第三百六節 『獰悪』
姿を現したのは、男女の異形だった。
まず目を引いたのが女の方だ。
漂白したような色の肌に、深紅の瞳、肌と同じ白髪は短く無造作にカットされている。
服は極めて簡素で、肌色と同じ白い布で胸と腰回りをに巻いているばかりだ。
足に履いているのも、粗末な革のサンダルのみ。
肌には彫紋魔法がびっしりと彫り込まれ、左胸の上には魔増楔挿術に用いる楔の頭が鈍く光る。
表情はなく、瞳はジャメサの方へ向けられながらも焦点が合っていない。
一方、男の方は一見すると他の賊と大差ない装いだ。
苧麻のような目の粗い布でできた服の上に、皮革の軽鎧を装着している。
体格は厚く大きく、背丈もジャメサより頭ひとつ分は高い。
異様なのはその挙動で、肩や腕の各部、股や膝の関節を奇妙に曲げ、全身をがくがくと震わせている。
両の目はそれぞれ別々の方角を向き、口からは涎が幾筋も流れ顎から滴っている。
どう見ても、正気ではない。
唖然としているジャメサの様子を見て、カーヴィルは鼻で笑う。
「良いリアクションだな。こいつらはなジャメサ、〝人造祝福者〟ってんだ」
聞き慣れない単語を、口の中で繰り返す。
「じんぞう、〝祝福者〟?」
「その名の通り、人為的に作られた〝祝福持ち〟だ。うちの参謀のフソヨって爺さん、先代の王エレーヴォルがザーラスの地下に極秘で作った軍の実験施設で所長を任されていたんだ。そこじゃあ外部には絶対に漏らせないような非人道的な実験が多く行われ、その中で生み出されたのがこいつら〝人造祝福者〟だ」
ザーラスといえば、バーンクライブ軍の兵器工廠がある街だ。
ヴラーヴェが陥落してからは、しばらく西の最重要拠点として機能していたはずだとジャメサは思い出す。
「だが、当時まだガキだったアルハーンがその存在を嗅ぎつけ、後に軍のトップとなるベルレ・ダンドール将軍と結託して実験施設を襲撃した。結果、施設は壊滅し、〝人造祝福者〟の子どもたちもほとんどが奴らに奪われた。だが、爺さんは襲撃の際に重傷を負いながらも、〝人造祝福者〟二体と研究資金の一部を持ってどうにか脱出した。ただ、エレーヴォルは実力主義の厳しい王ゆえ、大失態を犯したまま王都に戻れば消されるはずだと爺さんは考えた。だから、まずは身を隠して傷が癒えるのを待ち、当時はまだわかっていなかった襲撃犯を突き止め報復し、奪われた研究成果を取り戻したうえで王のもとへ帰参するつもりだった。ところが、怪我の恢復に思った以上の時間がかかった。脱出の際、出血を止めるため治癒魔法をかけたところ、体内で砕けた骨が固着しちまったんだ。だから外科手術の可能な闇医者を探して、体内の整形を行ったうえで、あらためて治癒魔法をかけにゃならなかった。そうこうしている間にエレーヴォルは不出来なはずの末子によって弑され、王位は簒奪された。ようやく体を治してからアルハーンとその協力者共の計画と成功を知り、爺さんは人生を賭して復讐し、先代の遺志を継いで魔導至上主義の政を復活させることを決意したんだと」
「……それで担ぎ上げられたのが妾腹の貴様というわけか」
「あ? ああ、そういうこったな」
どこか歯切れの悪い返答にジャメサが目を眇めると、エウルの通信が耳に届く。
『ジャメサ、あの女、アルハーンの護衛に似てない?』
「ん? 誰だ?」
『ファナ・ローラルって女の人だよ。彼女も真っ白な肌と髪だったでしょ』
そう言われても即座には思い出せず、ジャメサは記憶を探る。
一瞬の間を置き、そういえば、空中要塞でアルハーンの救出へ行った際、闇地から短転移魔法で戻った者たちの中に、そんな人物がいたと思い出す。
「よく憶えているな」
『かなり個性的な見た目だったからね。それにあの人、当時のミツキさんと闇地の中で戦って、長い闇地生活で消耗していたのにほとんど互角だったらしいよ。その話を聞いて印象に残ってたんだ』
「なんだと?」
他人への興味が薄く、噂話にも関心のないジャメサには、はじめて聞く話だった。
『それに、ヴラーヴェの奪還作戦で、魔族の〝摂政〟って二番手を討ち取ったのもその人だよ。それでティスが興味を持ってどんな人か調べたんだ。結局、詳しい経歴とかほとんどわからなかったんだけど、噂じゃ子どもの頃になにかの実験を受けて、力を身に着けた代償にああいう姿になったんだって』
その話が本当なら、たしかに目の前の女とアルハーンの護衛は、同類なのかもしれないとジャメサは察する。
カーヴィルの言う通り、アルハーンの指示でザーラスの実験施設が襲撃を受けたのだとすれば、その際に救出した実験体がアルハーンの護衛になっていたとしてもおかしくはない。
つまり、このふたりはバーンクライブ軍と戦をしていた頃のミツキに、匹敵する実力者である可能性がある。
「……おいジャメサ、おまえ、さっきから独り言が多いと思って見てたが、誰かと話してやがんな?」
カーヴィルの指摘に、ジャメサは我に返る。
「だったらどうした」
「バーンクライブ軍の携行型通信装置は耳に装着するんだ。だがおまえは耳になにも着けちゃいねえ。ってこたぁおまえはバーンクライブ軍の兵じゃねえのか? それとも、オレの知らねえ最新型の通信装置が開発されたのか? いずれにせよ益々興味深いな」
「そんなことより、〝人造祝福者〟とやらがいるからどうだと言うんだ。そいつらが只者じゃないことぐらい、オレの仲間の狙撃を防いだ時点で気付いている。だが、その実験施設から連れ出せたというのは、そのふたりだけなのだろう? おまえらがバーンクライブ軍に対抗できる根拠になるとは思えない」
「そうだな。連中とまともにぶつかれば、たかが〝人造祝福者〟ふたり程度、大した戦力にゃならねえだろうよ」
そう言いつつ、カーヴィルはふたたび歪んだ笑みを浮かべる。
「ところでジャメサ、おまえは国の南の大闇地帯で、断続的に越流が発生しているのは知っているか?」
「……ああ」
知っているもなにも、数日前までそこで闇地からあふれ出て来る魔獣を狩っていた。
「そうか。オレらはいずれ、そのバーンクライブ軍の絶対防衛線に対し、このふたりを使って夜襲をかける」
「…………は?」
カーヴィルの言葉に、ジャメサは絶句する。
「闇地外縁部に展開した軍が壊滅すりゃあ、そこから魔獣が国に雪崩れ込む。そうなれば、軍は魔獣への対応に追われ、オレらのことなんかにかまっていられなくなる。その間に現政権への反攻勢力を糾合しつつ、魔獣との戦いに疲弊した軍を各個撃破し、奴らの物資、特に最新型の魔導兵装を鹵獲する。魔増楔挿術と併せて使えば、今のバーンクライブ軍の精鋭並みの戦力が手に入るはずだ。そのうえで、満を持してヴラーヴェに攻め入る」
「なにを……言っている? おまえは、いずれ自分が治めようって国を、魔獣に蹂躙させるというのか?」
「戦略的には、それが今のバーンクライブにオレらが勝てる唯一の方策だ」
「戦には勝てたとして、それで国が荒廃したんじゃ意味ないだろうが!」
「そりゃまあ、人類の生活圏は侵され、国土は大きく損なわれんだろうな。だがよぉ、その方が面白えと思わねえか?」
「……なんだと?」
「オレが王になった時、この国はそこら中で魔獣が跋扈してるんだ。そうなりゃまた魔族なんてのも侵略してくるだろうぜ。んで、魔族との戦いに勝ったジョージェンスやハリストンなんかも、領土を掠め取ろうと動き出すだろう。つまりオレはよ、そいつらと死ぬまで戦争を楽しめるんだ! なあ! そうだろうが!」
喜色満面のカーヴィルを見つめ、ジャメサは呟いた。
「貴様は……イカれてる」




