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魔宝石物語  作者: かうる
幕間1《番外編》
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番外編②エルフと師匠

※師匠視点のお話です。

 そこは精霊たちに囲まれた秘密の園。明るく照らされた光は太陽のそれではなく、光の精霊の灯。花は咲き乱れ、好きな時な好きな花を愛でる事ができる楽園だ。


 さく、さく……


 草を軽く踏みしめて歩くと蔦の葉が絡みつく太い木と、そして総木造建ての館が見えてきた。


「おーい!来てやったぞ、リュシュタール」


 玄関の戸を叩きながら少し大きな声で訪問を告げると、奥から一人の青年が現れた。

 黄緑掛かった金の長い髪を肩の辺りで結わえて垂らしてある。その容姿は絵画のような美しさで、双眸は黄金色に輝き、その豊富な魔力を常に放出している。白く透き通る肌に長い耳。エルフ族の若き青年だ。


「おぉ久しいのぉ?五十年ぶりかの……」

「そんなワケないでしょ?二年ぶりだよ」


 出迎えてくれたエルフの安定のボケ具合に脱力しながら、館の玄関を潜った。

 館の主人であるリュシュタールに案内され通された部屋には、手製の蝋燭が飾られ、其々に火が灯されていた。そこからは芳しい香りが部屋全体に漂っている。


「はいこれ。お土産の林檎酒」

「おぬしにしては気がきくではないか?誰の差し金かの?」


 手土産の酒瓶を渡すと、リュシュタールは「何か裏でもあるのか?」とこちらを訝しんで聞いてくる。一体君は私をどう思っているのか気になる所だが、もういちいちそのような事で腹など立てない。彼とも長い付き合いなのだ。


「それはお礼だよ。……うちの娘がお世話になったようだからね?」


「感謝するよ」と付け加えれば、リュシュタールは目を開いて驚きの顔を見せた。


「ハハハ!おぬしにも人並みの礼など出来たのだな?これは今日は雨になるやもしれぬ」

「どーして私が礼を言っただけで、雨が降る事になるの?失礼だなぁ、本当に」


 リュシュタールの言葉に思わず言い返してしまった。変わり者のエルフにこのように言われるなど、失礼この上ない。


「まぁそこへ座るが良い。今日はおぬしの娘を話の肴に飲み明かそうではないか!」

「……。君の私への扱いなんて、もうどうでもいいけどねぇ……」


 リュシュタールに促されて座った椅子は勿論木製で、滑らかな手触りと曲線美が合わさり大変座り心地が良い。肘掛けに肘を乗せ待っていると、リュシュタールが二つのガラスのカップを持ってきた。霧子硝子で出来たそれは、美しい模様が彫られている。そこへ氷をいくつか入れ、持ってきた林檎酒を注いだ。


「そなたの可愛い娘に」


 ーカチンー


 ガラスのカップを重ね、再開を喜び合う。リュシュタールの再開の挨拶に苦笑しながらも、カップに口をつけた。甘い林檎の果汁の中にあるほろ苦い味が舌に滑り、喉へと流れ落ちた。

 リュシュタールの料理を摘みながら、一息、他愛もない会話を楽しんだ。


「君ね、あの子に可笑しなこと吹き込んだでしょ?」

「ん〜〜どうだったかのぉ……」

「トボけたフリして!君って若いのに時折、年寄りのフリをするよね?」

「現に人間ヒトからすれば年寄りだろうて」

「馬鹿な事を言うんじゃないよ。エルフの中じゃまだまだ若い部類でしょ?」

「さてね」


 リュシュタールは意地悪な表情で眼を細めている。


「君があの子に余計なこと教えるから、はぐらかすのに随分苦労したよ。私は仮にもあの子たちの師匠なのだから、ちょっとはカッコつけたいんだよ。それを……」

「おぅおぅ、聞いたぞ?おぬし、弟子たちの前では酒を吞まぬそうだな?良いではないか。師匠でも親でも……子どもたちに少しくらい情け無い姿を晒しても、あの子たちはおぬしの下から去ったりはせぬよ」


 分かってはいても、弟子たちの前では少しくらいカッコイイ所を見せたいのは師匠心と言うものだ。師匠と名乗っていてもまだ29歳。その手の世界では若造と呼ばれても不思議はない。そんな自分に彼らは尊敬の念を向け、慕ってついてきてくれる。それは命を救った『命の恩人』である所が多いのではないだろうか。アーリアなど雛鳥の刷り込みのようなものだ。卵から孵ったばかりの雛が一番初めに見たものを親と思い込む、アレだ。

 アーリアはその雛鳥のように師匠の後を追いかけてくる。魔法も魔術も魔宝具作りも。その考え方すら。まるで神のように崇められているような錯覚さえ、時々覚えるのだ。そんな時、自分はつくづく人間ヒトを育てることに、人間ヒトに教えることに苦手意識を感じてしまう。

 自分に傾倒しすぎてしまう弟子を量産するなど、師匠失格だ。

 そう考えれば考えるほど、自分は彼らの良いお手本であらねばとの意識が強くなる。自然と隙を見せなくなるのだ。


「おぬしは色々ぐだぐたと考えすぎだのぉ。そんな所はほんにあの娘とそっくりではないか?」

「酷い言い草だね?あの子ほどマヌケじゃないよ」

「似たり寄ったりと言う言葉を知らんのか?」

「五十歩百歩なら五十歩も違うじゃないか。そんなの全然違うのと同じだよ」


 それを屁理屈と言うんだよ。そう言うリュシュタールの表情は呆れ顔。苦笑し眉根を寄せながらも空のガラスに林檎酒を注いでくれる。


「しかし、あの娘は辛い道を歩んでおるようだが、その瞳は死んでおらなんだぞ?それこそ、おぬしが愛情深く育てた証拠であろうよ。でなければ、あのように澄んだ瞳にはならん」

「……そうだと、嬉しいんだけどね」


 手元のガラスのをゆらゆら揺らし、その中身を覗く。琥珀色の液体が氷を反射して美しい。

 アーリアは水槽の中で生まれ、およそ4、5歳分無理に身体の成長を促された。その後、やっとヒトとしての意識が芽生えその瞳を開いた時、瞳には何も映すことはなかったのだ。光を持たず生まれて来たアーリアは創造者から不必要とされ、半年も経たず捨てられた。

 あの子を拾った日のことはよく覚えている。辿々しい歩きのあの子は私が近づくと逃げもせず、私に向かってにっこり笑ったのだ。そして私にこう言った。


『あなたは、だぁれ?天使さんですか?わたしも天の国にいけるんですか?』


 ……と。

 後でアーリアより先に生まれた個体ーー姉と兄に当たる者に聞いたところ、彼らはアーリアの目が見えない事を創造主バルドから隠して育ててきたそうだ。彼らはアーリアの目が見えない代わりに、沢山のお話を読んで聞かせたようなのだ。その中に良い子は天国へ行ける、だから良い子に育つように、という内容の本があったそうだ。

 だが、アーリアの目が見えないことが創造主バルドにバレて、それを理由にあっさり捨てられた。捨てられたアーリアは死にゆく中で『自分は悪い子なのだ』、『悪い子は天国へは行けない』と、アーリアは幼いながらにそう考えたのだろう。


 アーリアを拾い育てようと思ったのは偽善だろうか。ただの自己満足だろうか。

 今でも『これで良かったのか』と悩む時がある。彼女たちが生き長らえる事は、本当に彼女たちの幸せに繋がっているのだろうか。逆に辛い道を歩ませるているのだろうか、と。


「おぬしはほんに難儀な性格じゃの。このように酒が入らぬと本音を漏らせぬのだから」


 仕方ないじゃないか、こんな事は本人たちに聞くことは出来ない。『迷惑だった』、『あのまま放置されたかった』などと言われたら立ち直れない。


「大丈夫じゃ。心配なら聞いてみるが良いさ。おぬしの子どもらは皆、おぬしの事を好いておる。もっと自信を持て、友よ」


 リュシュタールはぐいっとカップの中身を煽った。この御仁はザルだ。どんな美酒にも酔わない。自分も酒には強い方だが、このエルフには勝った試しがない。


「あの娘の瞳を見たぞ?あれはおぬしが魔宝石から作った瞳じゃな?」

「そうだよ。上手く作れていたでしょう?」

「まさか精霊女王から賜った魔宝石をあのように加工するとは思わなんだ。あの娘がこの森にやって来れたのもあの瞳の力があったからよ」

「そうだろうね……。でも助かったよ、君があの子を助けてくれて本当に良かった。あのまま放っておいたら精霊たちに攫われてしまう所だったからね」


 アーリアの瞳は作り物だ。精霊女王から賜った精霊の宝玉から削り出された。視力を与えると同時に精霊を惹きつける瞳となってしまったのは仕方ない副産物だ。

 精霊に好かれるのは良いが、好かれすぎて精霊たちに攫われてしまうと、人間の世界に自力で帰ってこれなくなる。もう少しで永久迷子になる所をリュシュタールが救ってくれたのは不幸中の幸いだった。


「なに、構わんさ。可愛い娘を助けるのはどの世界でもナイトの務め。それに、思わぬ楽しい時間を過ごす事もできた」

「ありがとう、リュシュタール」

「おぬしにそう何度も礼を言われると、こそばゆいものがあるのぉ」


 リュシュタールはその美しい眉にシワを寄せた。


「だが、あの瞳の所為で、また厄介な事に巻き込まれるやも知れんな」

「私もそれを心配している……」

「だが、子どもは巣立つもの。いつまでも親が側についていてはやれぬ。我らは彼女らの成長を応援し、時には黙って見守る事も大切だろうて」

「君さ、自分は結婚もしていなければ子どももいないくせに、時々、何もかも分かったような口を聞くよね?少し無責任じゃないのかい?」

「何を言う?私はエルフとしてはまだまだ年若き者。恋多きエルフ族なのだよ?これから妻の一人や二人、子どもの一人や二人、いつでも作る準備はある」

「君たちエルフの結婚観は大雑把だし、ストライクゾーンは広すぎなの!」

「おぬしとて、子どもは大勢いるが、妻は居らぬではないか?早く恋人の一人や二人、作らんか!」

「う、五月蝿いね!君に言われたくないよ!」


 独身男性同士の僻みなど、面白くもない。どうせなら若いエルフのお姉さんと呑みたいものだ。

 リュシュタールも同じような事を思ったのはだろう。口角を上げてとんでもない事を言い出した。


「何ならあの娘を私の嫁によこさんか?大事にするぞ?」

「なーーーー⁈ 」

「うむ。なかなか良い考えだ。あの娘は気立ても良かったし、何より人間にしては見目美しかった」

「おーーーー⁉︎ 」

「善は急げと言うし、花でも詰んで逢いに行こうかのぉ」

「まっーーーー⁉︎⁉︎ 」


 やっとのことでリュシュタールの服の裾を掴んで、それから思い留まらせるのに本当に苦労した。

 本当にあの娘はへんなモノに好かれ易くて困る。誰に似たのか。

 私の目の黒い内は、変なオトコに引っかからないように見張らなければならない!


 そう決意を新たにした日だった。



お読み頂き、ありがとうございます!

ブックマーク登録など、大変励みになります!ありがとうございます!


番外編その2です。

師匠視点でお送りしています。

宜しければその3もご覧ください!

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