覚悟 4
ミツキ様、本日も素晴らしい食べっぷりでございますわ!
先程、トレーニングからオリヴァー騎士団長様と帰ってこられた時には、お顔の色が優れず心配いたしました。ですが、今はほんのりピ・ン・ク。何があってもすぐに切り替えられるミツキ様。
私はミツキ様のような特技はございませんけれども、いつでもミツキ様が健やかにお過ごしできる様、こうして影ながら支えていくのですわ!
アイラは両手を握り締めた。
毎日の日課になっている心の中の決意表明を終えた後、ふと、いつもと何かが違うことに気づく。心を落ち着けて、一つ一つ確認していく。
―――あら?
「ミツキ様、本日はデザートを先に食べてしまわれたのですか?」
いつもは『デザートは別腹!』と、食事の最後に、幸せそうに微笑みながら食べるのだ。
「そうだね。今日は先に食べてるね…。まあ、良いのよ、こんな時は…」
「どうかなさったのですか?」
「ん―――、味覚がおかしいっていうのかな?」
「みかく?」
「ああ…、味がしないのよ」
美月がはにかむ様に笑う。
アイラは、すぐには何のことか分からなかった。
「味?………ええっ、まさか料理長が味付けを忘れて…」
「ああ、それは違うよ。本当に何の味もしないから。前にもこんなことがあったのよね、だからこれは私の方の問題。気にしないで」
狼狽するアイラに、美月は冷静に答えた。
…そうだよ、前にも同じことがあったんだ。
しかしアイラは納得できない。
「何故そんな事が…?!。―――医師を呼びましょう!」
「待ってアイラ。大丈夫よ。そのうち…、ううん、直ぐに治るわよ」
「ミツキ様―――」
「大丈夫。前も直ぐに治ったし、心配しないで。だってほら、食欲だって旺盛でしょ?」
「ですが―――」
美月は笑い、再び食べ始める。
確かに食欲旺盛だ。黙々と食事をしている。
―――自分で食欲旺盛とは言ったものの、砂を噛んでるみたいなんだよね。
でもしっかり食べないと、動けなくなるし!
美月は自分に言い聞かせていた。
“サッカーで戦う体を作るためには、とにかく食べる事“
小さい頃から半ば強迫的に刷り込まれてきた言葉が、食べないという選択肢を与えてくれなかった。
――体に栄養を送り込む――
その事だけに徹して食事を続けるさまは、これまでの美月の姿とかけ離れており、無表情で異様な雰囲気を醸し出している。早い話が、不気味だった。
苦行のような食事を終え、一息つくと、何時ものように着ていたローブを剥ぎ取られ、何時ものようにドレスを着せられた。
詰め込んだ食材が、コルセットに締め上げられ消化不良を起こしそうだが、気にしないことにしておこう。だって、どうしようもないから。
今日の紺色のドレスは、刺繍を施した真っ白なフリルを、前面とティアードスカートの裾にあしらっている。袖のパゴダスリーブからも白いフリルが見え、光沢のある紺色の布地と白のコントラストが目を引く仕様だ。
美月がこの世界に来て、もう20日が経っていた。ダンスの特訓もしたし、随分とドレスで動くのにも慣れてきた事を実感する。夜会でルーカスと踊った事が、随分前のように感じた。
そういえば特訓したっけ…。
美月はドレスのスカートを少し持ち上げ、くるくるっとその場で回ってみる。
「まあ、ミツキ様、一体どうなさったのです?」
「ふふっ、ダンスって意外と覚えているものだねー。まだ踊れるわ。ふふふっ」
「まあ、楽しそうで良うございますこと!」
食事の時の美月の様子を知らない侍女たちは、その様子を見て微笑ましそうに笑っている。
只ひとり、アイラだけが硬い表情で美月を見つめていた。
朝、トレーニングに行く時は、何時ものミツキ様と変わりはなかったはず。
明らかにおかしいのは帰ってきてからだ。オリヴァー騎士団長様もなんだか慌てていらした。
いったい何が起こっているのでしょう…。
心配していたアイラが理由を知ったのは、翡翠の間にルーカスが訪ねてきたその日の午後の事だった。
「ミツキ、頼みたいことがあるんだが…。あと、報告も…。今、いいか?」
ルーカスが眉尻を下げ肩を竦める。
「頼み?何?改まって…。私に出来ることなら何でもするけど」
少し驚いたあと、優しく微笑む美月に、ルーカスは思わず別の話をしそうになった。
「それなら―――、あ―――、…頼みというのはあの三人組のことだ」
「三人組?事件の?」
「そうだ。辛いだろうが遠目からでいい、その三人に間違いがないか確認して欲しいのだ。護衛は付けるし、必要なら…、いや…、俺も付き添おう」
逡巡するルーカスに、美月は笑った。
「そんなに気を使わなくても大丈夫だよ。ちゃんと会うよ。寧ろ丁度良かったわ、私も聞きたいことがあってね」
「話すのか?」
ルーカスが目を丸くする。
「勿論!なんだか気になっていたのよねー」
顎に人差し指を当て思案している美月には、緊張感のかけらもなかった。
「………」
どういうつもりだ?恐い思いをしたのではなかったのか?
戸惑うルーカスに構うことなく、美月は話を先に進める。
「それで?」
「ん?」
「頼みたいことって、それ?」
「んんっ、ああ…そうだ」
「…じゃあ、報告は?」
ルーカスのエメラルドグリーンの瞳が揺れた。
美月が僅かに目を細める。
何の報告なのか、ルーカスの動揺から理解した。
一瞬で空気が変わった。
翡翠の間に、重苦しい空気が立ち込めていく。
ルーカスも美月も、互の視線を合わせたまま微動だにしなかった。その瞳の奥にある胸の内を、覗こうとでもしているかのように。
どれくらいの時間が経ったことだろう。翡翠の間に居合わせたアイラは呼吸困難に陥りそうだった。互いに動かない美月とルーカスの傍で、呼吸をするのさえ気を使っていたからだ。浅い呼吸で失神寸前のアイラを救ったのは、美月だった。
「ルーク?」
美月の問い掛けに、ルーカスが意識を取り戻したかのように顔を上げた。
「報告は?」
そのルーカスにもう一度先を促す。
ルーカスは美月の瞳をもう一度見つめ、静かに目を伏せた。
何かを考えているのだろう、眉根を寄せている。そうして思いがけない提案をしてきた。
「……後にしよう。先に三人のところへ行こう」
冗談かと思ったが、その瞳は真剣だった。
美月は苦笑した。
「ルーク、その報告って先延ばしに出来る事なの?」
「―――いや、ただ…」
今更だ。
躊躇う王太子に微笑み、そっと問いかける。
「私の事なんでしょう?」
「勿論…」
ならば答えは決まっている。
「なら、今聴く。言って?」
ルーカスは苦しそうに顔を歪めたあと、口元を引き締めた。
「6日後に決まった。決定だ。陛下の承認も得てある」
「わかった」




