20 街道を進むが何かがおかしい②
―山間部―
「――うわっ?!」
御者台に座るザイツの視界が一瞬大きく『ブレて』、奇妙な映像が入り込んできたのは、街道馬車一行が深い山間部の細道を慎重に進んでいる、丁度その時だった。
「っと、これは――ケイト」
「ああ……私の精霊魔法、風素探索が敵意に反応したんだ。気を付けろ」
「て……敵意ですかっ?」
【姫様!! このカンカネラがお守りするであります!!】
ケイトの言葉に、馬車の座席に座っているキョウと、その膝に乗っているカンカネラの声も緊張する。
「これが探索か……ちょっと見辛いな」
そのキョウを隠すように馬車の前方窓のカーテンを閉じながら、ザイツは目と実際の視界との間に張られた、半透明な幕のようなものの上に描かれた地図で蠢く、青、赤、黄の光に注目する。
「こういった支援魔法は初めてかザイツ?」
「ああ。だからこういう、視界に入り込んでくるような感覚は慣れない。……このままじゃ邪魔になりそうなんだが、これってどうにかできるのかケイト?」
「え? 受け取った者が意識することで、風素探索の送信映像は、ずらしたり、縮小したり、薄くしたりする事ができるよ。適当に調整して、邪魔にならないようにしておけばいい」
「判った。……こうか?」
ケイトに言われた通りザイツが映像に集中し意識を送ると、映像はザイツの思った通りに縮小し、邪魔にならない程度の大きさの窓となって、視界左上付近に浮かび上がった。
「なるほど……小窓が目の端に浮かんでいるような感じになるんだな」
「できたかい? 一度調整してしまえば、再度映像が送られて来たときもその大きさになるから心配はいらないよ。……よし、共闘の者達にも、ちゃんと映像は届いているようだな」
見れば、前方を走る街道馬車の後部座席に座っていた馬車の護衛達も、目頭を押さえたり首を振ったりして、やや慌てている様子だった。
あちらは窓を調整できているのかと思いつつも、ザイツは自分の窓に浮かぶ映像に注目する。
「ええと……確かこの並んで移動している青い光が俺達、あちこちに散らばっている黄色い光が人間以上の生命反応……で、この端に固まって青い光に近づいてきている赤い光が――敵、か?」
「ああ。正しくは、『敵意を持ち興奮している者』、であり、まだ明確に私達の敵と決定したわけではないのだけどね」
「……決定すんのも時間の問題じゃねぇの? どんどんこっちに近づいてきてるぜ」
ザイツはため息をついて両手剣を鞘から抜き、いつでも使えるよう懐の中の呪符に触れて確認した。
「……そのようだな。……やれやれ、駅から距離がある、騎士団の巡回も定期的には無い、危なくて無理に速度を上げられないこんな山道で接近してきている時点で、あちらさんのヤる気が察せられるよ」
それを目端で見たケイトは、気が重いね、と肩を竦めながらも手綱をしっかりと握り、馬車を走らせながら『喚ぶ』。
「――風素の精霊、来い」
ふわりと暖かい風が御者台のケイトを包み、その横に全身が緑色に輝きトンボのような羽根を持つ、髪の長い女の姿を持つ者が現れた。
【――オ喚ビデショウカ。マスター・ケイト】
『っ……あれが精霊か。こんな間近で見たのは初めてだ』
それは精霊魔法の風を使役によって顕現する、風素の分身――精霊だった。
自由奔放な妖精とはまるで違う、完全に術者の制御下におかれている機能的な存在に驚きながら、ザイツは注目する。
「現時点での敵勢情報を提示しろ」
【了承。現時点デノ敵勢情報ヲ提示シマス。魔獣暴牛5、吸血犬11、谷トカゲ7……】
風の精霊が言葉を発するたび、視界の窓には敵勢の情報が映像となって次々現れ、小窓に重なっていく。
―暴牛 属性地 斬耐 殴耐 突耐 魔弱―
―吸血犬 属性闇 斬弱 殴○ 突○ 魔○―
―谷トカゲ 属性毒 斬○ 殴弱 突○ 魔弱―
『こんな情報まで来るのか精霊魔法。……えーと、血犬は切ってりゃ勝てるし、トカゲも毒牙に気を付ければ問題無い……問題は物理耐性がある牛か? でも魔法なら……って次々早いなっ』
情報を読み取ろうとするザイツだが、初めて扱う精霊魔法の情報速度について行けず焦る。
「けっケイト、窓が重なってて見られないっ」
「めくれ。意識するだけでいい。必要ない情報は閉じろ」
「閉じ――うわっ、間違って探索画面閉じた!」
「復帰しろ。意識するだけでいい。――ふむ、そんなに難しいか? 簡単だと思ったから大した説明もしなかったのだが……」
「いや初めてのヤツは慌てるだろこれっ」
ザイツの言う通り、街道馬車の護衛達も、目が~目が~と言いながら右往左往しているようだった。馬で馬車に併走している護衛などは、馬から落ちるのではないかと心配になるほど、首を振り困っている。
「……おい、ケイト」
「そ、そんなに難しいのか? 仕方が無い。――『術者調整に切り替え』」
ケイトがそう唱えた途端、ザイツの視界の中にあった窓達は、視界の邪魔にならない位置できれいに整列した。
街道馬車の護衛達も落ち着いたらしく、安堵している姿が見える。
「できるなら最初からやれよっ?!」
「い、いや……今まで一緒に仕事をした者達には、自分の見やすい位置に窓を調整するから、余計な事をするなと怒られたぐらいだったのでな……そうか、初心者には難しいのか……」
「そんな高ランクの熟練冒険者達と、俺も含めて街道馬車の護衛やってるような駆け出し達を一緒にするな」
「むむむ、すまん」
皆の苦戦が意外だったのか、ケイトは困った顔で謝った。
ランク格差を感じながらも、ザイツはとりあえず混乱が納まった窓を確認し、次々更新される情報を出来る限り頭に入れる。
「……にしてもケイト……これって……まずいよな?」
「ああ、君も気付いたかザイツ」
そして得た情報に眉をひそめ、剣を握り頷く。
「牛も犬もトカゲも、元々特に凶暴な魔獣じゃない。むしろ普通は縄張りを侵したり、こっちから仕掛けたりしない限り簡単に人間を襲ったりはしない、大人しいくらいの連中だ」
「そうだ。……ではザイツ、君は何故急にあいつらが凶暴化し、こちらを狙い澄ましたように襲いかかってくると思う?」
生徒に問いかけるようなケイトの言葉に、ザイツは即応える。
「――おそらく、あの魔獣の群れを操っている者がいる」
「正解だザイツ」
「あ――操るですか?! そんな事ができるんですかっ?! 群れって沢山なんですかっ?! 大丈夫ですかザイツさんっ?!」
ザイツの答えにケイトが頷くと同時に、閉められたカーテンが開き、聞いていたらしいキョウが慌ててザイツに聞いてきた。
「聞いてたのかキョウ姫?」
「聞いてましたよっ。精霊魔法がどうとか言われても、判らないから話に入れませんでしたけどっ」
「ああ、そういえば共闘メンバーじゃねぇから、姫には風素探索の情報は行ってねぇか」
「……そうです」
キョウは何か言いたげな表情でザイツを見つめたが、頷き言葉を続ける。
「それで……魔獣達なんですけど、操っているというのは本当ですか?」
「多分な。物理的な調教脅迫か薬か、それとも魔法による幻惑かは判らないが、魔獣をなんらかの方法で操って敵にけしかけるのは、人間領域じゃよく知られた攻撃方法だ。攻撃力が高い上、証拠が残りにくい」
「そんな……ひどい」
キョウの美貌が、恐怖に強張る。
「……それは……ここにいる誰かが狙われているという事ですか?」
「仕掛けたヤツがいるなら、そうなんだろうさ」
「……もしかして……私ですか? ……『クローディ魔王女』がここにいるから……一緒に旅をしている皆さんが危ない事に?」
「……さぁな」
返答を濁しつつも、キョウの懸念はザイツもありえると思った。なにしろキョウは、人領域の四カ国を相手に大勝した魔王の国の姫だ。
『恨みを晴らしたいと思う敗戦国の人間は山ほどいるだろうな……魔王の報復が怖いし、実際行動に移すヤツはそういないと思っていたが……まぁ、ヤッちまったバカがいるなら、嫌だが護衛は応戦するしかない』
やや諦めた思考になっているザイツに対して、キョウは真剣な表情で座席に立てかけていた自分の杖を取り、握り締める。
「あ……あのザイツさんっ、私戦いになったらお手伝い――」
「却下」
「却下です」
【なりませんぞ姫様っ】
【ひひ~ん♪】
意を決した様子で発せられたキョウの言葉は、ザイツを始めとするその場の全員に却下された。
それに対し、キョウは恐怖に耐えるように強く杖を握り締める。
「狙いがあんたなら、外出た途端狙い撃ちされるぞ。危ない事考えるな」
「……で……でも、私のせいでこうなったのなら……」
「もしそうだったとしても、ほっとけ」
「……え」
「どう気にした所で、あんたが敗戦国の人間達に恨まれてる、魔国の姫だってのは変わらないだろうが。一々そいつらの恨み辛みで動揺してたら、何もできなくなっちまうぜ」
「それは……」
そんなキョウの杖を持つ震える手を見ながら、ザイツはなるべくどうでもよい事のように、キョウへと返す。
「気にせず馬車の中でのんびりしてろ。すぐ終わる」
「ざ……ザイツさん……」
「魔王女が恨みを買う立場なら、その立場もひっくるめて守るのは、護衛に雇われた俺達の仕事だろ」
「――っ」
「ちゃんと働いてやるから、心配するな」
こんなの借りてるしな、と身に付けているエルフの織布製マントを掴んで振るザイツを見返したキョウは、泣きそうな顔になって俯いたが、やがて小さな声でザイツに応えた。
「……お願いします。ザイツさん、ケイトさん、カンカネラさん。……終わったらいくらでも治療しますけど……どうか怪我しないで」
「ああ、気を付けるよ」
「お心遣いに感謝いたします、姫様」
【お任せあれであります姫様!! これ子馬っ、何かあったら姫様を乗せて逃げるのだぞっ】
【ひひ~ん♪】
もう一度小さく頷いたキョウを確かめた後で、ザイツは窓からキョウの傍にいたカンカネラを出して馬車の前窓のカーテンを閉め、更に雨戸を下ろして外から固定した。
【それでは姫様!! このカンカネラを信じ、しばしお待ちくだされ!!】
「横と後ろの窓の雨戸も下ろして、じっとしてろよキョウ姫!!」
「は……はい……っ」
パタンパタンという雨戸を閉める音が馬車の後方で起こり、やがて静かになった。
馬車をちらりと見て、すぐに前に視線を戻したケイトは、小さな声で言う。
「……立場か」
「なんか言ったかケイト?」
「いや……ただ姫様は、本当にお優しいと思ってな」
「……ははは、それ、褒めてねぇよな?」
【なにおうっ、それはどういう意味だザイツ!!】
微苦笑で口元を歪めたケイトは、やはり小さな声で言う。
「ああ、褒めてないよ。……姫様は本当に自分の立場を判っているのかね? あんな考え方と甘さでは、いつか無茶してしまうのではないかと、心配になってくるよ」
【っそっ、そんな事はっ!!】
「なら、俺達が無茶させなきゃいい。こんなつまんねーもん、さっさと終わらせてやるよ」
【そそっ、そうだその通りだザイツ!!】
「ふ……カンカネラ君もだが、君も姫様が絡むと、結構強気になるじゃないかザイツ?」
「そんなんじゃねーよっ」
言い返すザイツにケイトは肩を揺らして笑い、すぐに表情を引き締める。
「気を付けろよザイツ……魔獣達を操っている者は、大抵は魔獣達の群れに隠れている。私も風素で不審な者を探すが、君もそれっぽいのを見つけたら、即行で倒せ」
「判った。知性がある、特に魔法を使うヤツが群れにいたら、優先して殺る。バカラスもいいな?」
【任せるである!! 見敵必殺!! 見敵必殺である!! 黒魔のバ火力を見せつけてやるである!!】
「ああ、それでいい。……む、合図が来たぞ」
前方の街道馬車と併走していた、馬に乗った護衛が逆走し通り過ぎる。
夕日に照らされ輝くのは、馬上の護衛が鞘から抜き振っている鉄槍――街道馬車からの、戦闘準備の合図だ。
そして次第に聞こえてくる山道を震わせるような魔獣達の突進音と咆吼が、合図で武器を構える街道馬車一行の緊張を高める。
「これは逃げ切れんな! この道なら、街道馬車はじき左側に見える開けた高台に止まり、敵を迎え撃つだろう――死ぬなよ!」
ケイトに頷き、ザイツは意識を集中し両手剣を構えた。
そんな持ち主に反応するように、エルフの織布製マントはふわりと揺れた。
ザイツ「戦闘開始と同時に呪符……は高いしここは節約して……」
カンカ【ケチケチすんなである!!】




