25,深夜の廊下
深夜、城は静かだった。
レリスは眠っていた。
ライラも眠っていた。
セバチャも執務室で眠っていた。
タルドも使用人部屋で眠っていた。
アモンは、どこにいるか分からなかった。
カイトは眠れなかった。
新しい場所では眠れないことが多かった。
別に不安なわけではない。
ただ、目が覚めてしまった。
仕方なく廊下に出た。
松明が等間隔に並んでいた。
城の廊下は深夜でも明るかった。
カイトはぼんやり歩いた。
どこへ行くわけでもない。
ただ歩いた。
地下への石段の前まで来た。
立ち止まった。
昼間、ライラに止められた場所だ。
今は誰もいない。
カイトは石段を見た。
下りようかと思った。
思っただけで、足は動かなかった。
ライラの笑顔を思い出したからだ。
やめておこう。
カイトが踵を返そうとした瞬間、石段の下から足音がした。
カイトが振り返った。
石段を上がってくる人影があった。
痩せた青年だった。
装備を解いた、素の姿だった。
カキンオーだった。
二人が廊下で向かい合った。
カキンオーが少し止まった。
カイトが少し止まった。
沈黙があった。
「眠れなかったのか」
カイトが言った。
カキンオーは答えなかった。
「俺も眠れなくてな」
カキンオーは答えなかった。
「ちょっと座って話さないか」
カキンオーは少し間を置いた。
それから、小さく頷いた。
───
廊下の壁際に、二人が並んで座った。
松明の光が揺れていた。
しばらく沈黙があった。
カイトが口を開いた。
「この世界に来てから、どれくらい経つ」
カキンオーは答えなかった。
「俺は半年くらいだ。お前は?」
カキンオーが少し考えた。
指を折った。
三本立てた。
「三ヶ月くらいか」
カキンオーが頷いた。
「俺より後に来たんだな」
カキンオーが頷いた。
カイトが廊下の天井を見上げた。
「勇者召喚ってやつでここに来たんだが、勇者とかやらないって断ったら、なんか気づいたら勇者って呼ばれてた」
カキンオーは聞いていた。
「お前は魔王の城構えてるし、お互いなんか役割押し付けられたな」
カキンオーが小さく頷いた。
カイトが笑った。
「だよな。俺も嫌だったし、お前も嫌だっただろ」
しばらく沈黙があった。
カイトが続けた。
「ゲームの話してもいいか」
カキンオーが頷いた。
「あの時さ、最後に城に挑みに行っただろ。ゲームやめる日に」
カキンオーは動かなかった。
「あれ、楽しかったよ。お前相手にするの」
カキンオーが少し止まった。
「強すぎて死んだけどな」
カキンオーが小さく、肩を揺らした。
笑ったのかもしれなかった。
「笑うなよ」
カキンオーが肩の動きを止めた。
カイトが苦笑いした。
「でも、本当に楽しかった。あの時だけじゃなくて、一緒に狩りしてた時も」
カキンオーは黙っていた。
「アカマルとクロデンの交換、覚えてるか」
カキンオーが小さく頷いた。
「俺、クロデンまだ持ってる。なんか捨てられなくてな」
カイトが腰の剣を一本抜いた。
古びた剣だった。
クロデンだった。
カキンオーが少し動いた。
指輪に意識を向けているような仕草だった。
しばらくして、指輪から鎧が一式取り出された。
赤みがかった、重厚な鎧だった。
アカマルだった。
カイトが目を細めた。
「お前もまだ持ってたのか」
カキンオーが頷いた。
「俺のクロデンと、お前のアカマル。お互い捨てられなかったんだな」
カキンオーは答えなかった。
でも、アカマルをしまわずに持ったままにしていた。
カイトがしばらく剣と鎧を眺めた。
「なんか、安心した」
カキンオーは答えなかった。
しばらく二人は黙っていた。
松明の光が揺れていた。
静かだった。
カイトが口を開いた。
「お前さ、ここでどうするつもりだ」
カキンオーが少し考えた。
「静かに、暮らしたい」
久しぶりに、声が出た。
小さくて、掠れていたけど、出た。
カイトが少し驚いた顔をした。
それからゆっくりと笑った。
「そうか」
「うん」
「まあ、お前らしいな」
カキンオーが少し間を置いた。
「お前は」
カイトが天井を見上げた。
「俺も、まあ、静かに暮らしたいけどな。なんか放っておけないやつが多くて」
カキンオーが少し頷いた。
「それも、お前らしい」
カイトが笑った。
「久しぶりにしゃべったな、お前と」
「うん」
「ゲームの時より、しゃべれてる気がする」
カキンオーは答えなかった。
でも、否定もしなかった。
しばらく沈黙があった。
悪くない沈黙だった。
カイトが欠伸をした。
「眠くなってきた」
カキンオーも少し欠伸をした。
「そうか、じゃあ寝るか」
二人が立ち上がった。
カイトが石段の方を見た。
「また話せるか」
カキンオーが少し間を置いた。
小さく頷いた。
「よかった」
カイトが廊下を歩いていった。
カキンオーが石段を降りていった。
───
地下の部屋で。
俺はベッドに横になった。
天井を見た。
しゃべった。
久しぶりにしゃべった。
カイト相手だと、なんか出てくる。
不思議だな、と思った。
でも、悪くなかった。
静かだった。
今日の静かさは、少し前と違う気がした。
ただ静かなんじゃなくて、誰かがいる静かさだった。
悪くなかった。
俺は目を閉じた。




