45 ―過去― とある男女①
―……セージさん、お名前の、『ヅィー』って不思議な響きですね―
―ん? zの事かなお姫様?―
―はい。セージ・z・アンダーソン。洗礼名や家名のために、名前が長い事はよくありますけれど、ヅィー……というのは短くて、あまり聞いた事のない響きだと思いまして―
―ああ、zは略称なんだよ。俺の母方の姓なんだけど、欧米人には言いにくいみたいでさ。言いやすいよう略しているうちに、zで定着したんだ―
―おーべーじん?―
―あー……やっぱりお姫様にも、判らないんだよな―
―……?―
―いや、いいんだ。……お姫様、俺の母方の本当の姓を聞く?―
―ええ、是非教えて下さいっ―
―……――……。言いにくい、ですね―
―うわー、やっぱりここでもそうなのかぁ? ……日本人の姓って独特なのかな……―
―……ザ――……? ……――ツ……の方が言いやすい、でしょうか―
―あはは、それじゃ名前みたいだよ―
―名前……ふふ、本当にそうですね。ごめんなさい、セージさんを呼び捨てにしてしまいました―
―なーに、美人にステディな呼び方をされるなら、嬉しいよ―
―……び……びじん?―
―なにしろ、今まで親しく呼び捨てにされたのって家族か友達か、ベースボールのチームメイトくらいしかいなかったもんなぁ―
―……びじん……―
―くっ、野郎ばっかの交友関係が憎いっ。ハイスクールの卒業パーティー行くのに、パートナー捜すのがどれだけ大変だったかっ。……あーでもっ、友達の妹紹介してもらったから、野郎の交友関係に感謝するしかないんだけどなっ―
―……?―
―……結局紹介してもらっただけで、あの子をきちんと誘えなかったんだよな。……俺がこっちに来ちまったから。……今から誘いに行くって連絡して、家を出たのに。……あの子には悪い事をした……あいつの兄貴にも心配させたろう…………それに父さん……母さん……姉さん…………―
―……セージさん―
―……ごめん―
―……―
―……色々な事がありすぎて、整理できてないんだ。……時々……時々こうやって、故郷の事を口にしたくなる。……そうしないと……俺があっちでどうやって暮らしていたのか……忘れちまいそうで……―
―……―
―……ここは……この世界は……違い過ぎるんだ。……俺の国では、剣も魔法もフィクションの世界にしかなかった。……確かに昔はあったけれど、現代に奴隷制度なんかなかった。……いきなり町が、馬に乗った盗賊や兵士の集団に襲われるなんて事もなかった―
―……とても、平和な場所だったのですね?―
―いいや全然。強盗殺人は日常茶飯事でニュースを賑わしていたし、母国も外国に出兵して戦争してたし……ははは、交通事故の年間死亡者なんて、この前の戦争で死んだ人達よりも多いかもしれないな―
―……―
―……それでも……さ。……俺はあっちの世界に慣れ親しんだ、あっちの住人だったんだ。……そりゃ嫌な事もいっぱいあったけれど……あそこは俺の場所だったんだ。……忘れたくないし……帰りたいよ……―
―……お姫様……君も俺を、狂っていると思うかい? ……ありもしない世界を夢想している、狂者だと……―
―……それは……わかりません―
―……―
―……セージさんの言うセージさんの世界は……わたくし達がいるこのグランツァー大陸とは全然違います。……わたくしも含めここに在る者達には……セージさんの言う事を信じる事は……とても難しいと思います―
―……そう……だよな―
―……でも……わたくしは……セージさんを信じます―
―……―
―……セージさんの言っている事は判らなくても……セージさんは信用できる方ですから……だから……一生懸命信じます―
―……はは、一生懸命信じるって、それやっぱり疑ってるだろ?―
―う……すみません。……だ……だって鉄の固まりが空を飛ぶなんて……想像もできないんですもの……動く絵姿は見て見たいですけど……―
―……でも、信じてくれる?―
―しっ、信じますっ―
― 一生懸命?―
― 一生懸命、ですっ―
―……ははは、そっか―
―……や、やっぱり……疑ってるように聞こえますか?―
―いいや……ありがとうお姫様。……すげー嬉しい―
―……セージさん―
―……ところで、お姫様が俺を信じてくれるのって……やっぱり出会いのせい?―
―あ、それもありますねっ。あの時は私と皆を盗賊達から助けていただいて、ありがとうございましたっ―
―……あれか。……でもあれは俺じゃなくて、俺が一緒にいた傭兵団の仕事だったから……そこまで感謝されるときまり悪いって言うか……―
―でも、あの傭兵団長さんがおっしゃってましたよ? 『セージ坊主が必死に助ける理由を並べたてなきゃ、放ってた』って―
―……あのジジィ、余計な事を―
―『つまり俺はあいつの依頼を果たしたわけだから、あいつへの報奨金は俺に全額よこせ♪』とも言ってましたけど―
―……ジジィ、いつか殺す―
―ちょっと強欲ですけど、良い方ですよね傭兵団長さん―
―ちょっとじゃねーから! ……まぁ、拾ってくれたのは感謝してるけど。――あ、仕事はちゃんとしているからギブアンドテイクは成り立ってるか。むしろあっちが得しているはずだ。うん―
―……そろそろいくな―
―傭兵団のお仕事……ですか―
―ああ。あれが縁で団ごと雇ってもらったから、お偉い聖騎士団の露払いとして、がんばらないとな~―
―……絶対、死なないで下さいね―
―死ぬもんか。帰る方法を見つけるまで、絶対に死なない―
―……はい。……セージさんは大剣と……その不思議な筒を使った魔法で戦うんですよね?―
―筒じゃなくて、これはライフルって言うんだ―
―らいふる……―
―形はWinchesterRifleだな―
―……聞いた事がありません。……まさかそれは、セージさんの世界の武器なのですか?―
―いや、これはこっちの世界で俺が作ったんだ。俺の世界ではもう、これは骨董品の構造だよ―
―骨董? わざわざ古い形にしたのですか?―
―構造の詳細を知っているのが、これしかなかったんだ。……俺の祖父さんの趣味が、母国の開拓時代――昔の拳銃集めでね。『ライフルの扱いも知らずに、西部開拓民の子孫アンダーソン家の男を名乗るな!』って、子供の頃から分解、組み立て、弾込め、射撃、後始末の手入れまで、一通り叩き込まれた。……考えてみれば、思いっきり違法だぜあの祖父さん……―
―……?―
―いや、こっちの話。……なんにせよ、これが当たれば騎士の重装備だってぶち抜ける。簡単にやられたりしないから心配無用だお姫様―
―……当たればという事は……外れたら?―
―……………………―
―………………えっ―
―そ、それじゃ、行って来ますっ。大丈夫っ。多分っ―
―あっ、待って! お祈りさせて下さいセージさんっ。貴方に祝福をっ―
―……はい、これで良いです。……傭兵セージ、我が主ゼーレの御加護を―
―感謝致します。お姫様……ゼルモア神聖家、エリザベート姫―
―……―
―……どうかしたのか?―
―……すみません―
―なんで謝るんだ? あ、まさか今、祝福の聖句間違ったとか?―
―ちっ、違いますよ。……違いますけど……すみません―
―……だからどうして謝るんだよ、お姫様?―
―……きっと―
―……?―
―きっと……わたくしのような……出来損ないの祝福なんて……役にたたないから……―
―……できそこない?―
―……―
―……いいんじゃないか別に? 俺はあのおっかなそうな婆ちゃん聖女からの祝福をもらうより、お姫様からの方が嬉しかったしな―
―っ……し、失礼な事を言ってはいけませんっ。聖女リュシエンヌ様は、とても慈悲深い素晴らしい方なのですからっ―
―はいはい。それじゃなー ―
―……もう。……どうかお気をつけて―
― ――おせぇ坊主―
―遅くねぇ団長。時間通りだ―
―上より早く集合するのは下の義務だろうが―
―仕事の出来には関係ねぇし―
―可愛げのねぇガキ―
―俺が可愛かったら気色悪い。……かわいいってのは、お姫様みたいな女の子の事をいうんだ―
―……また大神殿に入り込んだのか―
―隠し通路もあちこち発見した。クーデター起こす時には役立てるぜ―
―起こすのかよ―
―起こさねーよ。ブラックジョークくらい解そうぜ―
―冗談か本気か、判りにくいんだよおめーは―
―……なぁ団長―
―ん?―
―……できそこないって、なんだ?―
―……エリザベート姫の事か?―
―っ……なんで……―
―今の神聖家直系、しかも聖女候補にもなれる強い魔力を持つ女で、できそこないは彼女一人だけだからな―
―……だから、なにをもって『できそこない』なんだよ? ……あの子は良い娘だ。可愛くて優しくて、頭だってどこかおかしいわけじゃないだろう―
―……そんなのは、関係ないんだよ―
―……?―
―……彼女は、あのエリザベート姫は、妖精魔法しか使えないんだ―
―……それがどうしたんだよ?―
―……どうかすると思うか?―
―思わねぇよ! だってこの世界じゃ、魔法を使える人間自体がとても稀少で、魔法の属性を選ぶ事だってできないんだろう?!―
―そう教えたな―
―ああ―
―……ところがな、ゼーレ教団を率いる頂点、ゼルモア神聖教国の『王家』、神聖家の直系だけは例外なんだ―
―……例外?―
―……かつてゼーレと直接交信し、祝福を受けたとされる神聖家の直系は、ほぼ全て強い魔力を持って生まれ――そして聖属性魔法の使い手となる―
―……聖属性……だけ?―
―ああ。この異常な家系は神の奇跡とされ、現代の神聖家が教団トップに立ち続ける根拠となっている。そしてそんな神聖家の未婚女性から選ばれる『聖女』も、当然強い聖属性魔力を持っているのが慣例だ―
―……でも彼女は……―
―そうだ、彼女の魔法属性は、聖ではなく妖精だ。……神聖家直系において、魔力を持たず生まれてくる者、また魔力を持っていても聖属性を使えない者。これらは皆『できそこない』と呼ばれ周囲から蔑まれるのさ―
―……なんだよ……それ! ――どんな差別だよ!! 人権蹂躙だろふざけんな!!―
―じんけんってなんだ?―
―この世界には無いモンだよ!!―
―相変わらず、意味不明なガキだぜ―
―……彼女は、どうなるんだよ?―
―神聖家としてはできそこないでも、若く可愛い娘だからな。政略結婚の駒としての利用価値はあるだろう―
―……大切にしてもらえるのか?―
―……さぁ? お偉いさんの結婚なんて、俺が知ってるはずもねぇ―
―……―
―……なんだ、惚れたか坊主―
―悪いか―
―即答か―
―……彼女といると、ほっとするんだ―
―だから守りたい、か? 健気だねぇ。どこの騎士様だてめぇは―
―からかうな。騎士なんかじゃねぇよ―
―……戦乱さえ続けば、騎士位くらい手に入るかもしれねぇぞ―
―……―
―ゼルモア神聖教国では、俺達傭兵の重用度は日々増している。正規の聖騎士団様々の質が落ち続けてるんだ、当然だな―
―どうせ手柄は、聖騎士団のものだろ―
―手柄はな。……だが見ているヤツは見ている。この国でもこの国の敵でも、お前の妙な知識とお前の使う妙な道具に、興味を持つやつは多いだろう―
―……―
―のし上がって欲しいものを手に入れたいなら、よく時勢と周囲、そして付く相手を見極める事だ。……利用できると思ったら、例え魔王だろうと躊躇うな―
―……団長、なんであんたがわざわざ、俺に忠告めいた事を言う?―
―お前を利用して、俺も稼ごうと思っているからさ―
―結局、自分のためかよ!―
―そりゃあ当たり前だろう坊主。それぞれが自分のために生きて、自分の欲しいものを求めて、そのために他人と手を結んで裏切って、助けて蹴落として。……それでこの世は、案外上手く回ってるんだぜ―
―……一応、頭には入れておくよ―
―俺が欲しいのは、俺が元の場所に戻る方法―
―……それから……笑顔の彼女と過ごす時間―
―どちらも手に入れる方法があるなら……俺はなんだってする―




