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次期魔王に雇われたが何かがおかしい  作者: 宮路広子
空の英雄と魔王女一行 ~ワイバーンは何が欲しい騒動~
88/201

86 もう一頑張りだが何かがおかしい

 ふと意識が浮上したオレンジ七号が目を開けると、目の前には泣きそうな顔の、良く見知った顔があった。


「……オレンジ七号……よかった……よかったんだぞ……っ」


 バジルが引き取った子供だ、と気付いたオレンジ七号は、ふとおかしくなる。


―またそんな、涙でぐしゃぐしゃになって―

―男の子なんだから、簡単に泣いちゃだめだろう?―

―みんなに笑われてしまうぞ?―

―……コリン―


 自分を抱きしめ泣きじゃくるコリンにそんな事を思いながら、オレンジ七号は回復魔法の光に包まれ、またゆっくりと意識を失う。


―……長い……長い夢を……見ていた気がする……―


 長い狂乱の衝動からようやく解放され、ゆっくりと眠りについたオレンジ七号表情は、昔と同じとても穏やかなものだった。



「――おっ、あそこだジェレミア。あそこの砂浜の団体さん。ワイバーンからの信号が出てるぜ」

「ああ。どうやら本当に、戦闘は終了しているようだな。……しかもオレンジ七号を、生きて捕獲できたとは……」

「あっ、あれ!! あそこっ!! ザイツさん!! ザイツさんもいますよ!! おーい!!」


 やはり利用している者達がいたのだろう。目標地点である孤島の入り江周辺は多少整備されており、船が停泊できるようになっていた。

 船を停めてマーマン海兵達と共に上陸したキョウ、ハウルグ、ジェレミアは、空で輝き信号を送っているワイバーンを目印に砂浜へと移動し、やがて波打ち際でぐったりとしている大勢のハーフリット、ワイバーン、ゴブリンシャーマン、そしてザイツを発見した。


「――姫様ー?! こっちに来てしまったんですかー?!」

「あっ、ケイトさーんっ!」


 船へ信号を送っていたワイバーンから、ケイトが飛び降りて駆け寄ってくる。


「無事でよかったぜ、お疲れさんケイト」

「ええ、本当に疲れましたよハウルグ卿。エギーリャとワイバーンの魔力映像(モニター)に情報を同時配信し続けるのが、こんなに疲労するものとは思いませんでした」


 とはいえ、とやや気遣わしげな表情で、ケイトは砂浜の団体へと視線を送る。


「この場の最功労賞は、勿論彼らでしょう。先程とりあえずザイツ、ゴブリンシャーマン殿達と協力して、かけられるだけの回復魔法はかけましたが、魔法では治療しきれない重症者も複数います。できれば隠れ家の探索前に、治療いただきたい」

「判っている。そのために救命機具も医務官も揃えてきたんだ。――救助開始!!」

「任務了解!」


 ジェレミアの命令に敬礼したマーマン海兵達は、持って来た医療器具を抱えて砂浜を走って行った。


「あ、私も行きますっ」

「殿下っ、砂浜で走られるのは危のうございます!」

「ジェレミア、爺かよお前は~」

「おっさんよりマシじゃないですかねー?」


 その後を、キョウ達も続いた。


「おーいっ、ジェレミア様ーっ、ここなんだぞーっ」

「お助ケテーっ」


 砂浜では、手傷を負って翼を休めているワイバーン達を、やはり負傷したハーフリット飛行士とゴブリンシャーマン達が世話していた。

 幸い死者はいないようだったが、奇襲を失敗し正面激突してしまった戦闘は、やはりかなりの被害が出ていた。


「――ザイツさんっ」

「ん? おお姫。丁度良かった。手伝ってくれ」

「は、はいっ」


 その光景に身を竦ませたキョウは、横たわっている傷だらけのワイバーンの前でしゃがみ込む、ザイツの姿にホッとして駆け寄った。


「――というか、こいつらなんとかしてくれ」

「こいつら……あら」


 そんなザイツの前には、何故か数名のゴブリンシャーマン達が鎮座していた。


「こ、コレガが呪符っ。魔力ダケで力が使エル、魔法ノ道具ネッ」

人族(ヒュー)ノ技術ってスゴイネーっ。一枚チョーダイチョーダイーッ」

「ば、馬鹿野郎共っ! これ一枚でいくらすると思ってんだよっ!! 回復系の一番安いヤツだって、現金で買ったら金貨一枚はするんだぞっ!! 使うならともかく誰がやるか!!」


 魔法使いであるゴブリンシャーマンは、ザイツが使っている人族の魔具に興味津々の様子だった。


「だ、ダメですよ皆さんっ」

「ヒッ!! 頭突き姫様ネー!!」

「一撃必殺サレルネ!! ゴメンナサイゴメンナサイッ!!」

「……」


 キョウがゴブリンシャーマン達を解散させた後で、ザイツは手甲に挟んだ紙符に魔力を込め、発動させる。


「呪符発動! 【持続回復(リジュネイション)】!」


 ザイツの前に横たわるワイバーンの身体が、柔らかく輝いた。

 光は一度大きく瞬いた後小さく輝き続け、ワイバーンの傷を癒した。


「――よし、こいつはこれで大丈夫だろう。……高い呪符使った甲斐はあったな。くそ」

「……この子が、オレンジ七号ですか?」

「ああ」

「怪我だらけだけど……本当に生きてるんですね。……よかった」


 安堵の笑みを浮かべ触れようとしたキョウに、ザイツは慌てる。


「あ、触るなよっ。一応呪縛と睡眠昏倒の呪符も使ってるけど、万一って事もある」

「あ……すみません」


 キョウはすまなさそうに、一歩下がった。そこに。


「も、もう大丈夫だと思うんだぞーっ。オレンジ七号の目は、元の優しい目だったんだぞーっ」

「あ、コリン君」


 ジェレミアに状況を報告していたコリンが、オレンジ七号の元に戻ってきた。

 コリンは少々慌ててキョウの傍に駆け寄ると、勢い込んでキョウに尋ねる。


「おっお姫様っ! あ、あのっ、隊長は大丈夫だったんだぞ?!」

「……え? だ、大丈夫ですよ? ぐっすりお休みしたので、ベッドに寝かせてきましたですよ? 本当ですよ?」


 何故か、キョウの声が平坦(棒読み)になる。


「……そういや姫、さっきの頭突きなんだが、すごい音がしたけど本当に大丈夫だったか? ……エスター少尉、お休みじゃなくて、瀕死状態の戦闘不能になってたりしなかったか?」

「えぇ?! 瀕死?!」

「…………」

「…………姫?」


 キョウはザイツとコリンから視線を逸らし、『持ってて良かった蘇生魔法』と呟いた。どうやらエスターの足止めの際、少しやり過ぎてしまっていたらしかった。


『……お、俺は悪くねぇ!』


 キョウに策を授けたザイツは、何も聞かなかった事にした。


「そ、それはともかくとして……ザイツさん」

「うん?」


 ――ありがとうございました。


「……うん?」


 少し震えているキョウの声にザイツが覗き込むと、キョウの瞳は潤んでいた。

 ザイツに見られたキョウは、慌てて目を擦り、首を振る。


「すっ、すみません!!」

「いや。どうした?」

「……あ、安心してしまって……」

「ああ、オレンジ七号助かったからな」

「それだけじゃなくてっ」

「……ん?」


 ザイツへと一歩踏み出したキョウは、泣きそうでありつつ、少し怒っているようだった。


「……ケイトさんが、ザイツさんが雲の上からオレンジ七号と一緒に落ちて、オレンジ七号を助けた……って」

「……うん」

「無事だって、聞いてはいたんです。……でも……」

「……あー」


 どうやら心配させたらしい、とザイツは気付いた。

 まともに考えれば、雲の上から落下して無事なはずはない。


「大丈夫だった」

「は、はい」


 謝るのも違うような気がしたのでとりあえず無事を宣言すると、キョウも頷いた。

 だがまだ不安そうに見えたので、ザイツは付け加える。


「姫からもらったマントで、助かった」

「……そうだったんですか?」

「うん。これがあったから、俺も死なないと思って落ちた。……つまり、死なないよう色々考えてやってるから、そんなに心配する事はなかった……と思う」

「……」


 ザイツの言葉に、キョウはやがて落ち着いた様子で頷き、そっと言う。


「……ザイツさん。生きててくれて、ありがとうございました」

「……生きるために働いてるのに、それで死んでたまるかよ」


 そうですねと返し、キョウはようやく笑った。


「……な、なぁザイツ」

「ん? なんだコリン?」


 そんな会話を聞いていたコリンは、ザイツのマントを後ろから引っ張って、恐る恐るザイツに尋ねる。


「お……お前、端っから、マント一枚でオレンジ七号と落ちるつもりだったのか?」


 空を知っているからこそ、コリンはその恐怖と無謀を理解できる。


「計画の一つだったな」

「ほ、他にも色々考えてたのかっ!?」

「ああ。なるべく楽に助けられるなら、それでよかったんだが。上手くいかないもんだな」

「……人族って、なんか怖いんだぞ」


 あれだけ空を怖がっていながら、あの生死を分けた強烈な数秒を、上手くいかなかったの一言で収めるザイツの思考に、コリンは思わずゾッとなった。



 そんな会話を交わした後、ザイツ達はマーマン海兵達を手伝ってワイバーンと飛行士達の治療に当たった。

 幸いキョウやケイトの回復魔法も良く効き、持って来た救命機具の効力も高かったため、ワイバーンと飛行士達はほどなく、数匹を除いて飛んで帰れる程度には回復する事ができた。


「――船で運ぶ必要があるのは、オレンジ七号とアップル三号か。……よし、お前達は彼らの治療を続けつつ、私達を待て」

「任務了解しました、ジェレミア閣下!」


 コリンを含めたワイバーン飛行士達に、もうしばらく休むよう待機命令を出したジェレミアは、マーマン海兵に連れて帰るワイバーン二体を任せ、槍を抜く。


「あとはケイト殿が割り出した地点にある隠れ家から、隠れ家に残っている者達を連れ帰ってくるのみ。さっさと行くぞハウルグ」

「え? 俺だけ?」

「何かあるかもしれんからな。か弱い女性達や、魔力を使い果たした人族の小僧(ザイツ)を連れて行くよりも、効率的だろう」

「え?」


 か弱いって誰が? と素直な疑問を口にしたザイツは、ケイトとキョウに後頭部を殴られた。


「ん? どうした人族の小僧?」

「ああ、ザイツはどうやら立ちくらみのようです。……ですが閣下、最低でも索敵感知できる私は、連れて行かれた方がよろしいかと」


 良い笑顔で返したケイトは、真面目な表情に戻ってジェレミアに返す。


「……やはり何かあるのか?」

「はい。これを御覧下さい。――シルフ!」

【了解 マスター・ケイト】


 緑の光となって出現したシルフは、ケイトの前に記号化された映像を浮かび上がらせる。


「ここが、隠れ家の入口ですが、内部を索敵(サーチ)した結果、中にいるのは人族だけではないようです」

「……これは」


 いくつも浮かび上がる真っ赤な光点を見つめ、ジェレミを始め、その場のものは皆厳しい表情になった。

 索敵(サーチ)が示す赤は警戒色。つまり敵だ。


「この大きさ……モンスターか? まさか隠れ家の持ち主は、これほどのモンスターを隠れ家に連れ込んでいたのか?」

「いいえ。空間の不自然な形状からして、それはおそらく違いますジェレミ閣下」

「ならばどういう事だ、ケイト殿?」


 逆なんです。とケイトは返す。


「逆?」

「家主がモンスターを引き込んだのではない。モンスターが徘徊する空間の一画を利用して、隠れ家にしたんですよ。――この空間は、ダンジョン生成ポイントなのです」

「――っ!」


 ダンジョン生成ポイントとは、モンスターの生息に適した、モンスターを引き寄せやすい空間の事だ。


「自然発生か、それとも誰かの呪怨かはしりませんが、この島にはダンジョン生成ポイントが存在した。そしてそれを、どこかの馬鹿が隠れ家として利用したんです」

「な、何故そのような危険な真似を?」

「それだけ、隠しておきたいものを詰め込んでいたんでしょう。……ワイバーンであるオレンジ七号はともかく、そりゃ、閉じ込められた者達も逃げられませんよね」

「……酷いっ!! 中の子達は、そんな恐ろしい目に?!!」

「殿下?!」


 尖ったキョウの声が、砂浜に響く。


「私も行きますジェレミアさん!」

「で、殿下しかし……」

「大丈夫です!! 私とても丈夫ですもの!! モンスターなんか投げ飛ばします!!」

「投げ……」

「――こんなのって酷いですよ!! 早く助けないと!!」


 キョウはいつになく、本気で怒っていた。


「は、ハウルグ……」

「殿下は本気だぜ~ジェレミア。……こうなった時の魔王陛下だって、止まらなかったじゃねぇか。それならご助力いただいた方がいい」

「ぐっ……」


 キョウの身の安全を考えれば到底許容できない事だったが、それでもジェレミアは魔王家に仕える騎士だった。諫める事はできても、本気でこうしたいと決めた魔王女を、止める事はできない。

 唯一、魔王が命ずれば力尽くで止める事もできるが、そんな事を命じる魔王ではない事は、ジェレミアもよく判っている。


「……なれば、この身に代えてもお守りいたします。……おい人族の小僧っ、お前も護衛ならば、殿下を害する者から命を賭してお守りするのだぞ!!」


 ジェレミアはキョウへ絶対の守護を誓い、ついでに八つ当たり半分で、ザイツにもそれを命じた。



「……えっ」


 先程魔力を使い果たしたザイツは、更なる無茶振りに疲労が増した。

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