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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第十章

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第三百十七節 『滾る雨に打たれて』

 上空の異変に気付き、ジャメサは動きを止める。

 一瞬遅れて敵兵たちも空を見上げて戸惑った様子を見せた。


「魔法? ……広域への攻撃魔法か!?」


 ハッとして、ジャメサがカーヴィルたちの方へ視線を向けると、参謀だという老爺が自分に鋭い目を向け、〝杖〟を振り上げていた。

 魔法を使われる前に斬撃の波を放とうと剣を振り上げるも、別方向から迫る風切り音に気付いて、咄嗟(とっさ)にそちらを払う。

 飛来する矢を斬り落とすことに成功するが、魔導士への対処が一瞬遅れる。


「しまっ――」


 その隙に、魔導師は魔石を光らせた〝杖〟をジャメサに向け、最後の呪文を唱えるため口を開いた。


「〝煉熱雲潰(ゲラヘ・フォ)――」


 しかし詠唱が完了する寸前、破裂音が鳴り、フソヨの右肘から先が、〝杖〟を持ったまま宙を舞った。


「らぁ!?」


 一拍遅れて、老爺は己が右腕の半ばから先を喪失したことに気付き、断面から噴き出した血を見つめて愕然とする。

 そのローブのフードが後ろから引かれ、老爺は地面に引き倒される。

 追撃を恐れたカーヴィルの仕業だ。

 フソヨを引きずり、戦場を眺めるために乗っていた岩の陰に身を隠す。


「狙撃野郎か! 十五番はしくじりやがったのか!?」


 続けて、岩を掠めてカーヴィルたちの傍に魔力の矢がたて続けに撃ち込まれる。

 カーヴィルはフソヨの腕を手早く縛って止血すると、拡声器で兵たちに指示を出す。


「〝杖〟持ちは狙撃野郎のいる斜面の方へ魔法を撃て! 居場所がわからなくても構わねえ! とにかく奴が落ち着いて狙撃できねえようにしろ!」


 指示を受け、斜面に魔法が撃ち込まれる。

 一方ジャメサは、先程自分に矢を射掛けた弓兵を斬撃の波で(たお)すと、蟲の通信でエウルに呼び掛ける。


「エウル! 無事だったか!」

「うん。ちょっと時間かかっちゃったけど、どうにか勝てたよ。大きな怪我もしてない」

「今のは助かった。そのまま援護を続けてくれ」

「オッケー。敵の頭目には隠れられちゃったから、〝杖〟持ちの敵から処理していくよ」

「わかった。カーヴィルのことはオレに任せろ」


 通信が終った直後、頬になにか熱いものが当たり、ジャメサはおもわず手で押さえた。


「なんだ?」


 頬に当てた掌を見ると、水で濡れていた。

 否、水というより、熱湯だ。

 かなり熱く、湯気が立っている。


「どこから――」


 と言う間に、ザッと音を立てて激しい雨が降り注いだ。

 その熱さに、敵兵たちが悲鳴をあげ、ジャメサも歯を食いしばる。

 さらに、立て続けに雷が落ち、一部の敵兵が感電して倒れた。


 フソヨが詠唱を完了させなかったため、魔法は発動せず、上空から降り注ぐはずの高熱の魔力は雲の中で滞留した。

 間もなくエネルギーは霧散して雲に吸収され、熱湯と化して地上へ降ぐと同時に、激しい気流を生み発生した静電気が落雷を引き起こした。


 肌が痺れるような熱さに耐えながら、ジャメサは敵兵の意識が逸れた隙を突き、カーヴィルたちの隠れる岩へと走る。

 頭目格のふたりさえ討てば、残った兵だけでクールルを攻め落とすことはできないだろうと考えられた。

 もはや体力的に限界を迎えつつあるため、ジャメサとエウルだけで残りの敵兵を殲滅(せんめつ)できるかはわからないが、少なくとも街を救うという目的は果たすことができる。

 急いでいると、唐突に雨が途切れ、なにかが頭上から迫る気配を察知し、ジャメサは横へ転がる。

 衝撃とともに砕けた岩と飛沫が飛び散る。

 身を起こしつつ、背後から己を襲った何かを確認しようと横へ視線を向けると、人間が絡まってできた巨大な手がゆっくりと持ち上げられるのが見える。


「こいつ、まだ生きて!」


 跳ね起きてふり返ると、激しい雨と湯気の向こうで、地面を叩くために身を屈めた巨人が立ち上がった。


「本体は仕留められなかったってことか。倒れて動かなかったのは、死んだふりでもしてたのか?」


 巨人はふたたび右腕を振り上げると、ジャメサに向け平手を振り下ろす。

 それを跳び退いて避けると、地面にめり込んだ手に向け斬り付ける。

 発生した斬撃の波が、巨人の指先から腕を伝い肩まで奔る。

 一瞬の間を空けて腕が真っ二つに裂け、外側の半分が地面に落ちて血と泥の混じった水が跳ね散った。

 さらに、残った半分の腕からも、身を割かれた人間たちがばらばらと剥がれて落ちる。

 巨人は慌てたように身を起こすと、別の部分にしがみ付いていた人間たちが這って移動し、ほとんどなくなりかけている右腕を再構成していく。


「そうやって真っ二つになった体を補ったってわけか」


 だが、巨人の肉体を構成する人間は、斬られれば普通に死ぬ。


「だったら引っ付いてる奴ら全部斬って本体を仕留めるまでだ」


 右腕に素材をまわしたことで、ひとまわり縮んだ巨人が動き始めるより早く、ジャメサは足に向かって剣を続けて振るう。

 斬撃の波が巨体を伝って登りながら、絡み合う人間たちを刻み、その繋がりを断ち切る。

 体の表面から無数の人間が落下し、全身から血を噴出させる巨人は、ぐらぐらと揺らぐ。

 その輪郭は歪みはじめており、今にも崩壊しそうだ。

 ジャメサが魔増楔挿術(まぞうけっそうじゅつ)によって強力な攻撃手段を得たことにより、形勢は完全に逆転していた。


「悪あがきもここまでのようだな」


 さらに両足に斬撃を放つと、両の膝あたりまで斬り裂かれたところで、巨人の体が収縮する。


「ん? なん――」


 錯覚かと思いジャメサが目を(すが)めると、巨人の全身が弾けるようにばらけた。


「ど、どういうつもりだ!?」


 巨体を形成していた数十人が一斉に降り注ぐ。

 衝突しないよう頭上を見上げ、ジャメサは落ちて来る人間たちを(かわ)す。

 すると、その落下してくる者たちの間を、飛び移って移動する小さな影に気付く。


「あれは、本体のチビか!」


 二十三番の意図に、ジャメサは気付く。

 落下する人間たちに紛れて己に飛びつくつもりだ。

 触れられれば正気を失い操られることになる。

 ジャメサは足を止め、頭上を見上げながら脇構えに構える。

 すぐ傍や足元に人体が落下し、体の一部が肩や足にぶつかるが、微動だにしない。

 しかし、分厚い鎧に身を包んだ巨体の兵士が直撃する軌道で落ちて来るのに気付き、さすがに横へ体をずらした。

 その瞬間、死角から飛び出してきた人影を斬り上げると、真っ二つに割れた敵兵の後ろから二十三番が飛び出した。

 その右腕は肩口から失われており、もしかしたらそのために、巨人が立ち上がるまでに時間がかかったのかもしれなかった。

 二十三番は目と口を大きく開けた必死の形相で左手を伸ばす。

 その目に、刀を振り抜いた姿勢の剣士は、無防備に映ったのかもしれない。

 が、少年の時分より命懸けの決闘を強いられ続けてきたジャメサは、この程度の危機なら幾度も経験していた。

 一瞬で手首を捻ると、返す刀で二十三番を斬り下げた。

 斜めに両断され、二十三番の体勢が崩れ、空中を泳ぐように動いた。

 ジャメサは間髪入れずに刀を振り上げると、ほとんど手首だけを動かし、小刻みに幾度も斬り付ける。

 一瞬で細切れにされ、ミンチ状になった二十三番の血肉を、ジャメサは全身に浴びる。


「……っはあぁ!」


 緊張と集中が途切れた瞬間、ジャメサはその場で片膝を着いた。


「はっ! はっ! はっ! はぁあっ! か、勝っ――」

「死ぃねぇええ!」

「は!? くっ――」


 巨人とジャメサの戦いを遠巻きに見ていたのだろう、数名の敵兵が膝を着いたジャメサに襲い掛かる。

 一瞬だが完全に気を抜いていたジャメサは、慌てて剣を振ろうとするが、腕が待ち上がらず、背筋に悪寒が走る。

 二十三番を斬った際の動きが、右腕に限界を超える負担をかけたらしい。

 目を血走らせて斧を振りかぶった若い男を見上げ、こんな奴に殺られるのかと、ジャメサは歯噛みする。

 その刹那、敵兵の頭に矢が突き刺さる。

 男は側頭部に受けた矢の勢いで首を傾かせ、盛大に転倒する。


「なん、だ!?」


 続けて他の兵隊も矢に射られて斃れる。

 矢の飛んで来た方向をジャメサが窺うと、鳥馬に乗った兵たちがクールルの方から駆けて来るのが見えた。

 その先頭を走る男の顔を見て、ジャメサは安堵の息とともに名を呟く。


「ティス……来てくれたか」

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