王太子殿下の苦悩 3
宿に戻ると女将は待ち兼ねていたように、駆け寄ってきた。それまで話をしていたマネージャーは置き去りにされている。
そうしてさっそく報告をしてくれたのだが。
「今、何と?」
「ですから、お嬢様は少し熱が出ているようですと」
「………」
女将の言葉に、ルーカスは全く以って対応できていなかった。
「失礼、女将。医者には診せたのですか?」
固まっているルーカスの横から、レナードが女将に確認する。
「おや、レオ君もおいでましたか。お久しぶりでございます」
女将はニッコリと笑うと、話を続けた。
「勿論、お嬢様はお医者様に診てもらいましたよ。先生は『疲れが出たのでしょう』と仰っていました。お嬢様は何も言われませんが、なんと申しますか…、随分お辛い目に遭われたのではないですか?傷や痣が身体中にございます…」
ルーカスが固く目を閉じ、目頭を押さえた。深く息を吐きつつ女将に尋ねる。
「女将、…ミツキに会えるか?」
「そうですね、少し様子を見てまいりましょう。殿下はこちらでお待ちください」
そう言うと、女将は階段を登っていった。
しばらくして女将に案内されたのは、2階の客室だった。
美月はベッドに横臥していたが、案内されてきたルーカスたちを見ると、慌てて体を起こした。
「無理をするな、ミツキ。横になったままで構わない」
ルーカスが慌てて駆け寄った。
「ルーク、病人じゃないから、大丈夫だよ」
美月が笑った。
「何を言っている。熱があると聞いたぞ。それに……」
「何?」
「――いや、…辛いだろうから今すぐでなくて構わない。落ち着いたら、その、今回の事件について少し話を聞かせてもらいたい。思い出したくもないかもしれないが…」
「ん―――、別に今からでも構わないけど?」
「え?」
「え?…ああ、ごめんなさい。私はこうして休ませてもらったからいいけど、皆は休んでないんだよね?私はいつでもいいわよ、ルークたちの都合に合わせるわ」
「いや、俺たちなら大丈夫だ。ミツキ…、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だけど?」
何を気遣っているのだろうと、美月はきょとんとする。
「熱は―――」
「熱って言っても微熱程度だよ?捕まった時に薬嗅がされたせいか、ちょっと頭が痛いけど、さっき先生に苦〜いお薬飲ませてもらったから。しばらくしたら熱も頭痛も治まってくるわよ、きっと。ルークったら、心配しすぎじゃない?」
「今、サラッとすごいことを言った気がするが……」
ルーカスが美月に歩み寄り、その頬にそっと手を当てた。
「大丈夫なのか?無理はさせたくない」
ルーカスは労わるように当てた手を頬に優しく這わした。
美月はその手に自分の手を重ね、その想いに応える。そうしてルーカスの掌の感触を確かめるように、頬を摺り寄せた。
ルーカスの眦が僅かに色を帯びる。
「ふふっ。大丈夫だよ。事情聴取でしょ?早いほうがいいもんね。どうぞ?」
「―――わかった。では、俺たちと別れてからここに来るまで何があったのか、まずは簡単に概要を話してくれるか?」
「ルーク達と別れてから…、ああ、妙に興奮した牛が広場に来て、その牛に追いかけられて町の外れの川にたどり着いたのよ。その牛が結構しつこくってね。だから堤防から川に飛び降りて、牛にも川の中にジャンプしてもらったのね。私は傍にある階段から上がったんだけど、牛の上がれる幅じゃあなかったからそのままそこで牛とはお別れ。それから広場に戻ろうとしたけど道がわからなくて。…そう、それで道を聞こうと声をかけた人があの食堂の酔っぱらいだったのよ!慌てて離れようとしたんだけど絡まれて…」
「…な、なにかされたのか?」
「壁に打ち付けられて、ナイフで脅されて…」
「なんだと?」
「ああ、大丈夫よ。そのナイフと腕を蹴り上げて急所も蹴り込んだから。加減しなかったから悶絶してた」
「………」
男性陣の頬が引きつったのを、女将は見逃さなかった。
「で、その隙に逃げようと思ったんだけど、3人組の男がいつの間にかそばに来ていて、捕まったの。彼らは私の名前を知っていたわよ」
それからもう一人男が現れ、その男が酔っぱらいの喉を一突きにした事、抵抗したら薬を嗅がされた事、手足を縛られてどこかに閉じ込められていたこと、今にも壊れそうな馬車で運ばれたこと等、順番に話していった。
「それから馬車を乗り換え、船に乗ったんだな?」
「うん、そうだけど。よく知ってるね」
「調べたからな。それで、何故船から飛び降りた?」
「それ、は………」
――何だろう、痛いところを突いてくる。怒ってる?
ルーカスの態度に少し不安を感じた。
とはいえ、正直に話すしかないだろう。こっちだって必死だったんだから。
「ごめんなさい」
まずは詫びておこう。美月は端座位からベッドの上に正座し直した。うん、日本人なら詫びるときは正座だよね。
「何だ、どうした?」
何が始まるのかと、ルーカスが面食らっている。
「ちゃんと待っておこうと思っていたのよ?ルークが必ず助けに来てくれるはずだって」
「そ、そうか」
少し頬を緩めるルーカスに、胸を撫で下ろす。
「でも、さすがに船は…、このままでは拙いんじゃないかって心配になってきて…。丁度ね、二度目の薬を嗅がされた時は効いたふりしてたから、縛られてなかったのよ。じゃあ、このまま逃げちゃえって。気がついたら走り出していたって感じ?」
「は?」
「なんとか、デッキまで走り出たら意外と港からは離れていないなって、じゃあもう泳いじゃえ!って…」
「それで飛び降りたと?あの高さから?」
「そう、意外と高くてびっくりした…」
「馬鹿!何を考えているんだ!もう少しで溺れるところだったんだぞ!」
「そんな大袈裟な、ちょっとボーッとしてただけ…」
「それを溺れるというのだ。あのままだと沈んでいくだけだ。海の底で魚に啄まれたいのか?」
「だからごめんなさいって…その…わっ」
美月はそのまま引き寄せられ、逞しい胸の中に顔を埋める形になった。
「頼む…、無茶はしないでくれ。どれだけ心配したと……」
美月を抱きしめる腕に力が入る。
「うん…。ごめん…」
美月もルーカスの袖を握りしめた。




