王太子殿下の苦悩 6
「さて、どうしましょうかねえ…」
レナードが書類に目を通し、長息する。
「……」
待てど暮らせどいつもの相槌が返ってこない。その相槌を打つはずの人物は、頬杖をつき窓の外の港の灯に目を向けていた。
「ルーク、……ルーク?」
「ん?…ああ、なんだ?」
「さすがに随分お疲れのようですね。後は私とカイトで処理しておきますから、今日はもう休みますか?」
「あ――、いや、大丈夫だ」
「では、今後の段取りだけ確認しておきましょう」
ルーカスは大丈夫だと言っているが、さすがに疲労の色は隠せない。美月が無事だったとは言え、拐われて行方不明になっていたのだ。これほど想いを募らせている状況で、その間の焦燥と不安は相当なものだっただろう。美月のネックレスを見つけた際の魔力の放出も、相当量だったとカイトから聞いている。最もその程度で尽きるレベルではないが、その感情を抑え、律するのに相当なエネルギーを要したことだろう。
「例の3人組ですが、体力的には問題はないようなので、明日にでも城に護送して治療を受けさせながら、取り調べを進めていきます」
「治療?どこか悪いのか?」
「2名、足の骨を骨折していると診断が出ています」
「足…、まさか」
「そのまさかです。あなたのお相手は、何とも勇ましいことですね」
「勇ましすぎるぞ、何処にそんな力が…。いや、続けてくれ」
「ミツキの方はあと一日こちらで様子を見て、問題なければ明後日帰城という事で」
「そうだな」
「こちらに残る人員の人選はカイト第二部隊長にお任せしても?」
「ああ、頼む」
「御意」
「サミュエル王子は…残りそうですね」
「そうだな…」
「あの船上での追撃についてですが、男はそれなりに手練ではありましたが、サミュエル王子ほどの剣技をお持ちならば取るに足らない相手だというのが、カイトの見立てです」
「だろうな…」
「ですから、殺さずとも捕らえる事はさほど難しいこととは思いません」
「だが、致命傷を負わせ海に落ちた。ということだったか?」
ルーカスが、カイトに向き直る。
「そうです。私には王子がわざと、いえ、そう仕向けたように思えるのです」
カイトは船上で感じた違和感を拭いきれずにいた。
「根拠はあるか?」
「根拠とまでは…ございません。相手も抜刀していましたし、狭い船上でああするしかなかったといえばそれまでです。しかし、あの時の剣の弾き方、あれで男は海を背に手摺へと追い詰められました。そうして切り捨て際に身体を押し付けるように、男を海へと押しやったようにしか見えませんでした」
「それが、証拠隠滅のためだと?」
「そうとしか…。いえ、それこそ何の証拠もないのですが」
ルーカスもレナードも一斉に嘆息する。
「だが、ミツキを元の世界に戻すのを早めると言ってきた。これはどう繋がっているのか…」
「いよいよ混沌としてきましたね。いかにもサミュエル王子の好きそうな…」
顎に手を当て悩むルーカスとレナードを交互に見つめながら、カイトが逡巡しながら尋ねた。
「あの…、元の世界とは…?」
「えっ?……カイト…、言ってなかったか…。てっきりレオから聞いているものと」
「いえ、それならルークでしょう?あなたを守るためにいるのですから、一番近くにいるルークから伝えているものだと」
そこまで言い合いはたと気づく。
そうっと目を向けると、サラサラヘアーの部隊長は切な気に眉尻を下げていた。
「忘れられていたんですね…」
そっとカイトが呟いた。
「あ―――いや、悪かった。許せ」
「そんな、勿論です殿下。…では、説明していただけますか?」
「申し訳なかったですね、カイト。私から説明致しますが、かまいませんか?」
レナードが、珍しく優しく笑った。
初めて見るその笑顔に、カイトはただ頷くしかなかった。
そうして一通り説明を受けたが、頭の中の整理がつかない。カイトは驚きを隠せないまま呟いた。
「そんなことが本当に…」
「残念ながら、本当だ」
ルーカスの苦笑が痛々しい。
それが真実であるとの、何よりの証明でもあった。
カイトは軽い眩暈を覚え、思わず傍にあった机に手をついた。
そんな…、それではこの婚約はどうなるというのだ?
あの幸せそうな仲睦まじい二人の姿は?
傍で見てきていたカイトにとっては憧れでもあった。
そして今しがた、再開した二人の抱擁を見たばかりだ。
そういえば、サミュエル王子が来た時に殿下がひどく荒れていた。あれはこのことが原因だったというのか?
元の世界に帰るということは、そのまま別れを意味しているという事なのか?
カイトは机についた手を離すこともできず、呆然と立ち尽くしていた。
「サミュエル王子の件は、引き続き水面下で調査を続けましょう。明日も一日忙しくなります。いえ、もう日付は変わっていましたね。今日でした。一旦休みましょう」
レナードが声をかけるまで、カイトは動けなかった。
レナードとカイトが去った部屋で、ルーカスはソファーに凭れ、天を仰いだ。軽く目を閉じると、一気に疲労の波が押し寄せてくるようだった。




