エピローグ――捨てられた手紙
はじめて自分が死ぬ夢を見た時、私は驚き、悲しく、打ちひしがれました。
起こった事実に比して見た夢は断片的で、大好きな姉が、私を殺すのだと、そう思えたのです。
あなたにはきっと、私が急に変わったように思えたでしょう。それまでねえさま、と慕っていた妹が、突然大嫌いだと言うようになったのですから。
私は、自分を殺すかもしれないあなたを恐れました。同時に、深く傷ついたのです。裏切られたような気持ちでいっぱいでした。
ですから私は、あなたを嫌いになることで、私自身の気持ちを守ったのです。私を慈しむあなたを感じては偽善者とののしり、憐れみを感じては傲慢だと思い、そうしているうちにいつの間にか、本当にあなたがひどい人間に思えてきました。
そうして無理やり嫌いになったあなたのことですが、一方で、憎むことはできませんでした。
結局、あなた以上に私を気にかける者はなく、私はあなたを嫌いながら、あなたが私を嫌いになってしまったら、私は本当に独りぼっちだという恐怖すら感じていました。
あなたを遠ざけることも、私があなたに殺されることを誰にも言えなかったのも、その為でしょう。
そうです、私は、あなたのことを父母には報告しませんでした。喉の奥まで出かかって、結局いつも言葉には出せずじまいでした。
あなたを嫌いだと思った気持ちに嘘はありません。でもそれは、所詮自分に言い聞かせてそうなろうとした結果です。実のところどうだったのか、私自身もよくわかりません。
ただ、あの革命の日。私があなたをかばって剣につかれた日のことです。
私があなたをかばって倒れる場面を夢で見た時、もし私が動かなければ、あなたは死んでしまうのだと、思いました。そうすると、理性が止める間もなく、私は走り出したのです。
その夢をもっと前から見ていれば、結果は違ったかもしれません。どういう訳か、あなたが私を殺すわけではない、私が選んであなたを救う道を取った、その結果死ぬのだと、夢で気づいたのは、ことが起こる直前だったのです。
運命とは残酷です。断片的に私にそれを知らしめて、振り回しました。もし神が私にこの力を与えたのなら、それは幸運などではなく、罰の為でしょう。
神は私に罰を下したのです。
恐らく、前世の私は何かしらの重い罪を犯したのでしょうね。
私はもう、神の愛娘ではありません。そしてそれすらも、神の掌の上に思えてなりません。
私が、腹に剣を突き立てられて死ぬと思ったのは、それ以降の未来を見たことがなかったからです。真相はただ、あの怪我を機に神の愛娘ではなくなったため、過去の私と夢で繋がれなかった、それだけだというのに。
今の私は最早、未来を見ることもなく、過去の私に今の私を知らせる術もなく。
素晴らしい平穏の中に生きています。
あなたの手元を飛び出して、心配をかけたかもしれません。私は、あなたの傍にいることが苦痛だったのです。
長年言い聞かせて嫌いになったあなたのことを、どんな風に思えばいいのかわかりませんでした。あなたの差し伸べた手をただ握るのも、嫌でした。
自分で自分が分からず、私は混乱の中に居ました。そして、このままここでじっとしていても、きっと同じことの繰り返しだと、そう思ったのです。
ですから逃げ出したのですが、その時一緒に医者の卵がくっついてくることになったのは、成り行きです。
彼は私を止めようとしましたが、見習いの為私に触れることはできず(そういう融通の利かない人なのです)、とりあえずついて行く内に、私の話しを聞いて同情し、協力してくれた、と言う形です。
実のところ、彼がいなければ私はどこぞでのたれ死んでいたでしょうね。
そちらで彼がどう言われているのかはわかりませんが、私は感謝していますので、それは理解してほしいと思います。
彼とは、つい最近、一緒になることにしました。私は籍がないので結婚はできませんが、庶民の間ではそれも珍しくない話です。
この手紙も、せめて一報は入れるべきだと、そう彼に押されたので書いています。常々同じことは言われてきたのですが、今回は夫婦になりましたので、さすがにこれまでのようにはねのけることは出来なくなりました。
ただ、もうこれきりだと思います。手紙はもう書きません。
あなたも、私たちを探さないでほしい。
長い時をかけて、ようやく当時の自分自身の感情を冷静に振り返ることが出来る様になりました。
あなたを嫌いだと、もう言うことはありません。
けれども、素直に愛していると言うことも出来ません。
ただ、私があなたを忘れることはないでしょう。
年々思い出すことは少なくなっても、振り返れば、そこにいます。
勝手ですが、それでいいと思っています。
あなたが、健やかでありますように。家族に囲まれて、幸せでありますように。
そう、遠くから願っています。
それでは、お身体に気を付けて、健康な子を産めますよう。
――――――あなたの妹、フィオナより。