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第十五節 『小銃』

 部下の兵士が運び込んだ水瓶を前に、ミツキはディエビア連邦の追跡者と思われる兵から鹵獲(ろかく)した武器を構える。

 背後には、サルヴァやカナルをはじめとした将官と、異世界人の身柄を確保し戻った精鋭部隊員らが並び、ミツキに注目している。

 会議室の広さを(かんが)みれば適当に狙ってもおそらく容易に命中させられるだろうが、ミツキはあえて照尺(しょうしゃく)を引き起こして狙いを付ける。

 長方形の枠内に水瓶の中心を(とら)えると、絞るようにトリガーを引いた。

 銃床を押し付けた右肩に衝撃を覚えると同時に、キンッ、という金属音が響き、十数メートル先の水瓶が砕け散る。

 派手にぶちまけられた水と散乱する陶器片を目の当たりにし、ミツキの背後で誰かが(つぶや)く。


「な……なんだ、これは」


 構えを解いたミツキは、得物を見下ろしながら、おもわず口にしていた。


「いや、なにこれ」


 ミツキの戸惑いは、独特の銃声に対するものだった。

 火薬の破裂音を予想していただけに、(つち)で鉄を打ったような金属音に意表を突かれたのだ。


「なかなかの威力だね」


 声を掛けられ、ミツキはサルヴァが近寄って来ていたことに気付く。

 顔に喜色(きしょく)を浮かべ、ミツキが試射してみせた他国の武器への興味を隠そうともしない。


「見事に使いこなしたということは、キミの世界の兵器というのは間違いないようだね。なんて武器なんだい?」

「……ライフルだ」

「ライフル、か。なんだか食べ物みたいな名前だな」


 サルヴァはキャスター付きの台に乗せられた別の一丁を持ち上げ、先程のミツキに(なら)って構える。

 軍装の美丈夫(びじょうふ)が持つと、妙に様になるなとミツキは感じる。


「そのままじゃ使えないぞ」

「そうなのかい?」


 ミツキは台の上から赤銅(しゃくどう)色をした()(がね)型の金具を持ち上げる。


「これが弾丸」


 サルヴァに見せるように突き出してから、ボルトハンドルを引いて排莢(はいきょう)してから弾を込める。

 カートリッジの小ささに違和感を覚えながら装弾し、水瓶を貫通した弾痕(だんこん)の横に向けてもう一発撃って見せる。


「今のダンガンとやらを撃ち出すわけか」


 サルヴァは早速ミツキを真似て弾を装填(そうてん)すると、特に戸惑うこともなく壁に向けて射撃してみせた。

 弾はミツキの刻んだ弾痕に並ぶように、等間隔で壁を穿(うが)った。


「……随分(ずいぶん)簡単だな」

「そうだ。こいつの怖いところは、使い方さえ覚えれば誰でも遠距離から敵兵を殺せるってことだ。しかも、弓兵より射程が長く、魔法と違って詠唱(えいしょう)に時間を取られることもない」

「ああ……なるほどね、そういうことか」


 なにやら納得した様子のサルヴァに、ミツキは首を傾げる。


「なにが?」

「少し前にディエビア連邦で革命が起きたって情報はキミも知っているだろう? 丁度ブリュゴーリュがうちの国に攻め込んできた頃の話さ」

「ああ。承知している」

「ディエビア連邦って国は、元々は人間の輸出を最大の産業にしていた国なのさ」

「人間って……」

「そ、奴隷さ。南部諸王国よりも、北への交易路(こうえきろ)を用いて大陸中央や北部の国に人を売っていたわけだ。そんな国だからこそ、下の人間を管理する仕組みは非常にしっかりとしたものだったはずなんだ。下々の人間が反乱を起こしたぐらいで国がひっくり返るなんて本来はあり得ないことだと考えられる。でも、そのライフルを使えば、数でも練度でも大きく劣る革命軍が、宗主国(そうしゅこく)ダイアスの精強な王国軍さえ打倒することが可能だろう」

「なるほど。いや、しかし――」

「ああ。反乱軍が独力で武器を開発、生産するなんてことは、まず不可能だろう。そう考えれば、バーンクライブと手を結んだ経緯(けいい)も見えてくるんじゃないかな?」

「……大国が革命軍を支援した?」

「だろうね。ただ実現するには繋ぎの役割を果たす人物の存在が不可欠だったろう。それに、そもそもこのライフルはキミの世界の武器なんだろ? そこで考えられるのが、ディエビア連邦の革命軍にキミの同胞(どうほう)が所属しているという説だ」

「なるほど……バーンクライブに技術を売り込み支援を取り付けたってことか。もし、バーンクライブにとってディエビア連邦の前政権が目障りな存在であったとすれば、革命を支援することはメリットになるし、異世界人の高度な技術も手に入る。革命が成った後、同盟を結んだのも自然な流れだったというわけか」


 サルヴァの慧眼(けいがん)にミツキは舌を巻く。

 ここのところ仕事を押し付けられてばかりいたため失念しがちだったが、元々非常に目端(めはし)が利く男なのだ。


「まあ、そうなると、やはりこれは厄介と言わざるを得ないな」


 常に余裕を崩さないサルヴァには珍しく、深刻そうな口調で呟く。

 ライフルの危険性も、すぐに理解したらしい。


「先日の作戦では皆うまく立ち回って犠牲を出さずに制圧できたわけだけど、数を(そろ)えられると手に負えなくなるだろうね」

「ああ。追跡者はひとり一丁装備していたんだろ? ってことは、量産されていると見た方が良い。正直、兵数に余程のアドバンテージでもない限り、真正面からぶつかってティファニア軍に勝ち目があるとは思えない」


 しかも、非常にまずいのが、銃の構造だ。

 マッチロックやフリントロック程度ならともかく、ボルトアクションライフルということは、隣国の装備は既に近代以降の領域に達していると判断できた。

 先の戦では、騎兵と槍兵の密集陣形で戦ったティファニア軍とは、三百年程度の技術格差があると言えた。


「しかし、わからないのが、どうやって弾を飛ばしているかだ」

「キミの世界のものとは違うのかい?」

「違う。オレの世界のライフル、というか同じ系統の武器の総称(そうしょう)を〝銃〟っていうんだけど、基本的な構造としては、(つつ)の中で火薬を爆発させて、その衝撃で弾丸を飛ばすんだ」

「カヤク?」

「薬品だよ。こっちの世界では、たぶん開発もされていないと思う。で、もし火薬を破裂させていたなら、かなり耳障りな破裂音が鳴るはずなんだ。でも、このライフルを撃った時に出たのは、金属をぶっ叩いたような澄んだ高音だった。それに、この薬莢(やっきょう)――」


 ミツキは身を屈めて、床に落ちた薬莢を拾う。

 それは、薬莢というよりは、ただの円形の板のようだった。

 火薬が入れられるような形状ではない。

 そもそも、金属ですらなく、硬質なプラスチックのような質感だ。


「いや、薬莢ってよりは、ヘッドのみってことか? こんなものでどうすれば弾丸を撃ち出せるんだよ」


 仕組みを知ったからといって銃への対策が立てられるとも限らないだろう。

 しかし、敵となるかもしれない国の技術を解析できれば、何らかの形で今後役立つかもしれないとミツキは考える。


「あ、あの、ちょっといいですか?」


 サルヴァとミツキの会話に入り込めず、聞き役に(てっ)していた他の面々の中から、意外な人物が進み出た。


「リーズ? どうかしたのか?」

「は、はい。戦闘中に気付いたことがありまして……」


 リーズは普段ミツキと接する時とは違い、口調も態度も控えめだ。

 軍の高官が集められた場の雰囲気に呑まれているのかもしれないとミツキは思う。


「それなら遠慮なく言ってくれ。現場の意見は貴重だからね」


 そうサルヴァに言われ、リーズの表情が微かに(ゆる)む。

 本性を知らない者にとっては、この男は人当たりの良いイケメンなのだ。


「その、私は〝魔視〟の〝彫紋(ちょうもん)魔法〟を片目に付与しているのですが、その武器での攻撃の瞬間、ほんの一瞬ですが閃光のような魔力を発するのを視認しています。その武器を魔導兵装と報告したのもそのためです」

「え? じゃあこれ、魔法で飛ばしているのか? いやでも、じゃあなんで呪文もなしに使えるんだ? しかも、魔力のないオレが」

「いや、魔導兵装とはそもそもそういうものだ。魔導技術を凝らした精密な機構によって、詠唱なしで発動できる。ただ、たしかに魔力のない人間には扱えないはずではある。まあ、分析は専門家に任せようじゃないか」


 そう言って、サルヴァは部屋の隅に視線を向ける。

 遠目にミツキらの会話を窺っていたカルティア人の亡命研究者が、イケメン騎士に視線を向けられ挙動不審(きょどうふしん)な様子で周囲を見回す。


「いや、あなたですよリズィ博士」

「あわ、私ですかぁ!?」


 名指しされて一瞬跳び上がったリズィは、ずれた眼鏡の位置をなおしつつ、あたふたと手足を動かしながら口を開く。


「あぁあのですねえ、わわ私の専門は魔導力学理論でありまして魔動機工学については(かじ)る程度の――」

「わかるの? わからないの?」

「あ、はい。たぶんわかります」

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