等級試験2
アーリアの姿に見惚れて動かないジークフリードを他所に、リュゼは自分に駆け寄ってきたアーリアへと話しかけた。
「どうしたの子猫ちゃん、試験は?」
「終わったよ」
「で、どうだった?昇級したの?」
「う、うん……」
アーリアにとって等級昇級とは等級7から更に高位の魔導士になるという事だ。魔導士として頭一つ群を抜いているアーリアが更なる昇級。それはつまり国に新たな高位魔導士が一人誕生したという事に他ならない。システィナ国では等級5を超える魔導士は貴重な人材とされているのだ。
誰しも魔術の勉学に励めばーー経験値を積めば高度な魔術が使えるという単純な話ではない。勿論、弛まない努力は必要だ。しかし、魔術を扱う上では勉強が出来る出来ないという事よりも『センス』の有無が圧倒的に重要となってくる。アーリアにはそのセンスを他者よりも多く持っていたという事に他ならない。その分、運動神経は神に見放されているのだが……。
「どーしたの、浮かない顔して?昇級したんじゃないの?」
「うん、等級が2つ上がってたんだけど……」
「へ〜〜……って9!?」
「……うん」
「スゴイじゃん!……あ、でも、それにしては嬉しくなさそうに見えるケド?」
リュゼには、アーリアが自分の昇級に対しての喜びなど微塵も持っていないように見えた。それはリュゼの見間違いではなかった。アーリアは自分の等級昇級が疑問でしかなかったのだ。確信していた等級8への昇級ならば、その結果を受け入れていただろう。何故ならば、アーリアには既に等級8相当の魔術を使えていたからだ。属性の違う魔術を組み合わせた攻撃魔術や高位の回復魔術がそれに相当していた。
だが、実際の等級は9。担当した試験官に等級9だと興奮気味に告げられても、アーリア自身、俄に信じられないでいた。
まだまだ理解できていない魔術や構築できない魔術があるのだ。等級8に相当する魔術《転送》の発動とて不十分なのだから。
変わり者のエルフが言っていた事は本当だったのかとの考えが、アーリアの頭をよぎった。自分が等級9ならば、等級10の師匠や、生みの親である魔導士バルドはどうなるのだ。彼らは自分から見ても到底足元にも及ばぬ大魔導士ではないか。
「明日の等級証書授与式に出席する為に、王都にもう一泊しなきゃならなくなったの。それで……リュゼはどうする?」
「勿論、僕も泊まるよ?」
「いいの……? お仕事は?」
「大丈夫(むしろアーリアの護衛が仕事)だから!」
リュゼの了承の言葉にアーリアはホッと胸を撫で下ろした。行きは師匠に送ってもらったのだが、帰りは自力で戻らねばならなかったのだ。王都オーセンからラスティまでは街道も整備されていて距離もそこまである訳ではないのだが、一人旅が不安でない訳ではなかったのだ。
「あと、この後リディエンヌ様に呼ばれてるの。リュゼも来てくれると嬉しいんだけど……」
「オッケー!」
リュゼは短く了承すると、「よっと!」と声を小さく上げながら飛び起きた。そしてリュゼは腕をそのまま空に突き出して身体を伸ばした。
「あら……? 獅子くんは何時迄もこんな所で油売っててもいいワケぇ〜〜?」
「ーー!」
せっかく一月振りにアーリアと会えたというのに、ジークフリードはずっと惚けていて話の一つもできていなかったのだ。ジークフリードは己の駄目さ加減にショックを受けながらも、アーリアに一つの提案を試みた。
「休憩中だから心配ない。だが、流石にそろそろ戻らねばならない。だからアーリア……」
「残念。せっかくジークに会えたのに……」
「俺もだ。アーリアさえ良ければ等級証書授与式後にでも場を設けたいのだが、どうだろうか?」
「はい。私もジークともう少しお話したいです」
「そうか。では、また後で連絡をよこす」
「分かりました」
アーリアの返事にジークフリードは目を優しく細めて微笑んだ。
「今日はアーリアの姿が一目でも見れて良かった」
ジークフリードはアーリアの手を取ると、《契約》の痣をそっと撫でながら手の甲に唇を落とした。するとピリッと電気のようなものがアーリアの身体に走り抜ける。アーリアとジークフリードの精神的な繋がりに身体が反応し、お互いの魔力が交差した。
ジークフリードは名残惜しそうにアーリアの手を離すと、手を一つ振り王宮へ足早に戻って行った。
※※※※※※※※※※
試験後連絡を受けたアーリアは、リディエンヌに連れられてアルヴァンド公爵家へと訪れていた。
リディエンヌに笑顔で強引に手を引かれ、そのまま公爵家の馬車に乗せられてアルヴァンド公爵家が王都に所有する屋敷まで連れて来られたのだ。
このリディエンヌの強引さはジークフリードやアルヴァンド公爵ルイスと大いに重なる点だ。アーリアに拒否権がないという事も含めて。
アルヴァンド公爵家に着くと筆頭執事が出迎えてくれた。老紳士である彼は、以前この屋敷に滞在した時も平民魔導士であるアーリアの事を『賓客』としてよく尽くしてくれた出来た執事でもあった。
「お嬢様、お帰りなさいませ。アーリア様とリュゼ様もよくお越しくださいました」
執事は頭を深々と下げて屋敷への歓迎を表すと、そのまま屋敷の中へと誘ってくれた。通された部屋の机には色とりどりの花が飾られ、様々な種類の甘味が所狭しと並んでいた。
「す……すごい……!」
「アーリア様をお迎えするのですから、これくらいは当然ですわ!……それにこれは私たちの昇級のお祝いも兼ねておりますのよ?」
「すごく可愛い……!」
「そのように喜んで頂けたのなら、私も嬉しいですわ。アーリア様、一緒に召し上がりましょう!」
「リディエンヌ様、ありがとうございます!」
執事が四人分の紅茶を運んできた。茶器が四つという事にアーリアへ一瞬首を傾げたが、その理由はすぐに知れた。扉のノブがガチャリと回され、開かれた扉から一人の紳士が現れたのだ。
「ご一緒して構わないですかな? 美しいお嬢様方」
「お久しぶりでございます、アルヴァンド公爵様! お邪魔しております」
現れた紳士はこの屋敷の主人、アルヴァンド公爵ルイスであった。ジークフリードとリディエンヌと同じ金の髪、そして美しい海のような碧眼には今、深い慈愛の心が浮かんでいる。引き締めると威厳を放つ容姿には穏やかな笑みが浮かんでいた。
若い頃はさぞ世の女性たちの視線の的になっていたに違いない。今でもアルヴァンド公爵が優しく微笑めば、その色気にクラっとくる女性がいる筈だ。それも一人や二人ではないだろう。
ジークフリードも歳を重ねればこのようになるのだろうか、と思うほど二人のその容姿は似ていた。
アーリアがアルヴァンド公爵に礼を述べると、アルヴァンド公爵はアーリアの手を取ってその甲に軽く唇で触れた。貴族にとってそれが女性に対しての礼儀の一つだとしても、平民でしかないアーリアには緊張する一幕だ。アルヴァンド公爵が放つ色気に思わず顔を赤らめていると、アルヴァンド公爵はそんなアーリアの表情を見て笑みを深めた。
「貴女は可愛い女性だな、アーリア殿」
そう零してアーリアの瞳をじっと見つめたアルヴァンド公爵に、息の合った二人のツッコミが入った。
「そーゆートコだよ、宰相サンのタチの悪いトコロ。ウブな子猫ちゃんをみだりに誘惑しないでくれる?」
「リュゼ様の言う通りですわ、お父さま! いくらお母さまがお亡くなりになっているとは言え、うら若き女性に軽々しく手を出して良いという訳ではございませんのよ?」
リュゼはアーリアの腰を引き、アルヴァンド公爵から距離を取らせると、言葉の棘とは裏腹に楽しそうな笑みを向けた。リディエンヌの方は文字通りプンスカと怒っているが、それも可愛い仕草だから恐ろしさなどない。
「ハハハ! 二人はおっかないなぁ。良いではないか? 可愛いお嬢様に会ったら褒める。そして口説く。これは貴族男性の常識であり嗜みだ」
「そのお父さまに一方的に横恋慕してきたご令嬢に、生前のお母さまが幾度お悩みになったことか……!」
「えっ! やっぱりそーなの⁇ 宰相サンも隅に置けないなぁ〜、僕、そんな宰相サンの武勇伝、聞きたいなぁ〜〜」
「おっ! そうかい?」
「私は結構ですわ!」
アルヴァンド公爵のお茶目な一面をリュゼは大層喜んだ。元々、アルヴァンド公爵とリュゼの二人は身分と年齢を越えて仲が良い。リュゼはアルヴァンド公爵が見込んで直々にアーリアの専属護衛にと寄越したくらいだ。そもそとリュゼは自分第一主義の事なかれ主義。そんなリュゼがアルヴァンド公爵の命令に快諾したのだから、二人の仲が知れようというもの。
「旦那様、お嬢様。お客様を放り出して何をなさっておいでですか? お茶が冷めてしまいますよ?」
執事の冷静な言葉に我に帰った親子は、少し済まなそうにしながら席についた。そうしてやっと、美味しいお茶菓子を摘みながらのお茶会はスタートした。
「さて……」
和やかな雰囲気のお茶会も一息着くと、アルヴァンド公爵は居住まいを正してアーリアへ向かい合った。それに気づいたアーリアも背筋を正す。
「アーリア殿。明日の等級証書授与式ですが専用の控え室を用意させております。式の後は暫くの間を置いてお帰り頂く予定です。また、帰りも我が家から馬車を出します」
「え!? いち魔導士に対してそこまでして頂く訳には……」
「貴女はもう一介の魔導士などではございません。不本意とは思いますが、本人のあずかり知らぬところで評価はなされているものです」
アーリアはアルヴァンド公爵が冷静に言い放つ言葉に胸が締め付けられた。
等級試験会場や控え室で感じた視線。何気なく交わされるアーリアを的にした会話。それらには悪意はなくとも、アーリアの心に小さな傷をつけるには十分な鋭利さがあった。
アーリアは己の掌をぎゅっと握って、アルヴァンド公爵を見据えた。
「困ります……」
「……アーリア殿のお気持ちを察しますと、私も心が痛みます。これは全面的に国の不徳の致すところなのです。本来ならアーリア殿が『東の塔』に携わった時点で、貴女の立ち位置を定めて置かねばならなかったのです。自分たちの職務を放棄し、挙句、今日までその課題を放置してきた国王陛下始め官僚たち全ての怠慢!それが貴女にしわ寄せとして来ている。誠に申し訳ない次第です」
頭を下げて謝罪するアルヴァンド公爵に、アーリアは眉を下げた。『国の官僚たちの職務怠慢』とよ謝罪を受けたアーリアだが、自分にも責任の一端がある事も理解していた。『都合よく黙っていれば普段通りの生活が送れる』。ーーそう、これまで考えてきたのだから。
ー不安定な地盤の上では平和な日常なんて望めないのね?ー
アーリアはギュッと締め付けられる息苦しい胸の痛みに耐えるように瞑目した。
ー職務怠慢なのは自分も同じ。実際に私も『塔の管理』なんて、してはいないのだし……ー
他の者が行う筈だった仕事を横取りしたのだ。さぞ横暴な行為だったに違いない。そう、最近になってからやっと、アーリアは自分の行いの不味さに理解し始めていた。しかしそれらを理解してもなお、国と向き合って話し合おうとは思えずにいた。
ー自身の行動の責任は、自身に還るー
自分の行いの所為で自身が苦しめられている。それが頭で理解できてはいても、アーリアには気持ちの整理が上手くつかなかった。
「それでも……それでも私は今まで通りに暮らしたいのです」
「ええ、私も貴女の希望はなるべく応えたい。だが、できない事もあるのです。貴女の取り巻く環境はこれからも刻一刻と変化していくでしょう。……貴女の気持ちを無視していく事もあるやも知れません」
アーリアはアルヴァンド公爵の言葉に裏がない事は分かっていた。だからこそ、遣る瀬無い気持ちに胸が締め付けられた。自分のような者に誠意を見せ、王宮の不徳を包み隠さず話してくれるアルヴァンド公爵を恨む気持ちになどなれない。しかし……と、アーリアは不意に目に見えない大きな波に飲まれていく感覚に囚われた。国という渦巻く大海に無策のまま飛び込んでしまったのは、自分。
未知の暗闇に飛び込んだ時のような恐怖に襲われたアーリア。キュッと目を瞑ったアーリアに、アルヴァンド公爵は優しく語りかけた。
「ですが、これだけは覚えておいて頂きたい。私はいつでも貴女の味方です。貴女には幸せになって頂きたい。私がそう思っていることを……」
アルヴァンド公爵は固く握って何かに耐えていたアーリアの拳の上に、己の手をそっと重ねた。その震える小さな手を癒すかのように。
「アルヴァンド公爵家は王国を守る貴女をお守りいたしましょう」
アルヴァンド公爵は小さな子猫のように縮こまるアーリアにそう言葉を重ねた。そこに有りっ丈の誠意を込めて。
アルヴァンド公爵家は王と王家の盾にして剣。だが盲目的に忠誠を誓っている訳ではない。時には国王陛下でさえ厳しく叱責し、道を正す事も務めなのだ。それが王家の影と言われる所以でもあった。
アーリアを守る事は国を守る事に相当する。アーリアは四つの軍事の要の一つを守る魔導士でもあるのだからと、そう、表向きの理由を述べてーー……
※※※※※※※※※※
夕刻。仕事を終えて帰ってきたジークフリードは、己より一足早く屋敷へ帰って来ていた父アルヴァンド公爵ルイスがアーリアと親しく語らっている姿を見て怒りを募らせた。
宰相でもあるアルヴァンド公爵が珍しく国王陛下の側を離れている事を知っていたジークフリードは、その本人がまさか自宅でアーリアとお茶会をしているとは思ってもなかったのだ。
実際にはアーリアと話をする事も仕事の一環なのだが、この時のジークフリードにはそれらの事情を冷静に判別できずにいた。アルヴァンド公爵自身も息子から理不尽にぶつけられた怒りのもとを訂正しなかったのは、単に面倒だったからだ。
いち近衛騎士に宰相たる己が話す事など限られる。それは親子とて例外ではない。王宮では親も子も関係ないのだから、とーー
「おぉ! ジーク、遅かったな?」
「ヤッホー獅子くん。お邪魔してるよ?」
「あら、お兄さま。そのような所に突っ立ってませんと、早く此方へどうぞ?」
そう三人続けて言葉を投げかけてくるが、依然としてその三人はアーリアを囲んで離そうとはしない。
己を入れる隙間などあるのか。いや、ない。入れる気もないやも知れぬ。……と、ジークフリードはギリギリと歯を鳴らした。
そんなジークフリードを横目で確認していたリュゼとアルヴァンド公爵がニヤリと笑った。それをリディエンヌはそれをうっかり見てしまい、溜息と共に後悔したのは言うまでもない。なんて大人気ないのか。
ヤレヤレと首を振ったリディエンヌはそのすぐ後、兄想いのリディエンヌはアーリアを屋敷に泊める提案をした。
そしてその晩……
夕食を終えたアーリアは自身に与えられた部屋に戻る途中、ジークフリードに呼び止められた。ジークフリードは秋の花々の咲き誇る中庭へとアーリアを導いた。中庭へ出ると涼しい夜風がアーリアの髪をフワリと揺らした。
「アーリア、会いたかった」
「私もです、ジーク」
夜空の月に照らされて輝くアーリアの瞳を見つめながら、ジークフリードは語る言葉に詰まらせていた。一月ぶりのアーリアを誘い出したというのに、いざ話をしようにもなかなか話題が出てこないのだ。アーリアに見つめらるだけで何故かドギマギしてしまう自分に苛立ちすら感じた。好きでもない相手には歯の浮くような台詞を口の端に乗せてきた社交界の貴公子がなんたるザマだ、と父親あたりに揶揄われそうな不甲斐なさであった。
「こ、この一月はどうだった?」
「あっという間でした」
「嗚呼、リュゼが羨ましいな……アーリアのすぐ側にいて、成長を見守っていられるのだから」
「成長なんて……私、どこも変わっていませんよ?」
「そんなことはない。この一月で見違えるほど美しくなった」
本音だった。
ジークフリードは焦りを感じていた。美しくなっていくアーリアに。何も変わらぬ自分に。
「お世辞は……」
「世辞なんかじゃない。綺麗だ、アーリア」
理性が抑えられずにジークフリードはアーリアの頬にそっと手を置いた。その滑らかな肌を一撫でするとそのまま額に唇を落とした。
アーリアは間近に迫ったジークフリードの顔にドキリとした。額へのキスは親愛の証。貴族の中では頬へのキスと同じく挨拶のようなものだと聞いた事があったが、それでもその突然の行為には驚きが勝るのだった。
一方、ジークフリードは変わらぬアーリアのその表情にはほんの少しだけホッとしていた。目の前のアーリアは二か月間共に過ごした彼女と何ら変わらないのだと安心して。
「側にいてお前の助けとなりたい。だがその一方で、俺は騎士として王と王家に仕えたいと思っている。中途半端な俺を許してくれ」
「いいえ、ジークは立派です。私はジークの騎士としての誇りと矜持を支持しています。……それに、護衛ならリュゼもいるから大丈夫ですよ?」
「お前の口から他の男の名が出るなんて、嫉妬してしまいそうだ」
「え……? リュゼが私を守るのは『仕事』だからですよ?」
アーリアは事もなげに答えた。リュゼの本心はどうあれ、リュゼがアーリアを守るのはそれが『仕事』だからだ。アーリアとリュゼは存外それを割り切っていた。
だが、それはジークフリードにも分かっていた。しかし、自分にできない事をしているリュゼと、リュゼに信頼を寄せているアーリアとを見ると、居ても立っても居られない気持ちになるのだった。
「それでも、だ。今夜だけ……今だけ俺の姫でいてくれ」
ジークフリードはアーリアの手の甲に唇を押し当ててそのまま虹色の瞳を見つめた。そして、そのまま手を引いて己の胸の中に閉じ込めると、本人には聞こえないくらいの小声で「俺を置いて行かないでくれ」と囁いた。
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ダンディなアルヴァンド公爵登場!
武勇伝は語り尽くせぬほどありそうです。




