番外編③お兄ちゃんといっしょ
「アーリア、これで全部っすか?」
一抱え程ある箱を荷馬車に乗せながら聞いてくるのは、アーリアの兄弟子の一人。
山ほどの荷物を乗せた荷馬車が停まるのは、およそ二か月前までアーリアが住んでいた家の目の前だ。今はその家から大量の荷物を運び出している所だった。
「はい!それで最後です」
アーリアは家中を確認し、兄弟子の声に窓から顔を出して応えた。
太陽の日差しも随分穏やかになったある日の午前、アーリアは引越し作業をしていた。およそ二か月前まで住んでいた家を引き払い、師匠の住むラスティの街に移り住むことになったのだ。
実は、師匠たちは魔導士バルドの襲撃後すぐに屋敷も引き払い、新しい屋敷に移っていたそうなのだ。どうりで、アーリアが訪ねて行っても誰も居ない筈である。
しかし、よく考えて見れば当たり前の事だった。
誰が賊の侵入を内部まで許した屋敷にその後も住めるというのか。また同じような手段で侵入されてしまうではないか。《転移》魔術を使えるバルドなら、いつでも無条件で中まで素通りだ。そのような場所に安全性など皆無。
以上の事情から、アーリアも身の廻りの強化を考えて、師匠の新しい屋敷の側に居を構える事になったのだ。独立したのにまた保護して貰うのは情けないのだが、今暫くは仕方がない。しかも、兄弟子と姉弟子とが特に心配性なのもあって、アーリアが師匠の下に戻ってくるなり、引越しの有無はアーリアの意思とは関係なく既に決定事項だった。
「ではお願いします!」
「おう、任された!あちらの家には何人か人員がいるんだよな?」
「はい。家の前で待ってくれている筈なので御心配には及びません」
引越しの荷物を運んでくれる業者の小父さんの問いかけに、アーリアは肯定で答えた。
アーリアは一人暮らしで家も大きくはなかったのだが、やはり二年も暮らすと荷物が増える。魔宝具職人でもあるアーリアは魔宝具を造る為の素材も沢山あって、一人暮らしにしては荷物が多いのだ。しかも、荷物の中には特殊な素材もあり、その扱いにどうしても専門の知識を持つ者が必要となってくる。
だから引越し作業にはアーリアの兄弟子たちが総動員されていた。彼らは可愛い妹弟子アーリアの為に率先して動いてくれている。
引越し業者の小父さんを見送ってからアーリアは家の窓を全て閉じると、玄関の扉を閉めて鍵を掛けた。鍵を大家さんに渡したら完了だ。
今日の内に全ての荷物を新しい家に運び込み、生活が再スタートする。荷物の片付けに明日からだ。片付けには妹思いの姉弟子が手伝いに来てくれる手筈になっていた。
「いや〜〜短かったっすね?アーリアの独り立ち」
「終わってないから!これからも続くからね?」
兄弟子に『出戻りの嫁』のように言われて、なんだか釈然としない気分のアーリア。文句を言いながら、アーリアは歩きながら隣を行く兄弟子に顔を向けた。
アーリアと揃いの白い髪を王都で流行りのスタイルにカットし、耳には複数の耳管を嵌めている。それが似合っているから下手に突っ込めない。流行りモノを追いかけるとコケるケースが多いが、兄弟子はいつもその波を乗りこなしている。とてもアーリアには真似できぬ芸当だった。
兄弟子はと云うと、アーリアの顔を見て始終ニコニコ笑っている。アーリアにはそれがいつもよりも機嫌が良く見えた。
「鍵返したらメシでも食ってくっすか?」
「えっ、いいの?引越しの荷物の受け取りに向かった方がいいんじゃ……?」
自分の引越しを他の人に丸投げするのも忍びない。いくら手伝ってくれるのが兄弟子たちだと言っても、アーリアにはさすがに気が引けてしまうのだ。
アーリアはそのような気持ちで兄弟子の言葉に疑問を投げかけたが、兄弟子はそれを気にした様子はなかった。
「そこは大丈夫っすよ?姉貴が向こうにいるっすからね。それに、アーリアも久しぶりに地元の料理が食べたくないっすか?」
「兄さまと姉さまが良いって言ってくれるなら……」
「じゃ、決まりっすね!」
アーリアも兄弟子と二人きりでこのように外を歩いたり、食事に出かけたりするのは久しぶりだ。そう思うとなんだか嬉しい気持ちになってきた。
兄弟子は満面の笑みを浮かべるとアーリアの手を引いて、食堂街のある大通りへと繰り出して行くのだった。
※※※
食堂街は昼の時間を迎えて、人波でごった返していた。この街は王都への街道沿いに位置するとはいえ海からは少し遠く、海産物を扱う店は少ない。それよりも肉を扱う店の方が多かった。特にこの辺りは黒牛や黒豚が有名だ。黒牛はその名の通り黒い毛に覆われた牛だ。この街では赤身より脂身が多い方が好まれている。黒豚は黒牛より単価が安いので、家庭料理によく使われる。
アーリアは一人暮らしをしていた割に料理があまり上手くはない。だからよく家庭料理のお惣菜を買っていたのだ。
「アーリア、何食べるっすか?」
「う〜〜ん。兄さまは何がオススメ?」
「そうっすね〜〜。黒牛のステーキ!って言いたいトコっすけど、まだこれから働かなきゃなんないからムリっしょ?」
「あっ……昼間からお酒呑むの?」
「やっぱダメっすよね〜〜。後で姉貴に会うから、その時サスガにバレるだろうし……」
「コロサレルかも」と呟いて身震いする兄弟子を、アーリアは何とも言えない表情で見た。無類の酒好きである兄弟子は姉弟子の存在を思い出し、昼から酒を呑むのを早々に諦めた。
アーリアにはとても優しい姉弟子は、実は自分以外には厳しいらしいと聞いている。特に兄弟子はよく姉弟子に怒られているらしい。
「じゃあ、無難に定食屋にするっすか?安くて早い定食屋がこの先にあるっすよ?」
「そこで!」
兄弟子に案内され、黒豚の美味しい定食屋へと向かった。そこは食堂街をすぐ裏手に入った裏道沿いにあった。表の喧騒はあまり届かない静かな通りだ。扉をくぐり中へ入ると店内は外観よりずっと綺麗だった。
「いらっしゃい!」
「二名だけど、今大丈夫?」
「ええ、空いてるわ。あらまぁ、今日は可愛い娘と一緒なのね?」
「可愛いっしょ?俺の妹」
「やっぱり兄妹だったのね?よく似てるわ〜〜」
兄弟子はアーリアの肩を抱くと、嬉しそうに店の女将に紹介している。ニヤニヤした表情でアーリアの頭を何度も撫でた。兄弟子はやはりいつもより機嫌が良い。アーリアはそうおもいながら乾いた笑顔を貼り付け、女将に頭を下げた。
女将に案内されてテーブルに着くと、アーリアは兄弟子に注文を任せた。ここはよく知る兄弟子に任せた方がいいだろうと踏んだのだ。
兄弟子が注文して暫く雑談しながら待つと、芳しい匂いを放ちながら黒豚を使った料理が運ばれてきた。黒豚の焼肉をメインに家庭料理が何品も机に並ぶ。
「わあ!すごい豪華だね?」
「いーのいーの!アーリアは食べられるだけ食べたらいいっすよ?」
兄弟子がアーリアに炭酸水の入ったグラスを渡しながらそう言ってくれる。その兄弟子のもう片方の手には泡の出る飲み物が。
「それってエール?お酒だよね。あ、やっぱり呑むんだ……?」
「あれ〜〜?バレちゃったっすか?まぁ、一杯くらいイイかなって。でもよく『エール』なんてモノ、知ってたっすね?アーリア」
「それくらい知ってるよ!それにエールなら呑んだことあるし」
「へぇ〜〜呑んだコトあるーーのぉ⁉︎」
アーリアの言葉に兄弟子が急に驚きの声を挙げた。それどころか兄弟子は目を見開いて、向かいに座るアーリアへと身を乗り出してきた。
「どこで?誰と?どーだったっすか?」
「えっ⁉︎ 東の方の街で、ジークとリュゼと一緒に呑んだよ?」
「それで?」
「それでって?」
「エール呑んでアーリアは何ともなかったっすか?」
アーリアはうーんと頭を唸って旅の始めの方の記憶を思い起こした。
「ーーあ、エール呑んだら寝ちゃったと思う。なんだかその辺りの記憶がなくて……ってどうしたの?兄さま」
アーリアがそう言うと、兄弟子は天を仰いで変な表情をしている。そして勢いよく机に突っ伏すと、今度はエール片手にブツブツ言い始めた。
「あのヤローども、アーリアに手ェ出してねーだろなぁ⁉︎ もし出してたら簀巻きにして竜の谷に叩き落としてやるッ」
アーリアは百面相する兄弟子の様子が心配になり、机上でワナワナと震える兄弟子の腕にそっと触れた。
「あの……兄さま、大丈夫?」
「〜〜ん?大丈夫っすよー!で、それ以降、他にお酒は飲んでないっすか?」
兄弟子は瞬間的にその顔に笑顔を貼り付けて、アーリアに対し質問を追加した。
「えぇ〜〜と、あ!ティオーネの街で宿屋のご主人のダンさんに紅茶を頂いたら、その中にブランデーが入ってたみたいなの。それでやっぱり寝ちゃって……。起きた後に紅茶にお酒が入ってた事を教えてもらってビックリしちゃった!」
ガンっと音がして、兄弟子は何故か机に額を打ち付けていた。その衝撃で手に持つグラスの中からエールの泡が飛び散った。
「あんのクソオヤジ!紅茶好きとかぜってー嘘っぱちだ!ブランデー入り紅茶じゃなくて紅茶入りブランデーなんて、そりゃただの酒好きの集まりじゃねーか!お紅茶様に謝れッ!」
兄弟子はやはりブツブツと何かを呟いている。アーリアはそんな兄弟子に困惑したが、やはり心配になり兄弟子の額を撫でた。
「兄さま、本当に大丈夫?頭、痛いの?」
「ん〜〜大丈夫っすよ!アーリアは優しいっすねえ〜〜」
兄弟子はアーリアに笑顔を見せて、その後は何事もなかったかのように食事を始めた。アーリアも兄弟子の変わり様に少し首を捻ったが、気にする程のことでもないのだろうと結論を出し、兄弟子に倣って食事を始めたのだった。
兄弟子が勧めるだけあって、この店のどの料理もとても美味しかった。
食事を済ませたアーリアと兄弟子は店を出て、表通りへは戻らずに裏通りをそのまま南へーーラスティの街の方向へと歩を進めていた。裏通りは人通りが少なく、露店の出ている表通りのような人波もなく歩きやすい。
しかし、そんな穏やかな時間も束の間、アーリアと兄弟子とが他愛もない話をしながら歩いていると、前から歩いてきた二人の青年が突然、アーリアたちに突っかかってきたのだ。
「珍しい髪色だな、お嬢ちゃん。それ地毛なの?」
「こんな辺鄙な街に、こーんなカワイコちゃんいたっけなぁ?」
年齢は兄弟子と然程変わらない。しかし、人を嘲るその表情は年相応とは思えない。無駄にデカい態度。頭の中身が足りなさそうな言動。そんな青年たちに対し、兄弟子は深いため息をつきながらアーリアを自身の背に隠した。
「……妹になんか用っすか?」
「ははっ、兄妹で仲良しごっこって、いくつだよアンタ」
「俺らその妹ちゃんと遊びたいのよ。痛い目見たくなけりゃ、その娘置いていきな、おにーちゃん」
青年たちの言葉に兄弟子が笑顔のままキレた。
兄弟子は綺麗な笑顔を貼り付けたまま、アーリアに手を伸ばしてきた青年の手を素早く掴むとそのまま軽く投げ飛ばしたのだ。青年の一人は壁に背中から突っ込むとそのままピクリとも動かなくなる。
「て、てめぇ……」
もう一人の青年が両手を振り上げ勢いだけで突っ込んで来たが、兄弟子はそれを上手くいなして躱すと、その背に蹴りを見舞わせた。青年は蛙の潰れたような呻き声を上げて土に顔から突っ込み、そのまま沈黙した。その間アーリアは、何もせずに突っ立っていただけだった。
「チッ!ゴロツキ風情が俺の可愛い妹に手ェ出してんじゃねぇっすよ」
兄弟子がゴロツキ青年1、2を片付けアーリアに振り向いた時、アーリアの背後からもう一人、不審な男が近づいていた。
「ーーアーリア後ろッ!」
兄弟子の鮮やかな手腕に拍手を送っていたアーリアに、兄弟子は慌てて声をかける。ゴロツキ青年3は、アーリアを背後から羽交い締めしようと近づいていたのだ。
「……え?」
アーリアは背後から近づく不審者がいる事に、兄弟子の狼狽を聞いて初めて気がついた。
アーリアは元来『気配を読む』ということに疎い。自分に対して敵意がはっきりしている場合はまだ分かるが、相手が気配を消していた場合には対処が取り難いのだ。というか『対処できない』とハッキリ言ってもいい。
ゴロツキ青年3はアーリアの背から気配を消して近寄り、アーリアの頭上からその小さな身体を包みこむように腕を大きく振り下ろした。
が、しかしーー……
ードスンッ!ー
「ンギャッ⁉︎」
「……え?」
ゴロツキ青年3の呻き声と兄弟子の間抜けな声が重なって、裏通りに零れ落ちた。
アーリアは振り上げた手をスッと下ろし、路地に転がったゴロツキ青年3を冷ややかな目つきで見下ろしている。
「《雷針》」
「「「ぎゃァッ⁉︎」」」
アーリアは魔術を編むと軽く手を振り、三人のゴロツキ青年たちに雷の魔術を叩き込んだ。そこに容赦などカケラもなかった。
ゴロツキ青年たちはその魔術を受けて完全に気を失っている。それはそうだろう。アーリアは威力を抑えてはいたが、感電くらいはしている筈だ。暫くは起き上がる事もできないだろう。
「え、あれ、兄さま……?」
兄弟子はアーリアに駆け寄ると、何故か首を傾げているアーリアの手を引いて歩き出した。ゴロツキたちが見えなくなる場所まで来ると、兄弟子は隣を歩くアーリアに声をかけた。
「アーリア……さっきのワザは?」
背後から抱きつこうとしていたゴロツキ青年3を、アーリアが軽く投げ飛ばしたワザについて兄弟子は問い質した。兄弟子はアーリアがこのような器用なコトが出来たなんて、今の今まで知らなかったのだ。
「え……あれは護身術だよ?」
「誰に習ったの⁉︎」
「ジークに教えてもらった。ああいうゴロツキには容赦するなってジークが……。ダメだった?」
「そ、そんなコトないっす!寧ろ完璧っすわ!」
その頼もしい言葉に兄弟子は一瞬かける言葉を無くした。随分昔に兄弟子もアーリアへ護身術を教えた事があったが、アーリアの鈍さと鈍臭さで一向に上達しなかった事を思い出したからだ。
体育会系は脳筋だ!馬鹿だ!と蔑んで来たが、今日だけはジークフリードを褒めてやっても良いと兄弟子は考えを新たにした。寧ろこんな運動神経皆無のアーリアによくぞここまで仕込めたものだと、褒めてやりたい。賞賛ものだ。
どうやら自分は身内に相当甘く、厳しく教えられなかったのかもしれない。嫌われる覚悟をしてでも、アーリアに身の守り方を教えてやらなければならなかったのだと、兄弟子は反省した。
何故なら、先ほどゴロツキたちを相手にしたアーリアの容赦のなさは一朝一夕で身につくものではない。さぞ、教える方にも教わる方にも多量の苦労があった事だろう。
「『ヤる方にはヤられる覚悟はあるべきだ』ってジークが言ってたの。だから『声』が戻って魔術が使えるようになっても、そういう奴らには絶対容赦するなって……。あれ?何でそんなに驚いてるの?何か間違ってる?」
「バッチリっすよ!お兄ちゃん、ほんっとに感動しちゃったっすわ〜〜」
「ホント⁉︎ よかったぁ!あ、兄さまも護身術教えてね?今度はしっかり覚えるからね」
「いつも守ってくれてありがとう」とアーリアに笑顔で言われた兄弟子は、瞳を潤ませながら頷いたのだった。そんな兄弟子は、今度ジークフリードに出会った時は少しは前より優しくしてやろう、と思ったのだった。
お読み頂き、ありがとうございます!
ブックマーク登録など、ありがとうございます!励みになります!
番外編第3弾です。
お兄ちゃんはブレずにシスコン街道真っしぐらです。名前も出てこないお姉ちゃんの方も大概です。
宜しければ第4弾もご覧ください!
※毎日更新も二ヶ月が過ぎました。
今後、日本への一時帰国もありますので、更新が飛ぶ事もございます。
未熟な私ですが見捨てずに読んで頂ければ幸いです。




