87 最後の謎が解けたが何かがおかしい
名も無き孤島のダンジョン生成ポイント。
【ボォオオオオ……ボォオオオオ……!】
規模は小村程度の面積が二層分。自然の洞窟に手を入れ生み出された迷宮の主は、かつて魔術師の邪悪な意志によって生み出されたロックゴーレムだった。
【ゴ……ゴォオオオ……!】
魔術師は己の財宝とおぞましい実験場を守らせるために、ロックゴーレムを作り上げた。
魔術師に絶対の服従を誓うロックゴーレムは、魔術師が罪人として捕らえられ処刑された後も、魔術師の命に従いダンジョンに巣喰うモンスター達を従え、ダンジョン最奥に在る魔術師の舘を守護し続けた。
稀に入り込んでくる不運な侵入者達を、思う様嬲り殺して。
【ゴ――!!】
そして。
「うわ!! 一杯いますよ!! ――でもこのダンジョンの一画を利用してた前町長って、このモンスターだらけのダンジョンを、一々往復してたんですかね?」
「いいえ、多分どこかにダンジョンの一画から外へと道を繋ぐ、通行路魔方陣があるのでしょう。……それをなんらかの事情で利用できたから、前町長はここを隠れ家にしていたのではないですかね」
「多分前町長は、道を作った魔法使いの血縁か何かじゃないか? 本人じゃなくても、近親者の血と魔力に反応して、古い術が発動する事はあるからな」
「そりゃまた、嫌な遺産だなぁ~♪」
「ええい気を抜くな!!」
今夜もまた、憐れな生贄達が迷宮に足を踏み入れた。
「――よーしっ」
「え? 姫っ?」
【ゴォオオオオ……ボォオオオオ……!!】
【ギャッギャ!!】
【ゲギョギョグルル!!】
ロックゴーレムと配下は、残忍な愉悦を憶えながら興奮する。
生贄達の血肉と魔力はロックゴーレム達の糧となり、生贄達の恐怖と絶望はロックゴーレム達の快楽となる。
永の時を迷宮の暗闇に縛り付けられる魔物達にとって、侵入者とは一時退屈を紛らわせ愉しませる、絶好の玩具に他ならない。
「――っ」
【ボォオオオオオ!!】
ロックゴーレムはまず獲物に逃げられないよう、無造作に近寄って来た長身の美しい娘に手を伸ばし、その足を掴み潰そう――。
「せぃやぁあああああああああああああああああああああ!!」
【ボゥオゥオッッオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ?!!!!】
――とした瞬間。その娘の片手が、頑丈な城門のような巨大かつ重量のあるロックゴーレムを軽々掴み上げ、思い切り投げ飛ばした。
「――どいてください!! 邪魔すると投げ飛ばしますよ!! 私怒ってますから!! きっとすっごく痛いですよ!!」
ロックゴーレムは天井で勢い良く跳ね返されて床へと激突し、さらにその反動で深い谷のような水路へと、そしてその奥底へと転がり落ちていく。
【バ――バカナ……?!!! ウボァアアアアアアアアアアアア?!!!!】
ありえない事態は、ロックゴーレムの人工思考に多大な衝撃を与え、そして破壊した。
邪悪な迷宮の守護者は滅びた。
――そして。
「そりゃあああっ!! えいやっ!! えいやっ!! せいやっ!! とりゃぁああああああっ!!!」
「……がんばれー。がんばれ姫ー」
――護衛ってなんだっけ?
というとても今更な疑問を憶えながら、ザイツはモンスターを千切っては投げ千切っては投げて迷宮を爆進するキョウの後ろから、虚ろな応援を送っていた。
「おーいザイツ、暇ならトラップ外しを手伝ってくれたまえよ」
「へいへい……ってまだダメだ行くな姫?!!!」
「殿下!!」
「とりゃあぁああ――あっ」
止める間もなく前に駆け出したキョウへと、壁から無数の弓矢が発射される。
「――もうっ、危ないじゃないですかっ。女の子の柔肌に怪我でもしたら、大変なんですからねっ」
――が、ベキベキベキ!! と音を立てて、発射された弓はキョウから全て跳ね返り、矢尻もろともへし折れた。
当然のようにキョウの肌には、髪一筋の傷もつかない。
「殿下!! 全力で走って進んではいけません!! お願いです!! 本当にお願いしますから一人で特攻しないで下さい!! 間に合いません!!」
「あ、すみませんジェレミアさん。確かに罠にひっかかったら、みんなに迷惑がかかりますね。反省します」
「……」
――柔肌ってなんだっけ?
というとても男にとっては重大な疑問を憶えながら、もはや涙目で懇願するジェレミアを尻目に、ザイツは黙々と、精霊魔法で周囲を照らし罠を見つけ出すケイトを手伝った。
「――でも、早く見つけてあげたいんです。こんな所に閉じ込められて、見捨てられて……それが誰だって、こんな虐待許せないですよ!!」
「殿下……」
「先走ってしまってすみません。でも、急ぎましょう。早く、終わらせましょうっ」
『……』
それでも協力したくない、というわけではない。
『……しかたねーなぁ』
既にザイツは、この旅を終えるまでは、キョウの権力者らしからぬ甘っちょろく優しい考えに付き合いたいと思っていた。
その程度には、この雇い主をザイツは気に入っていた。
『……まぁ、ずっと仕える連中は苦労すんだろうけど』
「人族の小僧!! 私と共に前を歩け!! 肉盾だ!! 殿下の暴走をブロックするんだ!! ハウルグは背後を守れ!!」
「防ぐのは、姫の方かよ……」
「無論モンスターも防ぐわ!! ――はぁあ!! 邪悪なる者共!! 疾く闇底に還るがいい!!」
「おぉおー……色男騎士は戦っても色男……」
白銀の長槍による豪快な突技で、華麗に敵を粉砕するジェレミアに思わず感嘆の拍手を送りながら、ザイツはキョウの前を進み迷宮の奥を目指した。
そんなザイツは。
「……しかし」
「ん?」
ケイトの謎解き以降感じた、小さな疑問が一つ、なんとなくだが頭に残っていた。
「……なんでオレンジ七号は……残された者達を助けようとしたのかな」
「は? そんなどうでも良い事を考える暇があったら、戦え小僧!!」
ザイツの呟きを聞き咎めたジェレミアは、そう返すと大きく槍を振りかぶり、襲いかかってきた身長の倍はあろうかという敵群を、まとめて薙ぎ払う。
「邪魔だ!!」
種族能力が高いキョウの強さとは違う、長い修練によって身についたものだろうジェレミの戦闘能力は、同身分のハウルグに勝るとも劣らない恐ろしいものだった。
魔王の下に、こんなのがあと何人いるんだよと内心で恐怖しながらも、やはり気になるザイツは、剣を手にこっそり考える。
『だって、少し気になるんだ。……オレンジ七号って魔領域の騎竜じゃないか。なんでそいつが、人領域で人助けなんかするんだよ?』
――詳細な事情は勿論判りませんが、ワイバーンは今、一匹ではない。そしてその傍らにいる誰かのために、町から生活用品と食料を持ち帰っているのです。
ギョームを追い詰めるケイトが推理しこう言った時から、ザイツはほんの少しだけ、その理由が気になっていた。
当てずっぽうに考えれば予測はいくらでも立てられたが、だからと言ってそれが答えだと確信できるはずもなく、結局謎は謎のまま今に至っていた。
『……同情か、気まぐれか、酔狂か……いずれにしろ、あのワイバーンはここにいるヤツを見捨てなかった。俺達人族にとっては脅威でしかない、魔獣が……』
キョウに会ってから大分印象が変わったとはいえ、空から襲いかかって来る狂暴な低能竜という認識が強いワイバーンが、人領域で誰かを助けていたというケイトの推論は、ザイツにはやはり不思議だった。
【ぷぴー、ぷぴー、Zzzz……】
「……ん? ――こらっ」
【痛いであるーっ。あれ?! お空の上から落ちたはずが、ここは……地獄であるか?】
「今まで気絶してたのかよっ。……まぁ、魔獣にはこんなのもいるしな。単にオレンジ七号が変わってたのかもしれないな」
【痛っ! いたいーっ】
自分のウエストポーチで気絶していたカンカネラの頭を指でグリグリと潰しながら、ザイツはジェレミアに続く。
「うーん……ザイツさんっ、きっとオレンジ七号とその誰かさん達は、友達になったんですよっ」
そんなザイツに、キョウは単純明快な答えを力説した。
「え? う、うーん……?」
反論しようとしたザイツは、案外そんな所かもしれないとも思い、返答を避けた。
そしてそんなザイツの疑問は、すぐに解消される事になった。
「――ここですね」
ケイトのダンジョン索敵で辿り着いたダンジョン二層の最深部に、深い水路で取り囲まれ、更に分厚い壁で囲まれた、小さな城塞を思わせる一画はあった。
「これが、隠れ家か……えらく年代物っぽいじゃねぇか。なぁザイツ?」
「へぇ~、やっぱり新築じゃなくて、元々あったものを利用したって感じだなぁおっさん」
「どうでもいいわっ」
ハウルグとザイツの呑気な会話に、ジェレミはうんざりと吐き捨てる。
「……おっと。どうやらオレンジ七号は、あそこから出入りしているようですね」
更にケイトが指さす先ダンジョン天井部の岩壁には、いくつもの孔が開いており、そこから外のものだろう、冷たい潮風が吹き込んでいた。
「自然に開いたもののようですが、あの孔のどれかが、外に通じてるんでしょう」
「空を飛べるヤツだけの、逃走路か」
「じゃあオレンジ七号が乗せてあげれば、逃げられましたかね?」
「鞍も手綱も取れた、丸裸の騎竜に乗るのですか? それは熟練の飛行士でも難しいでしょう」
「あ、そうか……」
ケイトの応えに、キョウは残念そうに上を見上げた。
それはさておき、と話題を切ったケイトは、小さな城塞を凝視して慎重に観察した。
「……さて、どうしましょうか」
「罠は?」
「ありません、閣下。ですが非常に分厚く頑丈ですね。この周辺には魔物避けの結界が張ってありますが、それが万一破られた時のために、できるかぎり外壁の強度を高めたのでしょう。……となると力業で壊すしかないのですが、さて、中の被害を最低限にしつつ早急に入口をこじ開けるには、どのような策を練るべきか――」
「――えいっ」
メキメキズォオオン!!!! という轟音を立てて、分厚い城塞の金属門はあっさりと、キョウの片手で毟り取られた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あっ、上手に開きましたっ」
――やっぱりこいつに、護衛はいらないんじゃねぇかな。
――というか、せめて両手で開けてくれねぇかな。
そんな事を呆然と思いつつ。
「……ええ、判ってましたとも。……魔領域の頂点堕天魔族の偉大なる能力の前には、人族の姑息な奸智など無意味だという事など……」
「えっ? あれっ、け、ケイトさんどうしたんです? なんだか泣きそうですよっ!! ええと、すみません?!」
「ははははは。能力っつーか、単純に腕力だけどな。……気にするなケイト、力で全ては解決しねぇ。お前はよくやってるよ。な?」
「心底同情した優しい表情で慰めないでくれませんかハウルグ卿?!!」
「心底どうでもいいわ!! もうさっさと終わらせてくれ!!」
ザイツは意気消沈しているケイト、ケイトに謝るキョウ、ケイトを慰めるハウルグ、そして色んな意味で疲労してキレかかっているジェレミアの後に続き、中へと入った。
――そして。
「だっ……だ……れ?」
「――っ?!」
部屋影に蹲る人影の中から彼女を見つけた時、ザイツが感じた最後の小さな謎は、解明される。
「あ、貴女達が、ここに閉じ込められていた子達なの?」
「ひぃ!! こ……殺さないでください殺さないでください!! 御主人様!! 私達は貴方様の奴隷でございます!! なんでもいたしますなんでもいたします!! お願いします殺さないで下さい!!」
「……心配はいらない。私達は挙動不審なワイバーンを捕らえ、ここに辿り着いたのだ」
「っ……ワイバーン……っ」
ワイバーンの単語に顔色を変えた少女は。
「ワイバーンさんは!! あのワイバーンさんは無事なんですか?!!」
「……やはり君は、オレンジ七号を知っているんだね」
「お願いです!! ワイバーンさんを咎めないで下さい!! ワイバーンさんは悪くないんです!! 食べ物もなく取り残された私達を、助けてくれただけなんです!!」
まだ十歳前後にしか見えない、可愛らしい丸顔の少女は――人族ではあったが、その面差しはとてもエスターに似ていた。
「……そういう事か……ってよく見りゃ、ここにいるヤツ全員……女童じゃねぇか」
「どうやら前町長とやらは……この年頃の子供に邪な欲望を向ける、真性の変態だったようだなぁ……うっわぁ……」
呆れたように言うザイツとハウルグの後ろで、バキィ!! と凄まじい破壊音が響く。
「ひぃ?!!」
「ふ……ふふふふ殺す!! 必ず捕縛してブチ殺す前町長!! よくもエスターそっくりの子供を!! 幼児性愛者死すべし!!」
地面を槍で撃ち抜いたジェレミアは、とうとうキレたらしく、怒髪天を突く勢いで激昂していた。
「……大丈夫だよ。ワイバーンさんは大丈夫。心配しないで」
そんな男達に構わず、キョウは怯えて固まる少女達の傍に跪くと、にこりと微笑む。
向けられた事がなかったのだろう。キョウ柔らかく暖かい笑顔に、少女達の肩が小さく震える。
「君達も、もう大丈夫」
「っ……ほ、ほんとう……です……か……っ?」
「うん。ワイバーンさんが君達を助けたいって気持ちが、私達に届いたんだよ」
「……」
ワイバーンさんも君達も、本当によくがんばったね。
そう静かに発せられたキョウの言葉に、エスターによく似た少女達は、大粒の涙をこぼして泣き出した。
――こうして、ワイバーン・オレンジ七号捕獲作戦の最終段階は、無事終了した。




