王太子殿下の苦悩 2
「ルーカス殿、君はいつもこんなことをしているのかい?」
声をかけてきたのはサミュエルだ。さっきまでデッキで腰をかけ、優雅にお茶を飲んでいたはずだが、いつの間に傍に来ていたのか。相変わらず油断ならない王子だ。
「こんなこととは何の事だ?サミュエル殿」
「さっきの演説だよ」
「演説?」
―――ああ、乗客への事件の概要と説明、保証に関する承諾。先ほどデッキで乗員、乗客に向けて話した内容のことを言っているのだろう。
「いつも、ではない。必要に応じてだ。いつもこんな事が起こっていては叶わんからな」
「まあ、そうだね…」
「殿下、シーズリー船長がお話がしたいと…あっ、と…。失礼しました、サミュエル殿下。お話中でしたか」
カイトがルーカスを呼びに来たのだが、サミュエルのことは目に入っていなかったようだ。
「いや、僕の方は構わないから、どうぞ?」
「すまない、サミュエル殿、ではまた後で」
笑顔を見せてルーカスはデッキの中央へと歩いていく。
「ルーカス殿下は、こうやって自ら説明したり交渉に当たることが多いようですね」
サミュエルの背後から、ジュールが声をかけた。
「ジュール…、びっくりするから急に話しかけないでくれる?」
「ですが、ルーカス殿下にお聞きしたかってのでしょう?私なりに気をきかせたつもりですが?」
「今はいいよ」
「そうですか。殿下も王太子を拝命されるのですから、これからは側近任せにせずもっと表に出てください」
「今はいいって言ったよね?」
「分かりました。では最後にひとつだけ。サッカーのことに詳しいだけでは、ミツキ様の御心は動きませんよ?」
サミュエルは眉根を寄せた。
「ジュール。最近しつこいね」
「ええ、ハーヴェロードの方々を見ていて、私も思うところがございます。あの魅力ある王太子のそばに、ミツキ様を長く置いておくことはどうか、ということも含めて」
「そんな事分かっている。だから早く返すんだよ!もういい、船を見学してくる。ジュールはここで待機してろ!」
「…御意」
ジュールは足早に去っていくサミュエルの後ろ姿を眺めつつ、デッキ中央で船長と話をしているルーカスに目をやる。
先ほどの乗員・乗客への説明は見事だった。集まってもらったことへの感謝、騒がせていることへの謝罪、事件の概要、出航が遅延したことによる損害の賠償と承諾に関すること等、短い言葉でわかりやすく語られた。それも一国の王太子の直接の言葉で。そこまでされて異を唱えるものはいなかった。それよりも王太子万歳と乗客たちが口々に叫び、デッキの上は今も祝賀ムードに包まれている。ルーカスから隣国のサミュエル王子の協力についても触れられ、王子も乗客の賞賛に、笑顔で応えていた。
しかし―――魅力ある王太子―――ジュールの言ったこの言葉が、思いのほかサミュエルに突き刺さっていた。サミュエルからいつもの嫌味と余裕が感じられない。
「これを期にもうひとまわり成長してくれるといいのですが…」
ジュールは独りごちる。
「では船長、後は頼んだ。損害状況が変われば知らせてくれ」
今回の件に関してシーズリー船長との最終確認が終わった。船長は満面の笑みでルーカスに答える。
「分かりました殿下。今から帆を張れば、今日の風だと大分遅れを取り戻せるでしょう。そう損害は出しませんよ」
シーズリー船長はにやりと笑った。勝算があるのだろう、その目には余裕があった。
「それは頼もしい限りだ。それと…、帆は――、すまなかったな。こんなことになって。まあ俺が張った方が早いだろう。元に戻すからマストから乗員を退避させてくれるか?」
「戻す?え?これは殿下が?」
「そうだ、すまなかった。少し焦っていたのでな」
シーズリー船長の大きな目がさらに大きく開かれ、直ぐに糸のように細くなった。
「はっはっは―。は――っ、いや、参りましたな。そうでしたか。では帆を張るのは殿下にお任せして、出航準備を進めましょう。この調子なら、予定通り入港できますよ。まず損害はないでしょう」
そうして、ルーカスが魔法で帆を元の位置に戻していくさまは、一つのイベントとなった。見守る乗員・乗客は感嘆し、最後には拍手喝采に変わっていった。
「お見事です、殿下。王太子殿下でなければ今すぐスカウトしたいくらいですよ」
「それは有難いな。だが、私もほかの船員の仕事を奪うわけにはいかないのでな。せっかくの申し出だが、王太子でいることにしよう」
「違いないですな。今日は本当に参りました、殿下。今度は是非うちの船で旅をして下さい。最高の旅をお約束しますよ」
「それはありがたい。貴殿との旅なら退屈はしないだろう」
「ありがたきお言葉。では是非に」
二人は力強く握手を交わした。
「楽しみにしておこう。ああ――、その際、帆は任せてくれるな?」
ルーカスがにやりと笑った。
その後出航した船のデッキでは、シーズリー船長の哄笑の声がしばらくの間響いていた。
その哄笑とは対照的に、警備艇から降り立った一行の胸の内はそれぞれに複雑だった。
「サミュエル殿、今日は世話になった。急ごしらえで不備も多いかもしれないが、宿を準備している。護衛はこちらで付けさせて頂く。どうかゆっくり休んでくれ」
「ありがとう、ルーカス殿。世話になるよ」
「………レオ、カイト。今日の経過と今後の流れを確認しておきたい。疲れているところ悪いが、部屋に来てくれ」
「御意」
ルーカスは小さく息を吐いた。




