王太子殿下の苦悩 5
「謝る?」
ルーカスは、眉根を寄せた。
「謝るのは俺のほうだ、ミツキ」
「え?何でルークが謝るの?私の方でしょう」
「いや、俺だ」
「何言ってんの、私だよ」
「俺だ」
「私―――」
美月は笑った。
「ねえ、これずっと続ける?」
「―――いや。…そうだな」
ルーカスがそっと美月に手を重ねた。
「ならば、先に謝らせてくれ」
「わかった。一番は譲る」
「一番?何番もあるのか?」
「あ――、少なくとも一つではないかも」
「………わかった。俺が謝りたいのは海の中でのことだ」
「海の?何かあったっけ?」
「一度引き上げておきながら、また海の中へと入れてしまった事だ」
そんな事あったっけ?
美月はしばらく考えて思い出した。海の中って、あの情熱的なキスの事?
「…あれ、は、あれで、その…、謝ってもらうようなことではない、かと…」
美月の顔は一気に赤くなっていく。
「いや、あの冷たい海の中にいつまでも居させるべきではなかったのに…。熱が出たのもそのせいではないのか?」
心配そうにルーカスが美月の顔を覗き込んだ。
「ううん、熱が出ていたのはその前からだよ。多分」
「なお悪いではないか!」
美月の手を握るルーカスの手に力が入る。
「すまなかった。ミツキ」
「いや、だから謝るほどのことではないと…」
「それでは俺の気がすまないのだ」
真面目な王子だなあ…。美月はルーカスの気遣いに気後れしていたが、観念して受け入れることにした。
「わかったよ、ルーク。でも深窓の令嬢ってわけでもないんだからそんなにヤワじゃないわよ。真冬の雨の中でもサッカーの試合はするんだし、今だってこんなに元気でしょ?あんまり心配しないで」
それでも心配そうに覗き込むルーカスの手を握り返し、笑みを浮かべる。
「っ!―――わかった」
そんな王太子の動揺に気づかず、美月は満足げに頷いた。
「それじゃあ私の番ね」
「う?うん、そうだな」
ルーカスはまだ動揺していたが、座り直して姿勢を正した。
「あの…私、ルークにもらったネックレスを落としてしまって…」
少し緊張していたルーカスは、短く息を漏らし破顔した。
「なんだ、そんな事か」
「そんな事って、一大事なんだけど!」
美月は身を乗り出し不満を露にする。
「他には?」
「え?」
「何番まであるんだったか?」
「…とりあえず後ひとつ」
乗り出していたために浮いていた腰を、再びベッドに下ろした。
「あの市場の露天でルークの仕留めた戦利品も無くしてしまって…」
「そんな事、気に病まなくても良いのにな」
「だから、そんな事って……へ?」
ルーカスが懐から取り出したのは、透き通った緑に輝くネックレス。
「それと、これか?」
ポケットから出したのは、美月のベルトについていたポシェット。ルーカスがそこから中身を取り出した。
「呪いの藁人形!」
「ん?」
「いや、間違えた。願いを叶えるだっけ?藁人形だ!どうしたの?」
「ネックレスは街に、多分…美月が男達に捕まったところだろうな。そこに落ちていたのを拾った。藁人形は港の幌馬車の中に落ちていたんだ」
「ありがとう!ルーク!良かった。どうしようかと気が気じゃなかったんだ」
「危ない目に遭っておきながら、そっちか?」
「ルークこそ。でもネックレスちぎれちゃったね。直るかなあ」
「大丈夫だ。見てろ」
そう言うとルーカスはネックレスに向け呪文を唱える。
するとちぎれていた鎖が繋がった。
「え、何?どうやったの?」
「何も、元に戻しただけだ」
「そんなことまで出来るの?スキル高っ!」
「スキルタカ?」
「あ――、いえ、何でもありません。とにかくありがとう」
美月はルーカスに渡されたネックレスを、大事そうに両手で包んだ。
「つけるか?」
「うん」
「貸してみろ」
「え、いや、いいよ。自分で出来るから」
「馬鹿、こういう時はつけてもらうものだ」
「そう、なの?」
「ああ」
「…じゃあ、オネガイ、シマス…」
緊張のあまり、片言になっている美月だったが、ルーカスもまた頬を染めていた。
再びベッドに端座位になった美月に、ルーカスが歩み寄りネックレスを受け取り、首に回す。
「ミツキ、髪の毛が絡まりそうだ纏めてくれないか?」
耳許で囁かれた声にぞくりと肩を震わせながら、美月の頬も真っ赤に染まっていた。
「こう?」
手で髪の毛を纏めて左に流すと、項が露になる。
ルーカスは刹那、目を見張った。そのまま吸い込まれそうになるが、なんとかネックレスに集中した。
「出来た」
「うん、ありがとう」
そう言って美月が髪を引き抜こうとした途端、
「痛っ」
髪の毛が鎖に絡まった。
「大丈夫かっ―――」
慌てたルーカスが足を滑らせる。元々ネックレスを付けるために無理な姿勢をしていたのだ。そのまま美月とともにベッドに倒れ込んだ。
「!!」
倒れ込んだルーカスの顔は、美月の胸許に埋もれていた。
「こ、これはっ、そのっ、なにっ」
焦るあまり何を言っているのか、ルーカスは自分でも分からなくなっていた。
「ルーク、あの、ひっ、いい、から…。ひゃっ、ちょっ、と、寄っ、て…?」
美月の胸許でもそもそしていたルーカスはやっと気がつき、慌てて体を起こした。
「す、すまぬ、ミツキ!」
「いえ……」
ルーカスが美月に手を差し伸べ起こしてからも、茹で蛸のように赤い顔をした二人は、暫し視線を合わせられなかった。
「ミツキ、髪はつつくな。女将を呼んでくる」
「うん、わかった」
ルーカスは絡まっていない美月の髪をひとすくいし、口づけた。
「おやすみ、ミツキ。良い夢を」
「ありがとう。ルークもね」
「ああ」
部屋を出て、ルーカスは騒めく己の心を落ち着けるための時間を少々要した。女将が美月のもとに向かったのは、ルーカスが部屋を出てから随分後だった。




