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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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皇帝陛下への謁見

 大扉が開くとそこは荘厳な空間だった。


 天から降り注ぐ色とりどりの光。見上げると草木と妖精を模したステンドグラスが丸天井一面に張り巡らされている。天井の各所から垂れ下がる薄布には緻密な模様が描かれていて美しい。壁にかかるタペストリーの刺繍は火、水、木、土、光、闇の精霊を表しているようだ。

 足元には磨かれた鏡のような大理石。その中央には玉座に向かって真紅の絨毯が真っ直ぐ伸びている。その先には七段の階。黄金の玉座に座すはエステル帝国皇帝アルフレッド・レーン・ガイ・エステル。

 大陸随一の国土を誇る大帝国の主は天からの光に輝く銀の髪を背へ流し、その頭上に冠を戴いている。通った鼻筋のその先には杜若かきつばたのように深い紫の瞳。その眼力には見るものを凍りつかせる威圧がこもっていた。


 皇太子殿下の入室を告げる式部官の声の後、アーリアはユークリウス殿下に手を引かれ、玉座の間へと足を踏み入れた。

 赤い絨毯の左右には胸に襷をつけた貴族官僚たちが立ち並び、入室した二人の歩みを見守っている。


 アーリアは緊張に喉の奥が引き攣るのが分かった。

 緊張が重なる手を通じて伝わったのだろうか。ユークリウス殿下はアーリアの手に重ねる自分の手に少し力を込めた。そこからアーリアへと伝わる気持ちは心配や応援といった労りからのものではない。


 ーヘマすんなよ!ー


 アーリアの脳内にはユークリウス殿下の厳しい声が届いたような気がした。アーリアは気持を更に引き締めると、静々と玉座の間の中央へと歩みを進めた。


 階の手前に佇む二人の貴族。一人は薄墨色の髪に緑の瞳を持つ壮年の男性。もう一人は藍鼠色の髪に黒い瞳の初老の男性だ。その二人の前で立ち止まるとエステル帝国皇帝に向かい、アーリアは両膝をついて平伏し、ユークリウス殿下は片膝をついて最敬礼した。


「……おもてをあげよ」


 低い声音が耳に届き、アーリアは頭を少しだけ上げた。ユークリウス殿下は立ち上がると皇帝陛下に向けてまず、感謝の言葉を述べた。


「陛下、この度は御目通りの機会を頂き、感謝致します」


 ユークリウス殿下の声が大理石の床に響く。皇帝陛下はその感謝を頷き一つで受ける。


「そちらの娘が……?」

「はい。システィナのアリア姫です」


 ユークリウス殿下はアーリアに手を差し伸べた。アーリアはその手を取ると、ゆっくりと立ち上がり、カーテシーを行なった。


「アリアと申します」


 アーリアは乾いた口を動かして、練習通りの自己紹介を行なった。


 暫くの間、沈黙が落ちた。


 緊張ゆえの不安。アーリアは身体に不安が満ちる前に、その沈黙は破られた。


「皇太子妃を迎えるという通知は来ていたが、まさかシスティナより姫を迎えるとはな……」

「彼の国との親善を目的としております。そのように宰相殿を通じ、議会にも話を通しておりましたが……」

「だ、そうだが……?ーーブライス宰相」


 藍鼠色の髪に黒い瞳の初老の貴族が指名されて歩み出た。


「ここに。こちらから幾人かの皇太子妃候補を挙げておりましたが、皇太子殿下のお眼鏡に叶う令嬢はなかなか難しくございました……」

「ほう……?」

「ですが!ついに皇太子殿下の願いに叶う令嬢が見つかったのでございます。そうでございますね、ユークリウス殿下?」


 ブライス宰相の言葉に被せるように、薄墨色の髪に緑の瞳を持つ壮年の貴族が言葉を被せてきた。その貴族は眼鏡を押し上げると、皇帝陛下に一礼してからアーリアとユークリウス殿下の前に進み出てきた。


「そうなのです!三月みつきほど前にシスティナで開かれた夜会にて、アリア姫にお会いする機会がございました。私はその時、アリア姫こそが我が国の皇太子妃に相応しいと直感したのです!私は直ぐにシスティナ国王へ交渉おねがい致しました。システィナ国王も私の熱い想いに理解を示され、この度、アリア姫を我が国へお迎えするに至りました」


 爽やかな笑顔とその瞳に宿る熱意が、言葉となって発せられた。だが、ユークリウス殿下の熱弁に、この場にいた官僚たちの様子は二面化していた。

 一方はユークリウス殿下を擁護し、その熱意を応援する者たち。もう一方は悔しげに顔を顰める者たちだ。

 中にはアーリアの顔を見て、露骨に驚愕の表情を表した者もいた。そんな官僚たちの様子に気づいてはいるであろうが、皇帝陛下もユークリウス殿下もそれら全てを視界に入れずに丸っと無視した。


「左様か、キースクリフ宰相補佐」

「はい。事実でございます」


 キースクリフ宰相補佐はユークリウス殿下が話した内容を『事実』と認めた。いや、正確にはその内容が裏工作によって『事実』に位置付けられている、という意味だ。ユークリウス殿下の偽装工作によりこの事をシスティナ国に問い合わせても、その『事実』の通りの返答されるのだと、この場にいる幾人かの官僚たちは理解できていた。ユークリウス殿下にとっては、それで十分だった。

 勿論、理解できぬ官僚も居るだろうが、そのような者はユークリウス殿下の敵ではない。


「ほぅ……それ程までにお前が欲した姫とは……。アリア姫、私に顔をよく見せてはくれないか?」


 アーリアは皇帝陛下に請われて、階の上にいる紳士へ向けて顔を上げた。アーリアはスッと背を伸ばすと皇帝陛下の杜若かきつばた色の瞳を見つめた。皇帝陛下は顔を上げ見つめてくるアーリアの瞳を真っ直ぐに見留めると、小さく息を飲んだ。


 美しく整った容姿、その象牙のように白い肌を覆うは黄金色の髪。システィナ王族の特徴を持つ髪色だ。だが、その瞳は王族特有のアイスブルーではなく『虹色』。多量の魔力を含むその瞳は天上からの光を受けてキラキラと輝きを放ち、その光に惹かれるように精霊たちがアーリアの周りに集う。


 アーリアは髪色を能力スキル《偽装》で変えはしたが、瞳の色はユークリウス殿下に指示されて変えはしなかった。それには理由があったのだ。


能力スキル《偽装》で髪色や瞳の色を変える事もできますよ?」

「そんな便利な能力スキル持っているのか?」

「はい、色々ありまして……。システィナ国の王族は金の髪に青い瞳の方が多いですよね?それに変えた方が騙せませんか?」

「そうだな」


 「白い髪は悪目立ちする」とユークリウス殿下に言われるまでもなく、アーリアは十分理解していた。


「あぁ、髪色は偽装を施して貰うが、瞳の色は変えてくれるなよ」

「え……どうしてですか?」

「お前は『精霊の瞳』を持っているだろう?だからだ」

「せ、精霊の瞳……?」


 アーリアはユークリウス殿下の視線を受けてそのまま見つめ返した。聞き慣れぬ単語に訝しむ。

 アーリアは視力のないガラス玉の瞳を持って生まれた。師匠に引き取られ一年程経ったある日、師匠は新しい瞳をアーリアへプレゼントした。師匠自ら錬成した魔宝具《瞳》を嵌め込んだのだ。それから十年以上の年月を数えるが、その機能は衰えていない。

 もう十年以上、この瞳にお世話になっているアーリアだが、自分の瞳にそのような銘が付いている事を知らず、また、師匠から聞いた事もなかった。


「……。何だ、知らないのか?」

「はい」


 ユークリウス殿下はアーリアの頬にそっと触れた。そして親指で瞳の下をゆっくりとなぞる。


「お前の瞳は精霊を惹きつける。魔力が常に巡るゆえにその色は定まらない。それは何者にも染まらぬ精霊王の愛した女王の瞳そのものだ」

「そう、なんですか……?」

「ああ。このように精霊を惹きつけて止まない瞳を人は『精霊の瞳』と呼ぶ。この瞳を持つ者は自然界では稀にしか存在しない。俺も幼い頃、お伽話で読んだきりだが……実在していたとは驚きだ」

「……でも、それを私が持っていた事は偶然ですよ?」


 アーリアが『精霊の瞳』を有していたのは偶然でしかない。「この件には関係ないですよね?」とアーリアが問えばユークリウス殿下は次のように答えた。


「偶然でも何でも、その瞳を持つお前を害そうとは国王陛下も思われない筈だ。あのヒトは根っからの『精霊信仰』第一主義だからな」


 というのがユークリウス殿下による『精霊の瞳』と国王陛下ちちおやについての簡単な説明だった。ユークリウス殿下の呼ぶ『皇帝陛下』と言うコトバには自分の父親という感情や感覚を一切感じさせない。役職名と職務内容の把握。どうやらそれだけのモノのようで、大変ドライな関係のようだ。このように皇帝陛下にまみえる機会を得ても、アーリアにはユークリウス殿下から発せられる雰囲気から『仲良し親子』とは到底感じられないのであった。



 皇帝陛下は徐に玉座から立ち上がると、アーリアと視線を合わせたまま階を降りてきた。皇帝陛下の歩みと同時に数歩下がったブライス宰相とキースクリフ宰相補佐。皇帝陛下はその二人の間を抜けてアーリアの前に立つと、御前に膝をつこうとしたアーリアの手を取り、引き上げるように真っ直ぐと立たせた。

 ユークリウス殿下がそれまでの笑顔に緊張を走らせたが、皇帝陛下は息子の動揺を無視してアーリアの頬に手を添えた。

 思った以上にひんやり冷たい皇帝陛下の手に、そこから伝わる冷気に、いきなり置かれた状況に、アーリアの背筋は凍ってしまいそうだった。


「ほう……。これは『精霊の瞳』か……」


 皇帝陛下の呟くように発せられた言葉。その単語を耳にした貴族官僚たちに、息を呑む声にならぬ驚きの声と、小さなざわめきが起こる。


「なんと美しい瞳だ。この瞳を持つ者がシスティナにいたとは……」

「……はい。私も初めて目にしたい時は驚きました。しかし、この瞳を持つ彼女に出会ったその瞬間、私はこれを『運命』なのだと感じたのです……!」


 たとえユークリウス殿下が皇太子だろうと皇帝陛下に逆らう事は出来ない。皇帝陛下の手に捕らえられたアーリアを救い出す事は叶わないまでも、言葉で所有権を主張する事はできるとばかりに、ユークリウス殿下は声を張り上げた。


「『運命』か……」

「はい。『運命』です!」


 わざわざユークリウス殿下は『運命』という言葉を誇張し、連呼した。そしてさりげなくアーリアの空いた手を引いて、自身の胸へと押し抱いた。


「精霊を信仰する麗しの国エステルの皇太子妃に相応しい姫だ!ーーそう私は直感致しました!私はこの姫を迎える為にこれまでを過ごしてきたのだと……!」


 『精霊の瞳』を持つ姫に出会う事は自分に決められた『運命』だったのだ。だからこそ、これまでの妃候補には一人も心惹かれる者がいなかった。精霊に愛されし瞳を持つ姫に私自身が魅了されてしまった。ナドとユークリウス殿下の芝居めいた声は続く。

 アーリアは皇帝陛下に見つめられ、ユークリウス殿下に傍らで『運命』を力説されながら、冷や汗を流した。なんと拷問のような状況か。


「皇帝陛下……。陛下……。父上。アリア姫は私の妃となる姫です。少しは自重なさってくださいね?」


 流石に自分の父親が自分の未来の花嫁に引っ付いている様に耐えられなくなったようで、ユークリウスは皇帝陛下ちちうえにだけ聞こえる声で避難を表すと、皇帝陛下の鉄仮面のような顔が少しだけ揺れた。

 それでも皇帝陛下は一頻りアーリアの瞳に魅入りまじまじと観察していたが、冷徹な表情にふと怪しい笑顔を浮かべ、すいっとアーリアの頬から手を離した。そして少しだけ名残惜しそうな視線を投げると、階を登って再び玉座へと着いた。


「……アリア姫を皇太子妃として迎える件、皇帝である私も了承しよう」


 皇帝陛下のお言葉に否を唱えられる者などいはしない。しかしその言葉に明らかに動揺している貴族官僚たちは大勢いた。


「ありがとうございます」

「だが、アリア姫はシスティナの姫なれば、自国の者同士の婚姻のようにはいかぬ。最低でも半年から一年の準備期間は必要であろう。それまで姫をお前の宮で客人対応として持て成すがよい」

「……御意」

「アリア姫。帝国への来訪に感謝を。不自由な生活にはさせぬゆえ、ゆるりと過ごされるがよい」


 理解のあるように聞こえる言葉には、裏が潜んでいるのは当たり前だろう。皇帝陛下の言葉を要約すると『半年から一年は婚姻を認めぬ』、『準備と称して自国システィナへ帰す事はならぬ』という意味にとれる。

 皇帝陛下の言葉はユークリウス殿下にとって想像の範囲ではあったが、それでも厳しい現実を突きつけられ、舌に苦い物が走る思いがした。『やはり一筋縄にはいかぬか』と、ユークリウス殿下は目を一瞬細めると、その表情を隠すかのように膝をついて再び最敬礼した。アーリアもそれに倣い、慌てて身体を伏した。


「陛下の暖かいお心遣いに感謝致します」

「有り難く存じます」


 ユークリウス殿下の謝辞。アーリアの視線の先で、跪拝したユークリウス殿下が唇をきつく噛んでいるのが見えた。


「皇太子殿下、ご退出」


 皇帝陛下により滞在許可と婚姻許可を賜ったアーリアとユークリウス殿下の二人はまた元来た道を辿り、玉座の間からの退出した。背には皇帝陛下を始め、貴族官僚からの目線が浴びせられた。

 荘厳な扉が閉められた後には、アーリアには乗り切った達成感よりも疲労感の方が強かった。

 暫く閉まった扉を硬い表情で見つめていたユークリウス殿下は、小さく首を振るとアーリアに向き直り、何時ものニヒルな笑みを向けてきた。


「では参ろうか?我が愛しの姫」

「はい、ユークリウス殿下」


 ここはまだ敵の領域テリトリー。どこで誰に見られているか分からない。皇太子殿下の宮へ帰るまでは、片時の油断も禁物。

 アーリアの手を取って歩き始めたユークリウス殿下は、自分の隣を行きよりも足取り軽く歩くアーリアに向けて和かに笑った。その笑みからは「よくやった。上出来だ!」という誉め言葉が込められていた。



お読み頂き、ありがとうございます!

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皇帝陛下登場です。

ユークリウス殿下とは容姿は似てますが仕草が全く似ていないので、ユークリウス殿下は父親に似ていると言われたことはありません。

本人たちはドライな関係を疑問に思った事さえないと思われます。


次話も是非お読みください!

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