番外編④公爵と猫
「チェックメイト!」
「また私の負け、か……」
アルヴァンド公爵はやれやれという表情で両手を上げた。負けた割にはそれほど悔しそうな雰囲気はない。
彼の目の前には短い茶髪の青年がその瞳を猫のように細め、ゲームの駒を掌の中で転がしている。顔に笑顔を貼り付けてはいるが、その表情からは他人にその真意を悟らせる事はない。
「リュゼ殿、君は不思議な男だね?」
「そぉ?僕は単純な男だよ〜〜」
「そうやって顔には常に笑顔をたたえているというのに、本性は少しも見えてこない。こうしてゲームを通してでさえ、その本心をさらけ出すことは決してない」
買っても負けてもその態度は変わらない。それはゲームに於いてのみではないだろう。命のやり取りで於いてもそれは変わらないように思えた。ともすれば、それはとても危うくも見えるのだ。己に執着心がないのではないかと。
アルヴァンド公爵は自分の半分の歳にも満たないこの青年に、興味を惹かれていた。この青年はアルヴァンド公爵の恩人の一人だが、その恩以外の別の感情を持っていたのだ。
この青年の何気ない一言は、平民のソレとは違うように感じていた。貴族である自分と話が合うこと自体が既に平凡ではないのだ。時にその鋭い言葉は自分の中の何かに気づかせてくれる事すらあるのだ。どのように生きて来たら二十歳足らずの青年がこのような思考を持つのか、と思った事すらあった。
アルヴァンド公爵は貴族だが、平民に対しての偏見や差別はない。国民はそれぞれの役割を果たしているからこそ、この国は豊かに生活が巡っているのだ。どの分野、どの職を一つ除いても上手くは廻らない。それを解っているからこそ、一個人を卑下するなど出来はしない。一人ひとりの個人がこの国を作る基盤なのだから。
だからこそ、アーリアやリュゼといった個人の存在を、平民だからと無碍な扱いをする事などないのだ。寧ろ彼女たちのような存在があったからこそ、サリアン公爵の野望を打ち砕く事はできたのだ。アルヴァンド公爵はそんな彼女たちに尊敬の念を向けるのは当然の行為なのであった。
だが尊敬という言葉を捧げるには、リュゼは変わった男だ。
その風貌は温和に見えて無。何者にも染まらず、己の真意を見せず、のらりくらりと全てをいなし、それでいて誰かの心に少なからずの影響を与える。
アルヴァンド公爵はそんな彼を不審に思うのではなく、逆に信頼を寄せていくのだった。
「そんな君にお願いがあるんだが、聞いてはくれないかい?」
「ん〜〜聞くだけならいいよ?」
アルヴァンド公爵は含みのある目線をリュゼに向けると、リュゼはそれを面白そうに受け止めた。その口元は笑っているが、琥珀色の瞳は怪しく光っている。
「ある少女の護衛を頼みたい。その少女はとても優秀な魔導士なんだが、少し危なっかしい所があってね。優秀さは抜きん出ているが、なにぶん年若い魔女なので威厳がない。それが周囲から取り込み易く見えるのだろうな……」
「そうだろうね〜〜?」
「……だが、その見た目に反して内面はとても硬い。一見、誰でも受け入れているようでその実、誰もその心には踏み込めてはいない」
「なかなか難しそうなお嬢さんだ……」
「そうだろう?そして何より心開く者は少ない……」
アルヴァンド公爵が護衛を願う少女。その少女についてのアルヴァンド公爵なりの解釈を聞いて、リュゼは面白そうに口角を上げる。リュゼの瞳はゆらゆらと揺らぎ、アルヴァンド公爵の言葉の裏にある意味を読み取ろうとしていた。
「君なら適役だと思っている」
アルヴァンド公爵は最後にそう言い切った。そう言い切るには『確信』があったのだ。
「……何故そう思うの?」
「君たちには『似ている所がある』から、かな?」
アルヴァンド公爵は腕を組んでそこに顎を乗せた。リュゼはゲームの駒を指先だけでころころ転がして、目線だけをアルヴァンド公爵へ向けてくる。
「君の瞳は鋭くどんなモノをも見抜く。悪も善も関係ない。あるのは真実のみ」
リュゼはアルヴァンド公爵の言葉に反論などせず、黙って耳を傾けている。それはアルヴァンド公爵の自分に対する解釈に感慨を覚えている訳ではない。
リュゼは己に対する他人からの評価に全く関心がない。だが、このように自分を評価するアルヴァンド公爵には興味を持った。ただそれだけだった。
「君なら彼女を真の意味で『守って』あげる事ができるだろう……」
暫くの間、二人の間には静かな時が流れた。カランとグラスの中の氷が溶けた音が室内に響いた。
リュゼはグラスを傾け、中身を喉に流し込んだ後、徐に口を開いた。
「……獅子くんじゃなくて、僕でいいの?」
「……今の息子ではダメだ。傷の舐め合いなど何にもならん。息子にはまだ足らないものがあるのだ。それを愚息は未だ自覚してはいない」
アルヴァンド公爵によるジークフリードの評価は辛い。自分の『息子』だからという意味も半分はあるだろう。だがあと半分は『男』としてだ。
ジークフリードは二年もの苦節の日々を経て、人間として大きく成長して帰って来た。だがそこに至るまでの道のりの多くを『執念』に費やしてきたようにも感じた。サリアン公爵断罪には、国王陛下への忠誠心からの想いも勿論あっただろう。だがそれは口実のように見えたのだ。
「それに息子は王と王家に忠誠を捧げるアルヴァンド公爵家の男。容易に忠誠を捧げる相手を違えることなどできん」
「忠誠なんか捧げなくても、『守る』事はできるでしょ?」
「そうだ。だが、あの愚息は『守る』意味を真に理解できていないのだよ……。ジークはこれからそれが何なのかを知り、学ばねばならない。それなくしてアルヴァンド家の騎士とは言えないのだから」
リュゼはニヤニヤと口元を緩めて聞いていた。アルヴァンド公爵の言葉からその奥にある意味を読み取っていたのだ。リュゼの態度は一見観ると不敬にも思えるが、それをアルヴァンド公爵は咎める事はない。
リュゼのその精神は底が知れない。決して侮っていい類のモノではない事を、アルヴァンド公爵は経験から察していたのだ。よほどそこらの官僚の方がこの者より単純に見える程だ、と思っていた。
「了解した!って言っても子猫ちゃんには勝手について行く気満々だったんだけどね?じゃあこれで、堂々とついて行っても大丈夫ってコトだね〜〜⁉︎」
「勿論だ!給料も出るぞ?特別ボーナスもドーンとつけようではないか!」
「よ!公爵閣下ッ!太っ腹‼︎」
リュゼから依頼への了承を受けて、アルヴァンド公爵は護衛内容に見合う報酬もつけると確約した。
公爵としては寧ろこちらが本命だった。リュゼを王宮の職員として魔導士護衛の任に当てること。これが本来の目的、国王陛下から何故か暈して伝えられた勅命だったのだ。一個人に対してこのような扱いをする事態が異例だが、その裏に様々な思惑があるのだろう。
アルヴァンド公爵の思惑などリュゼにはお見通しなのかもしれない。だがそれでも構わなかった。リュゼ自身が承諾した事が重要なのだ。
「ふふふ。でもさ、公爵さま……」
「なんだね?」
リュゼは足を組み直すと、グラス片手にアルヴァンド公爵を指差してきた。
「僕が護衛するのは決まりだけどさ……その間に子猫ちゃんが僕を好きになっちゃっても、良いんだね?」
「ん……?ハハハッ!その時はその時!息子は彼女の心を掴み損なった、それだけだ」
アルヴァンド公爵はリュゼの唐突な言葉に盛大な笑い声を上げた。その様子から息子ジークフリードを応援したり庇ったりする気持ちは毛頭ないらしい。親子と言えど男同士。男が好いた女をどう口説くかは、その男の器量次第なのだ。
「それに『女心は秋の空』というではないか!」
「ハッ、違いない!」
珍しくリュゼは破顔してアルヴァンド公爵にグラスを傾けた。本心の見えないリュゼとアルヴァンド公爵の意見が初めて合った瞬間だった。
「……私はそなたらに大変世話になった。その恩には報いたい。アーリア殿にもリュゼ殿にも幸せになってもらいたいのだ」
身分の差など些細なもの。だがその些細なものに、人は区別され区分され差別される。個人にどれだけ力があろうとも、いや力があるからこそ、巻き込まれる事件は大きくなる。それは本人の意図しない場所から忍び寄ってくる。対処するにはあの少女はまだ幼い。ーーそうアルヴァンド公爵は独り言のように呟いた。
「ルイスさんは優しいね〜〜?」
こんなどこの誰とも分からない者たちを本気で心配してくれる、奇特な貴族。リュゼはそんなアルヴァンド公爵を気に入り初めていた。
「僕たちなんて、いつでも切り捨てて良いんだよ?」
その言葉にアルヴァンド公爵にはリュゼの本心が垣間見えた気がした。その瞳が揺らぎ、アルヴァンド公爵を睨め据える。
「君たちは私の大切な友人だ。そんな君たちの幸せを私は祈っているよ」
アルヴァンド公爵の偽りのない言葉にリュゼはにっこり笑って、酒瓶の中身をアルヴァンド公爵のグラスに注いだ。
ーカランー
アルヴァンド公爵ルイスはその深紅の液体を見つめながら、友人たちの未来を想う。例え二人が何処の何者であっても構わない。年の差こそあれ、彼らは私の大切な友人なのだ、とーー……
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番外編第4弾!リュゼと悪友アルヴァンド公爵ことルイスさんでした〜〜。ルイスさんにかかったら息子も形無しかな?
宜しければ次話もご覧ください!




