等級試験1
王宮内にあるその会場は静かな緊張感で満たされていた。集まった人々は表情を固くし、生唾を飲んで佇んでいる者が多い。その様子を見た者まで緊張感に飲まれるような錯覚を起こした程であった。
アーリアはと云うと、薬師に苦い薬を飲まされる前の幼子のような気持ちで、試験会場外に設けられた控え室の椅子の一つに座っていた。
等級試験は受験者全員が一斉に受ける筆記試験の後に、個人による実施試験が行われる。どれだけ知識があろうと実際に魔術を発動できなければ意味がないからだ。試験は公平を期す為、魔道具による魔力増幅も禁止されてた。
実施試験は魔術により強化された部屋に一人ずつ入って行う。等級1から10までの魔術の段階を一つずつ踏んで、一段階ずつ術を発動させていくのだ。発動させる魔術は試験当日にならないと発表されない。これも不正を防ぐ手口の一つだ。
試験会場にて試験官に手渡された要項に沿って魔術を発動し、それを試験官が審査する。等級1の魔術が発動すれば等級2へ、等級2の魔術が発動すれば等級3へと順にレベルを上げていき、担当の試験官が受験者の等級レベルを測っていくのだ。実に単純な試験方法だが、一人ずつ試験を受けるので時間がかかる。試験時間よりも待ち時間の方が長い。その待ち時間をどう過ごそうが特段決まりはないのだが、不真面目に待つ者はあまりいない。控え室には老若男女、平民から貴族までが自分の番を待っているが、皆、神妙な面持ちを待って座している者ばかり。
「はぁ……」
アーリアはため息を吐いて足元を見た。
どうも誰かに見られている。
自意識過剰かもしれない。そう思えど、今日はやたらと多くの視線を感じるのは事実。アーリアは『秋季等級試験会場こちら→』の看板の指示に従って正門を入り王宮内へと足を進めたのだが、すれ違う者からチラチラと視線を受けた。また、こうして座っている時も何となく見られている気がするのだ。
ーひょっとして私、浮いてる?何かしたかな?ー
呑気に『白い髪を隠していないからだろうか?』などと考えてていたアーリアは、柱時計の針を見ながら自分の番が来るのを今か今かと待つ。
試験が終われば直ぐに発表も行われる為、一人ひとりの時間はそれほどかからない。筆記試験の結果は実施試験の間に出る。その為、試験結果は即日発表されるのだ。
試験とは名ばかりに『等級証書』を受け取る為の大袈裟な儀式だと言ってもよい。本来の趣旨とは異なるのだろうが、魔導士個人としては、自分の魔術レベルを明らかにし、国に認めてもらう事が大きな目的なのだ。要するに、魔導士としての箔付けの一つが『等級』であり、国としては魔導士の『管理』が最大の目的なのだ。
アーリア自身もこの考え自体には同意しており、その為今日も『魔導士の管理名簿に名前を書きに来たようなもの』と考えていた。というのも、等級試験にはいい思い出がないからだ。
2年前に初めて試験を受けた時の印象が悪すぎて、この試験に対するモチベーションは全く上がらない。寧ろ早く終えてお家に帰りたい。王都の流行りの甘味をご褒美に今を乗り切るしかない。ーーナドとグチグチ考えていたアーリアは、ともすれば今すぐ帰りたいと思う気持ちを抑えた。
そのような事をぐちぐち考えていると、誰かが隣の席に腰を下ろした。『どうしてこの広い控え室にある多くの椅子の中、わざわざ自分の隣に座る必要があるのか?』とアーリアが気分を悪くしていると、知った声が隣席から発せられた。
「アーリア様、お久しぶりでございます」
「……リディエンヌ様?」
俯いていた顔を上げ、声の主へと顔を向けると、そこにはアルヴァンド公爵家令嬢リディエンヌの姿があった。
等級試験には身分も年齢も性別も関係はないが、貴族令息、貴族令嬢が利用するサロンが此処とは別にある為、平民の為の控え室にある筈のない姿ーー可憐な令嬢の登場に、控え室の中は僅かに騒めきが起きた。
長く美しい金の髪を緩めにウェーブさせ、薄く化粧を施した少女は、今日も眩しいくらい美しい。リディエンヌはその桃色の唇に笑みを浮かべていた。
「お久しぶりでございます、リディエンヌ様……」
立ち上がって挨拶をしようとしたアーリアをリディエンヌが手で制した。
「そのような事は不要ですわ。今は試験時でもありすし、私とアーリア様は一人の魔導士としてここへ赴いているのですから。それに、私の敬愛しているアーリア様にそのようなことをして頂くなど、こちらが恐縮してしまいます」
「そう……ですか?でも……」
「私が良いのだから良いのですっ。アーリア様は我がアルヴァンド公爵家の恩人でもあるのですから」
「大袈裟過ぎですよ」
リディエンヌはアーリアの控えめな言葉に首を横に振って否を表した。だがこのような場所で話す内容ではないと思い直し、居住まいを正した。
最後に会話を交わした日からおよそ一月振りの再会。リディエンヌから見たアーリアはあの日よりほんの少し大人びて見えた。なんの変哲もない白マント姿だが、白磁のように白い肌に白金の髪、虹色の瞳、そしてその凛とした容姿は、あの日より一段と美しさを増したようにさえ思えた。
「これはお兄様もうかうかしていられませんわね!」
「え?……リディエンヌ様、何か?」
「い、いえ、こちらのことですわ!」
リディエンヌは手を振りながら笑顔でアーリアの言葉をかわした。
「そうですか?ーーでは、改めてまして。リディエンヌ様お久しぶりでございます。お元気にしておいででしたか?」
「はい。アーリア様もお変わりありませんようで。父も、それに兄たちも息災にしております」
「それは良かったです。それで、リディエンヌ様も今回の等級試験を……?」
「ええ。私は年に一度は試験を受けることにしておりますの。あぁ……アーリア様は2年ぶりの受験になるのではございませんか?」
「え、ええ。私はあまり受ける気はなかったのですけど……」
アーリアは真面目なリディエンヌと不真面目な自分との気持ちの違いに心が苛まれた。次いで、ここに集う魔導士たちに対して少しだけ罪悪感を抱いた。受験態度が違いすぎると。
「今回の受験は急なご予定でしたのね?……それでは此処へはどのようにしてお越しになられましたの?」
「師匠に送っていただきました」
「まぁ!あの『漆黒の魔導士』様ですわね?」
「漆黒……⁇ え、はい……」
師匠に二つ名があったなど初めて知ったアーリアは少し驚いてから、肯定した。
「では、リュゼ様もご一緒ですの?」
「はい。今は大庭園で待ってもらってます」
受験者以外は王宮内へ入れない。しかし、リュゼはアーリアの専属護衛になった時点で王宮の職員扱いになっているので、王宮内へも入って来られる筈なのだが、それを知ってか知らずか、リュゼは王宮内へ入って来ようとはしなかった。
「アーリア様、もしよろしければ試験の終わった後に少し、お時間を頂けますか?」
「はい、大丈夫ですよ。ーーあ、一度リュゼにも聞いてからでもいいですか?」
「勿論ですわ。試験終了後にもう一度、お伺いしますね?」
アーリアが頷いた時、係り員からの呼び出しの声が控え室内に響いた。
「受験番号六十九番の方、会場へお入りください」
係り員から呼び出されたアーリアは、スッと椅子から立ち上がる。リディエンヌはアーリアに可愛い笑顔で手を振って見送ってくれた。アーリアはリディエンヌの笑顔による声援を受け、少し気分が浮上してくるようだった。
気分を持ち直して試験会場へ歩みを進める。それだけなのに周囲が騒つくのが分かった。それにアーリアは内心ため息を吐くと、なるべく誰とも目を合わせずに試験会場へと入って行った。
※※※※※※※※※※
「おい、そこの不良猫。お前はアーリアの専属護衛じゃないのか?」
リュゼは閉じていた目を片目だけ開けて、声の人物の方へ顔を向けた。
等級試験期間中、王宮の大庭園は一般公開されている。その美しく手入れされた芝生の上で寝転がり、日光浴をしていたリュゼは真上に登る太陽の光に目を細めながら、自分の顔を見下ろしてくるその人物を見留めた。
そこにはおよそ一ヶ月ぶりに会う顔があった。その人物は白い鎧に赤いペイントで国旗が描かれた鎧を身につけ、同じ赤の糸でこれまた国旗の刺繍の入った白いマントを纏う近衛騎士の装いをしている。金髪碧眼を煌めかせ、まるで何処ぞの王子様のような容姿からは何故か爽やかさが抜け落ち、やたら不機嫌そうなオーラを放っている。
「あぁ〜〜獅子くんじゃーん。久しぶり!元気?ってか不良猫って何さ⁉︎」
「アーリアの専属護衛なら、しっかり中までついていかんか!めちゃくちゃ目立っていたぞ?」
「アレはシカタナイでしょ?それに、専属護衛なんてついて行ったらよけーに目立っちゃうでしょーが?」
「……」
「ほら、君もそう思ってんじゃん」
まるで王子様のような近衛騎士ーージークフリードはリュゼの指摘にあっさり沈黙した。
貴族令嬢でもない平民魔女に護衛がつく事などまずない。アーリアは『東の塔』を守護する魔導士と知られた今でも、その立場は不明確さが多く、未だ立ち位置は一介の魔導士に過ぎなかった。また、その不明確な立場でさえ、国の上層部ある者にしか知らされていない現状なのだ。
だが、白い髪の魔女が2年前に等級7の証書を授与された事は魔導士業界では周知の事実。王宮警備の為見回りをしていた時ジークフリードの耳には、やたらと『白き髪の魔女』の噂が飛び込んできた。しかもそれは受験に来た魔導士内だけではなく、警備をする近衛騎士内でも貴族たちの口の端に乗せられていたのだのだ。
「……アーリアは『青き竜』討伐にも駆り出されたそうだな?第4騎士団の間でも噂になっていた」
「そーだよ。つい一昨日のコトだからねぇ〜。なかなか子猫ちゃんのお師匠サンも人使い荒いよね?」
リュゼは起き上がると腕を頭の裏で組んで、身体を右へ左へと捻った。そして、固まった身体をほぐしながら意識だけをジークフリードへと向けた。
「ほぼ一人で『青き竜』を屠ったというのは……」
「ホントの話。子猫ちゃんは魔導士としては一流だと思うよ?運動神経は死んでるゲドね」
「それ程までに、か……」
リュゼを通して噂の信憑性を確かめ、噂が真実だった事を知ると、ジークフリードの口からは知らずと溜息が溢れていた。
ジークフリードはアーリアが声を封じられている間の護衛だった。だから、必然的にアーリアが魔術を使う所を見る機会が殆どなかったのだ。
2ヶ月近くも側にいたのにも関わらず、アーリアの魔導士としての実力を未だによく知らない。『東の塔』に敵国からの侵入を阻む強固な《結界》を張っているくらいなので、魔導士としては優秀な部類なのだろう。そのくらいぼんやりした情報と感覚しか持てていなかった。
結界や回復魔術には少し触れたが、強力な攻撃魔術を放つアーリアなど、ジークフリードには想像もつかなかった。そう、ジークフリードの中のアーリアは未だ魔法や魔術の使えぬ『か弱い少女』のまま。だからこそ、『青き竜を一人で殲滅した』などと噂を聞いても、俄かに信じられなかった。
「しかも、アレだけの魔術を使っておいてまだ本気じゃなかった。本人は防御面においては要課題だって言ってたけどさ……個人における攻撃面を脅威に思うヒトは、いるだろうね?」
「……」
「まぁでも、魔術って等級に相当するチカラなんだから、お師匠サンやバルドの方が明らかヤバイっしょ?等級7以上の魔導士は子猫ちゃん以外にも国内には何人かいるんだろうし」
「……それもそうだ。だが、アーリアは運動神経に隙があるから狙われ易いだろう?その分はお前がフォローすれば良いだけだしな」
「分かってるって〜〜!宰相サンに頼まれちゃったから、しっかりオシゴトはするよ?」
「それが納得いかないんだが……」
ジークフリードは父ーー宰相であるアルヴァンド公爵ルイスが、リュゼをアーリアの専属護衛の任を直接指名し、任命した事実が気にくわず、未だ納得いかずにいた。アーリアの護衛に自分ではなくリュゼに、という所が特に……。
アルヴァンド公爵家は国王と王家の盾にして剣。近衛騎士となったジークフリードがおいそれと国王陛下の側を離れること等あってはならない。ジークフリード自身も、忠誠心は王と王家に捧げられていると公言している。だからこそ、無闇にこの王宮を離れる訳にはいかないという気持ちは強い。だが、『アーリアを己の手で守りたい』という気持ちも、胸に強くあるのだ。
恋心と忠誠心の間に揺れる矛盾。この実に中途半端な胸の内を、ジークフリードは己の中で解決できていなかった。それこそが、父アルヴァンド公爵ルイスから『未熟』と言われる所以であり、その未熟な面を父親から不安に覚えられている等とは、息子ジークフリードは気づいていない。
「僕さ、お師匠サンが子猫ちゃんを社会に出したい気持ちも分かるんだよね〜〜」
「どう言う事だ?」
「子猫ちゃんの価値を知らしめてるんだよ?簡単に手出しさせない為に、そのチカラを世間に魅せしめて」
「……?」
この時、リュゼの考察に対してジークフリークの思考は追いついてはいなかった。リュゼはジークフリードの惚けた顔を見ると、やれやれと言った風に生温かい視線を向けた。この時、ジークフリードへの評価を顔には出さずやり過ごしたリュゼの方がオトナと云えるだろう。と、そこに……
「ーーリュゼ、やっと見つけた!」
試験を終えたアーリアが駆け寄ってきた。アーリアは等級試験が終わった事により、朝に王城への門をくぐった時よりも晴れ晴れした表情をしていた。
「あれ……ジークも一緒?お久しぶりです、ジーク」
ジークフリードはアーリアの声にドキリと胸を一鳴りさせながら振り向いた。そして、そこにあったアーリアの顔を見るなり、胸を更に一鳴りさせた。
およそ一月振りに会うアーリアは美しかった。その陽に透ける白い肌も、雪のように溶ける白い髪も、虹色に輝く瞳も以前と同様なのに、たった一月しか離れていないその内に面立ちが随分と大人びていたのだ。サナギから成虫になるように、少女は大人の女性へなる為に殻を脱ぎ捨て、日々成長していたのだ。
そんなアーリアに見惚れてしまったジークフリードは、アーリアに声をかけるタイミングを完全に外してしまった。
一方、いつもの余裕をなくし焦りを見せるジークフリークに対して、アーリアは不思議そうに首を傾げてくる。そんなジークフリードをリュゼは口元をニヤニヤとにやけさせた。目元は完全にジークフリードわ揶揄っていたが、その口から出た言葉は絶妙に真実を物語っていた。
「女の子ってすぐにオトナになっちゃうんだよ?僕たちも、うかうかしてられないよねー?」
リュゼの言葉にギクリとしたジークフリードは、思わず喉に息を詰まらせたのだった。
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ジークフリード登場。
リュゼの思わせぶりな言葉にジークフリードはタジタジです。それを見てリュゼは楽しんでいます。




