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マッド ファンタジア ・ カーゴ カルト  作者: 囹圄
第四章

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第十七節 『不穏』

 連日お祭り騒ぎの続くティファニア市民区では、そこかしこで夜中まで宴会が催されていたが、明け方直前ともなれば、さずがに街は静まり返っていた。

 それでも、馬車で駆け抜ける道の端に、酔っ払いが仰向けで倒れているのを、ミツキは馬車のカーテンの隙間から何度か見かけた。


「そろそろ目的地だけど、準備はいいかい?」


 サルヴァに問われ、鎧兜に身を包んだミツキは小さく頷いた。

 兵士に扮装しているのは、顔に印刷された文字を見られないようにするためだ。

 以前、王子の顔を確認する際には湿布を貼って隠したが、あれはあれでけっこう目立つ。

 その点、兵士であればフルフェイスの兜で顔を隠していても何ら不思議はなく、また、どこにいようと怪しまれることはない。


「さて、それじゃあ最後におさらいだ。キミは第十三区画区民会館の鐘塔に登りパレードの開始を待つ。セルヴィス陛下は丁度正午頃、装飾された馬車に乗って塔から見える大通りを通る。そこを狙撃してもらう。ことが済んだ後、キミは区民会館の屋根に飛び降り、屋根伝いに移動して隣の赤い屋根の建物に飛び移ったら、その北側に設置してある大型のゴミ箱に飛び降りてもらう。この屋根の建物は食堂だが店主が急病に倒れ現在休業中だ。ゴミ箱のある場所は店の敷地で金網に仕切られ、外から見られることはまずない。そして、このゴミ箱だが、二重底になっており、底面の下に隠れれば、まんがいち誰かが探しても見つかることはない。キミはそこに夜まで隠れ、我々が回収するのを待つ」

「ああ、もう百回以上聞いたし下見だってした。狙撃後の立ち回りは目をつぶっていてもできるよ」

「そうか。それでサクヤは――」

「しばらくは影の中に潜み、パレード前に見物人に紛れ、周囲を窺う。何か障害になりそうなものがあれば排除し、それが叶わぬようならミツキに知らせる」

「上出来だ。それではふたりとも、後は任せたよ」


 そうサルヴァが言うと同時に馬車が停まり、ミツキとサクヤが扉から飛び出すと同時に再び走り出す。


「あと私たちにできることは、幸運を祈るのみかな」


 そう呟いたサルヴァの表情を、レミリスはじっと見つめていた。


「何か言いたげですね。レミリス・ティ・ルヴィンザッハ殿」

「約束は忘れていないだろうな」

「約束? 何のことでしたっけ?」


 サルヴァの回答に、レミリスの(まなじり)が吊り上がる。


「冗談ですよ。憶えていますとも。ティアは今回の計画であの召喚者たちを管理できるのはあなたしかいないと判断した。あなたはその見返りとして軍における地位ともうひとつ、闇地中心部への再遠征を希望した」

「憶えているのならそれでいい」

「しかし解せませんね。地位の件はまあ当然でしょう。かつては王国の華とまで謳われたルヴィンザッハ家の女騎士が、今では騎士としての称号をはく奪されたうえ、実家からは勘当同然に所領の別邸に監禁され酒浸りの日々を送っていたのですから。ただ、なぜまた闇地への遠征なのですか? 件の計画で恐ろしさは身に染みたでしょうに。せっかく奇跡的にながらえた命をなぜ捨てるような真似をするのか理解に苦しみますね」

「貴様のような輩にはわかるまい……それに、前とは違うこともある。あの四人を同行させるという話も承知しているな?」

「それはもちろん。こちらとしてもいい厄介払いですからね。ただ、それは戦争の危機が回避された後であるということもお忘れなきように。それまでは、あの四人には抑止力として存分に働いてもらわねばなりませんから」


 その言葉を最後に、ふたりの会話は途切れた。

 馬車が王宮に戻るまでの間、車内にはレミリスがスキットルを傾ける際の水音だけが響き続けた。




 ミツキたちが狙撃のための配置に着いた頃、王都へと続く道を馬に乗って駆けるひとりの男がいた。

 男は全身が血に塗れており、彼の駆る鳥馬も数カ所に矢を受け、踏み出すたびに鮮血が飛び散った。

 それでも、男は歯を食いしばって王都への道を駆け続ける。

 どうしても伝えなければならない。

 それが叶わなければ、すべてが終わる。

 そう自分に言い聞かせ、出血と痛みに朦朧となる意識を辛うじて繋ぎ止めた。

 その時、朝陽が昇り始め、薄闇の中を駆けていた男は、差し込んだ光の眩しさに目を閉じかけた。

 同時に陽光は、彼の通った道も照らしだす。

 そこには、足跡とともに、点々と血痕が続いていた。

 その血痕が王都最寄りの転移塔まで続いているということを知る者はいない。




 第十三区画区民会館前に辿り着いたミツキは、周囲に視線を巡らせ人気のないことを確認すると、事前に渡されていた合鍵で扉を開け、その身を建物内へと滑らせた。

 内から扉を施錠すると、未だ闇に包まれた建物内を駆け抜け、鐘塔の螺旋階段を駆け上がる。

 塔の上に辿り着くと、空に昇る朝焼けが視認できた。

 一瞬、その美しさに見とれかけるも、すぐに慌てて屈んだ。

 早起きした市民にでも見られれば、計画が破綻しかねない。

 そのまま座り込み上を見上げると、巨大な鐘が設置されているのが確認できた。

 正午頃に王子がやって来るということは、魔法で自動的に鳴るよう設定されているというこの鐘の音を真下で聞くことになるかもしれない。

 さぞかし煩いだろうが、耐えるしかないのだろう。

 ミツキにできることといえば、セルヴィスが予定よりも早くこの場に辿り着いてくれるのを願うことぐらいだ。

 ミツキは壁に背を預けながら思考する。

 おそらくセルヴィスがやって来るまで七時間前後は待たねばならないだろう。

 それまではコンセントレーションに努め、万全の精神状態でことに臨めるよう気持ちを整えるのだ。

 高ぶった気を静めるため、そっと目を閉じると、ミツキは深く息を吐いた。




 新王即位の祭り騒ぎは、非市民区でも行われていた。

 市民区に比べると娯楽が少なく、普段は多くの住民が倹約を強いられている場所だけに、その盛り上がりは市民区以上とも言えた。


 そんな非市民区の大通りでバカ騒ぎする住民たちの間をすり抜けるように歩く集団があった。

 側壁塔への物資の供給を請け負っている女商人、イリス・ゾラとその一味だ。


 彼女は上機嫌だった。

 祭りに便乗し弟の手下を使って露店を出したところ、連日のように記録的な収益を叩き出していたからだ。

 側壁塔に住むという風変わりな取引相手から聞いた、祭り用の甘味や料理が、物珍しさもあって多くの客を引き寄せたのが功を奏した。

 まさか、着色した飴に漬けただけの果物や、穀物粉と卵の生地に野菜や肉を混ぜて焼きタレを塗っただけの料理が、あれほど売れるとは思わなかった。

 こんなに儲かるなら、このバカ騒ぎが当分続けばいいと思うが、残念ながら今日のお披露目式をもって、この祝賀祭は終了となる。

 最終日ということもあってか、露店は朝から行列ができていたが、丁度朝と昼の合間ぐらいの時間となり、ようやく客足が減っていた。

 今の内に材料を補充するため、彼女は店を弟たちに任せ、数人の仲間とともに市場へ向かっていたのだった。


「しっかし、稼がせてもらって文句言うのもどうかとは思うけど、王様が変わるぐらいでちょっと騒ぎ過ぎじゃないかい?」

「でも(あね)さん、新しい王様はかなり優秀な方で、先王様に比べて国民のこともよく考えてるって聞いたぜ? それでみんな期待しているんじゃねえかな」

「どっから出た情報だいそれ……裏付けの取れていない話を鵜呑みにするんじゃないよ」

「え? あ、はい。なんかすんません」


 以前、第一王子が囚人を闇地の開拓に派遣したことで、イリスは監獄への食材納入という大口の取引先を失った苦い経験がある。

 それだけに、彼女は新王に好意的な感情を抱くことができなかった。

 かと言って、武辺一辺倒の第二王子や、放蕩者と悪名高い第一王女では、王など務まらないのも事実だと理解はしている。


「ま、これ以上非市民区(ここ)の扱いが悪くならないことを祈るだけ……ん?」


 イリスは、異変に気付いて足を止める。


「どしたんすか、姉さん?」

「なんか、前の方が騒がしくないかい?」


 そう言う間もなく、進行方向の人混みから悲鳴が上がり、通行人が慌てて道の端へ移動をはじめる。

 イリスと仲間たちも、わけもわからず前方の人々に習うと、すぐに騒動の原因が姿を現した。


「馬!? こんなに人がいるのに!?」


 イリスが驚く間に、馬とその騎乗者は通りを駆け抜けて行った。

 前方では、避け損なって馬と接触した通行人が怪我を負ったらしく、騒然としている。


「暴れ馬っすかね? ここいらで馬乗り回すなんて珍しいっすよ。後で兄貴たちに言って、皆でヤキ入れに行っときますわ」

「バカ、馬に乗ってたのが兵士だったの見えなかったのかい? あれはただ事じゃないよ」


 イリスが視線を向けた地面には、点々と血痕が落ちていた。

 そして、馬の駆け抜けていった通りは、市民区へと至る道に繋がっている。

 おそらく衛兵が止めるだろうが、それでもイリスは何か不吉な予感が湧き上がるのを自覚していた。

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