第27話-水の惑星(Aqualis)
世界船の巨大な船体の前に、新たなる惑星が姿を現していた。
青。
ただひたすらに青い世界。
大地の姿はなく、惑星全体が広大な海に覆われている。
雲の隙間から見えるのは、果てしなく広がる水面だけ。
まるで一つの巨大な海そのものが、星となったかのようだった。
戦略指令室では、エラが惑星の解析結果を表示していた。
「この惑星は、表面のほぼ全域が海で覆われています」
「現在確認できる範囲では、陸地は存在しません」
空間投影された惑星の映像が回転する。
その青い球体の上に、二つの反応点が表示された。
「しかし……文明活動の痕跡は二カ所確認されています」
ウィア達が画面を見る。
「一つ目は、天空に浮かぶ巨大構造物」
「そして二つ目は――」
一瞬、エラが間を置く。
「海中を移動する巨大生物内部に存在する拠点です」
「巨大生物?」
アルマが首を傾げる。
「はい」
エラは淡々と続けた。
「解析による推定では、その生物は全長数十キロ以上」
「内部には人工的な居住区と思われる構造があります」
「つまり……」
ウィアが驚いたように呟く。
「魚の中に街があるってこと?」
「そういうことになります」
エラが頷く。
さらに天空の拠点を示す。
「もう一つの拠点も同様です」
「こちらも全長数十キロ規模」
「惑星環境に合わせた大型文明施設と思われます」
説明が終わる。
指令室には短い沈黙が流れた。
しかし。
「……もう、大きいのにも慣れてきたな」
カーデンスが腕を組みながら呟いた。
「だね」
アルマも苦笑する。
「最初に巨大な構造物を見た時は驚いたけど……」
「もう四つ目の惑星だもんね」
「感覚がおかしくなってきてる気がする」
「いや、おかしいだろ」
カーデンスが即座に突っ込む。
「普通は数十キロサイズの建造物とか、何度も見るもんじゃねぇよ」
「でも、この旅だと普通になってきてるよ?」
アルマが笑う。
そのやり取りを聞きながら、ウィアは画面に映る海の惑星を見つめていた。
「でも……」
「クジラの中の文明か」
「どうやって入るんだろう」
真剣に考え込むウィア。
すると。
「口から入るとか?」
アルマが何気なく言った。
一瞬の沈黙。
そして。
「それ、普通に食べられてるだけじゃねーか?」
カーデンスが吹き出す。
「確かに……」
ウィアも思わず笑った。
◇
会議は終了した。
ヴィアトラ帝国の方針は、今回も変わらない。
敵対ではなく。
支配でもなく。
まずは理解すること。
友好親善。
「さて」
オリヴィエが立ち上がる。
「いつも通り、外交使節団を派遣するわよ」
その声が戦略指令室に響く。
新たな星。
新たな文明。
そして――。
また一つ、未知との出会いが始まろうとしていた。
◇
着水した世界船。
静かな水面に浮かぶ巨大な船体から、発着場が展開される。
やがて。
一隻の飛空艇が、青い海の上へと飛び立った。
目的地は――。
天空に浮かぶ未知の文明拠点。
「よろしく頼むぞ、少年」
飛空艇の中で、ヴェルナがウィアへ声をかける。
「はい」
ウィアは笑顔で頷いた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その真っ直ぐな返事に。
「ほっほっほっ」
ネイラが楽しそうに笑う。
「元気が一番じゃな」
「未知の場所へ向かう時こそ、その心を忘れてはいかん」
ウィアは小さく頷く。
恐怖ではなく。
期待を胸に。
彼らは新たな文明へ向かって進んでいく。
◇
しばらく飛行を続けると。
飛空艇の前方に、それは姿を現した。
天空都市。
海しか存在しない惑星の空に浮かぶ、巨大な文明拠点。
その姿はまるで――。
古代の王城を、そのまま空へ持ち上げたかのようだった。
白い石造りの建物。
高くそびえる塔。
幾重にも広がる城壁。
しかし、それはただの古城ではない。
都市全体を覆うように、半球状の光の膜が展開されている。
古代文明の美しさと、未知の科学技術。
二つが融合した異質な光景だった。
「こちらヴィアトラ帝国外交使節団」
通信士がいつもの口上を告げる。
「我々は友好親善を目的として訪問しています」
「着陸許可、および誘導をお願いします」
通信が送られる。
返答を待つ間。
窓の外を見つめていたアルマが、思わず声を漏らした。
「すっごい街並み……」
視線の先に広がるのは、歴史を感じさせる石造りの街。
長い年月を積み重ねてきたような建築。
それでいて、空を飛ぶほど高度な技術を持つ文明。
「こりゃあ……見事なもんだな」
カーデンスも感心したように呟く。
「まるで地球の中世時代の都市みたいです」
エラが静かに分析する。
「地球の中世って、こんな感じだったんだ?」
ウィアが尋ねる。
「はい」
エラは即答した。
「当時の地球では、石造りの城塞都市が多く存在していました」
「ただし……」
「この都市のように、空を飛ぶものはありません」
「そこは違うんだね」
ウィアが笑う。
未知の文明。
過去と未来が混ざり合ったような街。
その光景に、全員が目を奪われていた。
その時。
「許可が下りました」
通信士が報告する。
同時に。
天空都市から複数の誘導ビーコンが展開された。
光の道が、飛空艇を街へと導いていく。
「着陸態勢に入ります」
機体がゆっくりと高度を下げる。
ウィア達は窓の外を見つめた。
これから出会うのは。
どんな文明なのか。
どんな人々なのか。
新たな出会いへの扉が、今まさに開こうとしていた。
◇
飛行艇のハッチが開く。
外へ降り立ったウィア達を待っていたのは――。
ヴェルナと同じ種族。
大きな翼を持ち、知性を宿した瞳を持つ者たち。
梟人だった。
彼らは静かに並び、まるで古き客人を迎えるように一行を見つめている。
「梟人」
エラが小さく呟く。
「学問と記録を何よりも重視する種族です」
「数多くの文明において、彼らは知識の継承者として知られています」
その説明を聞きながら、ウィアは周囲を見渡す。
そこには巨大な書庫。
空中に浮かぶ本棚。
光る文字が刻まれた石碑。
街そのものが、まるで一冊の巨大な書物のようだった。
その時。
一人の梟人が前へ進み出る。
白銀の羽を持つ、美しい女性だった。
彼女は穏やかに微笑む。
「ふふ」
「遠い星より、よくお越しくださいました」
優雅に一礼する。
「私は天空書都を管理する者」
「記憶大司書――」
「エリシア・クロウフェルと申します」
その声には、長い年月を知識と共に歩んできた者だけが持つ落ち着きがあった。
「旅人の皆様」
「どうぞ、我らの街へ」
「まずは……あなた方の旅のお話を聞かせていただけませんか?」
その瞬間。
周囲に不思議な光が広がった。
一冊の巨大な本が、ゆっくりと宙へ浮かび上がる。
続いて。
一本の大きな万年筆が舞い始めた。
誰も触れていないというのに。
まるで意思を持つかのように、ページを開いていく。
一冊。
また一冊。
無数の本が空中へ舞い上がり、天空書都全体を包み込む。
「これは……」
ウィアは思わず息を呑んだ。
本が歌うように開かれ。
文字が光となって踊る。
知識そのものが、歓迎の形となって現れていた。
「すごい……」
ウィアの瞳が輝く。
その様子を見て、エリシアは嬉しそうに微笑んだ。
やがて。
中央に浮かんだ一冊の本が、最後のページを開く。
そこへ万年筆が静かに文字を刻んでいく。
――今日。
遠き星より旅人が訪れた。
――新たなる交流の始まりの日。
それは、この星に残される新たな記録だった。
「今日という素晴らしき日を」
エリシアは優しく笑う。
「我らの歴史へ刻ませていただきます」
そして。
「さあ」
「長旅でお疲れでしょう」
「まずは食事をしながら、お互いのお話をいたしましょう」
梟人達が奥へと案内を始める。
知識を愛する者たちの都。
天空書都。
そこでは、新たな一ページが静かに刻まれ始めていた。




