21 街道を進むが何かがおかしい③
―こわい―
―窓を全部閉じた暗い馬車が、すごいスピードでガタガタゆれる―
―その馬車に追い付いてくる魔物の群が、大きく吠えて地響きをたてる―
―本当に……戦いが始まるんだ―
―……こわいよ……―
―人間の世界を旅できるって知った時は……うれしかった―
―人間達には恨まれているから気を付けろって言った、魔王さんの言葉を気にしなかったわけじゃない―
―でもあちこち旅したら……帰る方法がみつかるかもしれないと思ったし―
―……やっぱり……人間に会いたかった。……会って話したかった―
―……だけど……こんなことになるなんて……はっきり実感して無かった―
―わたし一人を殺すために、わたしの周りの人達ごと巻き込むとか―
―わたしを守るために、命懸けで戦わなきゃいけない人達がいるとか―
―……だってそんなの……やっぱり信じたくなかったよ―
―そんな事……新聞やテレビで見るような、偉い人とかお金持ちじゃなきゃ……ありえないじゃない―
―……『彼女』はお姫様だから……当たり前なんだろうけど―
―……カンカネラさん―
―口は時々悪いけど……本当はとても優しくて、わたしが泣いていたらいつも慰めてくれた、……わたしの大事な、この世界でできた最初の友達―
―……ケイトさん―
―知り合ったばかりだけど、子馬のガンバーちゃんと一緒に同行してくれた事がすごく嬉しい、しっかりとしていて頼りになる、大人の女の人―
―……それから……ザイツさん―
―最初に見た時……思わず感動で涙が出そうになった―
―バスや電車に乗っていても全然違和感が無いだろう……普通の、本当に普通の、黒い目と髪の、懐かしい顔をしたお兄さん―
―ぶすっとした顔だけど、色々教えてくれる言葉は親切だった―
―退いた方が楽できるのに、守ってくれた―
―……面倒見のいい……きっと優しい人―
―……みんなが……わたしのせいで死んでしまうなんて……絶対に嫌だ―
―……でも……やっぱり怖い……―
―……怪我したくない―
―……死にたくない―
―……魔物達が迫って来てるんだって思うたび―
―……身体中が震える―
―……足に力が入らない―
―…………わたしはどうして……こんなに足手まといなんだろう……―
―……『彼女』なら……ザイツさんの力になってくれたのかな……―
―……怖いよ……―
―……助けて……お父さん……お母さん……―
―……助けて……魔王女様……貴女は今……どこにいるの……?―
―夕刻―
先頭の街道馬車が走り込み一団が続いた先は、切り立った崖の真下に面した小さな空き地だった。
崖のために挟撃の心配は少なく、また背の高い草や倒木、岩などでそこそこの遮蔽物がある空き地は、少人数で敵を迎え撃つには悪くない場所だった。
「――我真名と古の契約に基づき汝らに命ず。万物の根源たる四素の大精、シルフ!! サラマンダー!! ウンディーネ!! ノーム!! 汝ら元素の力を奮いて破壊より命在る者達を守護し、破壊の担い手達を退けよ。――精霊魔法!! 【四精の守り】!!」
崖にへばりつくように停止した馬車へと雪崩れ込んできた魔物群の先頭集団は、だが突如馬車の周辺に出現した輝く壁によって吹き飛ばされ、追い付いてきた群の中へと叩き返された。
「ぼ、防御魔法っ」
「す……すごい!! 馬車全部守っちゃった!!」
「君達!! 【精霊の守り】は範囲内を接敵と物理攻撃から守るが、魔力消費量は膨大で、私では救援信号で駆けつけて来てくれるはずの騎士達が到着するまではもたん!! できるなら撃退してくれ!!」
停止した馬車の御者台で杖を構えるケイトは、馬車から飛び出して来た護衛達にそう叫んで、意識を集中する。
知性の低い魔獣達はそれでも術者を察し、強引に光の壁を破ろうとケイトの馬車めがけて突進する。
【――?!!】
だがその正に眼前に、突風が吹き抜けるような衝撃と共に、突如何者かが飛び込んできた。
その灰色のマントをなびかせた黒髪の男は、手にした両手剣を最も接近していた谷トカゲへと振り下ろし、体術を宣誓する。
「【連続斬り】!!」」
【暗黒魔法!! 【地獄の爆炎】!!】
両手剣スキルと共に発動した暗黒魔法によって、男の周囲に在った魔物群はまとめて吹き飛ばされ、消し炭となって息絶えた。
「――な?!! なんだあの両手剣士!! 一瞬であそこまで『飛んだ』ぞ?!! なんという跳躍力だ?!!」
「しかも体術と共に魔法発動だと?!! そんな事ができるのか?!!」
「な、何者なんだ?!! 人間か?!!」
敵陣に単身突っ込んだ胆力と鮮やかな先制攻撃に、共闘の護衛達は度肝を抜かれる。
「……」
その灰色のマントをなびかせた男――ザイツは。
『なななななんだなんだ今のはぁああああ?!!! すごい飛んだすごい飛んだ飛んだらいきなり敵前だったありえないだろ今の一歩はぁああああああ?!!!!』
あまり変わらない無表情の下で、共闘者達など比べものにならないほど驚愕し、内心で絶叫していた。
【ははは!! いきなり単身敵陣突撃とは中々ヤルであるな!! 見直したぞザイツ!!】
「そんなわけあるか!! 一歩踏み込んだらいきなり飛んだんだよ!! 比喩とか冗談じゃなく本気で俺今空飛んだんじゃねぇか?!!」
【はぁ? そのくらい、お前の身に付けておるエルフの織布マントならば、余裕であるぞ。装備している者の戦意でエルフの織布は『目覚め』、力を貸すであるからなっ】
「そういう事は早く言えバカラス!! いきなり敵のど真んとかどんな自殺志願者だよ俺は!! ――くそぉ!!」
【はっはっは!! せめて勇者と言わぬか!! ――どんどん喰らえ慮外者共!!! 【地獄の爆炎】!! 【地獄の爆炎】!!】
襲いかかって来た吸血犬を切り払ったザイツの『腹に付けられた皮袋の中で』、魔烏カンカネラは次々と魔法を詠唱し、襲いかかって来る魔物群を焼き尽くす。
ザイツが体術と共に暗黒魔法を放ったように見えたのは、勿論この腹に巻き付けられ、マントの中に隠されたカンカネラの仕事だ。
先日のジルベルトとの戦いでとったこの『共闘体勢』が有効であったため、ザイツとカンカネラはその後も協力する事にしたのだった。
【我輩は火力はあるが防御力が無い!! ザイツは回避や防御には長けているが、ここ一発の火力に乏しい!! ならばこの共闘態勢は、お互いの欠点を補い合い敵に挑む事ができる、有効な戦術である!!】
「そりゃそうなんだけどな――あんまりバカスカ魔法撃ちまくるな!! 魔物共からものすげぇ敵愾心稼いでいるじゃねぇか!!」
【敵を引き付けるのは前衛の仕事ではないかっ ――【業火の矢】!!】】
「程度があらぁ!! 重装備の肉盾と一緒にするんじゃねぇ!! 回避盾は数で押されると圧死するんだよ!! ――【斬り払い】!!」」
言い合いながらもザイツとカンカネラは、それぞれの戦技を駆使して敵を屠った。更に襲いかかって来る大群を、マントの守護によって得たスピードで引っ張り回しながら攪乱する。
ぱっと見では一人と一匹には思えないほど、その息は合ってきている。
「よし――あたしも!! ――くらえ!! 【壁矢】!!」
「魔法剣士なんかに負けてられるかっ。――【恐怖の竜巻】!!」
そのザイツを援護するように、護衛達から体術と魔法が放たれ、魔物群に直撃した。
魔力の竜巻と、壁を作るように降ってきた体術の矢群の衝撃によって魔物達は倒され、死ななかった者達も馬車近くから後方へと弾き飛ばされる。
「――おっ、俺を巻き込まない、良いノックバックだ」
【ふふん、人間の魔法などまだまだではあるがな。――しかしあの弓使いの娘が放った技は、エルフ族と似ているであるな】
「弓体術はエルフの技を、人族が研究して編み出されたものも多い」
【ふん、気に入らんが、広範囲の弓技は中々心強いっ】
カンカネラの言う通り、体術によって無数の矢を一気に放って敵を跳ね飛ばす弓技は、広範囲の敵に効果があり頼りになった。
【魔法が効かない敵もいるし、今後機会があったら、追加で物理火力を雇うのも良いであるな!! ――【地獄の爆炎】!! ……ふう、ちょっと魔力切れである。小休止である】
「それは同感だが、弓使いは護衛としてどうだろうな? 確かに強ぇが、多量の矢を持つせいで軽装しか出来ないし、盾も無いから敵に囲まれるとものすごく脆いぜ」
【むぅ、ならばあの槍使いはどうであるか?】
ザイツは弓使い達を守り、馬上で敵の攻撃を盾で受け止めながら槍で応戦している護衛に一瞬視線をやり、答える。
「あれこそ重装の肉盾だ。盾持ち前提で、敵愾心稼ぎつつ後衛を守るのが仕事。馬で突撃もできるし攻撃力が無い事も無いが、純火力としてはアーチャーやモンク、それにサムライ辺りに二、三歩は譲るな」
【サムライ――ああ、東刀使いであるか。強いであるか?】
「強ぇよ」
後方からの魔法で焼かれ倒れ込んできた吸血犬を蹴っ飛ばしながら、ザイツはカンカネラに返す。
「東刀ってのは扱いが難しいが使いこなせるなら、その体術は、火力、攻撃範囲、繋げ易さ、全てにおいてトップクラスだ。達人クラスになると、ドワーフ製の鎧兜盾ごとぶった切ったりするらしいぜ」
【おおっ、凄いであるなっ】
「――体力が持てばな」
【えっ】
「体術は体力を使って発動させるが、サムライはその体力消費量もトップクラスでな。かなり燃費が悪いのが弱点なんだ」
【ふーむ、魔法だろうと体術だろうと、強い技が必要とするものは大きいという事であるか】
「そういう事だな。雇うなら、その辺の管理ができてるかの見極めはしとけ」
【むむむ……ならばザイツ、物理火力の護衛職業として考えるなら、お前は何を推す?】
「そりゃ俺なら――」
ザイツは背後を突き抜けるように巻き起こった風圧に視線を走らせ、両手剣を振るいながら、感心したように言葉を続けた。
「――修拳士かな」
その瞬間肉食獣のように鋭く跳躍した丈の長い胴衣姿の男は、轟音をたてて自分の倍はある暴牛の脳天を跳び蹴りで撃ち抜き、その巨体を地面に沈めた。
「主よ、我が拳に御加護を――【聖なる連撃】!!」
更に体術を宣誓した男の拳に装備された鉄製の爪が、淡く白い光を放ち、常人には捉えきれない程の速さで魔物達を次々撃ち倒してゆく。
【ほぉお……聖属性攻撃かっ】
「体術習得に必要な高い身体能力と体力を、肉体鍛錬によって身に付けた『修行僧』。通常攻撃だけで強いから、とにかく安定してるのが強みだ」
一撃毎に敵の屍を吹き飛ばす、その無駄なく苛烈な拳にはザイツも感嘆する。
拳の速度を一定期間飛躍的に上げ、武器に聖属性を付与する聖なる連撃を使い戦うモンクが並々ならぬ強者である事は、少し身のこなしを見ただけのザイツでもすぐに判った。
「――両手剣士殿!! 灰熊への連携を頼めるか?!!」
「お、おう!! 体勢崩しは任せろモンクのじーさん!! 繋いでくれ!!」
一人が敵のガードを崩し、もう一人が無防備になった敵に火力の高い体術を叩き込む物理火力同士の『連携』は、うまくタイミングが合えば、別々に攻撃する以上のダメージが狙える。
「グラつけデカブツ!! ――【骨砕き】!! 」
「――悪しき者よ、疾く逝け――【天罰の爪撃】!!」
膝の関節を打ち砕く横薙ぎの両手剣攻撃で、ザイツは一瞬魔獣の体勢を崩し。
その隙へと抉り込むように、モンクの強烈な体術攻撃が、輝く無数の連撃となって、魔獣の腹部を貫き大穴を開けた。
『つ――強ぇ!! 属性乗ってるにしてもなんて力だ!!』
「――唯一神が裁きを受けよ」
巨大な体躯に相応しい体力と生命力を誇っていたはずの灰熊は、モンクの爪にその全てを刈り尽くされたかのように絶命し、モンクに覆い被さってきた。
それを難無く避け、ザイツの横に立ったモンクは言葉を投げる。
「感謝する」
「あ――うん。こっちこそ」
張りのある声と鍛え上げられた体躯の動きから若く見えていたが、間近で見たモンクは、整った穏和な容貌の目尻や口元に皺が目立つ、壮年をやや越えた年頃の男だった。
『……髪も銀髪じゃなくて、白髪かな』
街道馬車ではなく、ザイツ達と同じ街道馬車について来た馬車の護衛として一団に同行していたこのモンクを、ザイツは道中の休憩場所である駅で、何度か見かけていた。
裕福な商家の子息子女といった身なりの小さな子供達――良く似た金髪の少年と少女に笑顔で対応する老モンクの姿を、ザイツは執事か、でなければ子供達の家庭教師か何かだと思った。
だがそんな穏やかな印象が見せかけであった事は、この戦闘で充分に知れた。
『……あの年齢までこの動きかよ。……それによく見れば、胴衣にきちんと神殿の紋も入っているし……この爺さんモンク、とてもただの雇われ護衛や冒険者には見えねぇ……』
ふと嫌な緊張を感じ、ザイツはさりげなく老モンクから距離を取る。
『っ……まさか……』
―― 決して一枚岩ではなく、それゆえに信仰の総本山だったはずのゼルモア神聖教国が滅亡の危機に瀕していようと、問題無く存続している各国の神殿や僧院だが――それでも彼らは、魔物を怨敵と定める唯一神ゼーレを奉ずる信仰の徒である。
『この爺さんがもしゼルモア神聖教国の坊主だったら……姫を狙う暗殺者って事はあるか? ……いやでも、だったらここで応戦しているのは変だし……でもこの混乱に乗じて……とかいう可能性も……』
【ザイツ危ないである!!】
「――ちっ!!」
ザイツから離れて再び通常攻撃で敵を打ち払っている老モンクの後ろ姿に注目しながら考えていたザイツは、左右ほぼ同時に放たれた、谷トカゲの鋭い毒棘で覆われた尾での攻撃に対応するのが遅れた。
『回避間に合わない――当たる!!』
ダメージを覚悟したザイツは、カンカネラがいる腹部を庇いながら、落とさないよう両手剣を握り込む。
【――【疾風迅雷】――にゃあ】
だがザイツへと叩き付けられるはずだった谷トカゲ二匹は、突然ザイツの周囲に巻き起こった疾風によって、ズタズタに切り裂かれた。
『――なんだ今の?!』
激痛に咆吼をあげながら絶命するトカゲ達を飛び越えながら、ザイツは驚く。
【おお!! あんな技も使えるのであるかザイツっ】
「俺じゃねーよっ!! ――距離があるモンクでもないよな? ――というより、今のは魔獣が使う、固有体術じゃなかったか?」
【ふむ? 同士討ちか何かであるかな? ラッキーであるなっ】
「うーん?」
悩みながらも今度は油断せず、ザイツは両手剣を振るい続けた。
「……にうー♪」
そんなザイツを馬車の屋根から見下ろす黒猫は、機嫌良く鳴いて屋根に寝そべった。
『と、とにかく――敵は多いが予想以上に共闘相手達が強くて、なんとかなってるな』
前衛のザイツ、修拳士、槍使いは、敵を足止めして数を減らし、
後衛の暗黒魔道師と弓使いは、前衛が止めた敵群を背後から強力な技で殲滅し、
支援のケイトは、精霊魔法で共闘者と馬車を守り、その合間に神聖魔法で傷付いた味方を回復する。
多勢に無勢だが、即席の共闘にしては護衛達それぞれが上手く立ち回っている事もあり、魔物達が一斉に大群で襲いかかってきても、なんとか対応する事ができていた。
『……防御と回復がケイト一人は大変だろうが、この調子なら、巡回騎士達の増援が来るまで大丈夫なんじゃないか?』
できればそうあって欲しい、と願いながら、ザイツは共闘者達と共に魔物の大群と戦う。
――その奮戦する護衛達に『襲撃者』は秘かに舌打ちし、出し惜しみしている場合では無いとその場の状況を察した。
『――……――出ろ。――標的が隠れている馬車を守る、忌々しい護衛共を粉砕しろ』
『襲撃者』は口の中で秘かに服従の魔法を詠唱し、隷属させた者の中でも最高の強者を、馬車へと進撃させる。
「――っ!!」
悠然と馬車に向かって進むその堂々とした姿に、護衛達は緊張で顔を強張らせ、群の魔物達は恐れ戦き道を開ける。
永遠に乾く事無く滴り落ちる鮮血で汚れた漆黒の体毛に、白刃で作られたかのような鋭い牙、そして四つの真紅に輝く目を持つ、馬車を見下ろす程に巨大な狼の獣。
「――魔狼ガルム――上位個体だ!!」
青ざめて叫んだランサーの声に激戦を予感しながら、ザイツは歯を食いしばり両手剣を握った。
パーティ戦。
ザイツ「あ、ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 一歩踏み込んだら、
敵のど真ん中にいた。 な… 何を言っているのか わからねーと
思うが おれも 何をされたのか わからなかった…」
カンカ【何をブツブツ言っているのであるかザイツ?】




