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第十三節 『集合』

 ティスマスたちが任務を達成して戻ったとの報告を受けたミツキは、ソニファとともに会議室として使っている広間に向かい、フィオーレ城内を足早に歩いていた。


「ディエビア連邦とバーンクライブが軍事同盟を結んだって、その猫女はたしかにそう言ったんだな!?」

「ティスマスさんたちはそう聞いたそうでぇす」


 想定していた事態の中では、最悪に近いケースだとミツキは考える。


 サクヤと推測したように、カルティアが大戦を引き起こすつもりで異世界人の召喚を各国で行ってきたのだとすれば、再び隣国と戦になるということは十分に想定できた。

 問題は、ブリュゴーリュの北端が、ディエビア連邦、バーンクライブのそれぞれと国境を接していることだった。

 今後の展開次第では、三竦(さんすく)みのような状態に持っていくこともできたかもしれなかったが、先を見越してアグレッシブに動くのであれば、一方の国と同盟を結ぶべきだろうと、ミツキは考えていた。

 ディエビア連邦を一国と換算するなら、三国とも大国であり、一方と同盟を結ぶだけで戦局が大きく傾くのは明白だからだ。

 実際に、サルヴァはブリュゴーリュとの戦後、両国に使者を送っているが、ディエビア連邦では宗主国ダイアスの王が不在ということで門前払いされ、バーンクライブでも王との謁見(えっけん)は叶わず献上品として持参したブリュゴーリュの鉄器だけ置いて使者は戻って来たという。

 おそらく、その時点で既に、両国の蜜月(みつげつ)は始まっていたのだろうとミツキは推測する。

 しかし仮に最初から手遅れだったとしても、国内をまとめるだけで手いっぱいだったため周辺国の動静に対して注意が足らなかったと、ミツキは今更ながらに思う。

 ブリュゴーリュの立て直しと並行して、諜報にも力を入れるべきだった。


「今更そんなことを後悔しても仕方ないか……会議室には幹部連中も集めているな?」

「他の方々にはそれぞれの担当者が報告に向かってまぁす」

「カナルの爺様にもか?」

「はぁい。念のため出席するよう、兵舎の方へ私の使い魔を飛ばしておきましたぁ」

「そうか。こういう時こそベテランの意見を聞きたいからな」


 ティファニアがブリュゴーリュとの戦争に勝利した後、後方での指揮を担当していた退役軍人たちの多くは国に帰っている。

 ただし、元大将軍、カナル・フーリッツ・シケルは、現地で徴募した新兵たちの訓練を任され、フィオーレに残っていた。

 これはサルヴァによる人事だが、元大将軍としての経験と人心掌握(じんしんしょうあく)(じゅつ)を買ったというよりは、この老人の政治的影響力を考慮して、ティファニアには戻したくなかったのだろうとミツキは察している。

 本国ではブリュゴーリュとの戦で多大な犠牲を出した王への弾劾(だんがい)が未だに続いており、サルヴァはこれを踏み台にしてドロティアに王位を(ゆず)らせる腹づもりのようだった。

 ただ、王自身は既に骨抜きだが、取り巻きの力まで剥奪(はくだつ)できたわけではないので、サルヴァの野望を実現させるのは、未だ容易ではない。

 このうえ、王家の忠臣(ちゅうしん)であるカナル(おう)に帰国され、横から口を挟まれるのは避けたかったのだろう。


 こちらに留めておく限りは、カナル翁は若い兵士を連れ回して酒や悪い遊びを教えるばかりの不良老人に過ぎない。

 しかし、これからは、再び後方での指揮を任せることになるのかも知れなかった。


「こないだの戦争で隠居生活から引っ張り出したうえ、また現場に出てもらうのは心苦しいけど、うちの人手不足は未だ深刻だからな。ブリュゴーリュの職業軍人は、北方の国境守備隊を除けばうちらとの戦でほぼ壊滅状態だったし、こっちに来てから軍事面で即戦力となる人材を揃えることはできなかったのが痛い」

「軍人どころか戦える男のほどんどはティファニアに向かわされたみたいですからねぇ」

「こんなことなら西部副王領や義勇兵の帰国は、なにか理由をでっちあげてでも先延ばしにするべきだったか」


 会話している間にも、目的の会議室の入り口が見えてくる。

 歩調を早めるミツキに、ソニファは思い出したように言葉を継ぐ。


「ああ、帰国といえばミツキさぁん、ひとつご報告しておくことがありましてぇ」

「報告?」


 会議室内で話を聞こうと、観音開(かんのんびら)きの扉を引いて室内へ踏み込む。

 すると、窓から景色を眺めていたティファニア軍幹部の制服を(まと)った人物が振り向き、ミツキに笑みを向けた。


「遅いぞミツキ。この非常時に遅刻とは、私が居ないからといって気が(ゆる)んでいるんじゃないか?」

「なっ!? おま、どうして――」


 予想外の人物との対面に立ち止まったミツキの背後で、ソニファが報告を続ける。


「先程、総督閣下(そうとくかっか)が戻られたそうでぇす」

「……見りゃわかる」


 ミツキは久々に会うサルヴァに視線を向けながら、ソニファに短く応じた。


「先に報告しろよ」

「ずっとフィオーレを放っておいた名ばかりの総督閣下の帰還よりも、ティスマスさんたちの持ち帰った情報の方が重要度が高いと判断しましたぁ」


 なかなかに辛辣(しんらつ)な発言をするソニファに溜息(ためいき)()らしつつ、ミツキはサルヴァに歩み寄る。


「べつに仕事を疎かにしていたわけじゃない。今日はようやく完成した郊外の食糧増産施設を視察する予定だったのを、報告を受けて慌てて引き返してきたんだ。あんたの仕事を肩代わりしてるってのに、嫌味ぃ言われる筋合いはない」

「それは失礼したね。まあキミがよく働いてくれているということは報告を受けて承知しているよ」


 どうやら知らないところで、仕事ぶりを査定されていたらしい。

 そしてこの男が使えない人材を放置しておくほど甘くはないということも、ミツキはよく理解している。

 怠けでもしていたらどうなっていたかと想像し、背筋がうすら寒くなる。


「しかし、よくこんなドンピシャなタイミングで戻って来たな」

「べつにたまたまってわけじゃないさ。北方に駐留させている部隊から、キミの派遣していた連中が、ブリュゴーリュがディエビア連邦に潜入させていた異世界人を確保したと報告を受けてね。その際戦闘にもなったようだし、これは面白いことになりそうだと思って、部隊がフィオーレに帰還する頃に合わせて本国から転移塔を使って戻って来たのさ」


 北部方面軍にまで息の掛かった人間を潜り込ませていたようだった。

 どこまでも抜け目がないと、ミツキは(あき)れ混じりに感心する。


「面白いって、大国同士が軍事同盟を結んでたんだぞ? 現時点では敵対していなくても、ブシュロネアやブリュゴーリュのことを考慮すれば、また戦争になる可能性は低くないだろ」

「だから面白いんじゃないか。積極的に戦を仕掛けるつもりはないが、敵が攻めてくるというのなら開きなおって楽しむべきだろ?」


 ミツキは不快感を込めてサルヴァを(にら)む。

 今まで幾度となく戦で死にかけたミツキは、もはや戦争を憎悪さえしていた。

 それを楽しむなどというこの男が、心底理解できない。


「そんな顔するなよミツキ。私も手ぶらで戻ったわけじゃあないんだ。報告によれば、キミが派遣した精鋭部隊と交戦したディエビア連邦の兵士と思われる敵は、未知の魔道兵装を使用したんだろ?」


 その報告はミツキも受けていた。

 鹵獲(ろかく)したという現物はまだ見ていないが、ソニファから話を聞いただけでも、厄介な代物であるのは間違いなさそうだと確信している。


「でも、生憎とうちの国にはその分野の専門家はいないんだ。それはブリュゴーリュも同じさ。そこで、魔道機構にも通じている人間を連れてきたんだ。彼女がいればその兵器の分析もはかどり、対策も立てやすくなるはずさ」

「彼女?」


 首を傾げるミツキに、サルヴァは(あご)で右の方を見るよう促す。

 視線を動かすと、招集した将兵はカナル翁を除いて、あらかた集まっていることに気付く。

 その中に、厳つい軍人に怯えているのか、壁際でおろおろと視線を彷徨わせている女が目に付いた。

 伸び切ったぼさぼさの髪に、薄汚れた白衣を纏った、見苦しい身なりの女が誰だか気付き、ミツキは無意識に名前を口にする。


「リズィ・モーヨン博士」


 ミツキに名を呼ばれたカルティア出身の研究者は、もごもごと口を動かし何か聞き取れないことを呟いてから、デュフデュフと気持ちの悪い声で笑う。

 相変わらずのコミュ障ぶりに、ミツキも苦笑を漏らした。

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