第十四節 『武器』
日中だというのに仄かに酒の匂いを漂わせたカナル翁が到着すると、招集されたティファニア軍幹部等を前に、帰還した精鋭部隊からの報告が始められた。
といっても、この場に被召喚者はミツキひとりしか出席していない。
まず、サクヤは今、捕獲した獣人の異世界人に付いている。
捕獲部隊の機転で、ブリュゴーリュ王の死を悟られずに連行できたが、洗脳が解けていない状態ではまともなコミュニケーションが取れるとは思えず、まずは靄に毒された体を浄化させることにしたのだ。
とはいえ、サクヤなら処置を急ぎながらも、外法でこの会議を覗き見ているだろうとミツキは確信している。
オメガは、そもそもこういった場での難しい会話についていけないため呼んでいない。
もし必用があれば、後でミツキが口頭でわかるように伝えるつもりだった。
そしてミツキは、トリヴィアにも声を掛けなかった。
彼女が孤児院の仕事にやりがいを感じているのをよく知っているからだ。
ミツキはこれまで幾度となくトリヴィアに助けられてきた。
だから、恩を返すためにも、彼女の平穏を乱したくないと考えたのだ。
それに、今までミツキにのみ執着していた彼女が、己以外のものに目を向けるようになったことも、彼女にとって良い傾向だと感じていた。
戦になれば彼女に頼らないわけにはいかなくなるだろうが、戦時でない今ぐらいは、軍から遠ざけてやりたかった。
会議では、まず作戦の顛末について報告された。
魔法を使うでもなく遠距離から攻撃を仕掛けてくる敵を相手に、ひとりの死者も出さずに任務を達成したという結果に、ミツキを含め軍幹部は満足した。
部隊長のティスマス・イーキンスは、元冒険者ながらそれ以前は第十六副王領の領国軍に所属していたというだけあって軍事行動にも慣れており、先の戦での活躍も考慮して指揮官に抜擢したが、期待以上の働きだったとミツキは評価した。
ブリュゴーリュに駐留するティファニア軍は、傭兵や冒険者上りの兵士が非常に多いため、ジャメサやエウルのように個人として高い技倆を持つ者はいても、指揮官として素養まで持ち合わせる者となるとかなり希少だ。
再び戦が始まるというのなら、こういった人材の発掘にも力を入れなければならないとミツキは考えている。
こういう時にドロティアの〝人見の祝福〟があればと強く感じるが、彼女の立場を鑑みれば連れて来るわけにもいかないので、自分たちでどうにかするしかない。
「しかし、その異世界人の言葉は、本当に信用に値するのか? ガセということはないだろうな。それに、我らを謀ろうとしている可能性もあるのでは?」
「異世界人は王の洗脳を受けた状態で、捕獲部隊を王からの迎えと聞かされ信じたんだろ? だったら嘘を言うとは思えない。皆も奴らの狂信っぷりは骨身に沁みてわかっているはずだ。そしてガセネタの可能性も低いだろう。もしそうなら、魔導兵装なんて持ち出してまでディエビア連邦の奴らが追い回さないはずだ」
「そもそも、ブリュゴーリュ軍は、なぜ獣のような姿の異世界人に間諜などという役目を与えたんだ? あの容姿では目立って仕方ないだろう。どう考えても向いているとは思えん」
「身のこなしが人間とは比べ物にならないらしい。それに、獣らしく聴覚も極めて優秀だとブリュゴーリュ軍の資料には書かれていた。間諜といっても、人の中に紛れるような役割ではなく、人の目を避け建物に潜入し、会話を盗み聞いたり書類を盗み見たりといった活動を行っていたのだろう」
「あの獣人の他にも、同じ任務を与えられた者がいたのだったか?」
「ああ。〝青猫〟と〝翼槍〟といったな。容姿から判断するに、確保した異世界人は〝青猫〟で間違いないだろう。〝翼槍〟が同行していなかった理由は不明だ。サクヤの解毒措置が完了次第、本人に確認しよう」
ミツキも含め、出席する将官等が意見を交わし、確保した異世界人の情報を検討する。
「情報の真偽なんてこの場で話し合っていてもわからんだろうよ。それよか、最悪を想定して今後に備えるのが今すべきことなんじゃねえのかい?」
そう述べたカナルに、サルヴァが同意する。
「違いないね。とりあえず、件の異世界人への聴取は、処置が済み次第、ミツキとサクヤにやってもらうとして、今後の準備のためにも早いとこ敵の魔道兵装とやらを確認しようじゃないか」
確保した異世界人の尋問役をナチュラルに振られ、また己頼みかとミツキは内心でぼやく。
とはいえこの件に関しては、言われるまでもなく自分で尋問を行うつもりだった。
尋問対象が被召喚者であるということは、召喚についての情報を得ることができるかもしれないのだ。
ビゼロワではカルティア人の研究施設から期待していた程の情報を得られなかっただけに、他国の異世界人がなにを知っているのかは、個人的にも興味がある。
そんなことをミツキが考えていると、サルヴァの発言を受けて追跡者からの鹵獲品が、キャスター付きの台に乗せられて運ばれて来る。
台を押してきたのは、全軍からの選抜を通って、見事に精鋭部隊員に採用されたリーズだ。
ミツキにとっては、側壁塔で暮らした面子の次に付き合いの長い人物だけに、躍進を嬉しく思う反面、危険な任務に就いているのを心配もしている。
複雑な心境でミツキが見守る間に、鹵獲品を持ち上げた彼女は、戦場で敵がどのように武器を使ったのか説明を始める。
「まず、この不思議な形状の武器ですが、敵はこの広がっている部分を右肩の前に当て、伸ばした左手で前方を、右手で手前を支えつつ、このように構え……」
リーズが解説する姿を眺めていたミツキは、その鹵獲品の武器に目を移すと徐々に表情を失い、椅子が大きな音を立てるのもかまわず、いきなり立ち上がった。
説明中だったリーズは驚いた表情で口を止め、長卓を挟んで座る将官や作戦に加わった兵士らも一斉にミツキに注目した。
その顔は、みるみるうちに青褪め、なにか言おうと口を動かすも、動揺のためか吐息が漏れるばかりだった。
「……ミツキ? どうしたの?」
現在、リーズにとってミツキは上官に当たるため、少なくともこの場においては言葉遣いには注意が必要なのだが、ミツキの狼狽があまりにあからさまだったため、彼女は無意識に以前と同じ口調で尋ねていた。
「……リーズ」
問い掛けられたことで、ミツキはようやく言葉を絞り出す。
「ちょっと、それ貸してくれ」
リーズは戸惑いながらも、長机を回り込んでミツキの前まで歩み寄り、持っていた鹵獲品を手渡す。
「あっ、でも扱い方には気を付けてね。考え無しに部品を触ると――」
「わかってる」
ミツキは、先程のリーズよりも素早い動きで構える。
得物の上部に設置されたパーツを引き起こし、長方形の穴が空いた中心を覗き込みながら、右手の人差し指を金具に引っ掛ける。
「くそ……なんてことだ」
構えを解きながら呟いたミツキに、サルヴァが声を掛ける。
「どうしたんだいミツキ。今の動作、なんだかいやに手慣れているように見えたが、まさかそれがどういうものか知っているのかな?」
「知っているもなにも――」
ミツキは手の中の得物に落していた視線をゆっくりとサルヴァの方へ持ち上げる。
興味津々のサルヴァに対し、ミツキの表情は苦々し気に歪んでいる。
一瞬、この戦好きの男に話して良いものか迷うが、この期に及んで説明しないわけにもいくまいと覚悟を決め、口を開いた。
「……これは、オレの世界の武器だ」




