17 束の間の
僕が二歩進む間に、アイリスはあっと言う間に数十メートルの距離を飛ぶようにやってきました。
僕の手前でピタリと止まって伏せてくれます。
アイリスは僕より大きいですから。
僕はアイリスにしがみ付いてふわふわもふもふを堪能します。
「ごめん、アイリちゅ。ちちゅたがおちょとダメダメって」
「くぅん」
まだ春先で、夜は冷え込む。もう少し暖かくなったら。
────ふりしきる雪。僕と父さんと母さん、アイリスにロキまで一緒に暖炉の前で固まって暖をとっていた。
そこは一年を通してあまり暑くならない……それどころか、冬が長く吹雪のやまない日が長く続き、人が住むには向かない土地だった。
こことは全く気候の違う土地。そんな冬の日の光景。
脳裏を過ぎる風景。その土地の気候についての情報が重なる。誰かが教えてくれた? いや、聞いたわけではなくて……
記憶を探りつつ、両手は無意識にアイリスをもふもふしてた。アイリスの首に巻かれた荒縄に手が触れ、ぼやけた記憶は霧散してしまった。
「これ」
家畜小屋に括られていたのだろうか? アイリスに噛みちぎられたのか、荒縄を首元から手繰っていくと、千切られた端に触れる。
「これ、外しましゅ」
荒縄の結び目に手をかけるも、非力な3歳児の手では解けませんでした。
「ごめん、アイリちゅ」
アイリスは「いいよ、このままでも」とでもいうように、僕の頬をぺろっと人舐めして、僕を抱え込むように座った。
アイリスの尻尾が僕の身体に、掛布のように被さってきた。懐かしさにそのままアイリスの身体にもたれた。
もぞもぞ動いていると、指先に硬いものが触れた。見るとアイリスの前脚に銀色の腕輪がはまっている。
「昨日、つけてなかった、よ?」
綺麗な青い宝石がついてる腕輪。
────サンムーンライトという、アレキサンドライトによく似ているが、宝石ではなく魔法石。魔法の付与媒体として優れている────
これ、母さんの、腕輪。
アイリスは前脚を持ち上げ差し出してきた。腕輪の石にちょんと指先が触れたとたん、ポロリと腕からはずれ、僕の手の中に落ちた。
銀色の台に綺麗な青い空の色した石。今は暗くてわからないけど、母さんの腕にあった時は空色だった。
僕は月の光に石をかざした。
きらりと光る石に月光が反射して、石の色が空の青から夜空の濃い青紫へと変わっていく。
そして僕の身体から何かが腕輪に向かって引き出されていく。
────所有者の魔力を吸い上げ、発動する────
そんな、サンムーンライトの解説がまた頭をよぎった。
何が発動するの?
僕は群青色に変わってしまった石に月の光にを当てた。そうするべき、と知っていた。
石に反射した光が蠢き、何かを形造る。
やがてそれは、僕の知るものへと……
『……リョウガ、私の愛しい坊や』
『……か、かーたん?』
慈愛の溢れた眼差しで、僕に向かって両手を広げた母さんの姿がそこにあった。
『かーたん、かーたん!』
立ち上がると、アイリスも僕に合わせて立ち上がり「ワフ」と、鳴いた。
僕を抱きしめようと身をかがめ、手を差し出す母さん。僕も抱きつこうと身を乗り出し、その腕に飛び込んだ。が、母さんをスカっと通り抜け、そのまま地面にべちゃっと倒れた。
『ごめんね、リョウガ……お母さん、リョウガを抱きしめてあげられないみたい』
何がなんだかわからず、ショックで呆然としていたのはわずかな時間だったと思う。
僕は冷たい地面に倒れたまま、『かーたーん』と繰り返しながら大泣きしてしまった。
その後、僕の泣き声に気付いたシスタータバサがやってきたときには、ぐったりとしていたせいでまた治療室のベッドに戻されてしまいました。
ふと我に帰ると、アイリスはおらず一人きり……ではありませんでした。
ベッドの横に椅子を持ってきたシスタータバサが、首が痛くなりそうな体勢でうつらうつらと船を漕いでいます。
「ああ、目が覚めましたか」
僕がごそごそと動いたことにシスタータバサが気がついたようです。
「ダメですよ、リューク、夜に外に出ては。アイリスが気になったのでしょうけど」
シスターチェスタにもしっかり注意しておかなくては……と小声で呟きながらたちあがりました。
「あんな冷えた土の上で、どのくらいいたのか。身体が冷えていましたから、また熱が出るかもしれません。今晩もここで休みなさい」
そう言いながら僕の額やらお腹やらをなでまわします。くすぐったいです。
「ファーザーロレンスには私からお願いしますから、もう抜け出してはいけませんよ」
治療室の扉を開けるシスタータバサ。細く開けたドアの隙間からスルリとアイリスが入ってきた。
「ちちゅた?」
「人より体温が高いようですから、温石代わりに温めてもらいます」
ベッドの上に飛び乗ったアイリスは僕を囲うように寝そべります。
「さあ、お休みなさいリューク」
毛布を肩までおおい、ポンポンと上から叩いてシスタータバサは扉に向かいました。
「おやちゅみでちゅ、ちちゅた」
ランプを手に一度振り向き頷くと、そっと扉を閉めシスタータバサは治療室を出ていきました。




