22 街道を進むが何かがおかしい④
―魔狼ガルム 上位個体 属性闇 真名解析不能 年齢219
体力5200
魔力500
攻撃力4000
防御力800
魔法防御力400
回避力2800
物理攻撃 斬△ 殴△ 突△
魔力攻撃 地△ 水△ 風× 火○ 闇吸 聖◎
状態異常 スタン△ 混乱△ 毒△ 魅了△ 恐慌△ 挑発○ 狂化○―
(◎弱点 ○有効 △耐性 ×無効 吸吸収)
『基本ステータス値が雑魚共の4~5倍。特に攻撃力が強いのが危険……弱点はそれなりにあるが、戦闘メンバーが疲れ始めてきている時に、厄介な魔物の来襲だな……やれやれ』
風精から送られてくる解析情報を確認しながら、ケイトは展開している防御魔法【四精の守り】によって消耗させられている精神力の枯渇を感じながらも、杖を構え直し魔法を維持し続けた。
『……それにしても遅い。街道馬車から緊急救援要請用の狼煙が上がってもう随分経つのに……街道の守護兵団の増援はまだか?』
街道馬車から立ち上る赤々と揺らめく狼煙を見上げて、ケイトは内心で舌打ちする。
狼煙は特別製の魔具であり、使用されると同時に特殊な信号を近隣の駅所全てへと発し続けるため、万一狼煙が見えなかったとしても、気付かれない事はないはずだった。
『……私一人の【四精の守り】では、もういくらももたないというのに……一体何をしているんだっ?』
それがまるで無視されているかのような現状に、馬車列一行の生命線を握るケイトは苛立ちを感じずにはいられない。
【四精の守り】は、敵に攻撃される度ケイトの精神力を消耗する。今までの経験から、このままでは近々精神力が完全に枯渇する事を、ケイトは理解している。
『――まさか――魔王女がここにいる事を知って、守護兵団がその暗殺を企んだ連中と手を組んだ――などと言う事はないだろうな?!』
一瞬過ぎった恐ろしい想像に、ケイトは下唇を噛む。
『――いや、それはない。――無いと信じたい。……魔王女の暗殺など、カトラ王国にとって現状百害あって一利無し。敗戦国に今更与しても大損するだけだと、誰が考えたって判るはずだ。……ああでも、誰かの私怨が暴走した結果なら? ……ありえん事ではない。……人の心ほど、理不尽で扱いにくいものはない』
――それでも死ぬ訳にはいかない。
そう口の中で呟いたケイトは、冷徹な目を戦況に向け、思考を続ける。
『――いざとなったら、支援範囲を切るしかない。他の馬車を全て見捨てて私の馬車周辺のみに効果範囲を縮小させれば、ギリギリになってもしばらくは持つはずだ。それでも駄目そうなら……護衛達が戦っている内に、彼らを囮にして、強引に突破する。私のガンバーなら可能だろう。……絶対にやりたくはないがな!!』
非道な最終手段を模索しながらも、それを使わなくてすむよう、ケイトは必死に魔法を維持し、更に回復魔法を発動させて傷付いた護衛達を回復する。
だがその尽力を嘲笑うように、鮮血を滴らせた黒い大狼ガルムは、悠然と馬車に近づいてくる。
『くそ……せめて後一人……回復支援がいてくれたら……――いかんいかん』
その姿に身が震えるような恐怖を感じながらも、ケイトはふいに浮かんだ弱気を慌てて打ち消した。
回復役が務まりそうな人材は、馬車の中にいる。だが護衛対象である貴人を戦力に数えるなど、許される事では無い。
「……あ……あの……ケイトさん……大丈夫ですか?」
「――問題はありません、キョウ姫様。……どのような犠牲を払っても、御身だけは、必ずやお守りします」
「そ……そんな……っ……」
事務的に答えたケイトは、返って来たその貴人の震える声に、ふと苦笑する。
『……それに……こんなに怯えているようでは、そもそも戦場に立つ事などできまいよ。――私達でなんとかするしかないよな! ザイツ!』
そう内心で呼びかけたケイトは、ガルムと真正面から対峙する事になってしまっている、灰色マントの青年へと視線を向けた。
―― 一方その頃のザイツは。
『で――でか!! 怖!! 攻撃力4000とか!! 直撃したら俺粉微塵になってこの世から消滅しそうだよ!!』
【ザイツ!! お前の顔面蒼白である!! 死人のようである!!】
「このままじゃ少し後にそうなるだろうな!! くっそが!!」
眼前に迫るガルムに恐怖しながらも、なんとか思考を止めずにその場に留まっていた。
「っ――しかもあっという間に、ガルムの周囲に魔物共が集まってるじゃねぇか!!」
【ガルムが命じたのであろう。魔獣は基本的に縦社会である。格上には服従し、従うである。特に同系種族の吸血犬辺りなら、完全下僕状態である】
「なるほど――上位個体ってのは伊達じゃねぇか――っ!!」
【ヴヴヴヴヴッ!!!】
ザイツの吐き捨てるような言葉を、ガルムの嘲笑するような唸り声が遮った。
「――くそ?!」
その瞬間、吸血犬を中心とした魔獣達が、三つの集団となってザイツ達前衛達に襲いかかってくる。
「バカラス!!」
【任せるである!! ――【地獄の爆炎】!!】
ランサーとモンクは即迎撃し、カンカネラと共ザイツも魔獣達に立ち向かう。
「――っ!! くそ!!」
だが次の光景には、焦燥で歯を食いしばる事しかできない。
「――足止めって事か!!」
ガルムは前衛に魔獣群を押しつけた形で、馬車へと突進した。
当然ながら、魔獣に集中された前衛達が、動く事はできない。
「きゃああ――っ!!」
ビィイイイ!! と耳障りな音を立てて、ガルムの突進を受けた輝く光の壁――【四精の守り】が、大きく震動した。
「ケイト!!」
「ぐ……っ……頼む……そいつを……」
魔法は破られてはいない。だが思わず悲鳴を上げたケイトの様子から、並々ならぬ精神力を消耗させられた事はザイツにもわかった。
【ガルムを止めねば姫様が危ないである!!】
「判ってる!! ――後衛!! 範囲スキルで雑魚共を!!」
「できない!! 目の前のヤツ殺らないとあたし達が殺される!!」
ザイツの呼びかけに、ランサーの後ろで必死に弓を引くアーチャーの悲鳴が返る。スキルの連発で体力の消耗が激しいのか、その息は荒い。
『この場で一番突破力がありそうなモンクは――駄目だ!! 弱点の聖属性使いってのをガルムに警戒されたのか、一番魔獣共が集中してる!!』
敵に襲われそうになったダークウィザードを守って戦うモンクも、多勢に無勢で苦戦している様子だった。――それが演技でなければ。
「疑ってる余裕はねぇ。とにかく――ガルムをなんとかするぞバカラス!!」
【おう!! できるのであるなザイツ!!】
「…………た、多分。時間を稼げ!!」
【その沈黙はなんであるか?!!】
カンカネラの問いを無視し、ザイツは両手剣を一瞬正面に構えて意識を集中すると、回避に徹して詠唱を開始した。
「――赤髪 緑目 尖り鼻♪ 陽気に騒げや 善き隣人♪ 素早い羽根で 飛び回り♪ ノロマなヤツらを わらってやれ♪――」
独特の節回しと拍子で紡がれるそれが、妖精魔法の詠唱だ。
【うぅ――任せるであるぞ!! 信じるであるぞザイツ!! ――【地獄の爆炎】!! ――【地獄の爆炎】!!】
稚拙な童謡のような詠唱に確かな魔力の集約を感じ取り、カンカネラは攻撃をやめたザイツに群がる魔獣達を全力で排除する。
やがて数節の詠唱を終えたザイツは、ガルムを睨み付けて両手剣をまっすぐに向け、叫ぶ。
「発動位置、ガルム前。――妖精魔法!! 【ピクシーの嘲笑】!!」
【――ガウッ?!!】
すると再び馬車へと襲いかかろうとした、ガルムの眼前が突如輝いた。
【きゃはははっ】
【きゃはははっ】
【きゃはははっ】
【グ――グゥッ?】
ガルムは目の前の光から現れた、羽根が生えた赤毛の少女達のけたたましい笑い声に狼狽え。
【見て見てぇー!! 何あの黒狼ー!! 頭の横っちょがハゲてるー!!】
【きゃはははー!! なにあれだっさーい!!】
【ハゲが許されるのは、子供の時までだよねー!!】
【グ!!!! ――グォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!】
――その少女達――ピクシーの嘲笑と暴言に激怒し、何故か『術者であるザイツ』へと猛然と襲いかかって来た。
マントの隙間からそれを目にしたカンカネラは、恐怖で総毛立つ。
【なななぜぇえええ?!! 目標が馬車からずれたのはいいであるが!! 我が輩達に襲いかかって来たであるぞザイツぅううう?!!】
「……そういう魔法なんだよ」
詠唱し終わった瞬間、魔獣達の隙間を強行突破して逃げ出したザイツは、必死に走りながらカンカネラに答える。
「妖精魔法【ピクシーの嘲笑】……目標対象を挑発し、術者へと向けるってのが効果で……『魔法にかかった対象は、ピクシーの言葉を術者の言葉と思う』わけだ」
【なんであるかそれは?!! 効果はあってもとんでもなく嫌な魔法である!!】
「……更に嫌な事を教えてやろうか」
ガルムと魔物達に追いかけられ、全力で逃げるザイツは死んだような目で更に続ける。
「……最初の目標対象だけは指定できるけどよ……後の効果はランダムなんだ」
【ら……ランダムって……まさか……】
「……『敵味方問わずで、ランダムなんだ』」
【……】
何を言われたのか判らず沈黙したカンカネラの耳に、甲高い笑い声とピクシー達の嘲笑が飛び込んで来た。
【きゃーははは!!! 見て見てぇー!! あのアーチャー娘超腕ふっとーい!!】
【太股もぶっとーい!! 踏ん張るからマジガニ股ー!!】
【ソバカスだらけでお肌ガサガサとかー!! 女として終わってるよねー!!】
「……両手剣士さん――ケンカ売ってんのあんたぁああああああああ!!!」
【いやー!! 見て見てあの黒魔ヅラよー!!】
【きゃーははは!!! 魔法の失敗で髪の毛爆発してヅラとかマヌケー!!!】
【若いのに超ウけるー!! ズレてるし悲壮感ゼロでお笑いよねー!!】
「っ……りょ……両手剣士――貴様それを今言うかぁあああ?!!!」
【あの学者――信じられない!!! 寄せて上げてるわー!!!】
【おっぱいサイズ補整パットよー!! 絶壁を気にしてるのねー!!】
【人間ってちっぱいだもんかわいそー!! きゃははははっはははー!!!】
「っ!! ……ザイツ……いや判っているよ、これが君の妖精魔法だっていうのはね。……でも隠しておきたかった事をここまで大っぴらに暴露してくれたお礼だけは……後でさせてもらおうか……」
【思いっきり味方も怒らせてるであるー?!!】
「だから敵愾心稼ぎ効果は抜群でも絶対に使いたくなかったんだよ畜生ー!!! これで前パーティー組んだ女達から総攻撃喰らったぞー!!!」
絶叫しながら逃げるザイツを追い打ちするように、ピクシー達は敵味方問わず、楽しげにケンカを売りつける。
【――ひ――ひぃいいいいいいなんであるかあれはぁあああああ?!!】
ザイツをよじ登り、その肩越しにザイツの背後を見たカンカネラは――その後ろをガルムと、その場に在ったほぼ全ての魔獣達が、殺気を漲らせて追っているのが見えた。
【こここ殺されるであるぅ!!! 追い付かれた瞬間挽肉にされるであるぅ!!!】
「だから全力で逃げてるんだろうが!! エルフマントのおかげで早く走れてよかったな!!」
【――はっ!! 我輩空飛んで離脱できるである!! 逃げられるである!! 逃げ――ひぃい?!!】
「バカラス……俺達死なばもろともの相棒だよな? 頼むぜ火力♪」
【い……いやぁあああ!! 助けて姫様ぁあああ!!! ここ殺されるぅうううう!!!】
逃げようとしたカンカネラを片手で掴み、とても良い笑顔でそう言うと、ザイツは木の根を蹴り、馬車から少しでも魔物達を離そうと疾走する。
『――裏切り者が――暗殺者があの中にいるかもしれない――でも魔獣達さえ引き付ければ、あそこの皆がきっと乗客達を守ってくれる。――どうか――無事でいてくれ――キョウ姫!!』
木の陰をジグザグに走り魔獣達を翻弄しながら、ザイツは馬車の中にいるキョウの無事を祈るしかなかった。
――その頃、『襲撃者』は歯噛みしていた。
標的は、あくまで魔獣達に殺されなくてはならない。
証拠を残すような真似をすれば、標的の国に見つけ出され、自分が殺される。
それが判っている『襲撃者』は、挑発されて思うように服従させる事ができなくなったガルムに、仕方なく命令を下した。
―― 一刻も早く、追いかけているネズミを始末し、標的を殺せと。
――その同じ頃、馬車に潜り込んだピクシー数匹は、暗闇で蹲る娘をバカにして、挑発していた。
【なによーあんた!! そんなに強いのにメソメソとバッカみたーい!!】
【魔王の娘がだらしなーい!! 濡れたヒヨコみたいにプルプル震えてさー!!】
【ザイツは命懸けで魔獣達をあんたから引き離してるのにー!!】
ピクシー達の罵倒を聞いた娘――キョウは、驚愕に顔を強張らせ、身を起こした。
「……ザイツさん……!!」
ケイト『1カップアップくらい……自然だと思ったのに』
キョウ「あ、あのーでも……大きいと、びっくりするくらい肩凝りますよっ?(たゆんたゆん)」
ケイト「(イラッ」




