剣は、〝引っ掛ける〟という使い方ができる。
それを、魔法で膂力の増したカーヴィルが使うと、実に厄介なのだ。
剣を絡め取られると、力で抑え込まれて動きがとれなくなる。
さらに、斬撃や突きを戻す動きで鉤を相手に引っ掻け断ち斬ることもできる。
おかげで右手の耀晶短剣は封じられ、普通の短刀なら躱せる攻撃が身を掠める。
そのたび、ジャメサの体に浅い傷が走り、地面に血が滴る。
それに、岩場という地形も、ジャメサに不利に働いていた。
剣闘士であった彼は、本来なら、一対一の決闘を得意としている。
しかし、かつて戦い続けた闘技場の地面は均されていた。
ゆえに、凹凸の激しい岩場では、そこで培ってきた足さばきを活かすことができない。
それでも、実戦経験と技倆でジャメサはカーヴィルに大きく勝る。
耀晶短剣を押さえ込もうとする短刀を、相手の攻撃の勢いを利用して捲き上げる。
カーヴィルは体勢が崩れかけるのも構わず、右の短刀で斬り付けようとする。
それをジャメサは、ナイフではなく、肘で捌く。
「な、に!?」
すかさず突き出した左手のナイフが、カーヴィルの脇腹を浅く抉る。
「っの、ガキがぁ!」
力任せに薙ぎ払われた右の短刀を、ジャメサは屈んで躱し、逆手に持ったナイフで腿を突く。
下肢の鎧は外されていないためこの攻撃は通らないが、カーヴィルは歯を軋らせて左の短刀をジャメサの頭に振り下ろす。
それを、体を捻り、回りながら跳ねるような動きで躱しつつ耀晶短剣を振るう。
斬撃はカーヴィルの右前腕部を裂き、傷が動脈に達したことで派手に血が噴き出す。
「くっそが! さすがに……やりやがる!」
右腕から迸る血を横目で確認し、カーヴィルは顔を顰める。
「魔法で強化された相手にも、余裕で対応するとはな! やっぱり大したもんだぜ、おまえはよ! 魔導兵装なんぞなくても、まともに戦っていたら、オレじゃあ百遍戦っても勝てやしなかったろうぜ! ……だが――」
カーヴィルはジャメサに視線を向ける。
その顔は青褪め、息が上がって今にも倒れ込みそうだ。
「さっきまであれだけの手勢と二十五番まで相手に戦い続けてたんだ。肩に矢も受けて失血もかなりのもんだろ。もう血も体力も底をついてんだよおまえは」
ジャメサは耀晶短剣を持ち上げるが、腕に力が入らず切っ先が震えている。
「この期に及んで折れねえか。だが残念、戦場じゃどんな手使っても最後まで立ってた奴が勝ちだ。おまえは確かに強者だが、さすがに自分の力を過信し過ぎたな」
カーヴィルは一足飛びに間合いを詰め、左右の短剣を同時に振りかぶる。
しかし、体力の尽きたジャメサは、右腕を上げた体勢のまま動くこともできない。
「じゃあな」
斬撃を放たれる直前、ジャメサは耀晶短剣の柄の引き金を引く。
その瞬間、刃が閃光を放ち、カーヴィルは視界を奪われる。
「なっ、に!?」
混乱のために、カーヴィル自身の意思とは無関係に、体の動きが一瞬止まる。
すると、鳩尾に重い衝撃を受け、続いて耐え難い痛みが走り、両手に持った短剣を落とした。
「あぐ……な、にが……?」
徐々に視界が戻ると、まず、自分の懐まで踏み込んだジャメサの頭部が見えた。
慌てて突き飛ばすと、ジャメサはよろけながら後退る。
カーヴィルは痛みの元へ視線を落とす。
すると、腹に深々とナイフが突き刺さっているのが見えた。
「こ、のやろ……魔法は、付与されてねえっつったろ」
「嘘ではない。さっきのは魔法じゃないからな」
先程の閃光は、純粋な王耀晶を還元する際の発光現象だ。
汚染魔素を身に宿す魔族への切り札だが、人間に対しては特に害を為さない。
しかしジャメサは、その閃光によって僅かな間ではあるがカーヴィルの見当識を奪うことに成功したのだった。
「んなわけが……いや、殺し合いに卑怯もクソもねえな。まして、自分が圧倒的に不利な状況なら尚更だ」
カーヴィルは膝をつき、腹のナイフを引き抜く。
黒みがかった血が、糸を引くようにこぼれて地面に血だまりを作っていく。
「くそっ、肝臓かよ。嫌なとこ刺してくれるな、ティファニア人」
その言葉に、ジャメサは大きく目を見開く。
「気付いていたのか?」
「おまえさっき、ディエビア連邦やバーンクライブと戦をしたって、言ってたじゃねえか。軍が国の東の果てで、ティファニアと交戦したらしいって情報は、得ていた。だが、解せねえな。なんでティファニア人が、ここにいるんだ? バーンクライブ軍ならわかるが、おまえらとオレ等は、なんの関係もねえだろ」
「オレたちはバーンクライブと和睦の後同盟を結び、闇地外縁部で断続的に発生している越流への対処に協力していた」
いずれ自分たちが攻撃を行うはずだった場所だけに、カーヴィルは妙な因果だと感じる。
「そこへ、貴様らに村を襲われた子どもが逃げ込んできた。しかしバーンクライブ軍は村に救援を派遣する余裕もなかった。だから、オレと仲間で彼女を送り届けようとした。だが村は壊滅しており、唯一の生き残りから、その子をクールルに送り届けてほしいと頼まれた」
「……それで、来てみたら、オレたちが街を攻撃してるとこにかち合った、ってことか?」
頷くジャメサに、カーヴィルは笑いを漏らす。
「ケッサクだな。ガキひとり逃がした結果、爺さんの悲願が、なんの関係もねえ奴らの気まぐれで、潰されちまうとはよ」
短時間で土気色に変わりつつある顔色を見て、ジャメサは目の前の男の命がもう間もなく尽きるのを確信する。
「自業自得だな。あれだけの非道を働いておいて、まともな死に方ができるとでも思ったか?」
「非道、か……」
カーヴィルは膝立ちのままジャメサを見上げる。
「その非道を働いた、うちの兵たちだがな……首に打ち込んだ楔にかけた魔法で、理性がバグってたんだぜ?」
「なに?」
「奴らをコントロールしやすくするため、爺さんが仕込んだんだ。そうじゃなきゃ、さすがにあそこまで残忍な真似はできなかったろうよ」
「……なにが言いたい」
「奴らだって食うに困って爺さんに雇われたんだ。そして、おそらくまがい物とわかっていても、王子と一緒に一旗揚げることに、夢や希望を託してたはずだ」
「それをオレたちが奪った、とでも言いたいのか?」
ジャメサはおもわず舌打ちする。
「どんな事情があろうと、貴様らのやったことは許されないし、欠片ほどの同情も覚えない」
「無関係のおまえらに、オレらを裁く道理なんてもんが、あったかよ」
「害虫を駆除するのに、いちいち道理を気にする必要があるのか?」
「ふっ、そりゃ、そうだ、な」
カーヴィルの呼吸が、浅く、激しくなる。
いよいよ最期が近いらしい。
「ただな、これだけは、憶えとけよ、ジャメサ」
「……なんだ?」
「敵国の兵だろうが、救いようのねえ外道だろうが、どんな人間でも、殺しまくりゃ立派な殺戮者だ。そんなおまえこそ、まともな死に方、できるとは、思わねえ……こった」
「わかっているさ」
己も、剣闘士として生き延びるため、他人の命を奪って来た人間だ、とジャメサは思う。
本質的には、自分もこの男と変わらないのかもしれない。
「オレが、妹や、あの娘らと、同じ場所で生きて、穏やかに死んだりはできないだろう。だがそれでも、なんのために剣を振るうかぐらいは選べる」
そう呟いてカーヴィルを窺えば、膝立ちで上向いたまま絶命していた。
その顔には、死してなお歪んだ笑みが張り付いている。
ジャメサは男の骸に背を向けると、身を引きずるように歩き出した。




