39 検証が始まったが何かがおかしい③
それから中庭に建てられた元家屋廃材は、様々なアレンジを加えた状態で、フェンリル状態のディーグに破壊された。
「――では、次はこれです!」
【グォオゥ!!】
防御魔法の効果を強化し、添え木を加え、五、六枚枚に重ねてドワーフ達に補強させた廃材であっても、ディーグは苦も無くそれを爪で引き裂く。
フェンリル部隊の中で最も非力のはずの若兵の力は、『ボッジ村の壁板に爪跡が残っているという異常』を、聴衆達に印象付けるには充分だった。
「――以上です。ディーグ二等兵殿、ご協力ありがとうございました。……戦闘状態を解いて下さい」
【はいっ!!】
やがて全ての廃材が粉々になり、中庭での検証は終わる。
「……ではディーグ二等兵、枷を付け直します。大人しくしてください」
「っ……はい、アンダナス副官殿」
人間に近い少年の姿に戻ったディーグは一瞬辛そうな表情になったが、変身で乱れた私服を直すと、大人しくアンダナスに手足の枷を付け直された。
「……ディーグ二等兵殿」
「……?」
そんな少年の傍らに立つと、ケイトはそっと言葉をかける。
「大丈夫、もう少しの辛抱ですよ。……貴方の縛めは、必ず解かれます」
「あ……はい!!」
ケイトの揺るぎない言葉に力付けられたディーグは、嬉しそうに頷くと席へと戻っていった。
「……あぁ、スレてない若い男の子ってやっぱり可愛い……」
「……え?」
「いえ、なんでもありませんよアンダナス様。――さて、続く検証に移りましょうか」
「今若い子がどうこうと……」
「気のせいでしょう」
そして呟きを聞き取り、微妙な顔をしているアンダナスに余裕で返し、ケイトは再び会議室の壇上へとあがった。
その様子に忌々しげにだが、最前列のエアノールは注目する。
「次は何を出す気だ?」
「はい、次はエアノール様。『ボッジ村に残っていたもの』に対する違和感の検証です。……まずはボッジ村に調査にいらした魔王軍の兵士殿に、御礼とお詫び申し上げます」
「……どういう意味だ?」
不審なエアノールの視線を気にする事無く、ケイトは一度壇を降りると、深々と頭を下げた。
「お墓の形式と聞き取り調査で判りましたが、村人の遺体を弔って下さったのは、調査に来た魔王軍の兵士殿達ですね? そしてそれは、エアノール様のご指示だったとか」
「ふん、遺体は放置しておけば疫病の発生やアンデット化の危険がある。多量に残っていたら、埋めろと言っただけだ」
「そのご配慮に感謝致します。どのような経緯であったにしろ、野ざらしになっていたボッジ村の方々は、お墓に入る事が出来て喜んだはずです」
「死んだ人族など知った事か」
皮肉ではないケイトの礼に、エアノールは面白くない顔で舌打ちした。
涼しい顔で頷き、ケイトは壇上に戻る。
「ですが今回の調査では、そのご配慮を無碍にしてしまいました。どうかお許し下さいエアノール様」
「だからそれは、どういう意味だ?」
「――私が、墓を暴きました」
「――っ」
ケイトは壇の下に用意してあった白い布包みを開き、頭蓋骨の一部と思われる人骨を取り出して台の上に置いた。
朽ちたのか野の獣に食い荒らされたのか、大きくひび割れあちこちが欠けた小さな骨に、周囲は小さくざわめく。
「そして掘り出した骨によって、私はまた違和感を発見したのです」
「……そんな骨の欠片で、何が判ったというのだ?」
「――まずは埋葬された骨が、ボッジ村住民の数に対して、異常に少なかった事です」
「……少ない?」
「……リリエの町役場に保管されていた人別表によると、ボッジ村には、老若男女合わせて七十名以上の村民が住んでおりました。……ですが墓に弔われていた頭蓋骨は……二十名にも満たなかったのです」
「……」
またエアノールの周囲が、小さくざわめいた。
エアノールは少し考え、そして答える。
「獣か魔獣に喰われ、巣穴に持ち去られたのだろう。……そうでなければ、アンデット化して辺りを彷徨っているのか? ……そんな報告は無かったが、だとすると対応を取らなくてはならん……」
「念のため村の周辺調査を行いましたが、アンデット特有である死体から発せられる魔力は、一切検出されませんでした。幸いと言ってはなんですが、死人人形になった村人はいらっしゃらなかったようです」
「ならばやはり獣だろう?」
「……そうですね、お骨から新たに発見した違和感さえなければ、私もその答えを否定できませんでした」
「違うというのか? ……ならばその、骨から発見した違和感とはなんだ?」
「……」
ケイトは皆を目の前の人骨に注目させるように沈黙してから、言葉を続ける。
「――エアノール様、私の専攻は、『古代グランツィア文明』の『豊穣の麦』です」
「……突然何を言い出すんだケイト殿? ……豊穣の麦といえば、年六回栽培できたとかいう、古代文明の楽園神話にある想像上のアレか?」
「はい。私としては空想の産物でなく、実在説を押しておりますがそれはとにかく。――つまり何が言いたいのかと言うと、私はそういった仕事柄、植物の検査試薬を持ち歩いているのです」
「……植物の、検査試薬?」
「はい」
不審な表情で聞き返すエアノールに、ケイトは頷き言う。
「もちろん研究所ほど多量に保管できるわけもなく、持ち歩いているのは極一般的なものを数点だけですが」
「それで?」
「エアノール様――私はこれを使い、運良く反応した試薬の一つから、掘り起こした人骨全てが死亡直前に摂取した、植物を割り出しました」
「――植物を……摂取だと?」
エアノールは眉をひそめ、ケイトの言葉の意味を考えるように、周囲はざわめいた。
「……つまり死人が……死ぬ直前に食べた植物を探し出した、と?」
「はい」
「くだらん。それが麦でも野草でも、何を食べようとそいつの勝手だ」
「――反応した植物が、『馬が酔う木』であってもですか?」
エアノールの表情が一瞬強張った。
「……『馬が酔う木』? ……馬酔木――まさかアセビか?!」
エアノールの発言に、聴衆達のざわめきが大きくなった。ケイトは頷く。
「その通りでございますエアノール様。――アセビ、やや乾燥した山地に自生する常緑樹。全長はだいたい2m前後。……古代の植物分布図でもよく見られる植物で、珍しくもないものですね。リリエ周辺の森にも、沢山生えてました」
ざわめきにそうだ、という声が混じった。頷く聴衆と強張ったままのエアノールを確かめながら、ケイトは続ける。
「そして多少山歩きの経験と野草の知識があれば、アセビがどういうものかはご理解いただけると思います。……ロン、君は判るかな?」
「え――あっ、はいっ、わ、かるよ、じゃなくて、判ります!」
突然問いかけられたロンは、驚きながらも席から立ち、答える。
「父さんから、絶対食べちゃいけない木だって習いました! アセビは農薬の材料にされるくらいの猛毒で、誤って食べると痺れたり、酷い時には死んじゃったりするんだって!!」
ロンの答えに、聴衆から賛同の声が上がっる。
「その通り。――『馬が酔う木』ことアセビは農薬、毒薬、痺れ薬などの材料になる毒草であり、またそれは良く知られている常識です。――エアノール様、そこの子供でさえ食べるなと教わっている植物を、襲撃によって殺されたはずの死人は、何故口にしたのでしょうね?」
「……じ、自決?」
「全員がですか? 身を穢されず逝くための毒を常備する姫君でもない、単なる村人達が、自決用の毒薬を全員で用意して、一斉に服用?」
「……」
そんな事知るか。こんなおかしな状況、どうなっているのか私が聞きたい。
エアノールの困惑した視線は、明らかにそうケイトに訴えかけていた。
その視線にあくまで冷静な表情で返したケイトは、人骨をそっと白い布で包み直すと聴衆に向けて言う。
「掘り出した人骨は全て保管しており、証拠とした検査試薬の詳細も、全て報告書に記載しております。必要ならばいくらでもお改め下さい。――皆様、私はこの遺体から検出された毒物も、この事件における違和感の一つとして検証しました」
「お――おいっ、ケイトっ」
とうとうざわめく聴衆達の中から、思わずなのか、通りの良い大きな声が響いた。ハウルグだ。
「お前の話を聞いていると、どんどん事件がワケが判らないモンになっていっていく気がするぜっ。こいつは、これからどんだけ複雑になるんだっ?」
ハウルグ同様、聴衆は事件に興味を抱く反面、理解できないほど難しい真相に行き着くのではないかと、心配しているようだった。
だがケイトは、あっさりと答える。
「複雑に見えているだけ、なんですよハウルグ様」
「本当かよ?!」
「ええ。そして謎が解けてしまえば、事件は複雑でもなんでもない、誰でも理解できる一光景となります。――例えば、この組木のように」
そう言いケイトは、今度は壇の下から一枚の木箱を取り出した。
木箱は表面が六面に分かれており、それぞれに素朴な木彫りで一文字が書かれている。
「……『レジーナ』?」
「正解です」
「人族の文字くらい読める」
木箱に彫られている文字を何気なく続けて読んだエアノールは、ケイトの言葉に馬鹿にされたのかと眉根を寄せた。
それを否定するように軽く首を振ったケイトは、木箱を掲げ言う。
「おっしゃる通り、これはレジーナと読みます。レジーナとはこの組木箱を作ったボッジ村人、ポールの妻の名前で、木箱の表面にある六面のパネルを操作してこの名前を作ると、組木箱が開く仕掛けになっているのです」
ケイトは一度パネルの文字をバラバラに操作して開かない事を皆に見せた後で、もう一度文字をレジーナと読めるよう戻して、箱の蓋を開けて見せた。
プロ意識を刺激されたのか、子供だましじゃな、というドワーフ達の声が聞こえ、エアノールの機嫌はますます悪くなる。
「……それで、その箱がなんなのだケイト殿?」
「これは証言者ロンからの情報によると、ボッジ村人ポールの『へそくり箱』です。ポールは行商で稼いだ金を、少しずつ奥さんに内緒でここに貯めていたのですね」
「っ! そんな事は聞いてない。それが事件とどういう関係があるのか、私は聞いているのだ!」
「……この箱は、ボッジ村に残っていた物なんです」
苛立つエアノールに、ケイトは言い聞かせるように答える。
「っ……村に」
「倒壊しかけた家の、いつもの隠し場所。食器棚の裏に置かれていたこれは、空っぽになっていたそうです」
「……それはそうだろう」
エアノールは、胸の奥に多少苦い物を覚える。
「ほう、それは何故ですかエアノール?」
「な、何故って……そりゃあ、村が略奪されたなら金だって奪われるだろう!!」
「……おかしくないですか?」
「……ん?」
だがケイトに指摘され、エアノールはすぐに、自分の言葉の違和感に気付く。
「……略奪犯は……金を奪った箱を、また元の場所に戻したのか?」
「そういう事になってしまうんですよね。おっしゃる通りだと、襲撃犯はずいぶんと几帳面だったんでしょうかエアノール様?」
「五月蠅い!! 妙な事は私だって判る!! ――ならばその箱の中の金は、襲撃に遭う前に持ち主が使ってしまったのだ!!」
「ポールがですか?」
「別に妻でも構わんが、とにかく中の金はへそくりだったんだろうっ? ならば偶々入り用だった時に、使ってもおかしくないはずだっ!」
言い返せたと、エアノールはやや満足した。だが。
「……二十数カ所のへそくりが、全てですか?」
「――えっ?!」
ガタガタと音を立てて、台の上に大小様々な入れ物が置かれた。
ポールの組木箱と似たような箱から壺、額縁、中身をくり抜いた鍵付きの本まで。様々なへそくりの隠し場所は、特に損傷される事もなく、きれいなままだ。
「これらは皆村人達のへそくりをしまっていた入れ物です。それぞれみな元の隠し場所で、空っぽになっていました。……全員一斉にへそくりを使う……ありえない話ではありませんが、やはり違和感を覚えませんか?」
「いやちょっと待て、何故ケイト殿はそこまで村人のへそくりに詳しいんだ? 一々捜したのか?」
「証言者ロンが知ってました。子供達の情報網は、侮れませんね」
「……嫌な子供達だな」
なんだよっ、というロンの不満そうな声が聞こえたが、エアノールは無視した。そして跡が残りそうなほど深く眉間に皺を寄せた。
「……そもそも襲撃者――フェンリルならば……そんな木箱など爪の一刺しで壊して、中身を取り出すだろう。暗号など判らないのだから」
「おっしゃる通りだと、私も思いますエアノール様。……壊される事無く元の場所に隠され、ただ中身を失った入れ物達。……私はこれを見た時に、村に残っていた罠を見た時と同じ、違和感を感じました」
「今度は罠か。……確かかなりの数の罠が、村の外に残っていたんだったな」
「はい。正直罠に関しては、襲撃者がフェンリル部隊だったとしても説明は付くのです。彼らは訓練を積んだ歩兵です。罠を避けて目的地に侵入する程度の事は可能だと、ハウルグ様も認めておられました」
「……だが君は、その村に残っていた罠にも、へそくりの貯金箱と同じ違和感を覚えると言うのか?」
「はい」
「そして……今まで出た全ての違和感に、合理的な説明を付ける事ができると?」
「はい。――そして以上で、この事件のあちこちに見られる、違和感の検証は終わりです」
ケイトの言葉に、何かを考えるようにエアノールは黙り込み、聴衆も次の言葉を待つように、ざわめきを押さえて壇上に注目する。
「――以上を踏まえまして、これよりその違和感全てを、事件の真相と共に解明したいと思います!」
やるのか、本当にやれるのか、と、好奇心を露わにした聴衆の声が響いた。
その中で真剣な表情のロンやハウルグ達フェンリル部隊、そしてエアノール達を確かめたケイトと、エアノールの隣で一生懸命ふんぞり返っていたキョウは、秘かに視線を交わし頷き合う。
『……このまま続けますが……あいつは遅いですね姫様』
『……まだ来ない……間に合わないなんて、無いですよねケイトさん』
一見余裕綽々な二人に――実はまだ、待ち人は来ていなかった。
カンカ「お花冠も付けてあげるである~♪」
ガンバ【ヒヒ~ン♪】




