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魔宝石物語  作者: かうる
魔女と北国の皇子
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北の塔の魔女1

 国王陛下、三人の王子たち、宰相をはじめ高官の貴族等、層々たる面子メンバーが集う中、謁見の間では新たに昇級した等級5以上の魔導士を迎え、等級証書授与式が行われていた。

 新たに等級5を授かった者から順に証書の授与が行われ、最後に、今試験最高位、等級9に昇級した白き髪の魔女に証書が授与された。


「おぉ、あれが……」


 その魔女は『東の塔』に《結界》を施したと魔導士界で噂される魔導士だった。

 入室した魔女の白き髪が飾り窓からの陽に照らされて美しくたなびくさまに、見ていた誰もが溜息を吐いた。その雪のように白い肌は陽に溶けそうな儚さだ。

 己が等級を驕らぬ、それでいて凪いだ水面の様な静かな面持ちで国王陛下の御手から証書を受け取った魔女は、とても等級9を持つ大魔導士には見えず、そのか弱く小さな身体に『守ってあげなくては!』と意気がる騎士まで現れたという。



※※※



 アーリアは証書を受け取ると気持ち足早に謁見の間より退出した。謁見の間を出るとその重厚な扉が閉められた。自然、緊張で詰めていた息を吐くと、その背に明るい声がかけられた。


「子猫ちゃん、おっかえりー!」

「リュゼ⁉︎ 来てくれてたの?」

「勿論。と言いたいところだけどネタバレ。実は宰相ルイスサンが呼んでくれたんだ」

「アルヴァンド公爵様が?」


 アーリアはそこにない筈の顔を見て、思わず気が抜けてしまった。人の大勢集まる場はアーリアにとって苦手この上ない。元々人付き合い自体が得意な方ではないのだ。人前で話すなど論外。親しくならないと碌に言葉も出てこない。

 ジークフリードとの逃亡の旅でその内弁慶も大分とマシになってはいたが、依然として敬語と普段使いが入り混じる状況をみると、それほど改善されてはいまい。現に、アーリアの中にはまだまだ苦手意識は残っていた。


「……リュゼ、その格好は?」


 アーリアとリュゼは並んで与えられた控え室へと歩いていく。隣を行くリュゼは何時もの身軽な格好ではなく、鎧を身につけていないまでも、その形は騎士服の様な改まった服装だ。


宰相ルイスサンに渡された。格好みなりで相手の牽制ができるらしいよ?貴族世界って身分がモノを言うから、こちらが平民だとナメて来るでしょ?この服は『塔』の魔女の守護を任せられた騎士が着るんだってさ〜〜」

「成る程……って、それじゃあ私が『東の塔』の魔女だってバレバレじゃない⁉︎」

「ハハッ!ま、もう今更じゃない?」


 以前アーリアが『東の塔』に《結界》を施す際、黙っておいてくれる約束を国王陛下としていた。それなのに何故か少しずつバレ始め、遂には公にされそうにしている。というより、もう一部の者たちには公にされている現状がある。

 アーリアとしてはそのように目立つ事など望んでいない。国の政策の邪魔などしないから、そっとしておいて欲しいのが本音だ。

 現に、アーリアとリュゼの後ろを遠巻きに見ている貴族子弟たちや、一般騎士たちがいる。ヒソヒソと交わされる会話がアーリアの心に苛立ちと居た堪れなさを生んだ。


「こんなに騒ぎになるならお師匠シショーサンに《転移》の魔宝具を貰ってくればよかったねぇ〜?」

「ホントに!」


 アーリアは自分の魔術チカラで《転移》できない歯痒さと悔しさを感じた。そしてこの時、魔術レベルを早く上げようと心に誓ったのだ。


「アーリア殿!」

「え……ナイトハルト殿下⁉︎」


 アーリアはリュゼと会話を交わしながら暫く濃紺の絨毯の轢かれた廊下を行くと、謁見の間の王族専用の出入り口から出てきたナイトハルト殿下と鉢合わせてしまった。

 驚きながらも王族への礼を取ろうと膝を折ったアーリアの手と腰を取って、ナイトハルト殿下はアーリアを立ち上がらせた。


「そんな必要はありませんよ、アーリア殿」

「しかし、身分による礼を無視するなんて……」


 身分による礼儀は身分制度を守る上で大切なもの。それを無視すれば身分制度の崩壊は免れない。それを王族自ら無視したとなれば、王子としての資質を疑われかねない。平民アーリアからすれば『平民が王族を見下している』と不敬罪で罰せられかねない案件だ。

 それでは簡易でもーーとアーリアは白いローブの下のワンピースの裾を摘み、慣れないカーテシーを行うと、ナイトハルト殿下はアーリアの手をとってその甲に唇を落としたのだ。

 その柔らかな感触を感じて顔を赤く染めてしまうのは仕方のない事だと、アーリアは矮小な自身のココロを慰めた。何故なら、ナイトハルト殿下の所作の美しさや男性離れした容姿の美しさに胸がときめくのは、美を愛でる人間なら仕方のない事なのだからと……。


「お会いできて嬉しく存じます、ナイトハルト殿下」

「私もアーリア殿とお会いできて光栄です。等級試験に来らているのは聞いて知っていたのですが、あそこは受験生しか入れませんからね。授与式でお会いできるかも分かりませんでしたので……」


 等級試験を受けたからといっても、全員が合格し昇級するとは限らない。

 アーリアとてそれは同じだ。等級7でも驚異的な魔導士としての才覚の持ち主とされ、まして等級9などは指折りしか存在せず、彼らは国家魔導士の十指に入る。

 その域に十代で仲間入りするなど、およそ十年ぶりのことだった。十年前は『漆黒の魔導士』ーーアーリアの師匠が史上最年少で等級10を制している。今もその記録は破られていない。

 だからこそ、ナイトハルト殿下もまさかアーリアがより高い等級を得るとは思っていなかったのだ。


「改めて、等級9への昇級おめでとうございます」

「ありがとうございます。ですが未熟な私が等級9など、このような若輩者には過ぎた等級です。その等級に見合うよう精進致します」


 それはアーリアの紛れも無い本心だった。等級8なら納得できたが、9はマグレの産物だ。

 アーリアの恥じ入る表情を憂いのある瞳で見つめていたナイトハルト殿下は、話題を急に変えてきた。


「……アーリア殿、『北の塔』はご存知ですか?」

「え……はい。存じております。北の帝国エステルと接する国境を守る『塔』ですよね?」

「そうです。……あの塔の魔女を、私の従姉弟いとこが務めているのですよ」


 ナイトハルト殿下の話によると、『北の塔』の魔女は殿下方の従姉弟いとこ、ハーバント公爵家の令嬢であるそうだ。ハーバント公爵家はナイトハルト殿下の母である王妃様のご実家で、その令嬢は王妃様の兄の末のご息女だそうだ。彼女は幼少より魔導の才に恵まれ、順調に等級を重ね、ついには『塔』の魔女に任命されるまでとなった。

 その令嬢は五年前に『北の塔の魔女』に任命され、国境に近い『塔』に《結界》を形成ーー現在も継続して任に当たり、国を守り続けているという。

 ナイトハルト殿下は『北の塔の魔女』と親戚関係という事もあり、『塔』へ定期的に足を運び、その守りを確認し、北の帝国との使者交流を行いう等、外交にも一役を担っているそうだった。


「北の魔女ーーシルヴィア殿にアーリア殿の話をした所、彼女は是非貴女にお会いしたいと申しているのです。アーリア様さえ宜しければ私と共に『北の塔』へ赴き、シルヴィア殿と会って少し話をして頂きたいのですが……」


 来週から『北の塔』への視察があるから是非共に来て欲しい、と言うナイトハルトにアーリアは戸惑いを覚えた。

 実を言えば即断りたい案件だ。だが、周りには未だにアーリアたちを取り巻く貴族子弟の目線も感じられて、どのように断れば失礼に当たらないのかを考えあぐねいていた。しかも、そこに新たな強敵が現れたのはアーリア最大の誤算だった。


「ーー私からもお願いしたい」

「ウィリアム殿下……⁉︎」

「私は常々『塔』のシステムを改善したいと考えていた。『東の塔』を守護するアーリア殿のご意見とその魔導士としての技術を借りたい」

「え……」


 ウィリアム殿下の眼力とその威圧的な言動に、アーリアは困惑し押し黙った。そんなアーリアをウィリアム殿下は責めた。苛立ち気に声を強める。


「アーリア殿!どうかご助力を」

「わ……私はお役には立てません」


 アーリアはウィリアム殿下の刺すような視線から逃げるように、その鋭い瞳から目線を逸らした。小さく呻くように呟いた言葉に、ウィリアム殿下の眉尻が上がる。


 秘匿している『東の塔』の《結界》は、複数の条件の元発動している。

 そこに住まう人々の想い、願い、英霊の魔力、豊富な精霊や魔力。それ以外にも様々な条件を組み込み、複雑な魔術を構築され、発動している。勿論、その魔術は所謂企業秘密。内容を公にするつもりは、アーリアには毛頭なかった。魔術を暴かれるという事は結界を壊す事と同意なのだから。

 もし《結界》が暴かれる事があれば、その《結界》にはもう防御力は存在しない。同じ《結界》を施すなど無意味だ。既に紙同然の防御力しかないのだから。


「だが、貴殿は『東の塔』のーー」

「ウィリアム、そのように無理強いするでないッ!」

「陛下!」


 背後から現れた国王陛下に、ウィリアム殿下は蝋梅した。国王陛下は何時になくその威厳のある相貌に怒りと苛立ちを滲ませていたからだ。


「ウィリアム殿下、それはこのような場所でする話ではない筈です」

「アルヴァンド宰相……」

「それともアーリア殿を蔑め見世物にでもしたいのですかな?」

「そのようなことは……!」


 王太子殿下と第二王子に囲まれたアーリア。その能力を買われながらも拒み、断りの姿勢を見せるアーリアに、周囲からその様子を見ていた貴族たちの目は冷たい。その事に王太子ウィリアム殿下は気づいていなかったのだ。

 ナイトハルト殿下は自分の不用意な一言がアーリアを陥れていた事に気付き、苦渋の表情を浮かべた。


「話の続きは別室にて行うとしましょう。アーリア殿、申し訳ないのだが、いま少し、我々に付き合っては頂けませんか?」


 アルヴァンド宰相の言葉にアーリアは頷くしか選択肢は残っていなかった。

 人払いをすると一行は移動した。そしてアーリアの為に設けられた控え室を話し合いの場とした。

 この控え室はアルヴァンド宰相による采配だった。彼はアーリアとは浅からぬ所縁があり、アーリアの身を心配して騒ぎが収まるまでこの部屋で休むように、事前に事態を想定して用意してくださったのだった。

 ウィリアム殿下は部屋に入るなり、アーリアに『東の塔』同様、他の塔にも結界の強化と改善を求めてきた。しかし、それに黙って首を横に降るアーリアに対して、ウィリアム殿下は次第に苛立ちを募らせた。


「……ウィリアム殿下、『東の塔』の《結界》、その魔術の構築式をお教えする事はできません。また、同じものを『北の塔』に配置する事も出来ないのです」


 アーリアは未来の国王である王太子であっても教えるつもりはなかった。国王陛下にさえ教えていないのだ。そして、これからも教えるつもりはない。


「それは何故なにゆえか⁉︎」

「それが《結界》を施した魔導士としての責任。そして、私の矜持です」


 それは魔導士ではない者ーーウィリアム殿下には理解は出来ない事に違いない。アーリアは瞳に強い意志と魔力を滲ませた。魔力ヒカリを帯びた瞳がキラキラと輝く。

 アーリアが珍しく滲ませた反逆とも見える姿勢、そして強靭な意志に、それでも食いついてきたウィリアム殿下を国王陛下が強い口調で制した。


「この国の防衛の全てを一人の少女の双肩だけに課すことなど、あってはならぬ」

「しかし……!」

「この年若き魔女殿は等級9を持つ魔導士だと言うことがまだ分からぬか⁉︎ こうまでして守りたい『東の塔』の《結界》を、お前は壊したいのか!『塔』一つでは飽き足らず、全ての『塔』の管理を一人の魔導士に押し付けたいのか!『塔』一つであってもそれを守る身としては一生背負う過酷な任務。それをお前は軽く見ているのか‼︎」


 国王陛下の怒気を孕む言葉の数々に、ウィリアム殿下は雷に撃たれたかのように身を震わせ、そして押し黙った。

 アーリアが『塔』の守護をしている割に身軽に見える事、その見た目に貫禄がない事などが、周りの目を曇らせる要因であるのは、当の本人にも理解できていた。しかし、自身の見た目の有無など、どうしようもないではないか。

 だからこそアーリアは目立たず、騒がれず、静かに過ごしたかったのだ。


「アーリア殿。我が愚息が貴女を傷つけ、蔑ろにした事を代わりに詫びよう。本当にすまなかった。貴女を『東の塔』の魔女と公表したのは、このように浅ましくも全ての『塔』の管理を押し付ける為ではない。寧ろその逆、そなたの身を案じての事だ。しかし、どのように詫びようと貴女の傷ついた心は癒える事はないだろう。なれば、私にできる事は謝罪を口にする事のみ。厚かましい事とは思うが、願わくばこれからも『東の塔』の守護に、そなたのチカラをお貸し頂きたい」


 口を固く閉ざし俯いたアーリアに、国王陛下は謝罪を明確にした。陛下による正式な謝罪を受け、アーリアは静かに頷いた。


「っ!」


 ウィリアム殿下は己の考えの浅ましさなは瞑目して唇を噛んだ。

 魔女一人に全ての『塔』を守護させるという事は、魔女の身をを人身御供にして国の軍事の要を一手に押し付けるという事だ。そこに魔女個人の意思や人権は無い。王族が平民でしかない魔導士にその権力を振りかざし、有無を言わさず働かせる。そのような行いを一時でも良しと考え、無理矢理相手に押し付けようとしていたのは、紛れもなく王太子じぶんだ。

 だからこそ、そんな事も気づけぬ王太子の考えに国王陛下は怒りを露わにし、アルヴァンド公爵は苛烈な怒気を放っていた。当然の事だろう。アーリアの背後に控える専属護衛など、不敬に当たるにも関わらず冷ややかな視線をウィリアム殿下に向けて止まない。


「……お気になさらず。私のような魔導士には身に余るお言葉。これからも『東の塔』の事はお任せください」


 王族に謝罪された平民魔導士としては、これ以上の言葉は不敬に当たる。それ以外には何も言えない。

 しかし、どうしてもアーリアにとってはシコリの残る結果に、胸の痛みは当分消えそうになかった。


「アーリア殿」

「あ、はい」


 アルヴァンド宰相は息を整えると、アーリアに出来る限り優しい眼差しを向けた。


「アーリア殿さえよろしければ、『北の塔』へご足労願い、北の魔女シルヴィア殿とお会いして頂きたい。……同じ塔の魔女として一時の話し相手になって欲しいのです」


 『同じ魔導士としての話くらいならできるだろう』というこの案は、この騒動の落としどころとしての提案だった。ウィリアム殿下とナイトハルト殿下、二人の王子からの提案を無下に断る事は出来ない。廊下で内容を探っていた貴族たちとの目もある。アーリアもアルヴァンド宰相の言葉から、それらの状況を察する事ができた。


「それならば……」


 と、引き受けるしか事態を収める事は出来なかったアーリアの瞳には、渋々、嫌々、ヤケクソ、そんな色が浮かぶ。それを読み取ったアルヴァンド宰相の表情は硬い。

 アーリアがアルヴァンド宰相とリュゼに挟まれて部屋を退出しようとした時、ナイトハルト殿下がアーリアの手を引いて引き止めた。


「あの、アーリア殿。貴女を困らせる為にこのような事を頼んだのではないのです。ただ私は従姉弟いとこの話し相手になってほしかった。それだけなのです……」


 孤独な魔導士の心に寄り添えるのは同じ立場の魔導士だけなのではないか、そう付け加えたナイトハルト殿下の言葉にアーリアは少しだけ笑みを浮かべて、ナイトハルト殿下の瞳を見つめた。そしてゆっくり頷くと、その手をキュッと握りしめた。貴方の優しいお心は分かっております、というアーリアの精一杯の無言の返答だった。


 帰りがけにリュゼが「引き受けずにトンズラしちゃったらよかったのにね〜」と言った言葉が、アーリアの胸にサックリと突き刺さったのは言うまでもなかった。



お読みいただきありがとうございます!

ブックマーク登録等、ありがとうございます!嬉しいです!


ウィリアム殿下の暴走。正義感の塊のような方ですので『これだ!』と思ったら猪突猛進な所があるようです。でも根底にあるのは国への愛国心ですから、アーリアを傷つけようとした訳ではありません。

ナイトハルト殿下はお兄ちゃんの暴走でアーリアをデートに誘い損ねて意気消沈してます。

何事もタイミングが大事ですね〜〜。


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