40 真相が語られるが何かがおかしい
―真相―
「何やってんだ?」
「フェンリル部隊が襲撃した、とされる村の真相を、これから解明するんだと」
「へぇ、それって信用できるのか?」
「それが……魔王女殿下のお墨付きの学者らしい。……人族だぞ」
「ほんとうか? ……どれどれ……本当だ! あんな小娘が、これからどんな真相を語るっていうんだ?」
ざわめきに引き寄せられるように増え続ける聴衆達は皆、事件の検証が行われている大会議室の壇上に在る、小柄な人族の娘――ケイトに注目していた。
「……さて皆様」
開始から比べ、今や倍にまで膨れ上がっていそうな大勢の聴衆達に注目されるケイトは、まるでそれを待っていたかのような、余裕の表情で口を開く。
「今までの検証をして、このボッジ村襲撃事件に残された『証拠』の数々が、王庭騎士ハウルグ様率いる第一、第二フェンリル特火力歩兵小隊を犯人だという前提で見た場合、拭いようのない『違和感』を与える事はご理解いただけたと思います」
ざわめきの中に、反論は無い。仏頂面で腕を組むエアノールでさえ、黙ってケイトの言葉を聞いている。
「何故か。……問うまでも無いでしょう。――それはハウルグ様達が、犯人ではないからです。彼らが犯人だという出発点からでは、この事件は決して、真相には辿り着きません」
大会議場に響く、やや声量を上げたケイトの断言。やはり否定的なざわめきは起きない。
今やケイトの弁舌と数々の実証によって、聴衆の心証は『フェンリル部隊犯人説』の否定に傾きつつあった。
ならばあの村で――フェンリル達が素通りしたはずのボッジ村であの夜、本当は何が起こったのか? それを知るため、聴衆達は検証の続きを求める。
「――真相を導く出発点は、ボッジ村にあります」
求めに応じるように、ケイトの検証は事件へと踏み込んだ。
「襲撃事件前日朝。――ボッジ村の住人ロンが、リリエの街に出発した丁度その時。それこそが、この事件の出発点です。村に残されていた証拠の数々は、その出発点から辿れば、違和感無く事件に組み込まれていくのです」
そうなのか? という誰かの囁き声に頷き、ケイトはすぐ後ろに張られた事件経緯を軽く手で叩く。
「今から私が試みますのは、事件の経緯と証拠、証言、その他全ての要素から、組み上げました、事件前日~当日、ボッジ村の住民の行動再現です。……そこに事件の真相があると、私は確信しております」
「……だがあくまでそれは、君の想像語りだろう」
「残念ながら、皆様同様人族も、時間を遡る術は持っていませんので」
そしてエアノールの嫌味に返し、更に続ける。
「ですがこれは、検証した違和感を全て解決した上で導き出した、私が出しえる唯一の答えです。……それほどおかしな話には、なっていないと思いますよ」
少なくともフェンリル部隊犯人説よりは、と結んだケイトを睨み付け、そしてエアノールは口を閉じた。
ケイトはエアノールから聴衆全体へと視線を移し、語る。
「――さて、事件前日の夜明け、時刻は六の時前後です。自国と魔王の国との戦争が始まり、村人達はいつ迫るかもしれない戦火への不安に怯えながらも、それぞれ生きるため働きながら日々を過ごしています。
――そしてその朝、ボッジ村から、お婆さんの家にお使いにいく村人ロンが、妹を連れて出発します。子供だけの森歩きも慣れたものですので、不安はありません。
――そこに村へと帰ってくるのは、行商に出ていた村人のトーマスです。方向的にギスモー王国領かカトラ王国領、そのいずれかから帰ってきたトーマスは、他国で恐ろしい事を耳にし、村に帰ってきたのでした。
――それは何か?」
既に答えを用意しているケイトは、淀みなく答える。
「――それは、当時各国の神殿が聖職達を使って繰り広げていた、戦争不参加国での扇動工作でした」
あっ、という声が聴衆から起こった。エアノールは厳しい表情でそれを聞く。
「私もはっきり戦争不参加を表明したカトラ王国民ですから、知っています。あの当時魔王の国に宣戦布告したゼルモア神聖教国は、少しでも多くの戦力を得ようと、戦争不参加国で扇動工作を仕掛けていたのです。
――ゼルモアの意志に従った聖職者達は、カトラ王国のあらゆる場所で、国民に魔領域への不安と恐怖を植え付ける演説を繰り返し、民意を参戦へと導こうとしていました。
――曰く、魔王は冷酷だ。魔物達は極悪非道だ。戦火はどんどん拡大していく。魔物達に征服された国では、民は思う様殺され、弄ばれ、凌辱され、喰われ、そのあげくに生き残った者達も皆奴隷として連行され、生きたまま地獄を見るだろう、と」
それは人族の事だろう!! と聴衆達から轟々非難が起こった。
人族同士の国でもよくある工作ですよ、と返したケイトは、話に戻る。
「もっとも貿易協定などを結び魔王の国の実情にかなり詳しかった我がカトラ王国国王陛下は、そんな聖職達に騒乱罪を適用し、見つけ次第さっさと逮捕していたのですけどね。
――ですが逮捕しても逮捕してもしつこく湧いてくる煽動者の言葉を、トーマスが聞いていたとしたら……その恐怖は察するに余りあるでしょう。
――特に自国に、魔王軍陸戦最強の一角である、フェンリル族が攻めて来ると聞いてしまっては」
「!! ――強襲の情報が漏れていたのか?!」
エアノールは驚愕した。ケイトは曖昧に首を振る。
「……さて、そうだったのか、それともただ恐怖を煽るために名を持ちだしたのかは判りませんが、フェンリル族の恐怖はあの頃のカトラ王国でも、煽動者達があちこちで叫んでいましたよ。――魔王軍屈指の獰猛さと残虐性を併せ持つ、好色で戦闘狂な鬼畜狼が攻めてくる。ヤツらは虫の息まで痛めつけた男達の目の前でその女房や子供を凌辱し、嬲り殺して喰らうのを好むのだ、と」
「なんだそりゃ?!! 好まねぇよ!! どんな猟奇公開プレイだよ!! それじゃ俺ら、ただの変態じゃねえか!!」
ハウルグの絶叫に、そうだそうだとフェンリル部隊から抗議が上がった。思わず想像してしまったのか、年若いディーグ二等兵は、真っ赤になって俯いている。
「はいはい、落ち着いて下さいハウルグ卿と皆様。扇動工作はそういうものですから」
どうどう、と宥めるケイトは、脱線する前に先へ進む。
「なおこのフェンリル情報が、リリエッド砦に布陣していたバース連合国軍まで届いていたかは謎です。……なんの対策もせずあっさり砦が陥落したという事は、届いていなかったのかもしれませんね。
――ですがとにかくトーマスは、こういった残酷な言葉を、行商先のあちこちで聞いてしまったのです。……トーマスはなんとしてもそんな凶悪な狼から村を守りたい、その決心を胸に、村へと帰って来ました」
「そっか……村を出て行く俺が、目に入らないほど慌てていたのか」
思い出していたのか、ロンは納得するようにそう呟いた。
「――さて、トーマスは村に戻るとただちに村長の家の戸を叩き、話を聞いた村長は村の男達を呼び、ボッジ村では臨時の集会が開かれました。
――そこには街道沿いに堂々と布陣していた魔王軍を見た者もいたのでしょうし、リリエッド砦の増援や物資支援の様子を見た者、リリエの街で魔王軍の降伏勧告を拒否した、軍人達の話を聞いた者もいたかもしれません。
――いずれにしろ、村人達は各自がそれぞれ村周辺から得た情報を総合した結果、恐ろしい事実に気付いてしまいます。
――そう。……おそらく今夜、魔王軍は攻めて来るのだと。それが、村の男達が悲壮な顔で話し合っていた理由です」
鍛冶屋が見聞きした集会だな、と聴衆の中から声が上がった。
そうですね、とケイトは後ろに張った事件経緯を軽く叩く。
「――彼らは不確かな情報に怯えながらも、どうすれば村の皆が助かるか、必死に考えました。
――自国が戦争に勝とうが負けようが、ボッジ村は国境沿い、魔王軍がリリエを攻める進軍ルートの途中に位置しています。リリエッド砦が攻められる前に、魔王軍に見つかって蹂躙される可能性は高いと、村人達は考えたのです。
――砦で守りを固める自国の軍が助けてくれるはずはない。魔王軍に降伏しても、蹂躙されて殺されるか奴隷にされるだけ。……ならば村人達の考えが行き着く先は、たった一つでしょう」
――『そんな残虐な連中が攻めて来たら!! 逃げるしかない!!』――
「――ボッジ村の住民達は、開戦となるその夜だけでも、どこかに避難しなければならないと考えたのです。
――そう、最悪そのまま国を失った流浪の民となっても生きていけるよう、持てる限りの貴重品――へそくりにしていた小銭までかき集めて、それを持ってです」
「――あっ!!」
聴衆から声が上がる。
「そ、そうか!! 中身だけ無くなってたへそくりの貯金箱は――襲撃者が奪ったんじゃない!!」
「村人達自身が取り出して、元の隠し場所に戻していたのか!! そりゃ貯金箱ごとは持って行かないよなっ、無駄な荷物になるし!!」
「なるほど!! これなら違和感は無い!! 理解できるぞ!!」
ケイトの言葉に聴衆は、謎が解けたと頷きあった。
「……それで、村人達はどうしたというのだ」
不機嫌な表情のままのエアノールも、反論しないまま先を促す。
「はい。逃げる時に持って行く物はさておき、村人達の話し合いは難航しました。何故ならば、どこに逃げれば良いか判らなかったからです」
――『だがどこに?! 匿ってくれるようなアテなどないしそもそも安全な場所など!!』――
「――リリエの街に逃げても、自国が負ければ蹂躙される事には違いありません。森の中で魔王軍をやり過ごすのも確実ではなく、闇雲に遠くに逃げても、逃げた先で野生の魔獣や盗賊に襲われるやもしれません。
――皆様もご存じの通り、所属している場所から、なんの保証もなく遠く離れるというのは、とても大変な事です。最低でも一晩身を隠すのに少しでも安全な場所、少しでも安全な方法を考え、村人達は助かるため必死に知恵を絞りました」
――『……いや、一つだけあるじゃないか、安全な場所が』――
「……そして、思いついてしまったのです。安全だと、村人達が信じてしまった、その場所の事を。……それが十八の時前後に、移動鍛冶屋のダッドリーとデイブが聞いた、村人達の会話です」
ケイトのどこか沈んだ声が、大会議室に響いた。
「……安全な場所? それはどこだケイト殿?」
ケイトの声に気付いたエアノールは、それでも続きを話すよう促す。
「……それを語るのは、後ほどとしましょう」
だがケイトの返答に、大きなどよめきが聴衆から起こる。
「なんでだよ!! 今話せよ学者センセイ!!」
「さっさと言ってくれよ!!」
「すげぇ気になるじゃねぇか!!」
「後の経緯を知ってからの方が、説得力があるからですよ」
脅迫にすら聞こえる魔物達のどよめきを歯牙にもかけずそう返し、ケイトは壇上で聴衆を見据えた。
「……判った、君の良いように続けろケイト殿」
やがてエアノールも文句を言っていた魔物達も、断固揺らがない娘の様子に、今はただ続きを聞く他ないのだと察し、黙る。
「ありがとうございます、エアノール様。
――さて話がまとまったボッジ村の村人は、まず身を隠す場所として選んだ場所に、村長の言付けを受けた使者を走らせます。そして残った村人達は、使者が戻ってくるまでに荷造りを済ませ、その帰りを待ちます」
エアノールに礼を言い、ケイトは話を続けた。
聴衆は戦火が迫る村で慌ただしく動く村人達を想像しながら、注意深く話を聞く。
「――彼らはその間、村の外に重ねて罠を張り巡らせ、また村自体を気付かれ難くするよう、獣避けの松明他、灯りは全て消してしまいました。
――もしかしたら、罠だらけの村など面倒だと諦めてくれるかもしれない。 ――またもしかしたら、人気の無い真っ暗な村を、廃村と思い素通りしてくれるかもしれない。……そんな一縷の望みを賭けて、村人達は準備を整えたのです」
「っ……そうか。……だから村は真っ暗だったのか」
そう呟くハウルグに、側の部下達も思い出したのか、そうだったと頷き合った。
「――やがて使者が帰って来ます。匿ってもらう場所は、そう遠くではありませんので、話がまとまるのが早ければ、十八の時を半分越えた頃には帰って来ていたかもしれません」
「片道十五分程度? ……よほど健脚な使者だったとしても、確かにそれは、かなり近場だったんだな?」
「はい、その場所は近く、日常的に行き来できる程、村人にとっては慣れた場所でした」
「……それほど近くて……安全……」
質問したエアノールは、ケイトの言葉を眉根を寄せて考えた。
「――使者はきっと笑顔でこう言ったでしょう。
――『皆聞いてくれ!! 彼らは俺達を匿ってくれるそうだ!!』――と。
――そして村人達は、大喜びしてこう言ったでしょう。
――『ありがたい!! 彼らの友情に感謝しよう!!』――と」
差し伸べられた手に、喜び感謝する村人達。それは魔物達にも、容易く想像が出来る光景だった。
「――そうと判れば、一刻の猶予もありません。彼らは全員で、まとめた手荷物を持って、暗い森を進みます。
――出発は十九の時~二十の時前後。フェンリル部隊が進軍を開始してボッジ村の近くを通過したのが二十の時半~二十一の時頃だった事を考えると、正にギリギリだったと言えるでしょう」
聴衆は事件経緯を確かめる。
「――おそらくは、いくつかの少人数グループとなって行動したのでしょうね。彼らは代々受け継がれて来た森歩きのテクニックを駆使して、誰に見つかる事も無く無事森を進みました。
――そして魔王軍に見つかる事無く、無事目的地まで全員到達したのです」
めでたしめでたし、に続くとは到底思えないケイトの声は、そこで僅かに沈黙する。
「……村人達が言った通りならば……村人達は次の日の朝、無事に村へと帰る事ができたでしょう」
再び口を開いたケイトの声は、更に重苦しく、そして沈痛だった。
「一晩身を寄せ合って過ごし……そして村に戻り、村の思わぬ無事に喜び、そして敗戦後、占領下の厳しい国でも、またなんとか生きていったのでしょう。……ですが、それはできませんでした」
何故だ? と誰かが問う。
その問いを考える聴衆達の顔が、次第に厳しく引き締まる。
「……彼らは、裏切られたのです。……匿ってくれるはずの『友人達』に、ボッジ村の村人達は裏切られた」
少し考えれば予想できた――だが厳しい答えに、雑音が消えた。
「ボッジ村の村民達はよく知らなかったのですが……その『友人達』はその時、大金を必要としていたのです。……奴隷商達に娘や妻を売る寸前まで来ていた『友人達』にとって……戦争のドサクサで『消えて』もおかしくない、しかも少なくない金銭を持って来たボッジ村の村人達は――恰好の獲物となってしまったのです」
ケイトは、聴衆の静聴に応えるように、その時を語る。
「――『友人達』は快くボッジ村の村人達を受け入れ匿う一方で、戦争の動向を見守っていました。
――そして砦が陥落してリリエの街門も開放され、バース連合国が敗戦したという情報を得た時……『友人達』はボッジ村の住人達を陥れるため、動き出したのです。
――ボッジ村の村人達の金品を奪い、そして彼ら自身も奴隷として売る。……そしてその罪を、魔王軍に押しつけるチャンスは、その時しかありませんでした」
「……待て、ケイト殿」
ケイトの残酷な言葉を、エアノールが止めた。
「……少しおかしくないか? ……奴隷として売ったなら……死体が何故村にある?」
「……その死体は……ロンが目にしたのもそうだったですが……老人や赤ん坊など……『商品にならない』者達の死体だったのですよエアノール様」
「……そ……それはつまり……」
「――ええ、そうです。悪辣非道な行為に手を染めた『友人達』は――売れ残りを殺し、それをボッジ村に捨てたのですよ。――彼らがさも、村で魔王軍に殺されたかのようにね! ――これが、ボッジ村に残っていた白骨死体が、少なかった理由です!」
「――なんて――悪辣な……信じた者達を……!」
怒りのどよめきが、大会議室に響いた。
その中で震える拳を握り締めながら、大会議室の座席に座るロンは、ケイトの話を聞き続ける。
「――『友人達』はまず、ボッジ村の村人達に差し入れと偽って、『馬が酔う木』ことアセビを調合した痺れ薬入りのスープを飲ませ、自由を奪います。これが白骨から、アセビが検出された理由です。
――そして前々から連絡を取っていた奴隷商人達を呼び寄せ、痺れて動けないボッジ村の村人達を売ります。
――その上で『売れ残り』を始末し、その残り物の死体を、『魔王軍によって壊滅している』ボッジ村に捨てて来れば、計画は完了のはずでした。
――『友人達』は、まさか残虐非道な魔王軍が、付近の村々を襲わず、真っ直ぐリリエッド砦に向かっていたなどとは、思わなかったのです」
ところが、と皮肉げに唇を歪め、ケイトは首を振った。
「――ここで……深夜こっそりと、ボッジ村に死体を捨てに行った『友人達』は、思わぬ光景を目にします。
――そう、ボッジ村は壊滅どころか、傷一つ付けられずに存在していたのです」
当然だな、とハウルグが頷き言った。
「――村が魔王軍に偶々見落とされていたのかと、『友人達』は焦りました。何事もない村の中に、死体を転がす。――明らかにそれは不審な光景です。
――では死体を埋めて、村人全体がどこかに逃げたという事にする?
――いいえ、それも確実ではありません。空っぽになった村に魔王軍が不審を覚えたら? 自分達の『戦利品』となるはずの村人達を探し始めたら? その過程でもし自分達のした事がばれれば、『友人達』は身の破滅です。人を騙して奴隷商人に売る。それは売った者達も買った奴隷商人達も、大変重い罪に問われる違法行為なのですから」
「……ならば……ならばその者達は……どうしたのだ?!」
ドン、という大きな音が響いた。
音に注目する聴衆の目に、ケイトが取り出した、大きな獣のものらしい前足が飛び込んで来る。
人の数倍はありそうな獣の前足には鋭い爪が生え、まるで一本一本が巨大な刃のようだ。
「――『友人達』は、破れかぶれともいえる、奇策を思いつきました。
――襲撃が無かったのならば、あった事にしてしまえばいい、とね」
ケイトは獣の前足を両手で掲げながら、高らかに断言する。
「――この村が襲われなかったのは、きっと偶然だ。
――魔王軍は、きっとあちこちで村を襲っているに違いない。
――ならば、その被害にボッジ村も混ぜてしまえばいい。
――魔王軍が襲撃略奪行為をしなかったなどと考えもしなかった『友人達』は、その考えに縋るように偽装工作を試みました。
――『友人達は』村を傷つけ家を倒壊させ、そしてこのような『獣の前足の剥製』を用意し、村中に傷をつけました。
――この辺りには数少なくても、街道沿いには多くの魔獣が生息しています。猟師がいれば、その獣の爪や皮がこのように用意できていてもおかしくはありません。……いいえ、むしろこのような『偽フェンリルの手形』が用意できたからこそ、そんな事をしたのかもしれません。
――とにかく彼らは、自分達の罪を隠すために、いつ魔王軍が来るともしれない占領地の村で、一晩中偽装工作をしたのです。
――この村は魔物に襲われたのだと、周囲に思わせるために」
ケイトが手にした獣の前足を凝視し、聴衆は語られる異様な話を聞く。
「ですが『友人達』は、ここでまたミスを犯します。
――彼らはフェンリルを恐れてはいましたが、その身長や力の事までは、よく判っていなかったのです。
――だから彼らは、さほど考える事無く、彼らの身長から彼らの力で、繰り出した偽手形で傷をつけてしまった。
――その結果、実際のフェンリルが付けた傷としては、あまりにも奇妙な傷跡が、ボッジ村には残ってしまったのです。
――それが、村中の壁板に残された、爪跡の違和感の正体です」
中庭で粉々になっている壁板の列を、誰かが見た。
そこで証明された事を、聴衆の誰もが忘れてはいない。
「……そして……夜が明けます」
「偽装工作を終えた『友人達』は、長居は無用のボッジ村から出て行きました。
……ですが一人だけ、村に残っていたのです」
ひくり、と話を聞いていたロンの肩が揺れた。
「弔うためではなかったでしょう。おそらく金目の物を更に漁るか、逃げてない家畜を奪うか……いずれ非道な事をしようとしていた者は、ですがその悪行を危うく、目撃されそうになります」
「け――ケイトさん――そ――それって――」
怯えたロンの声にも、ケイトは躊躇しない。
「――そう、妹を連れてボッジ村の村人ロンが、村に帰ってきたからです」
弾かれたように顔を上げた魔物達が、ある座席に注目する。
「――ロンに見つかりそうになった『彼』は、とっさに自分も今来たのだと善良な仮面を被り、ロンに近寄って捕らえようとしました。
――ですがロンは恐怖と、本能的な危機感を覚えたのでしょう。妹を連れ、全力でその場から逃げ出しました。
――そして偽装工作を終え、疲れ切っていた『彼』には……それを追う事ができず、ロン達は無事逃げおおせる事ができたのです」
ケイトも――ある座席に注目し、続ける。
「……さて皆様、それではここで、先程言わなかった、ボッジ村の村人達が思いついた、『安全な場所』について解答いたしましょう」
その座席に座っている人物は、ケイトの言葉に震えている。
「――それは、『国の外にある隣村』です」
「――っ!!」
その解答に、エアノールは衝撃を受ける。
「……国境沿いに位置していたボッジ村は、領地的には他国の、隣村と付き合いがありました。……そして戦争に不参加の国を攻める事は、魔王軍でもしないかもしれないと、村人達は考えたのです。……間違ってはいませんよね。そんな事をしたら、戦争不参加の国々からの信用を失い、敵国を一気に増やす事になりかねませんもの」
「……その通りだ。……カトラ王国、そしてギスモー王国、リリエッド砦に隣接するこの二国が魔王軍の敵に回らず中立だったからこそ、我らは短期決戦を挑む事ができた。……下手な事をしてこの二国が敵になる事だけはしては、絶対にしてはならなかった。……その領土を攻めるなど、論外だ」
そう応えたエアノールも、ある座席を睨み、唇を噛む。
「……だがそれを……人族ごときの犯罪に利用されるとは!!」
エアノールの視線の先で、ひぃっ、という小さな悲鳴が漏れる。
その様子を見下ろしながら、ケイトは無慈悲に続ける。
「……ボッジ村襲撃などという事件はありませんでした。あったのは、ボッジ村の村民達への裏切りと殺害――そして人身売買事件のみ」
そしてケイトは、今や大会議室中から注目されている、とある座席で震えている人物を指さし、そして言う。
「――犯人は、貴方々ですね。――『ギスモー王国領』のエベン村村人、イゴル」
事件当日の朝、村に帰ってきたロンと会っていたエベン村の老人は、大きく身体を震わせ、そして憎々しげにケイトを睨み付けた。
カンカ「じゃあ、今度はこの花冠を……あー!! 遅い!! 遅いであるぞ!!」
???「遅いって……俺すげー急いで来たんだぞバカラス」
ガンバ「ヒヒ~ン♪」




