第二十話 友人
それは派手な男だった。
動きにくそうな高級服に身を包み、口にはパイプ、全身をアクセサリーで着飾った男。
妖精…と自称した割に、高い身長を持っており、髪も白くない。
それに妖精特有のヒトに対する敵対心と言うか、嫌悪感と言うか、そう言った物が感じられない。
ラバーキンの顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「妖精が…何の用ですか?」
ホリーがリアを背に庇い、言った。
いつでもアルプが放てるように構えながら…目の前の不審者を睨む。
「散歩中に出会い、挨拶を交わす…そこに妖精だ、ヒトだと区別する必要があるかネ?」
「!」
ホリーと同様に警戒していたリアはハッとなった。
その言葉は、リアの考えと同じだった。
妖精と分かり合いたいと願うリアの考えと同じ。
ヒトと分かり合いたいと願う妖精側の気持ち。
この人(人じゃないけど)は…私と同じ…
「…ちょっとリア。懐柔されかけてませんか?」
「い、いや、そんなことはないよ」
危ない所だった。
まだこの人が安全だと決まった訳じゃない。
こんなことだから、赤帽子にもよく騙されて逃げられちゃうんだ。
「…ヒトに疑われるのは悲しいネ。別に何もしないってのに」
「うっ…」
悲しげにため息をつく姿に、リアの良心が痛む。
それも演技なのかもしれないが、人が良いリアにはそれを疑うことは出来なかった。
「人間なら、妖精は警戒するのが当たり前ですよ」
「そう? でも、それは君達の国での話じゃない? このエインセルでは意外とそうでもないんだヨ」
二人が余所者であることを見抜いた上で、ラバーキンは言った。
それに毅然とした態度でホリーは答える。
「エインセルはもう滅びました。ここもタイターニアです」
「…そう思っているのはそちらだけだヨ。この国の人間はそうは思っていない」
「どういう意味?」
タイターニアの王族であるリアが聞いた。
確かにここへ来たのは初めてだが、王都の目すらも届いていない訳でもあるまい。
「エイブラム国王の死。王都からそんなに離れていないこの国にも届いているよ」
「ッ!」
そうだ、エイブラムの死は何もリアの父親が死んだと言うだけの問題ではない。
エイブラムは戦乱時代からタイターニアを導いてきた国王だ。
彼が死んだと言うことは、現在このタイターニアには王がいないと言うこと。
戦乱時代に様々な国を吸収し、世界を一つにしたこの国の支配者が不在。
それはつまり…
「…喋り過ぎたか。まあ、気をつけることだネ。この国は少し今、ピリピリしている」
忠告するようにラバーキンは言う。
そこで初めてリアはラバーキンが声をかけてきた理由を知った。
ラバーキンはリア達が余所者だと気づき、余計なトラブルに巻き込まれない為に忠告をしてくれたのだ。
妖精であるのに、ヒトの心配を…
いや、妖精であることは関係ないのかも知れない。
「…争いなんて嫌いだヨ。どうしてヒトは争いを好むのか、理解できないネ」
他人の心配をするのも、争いごとを嫌うのも、人であるかどうかなど、関係ない。
平和を望み、他人にもそうであって欲しいと願うのに…人か妖精かなど…
「あ! こんな所にいましたー」
その時、また知らない声がした。
リアよりも幼い少女の声だ。
「ラバーキン様! ドゥエイン様が呼んでますよー」
その少女の特徴として、目についたのは白い包帯だった。
左目を初め、身体のあちこちに白い包帯を巻いている少女。
まるで重傷患者のような、或いは定期的に虐待される子供のような…
痛ましい姿の、少女だ。
「…キャロル、傷が増えていないかネ?」
「ああ、大丈夫ですよー。アタシは頑丈ですからー」
痛ましい姿にも関わらず、少女は笑った。
ラバーキンは苦い顔をしている。
「ラバーキンと言いましたね、その人とはどういう関係ですか? 場合によっては…」
再び警戒心を向けながら、ホリーは言った。
正義感の強いホリーには、耐えられないのだろう。
自分よりも幼い少女が、傷つけられる姿が…
しかし、その言葉に返答したのはラバーキンではなかった。
「無礼ですよ! この方を誰だと思っているのですか! このエインセルで最も権力を持った貴族ですよ!」
「え…?」
妖精なのに…?
妖精であるにも拘らず、そのような地位を得ている?
このエインセルと言う国は、一体?
「奴隷であるアタシの心配までしてくれる、とても優しい…」
「ストップ、喋り過ぎ」
「もがもが…」
口を抑えられたキャロルが抵抗する。
散々ラバーキンを褒め称えたが、まだ話し足りないようだ。
「あなた達は、一体…?」
「えーと、まあ…」
困ったように頬を掻きながら、ラバーキンは呟いた。
「種族を超えた、友達?」




