思惑 6
「まあ、ルークったら。いくらミツキさんを離したくないからって、手を引いて帰ってくるなんて!ちゃんとエスコートなさいな」
自席に戻るなり、王妃がクスクスと笑いながら声をかけてきた。
「えっ、あっ…」
王妃の揶揄う様な視線と声に、ルーカスが慌てて手を離し、咳払いをする。
「母上、あまり私を揶揄わないでいただきたい」
「あら、揶揄ってなどいなくてよ?あなた達があまりに微笑ましいから、つい声をかけたくなっちゃうのよ。これはしょうがないでしょう?」
「母上…」
ルーカスは嘆息する。この母に口で叶うとは思えない。
「ふふ、ミツキさん。こんな息子だけれどもよろしくね」
「えっ、あのっ…はい。ええっ、私?」
「あらあら。そうよ、あなた以外に誰がいるの?もう、この二人ったら似た者同士なのかしらね?」
王妃は嬉しそうに笑う。
「母上…、あまりミツキにプレッシャーをかけないで下さい」
このままではミツキまで王妃の餌食になってしまう。ルーカスは牽制の意を込め、眉根を寄せた。
「まあ、失礼ね!そんなつもりはなくってよ。でも、わたくしは美月さんが可愛くって仕方がないのよ。それはもう、食べちゃいたいくらいに!」
「食べっ…って母上、何を言って…」
「いやあねぇ、何を赤くなっているのルーク。いやらしいわね?」
「い、いやらっ……」
王妃は終始ご機嫌で、言えば言うほど、巻き込まれていく感が強い。このままだと何を言われるのか分からない。
「ミツキ!踊るぞ!」
「えっ?ルーク?」
分が悪い。王妃と対峙することは諦め、ルーカスは再び美月の手を引いてホールに降りていった。
王妃はその様子を目を細めて見ていたが、やがて扇で口許を隠し、側に控えていたレオを呼んだ。
「レオ、あのふたりは、今どうなっているのかしら?」
「殿下より、“昨日、ミツキに求婚した”と伺っております」
「それで?」
「そこまでです」
「レオ、あなた、もう少し言葉を選ばないとモテないわよ?」
「望むところでございます」
「レオ…」
嘆息する王妃にレナードが続ける。
「ミツキからの返事は、まだ貰っていないという事でございますが」
「そう……。それで?」
「は?」
「あの子は、いつお返事を貰うことになっているのかしら?」
「…考えて欲しいとしか言っていないようです」
王妃はその柳眉を顰めたが、直ぐに目を伏せフッと口の端しを上げた。
「……甘いわね」
ホールで踊るルーカスと美月に再び目を向け、王妃は穏やかに微笑んだ。
レナードはこの微笑みの意味するところを探ろうと、王に目を向ける。しかし、王はその視線に気づくと、レナードから目を晒せた。一瞬言葉を失うが、その脇に控える宰相をじろりと見据える。“後で説明しろ”という趣旨は伝わったようで、ダニエルは頬を引きつらせながら軽く頷いた。
そんなやりとりなど知らない美月は呑気なものだ。
「ルークの家族って仲良しだよね」
ダンスを踊りながら、ルーカスとの会話を楽しんでいた。
「仲良しって…。俺で遊んでいるだけだろう」
「ふふっ、愛されているんだね」
「まあ、王家の人間を仲良しだの何だのというのもミツキぐらいだろうがな」
「えっ、まずかった?ごめん。私よく分かっていないから」
「いや…。ミツキはそのままでいいと言っただろう?」
ルーカスは優しく微笑む。
「ルーク、あの…」
「ん?なんだ?」
そんなに甘く見つめられたら、胸の奥がくすぐったくてどんな顔をしたらいいか分からない。でもにやけてしまっている事だけは分かる。
美月は恥ずかしさに顔を伏せた。
「いえ、何でも…」
「こら、ミツキ。顔を上げて俺を見ろ」
「ひゃんっ」
耳許で囁かれ、飛び上がりそうになる。
「やっ、ちょっと待って、ルーク。だから、刺激しないで…恥ずかし…い…」
「あー、そう、だな。…悪かった…」
美月の恥じらう顔に、ルーカスの胸もざわついた。このままでは自分自身もまずい事になりそうだと、自制する事に意識を向ける。
思いが通じ合ったばかりの二人はまだぎこちなく、見ている方が恥ずかしくなってしまうくらいだった。
「困ったわ。初々しすぎるくらいね」
「そうだな…」
「時間があまりないというのに、焦れったいですわね」
「いかにも」
美月とルーカスの様子を見ながら王妃がため息混じりに零す声に、王が相槌を打つ。しかし王のその言葉に主体的な要素は感じられず、王妃はさらに大きなため息をついた。
「初めから私に話してくれればよかったのに、酷いですわ陛下」
「あーいや、すまぬ。まだハッキリとはしていなかったからなあ…」
「まあ、直ぐに気づきましたけれども?」
「あ、いや、本当にすまぬ…」
美月とルーカスの婚約が、仮のものであるという事は、当初王妃には知らされていなかった。サミュエル王子が美月を名指ししてきたことで、おかしいと気づいた王妃が王を問い詰め、真実を知ることになったのだ。
「陛下には何か策がございますの?」
「いや、こういうことは当事者に任せるしかないであろう?」
「任せてこの現状でございますのよ?」
「あ、いや、うむむ…」
王妃は目を細めた。これならば、美月とルーカスの接点や話す機会を日々増やしてくよう働きかけた、レナードの方がよほど頼りになるだろう。
「レオ、あなたは?」
「申し訳ございません。後は城下に出かけたり馬で散策するくらいしか計画しておりません。とにかくお二人で過ごす時間の捻出を最優先してと…」
「あら、いいわね。でも美月さんも、なかなか元の世界への思いが強いようですからね。そこを崩さなければならなくってよ?それは把握していて?」
王妃はにっこりと微笑むと、レナードとヒソヒソと話し始めた。




